「マネージャー、会場にはもう着いたって」
スマホに届いた連絡を一足先に確認した千紗は、ライブ前で緊張した面持ちを浮かべ始めたサニピのメンバーに向かって口を開いた。
「もう、ギリギリじゃない」
「でもライブには間に合いそうね。よかったわ」
浮かない表情から一転、安堵の表情を浮かべ思い思いに口を開く。それを見て千紗も安堵の息を吐いた。
見てくれた皆に楽しんでもらいたい。マネージャーにも私達の成長した姿を見てもらって、ライブで笑顔になってほしいよ。
アイドルを始めた当初は自身がなく、常に不安だった千紗も、マネージャーやサニーピースのメンバー、星見プロダクションという居場所で過ごしていくにつれて、少しずつ不安も和らぎ自信も付いていった。
そしてBIG4になって今まで挑戦する立場から、挑戦される立場に変わって、不安げな姿は自身を見てくれている人に申し訳ないと思うようになり、今までよりも前向きに堂々と胸を張れるようになった。
「サニーピースの皆様、準備お願いします」
「はい!」
楽屋に呼び掛けに来てくれたスタッフさんに挨拶を交わし、皆と共にステージに上がる。
「千紗ーーーー!!!頑張れーーーーー!!!」
頑張ろう。
自身に掛けられた声援を聞き、小さく笑顔を浮かべた千紗はそんな想いでステージに立った。
「さぁ!長らくお待たせいたしました。サニーピース VS YU☆KI★NOによるMCバトルの時間です!両組ともどうぞ!」
ライブバトル前に行われる二組のアイドルによるMCバトル。それはアイドルや対戦する相手によってもその形は大きく変化する。
お互いがお互いを褒めあって奮起し合ったり、挑発まがいの言動でバチバチと火花を散らしたり、時にはMCバトル中にパフォーマンスの一環を見せることだってある。各々MCバトルにおいての考えはあるだろうが、お客さんを盛り上げて自分たちのライブを成功させようという考えが根底に存在するのは共通だ。
ただ、やはりというべきか、予期せぬ言動をするアイドルは存在する。
「BIG4のサニーピースの皆さん!こんにちは!BIG4の皆さんと戦えるなんて光栄です!」
無邪気な笑顔を振る舞いながら、季乃はマイク片手に口を開いた。
「季乃ちゃんこんにちは!私もYUKINOと戦えるの楽しみにしてたよ!」
「BIG4のさくらちゃんからそんなこと言ってくれるなんて……光栄です!さすがはBIG4!器もBIGです」
「さっきからBIG4、BIG4なんなの……」
「れ、怜ちゃん、落ち着いて……」
ピリピリしている様子の怜の小言を千紗は軽く窘める。
YUKINOはMCバトルにおいて、ライブに影響を及ぼす発言をすることはサニーピースとしても共有済みだ。だからこそ、YUKINOの発言はなるべく受け流そうと皆で話し合っていた。だけど、緊張感もある本番で挑発されると感情が先に出てしまうこともおかしくはない。特に怜みたいな真っすぐな性格だとそれは余計にだった。
「怜ちゃんの器はSMALLみたいです」
「はぁ?」
「ひぇぇ。怖いです。有希ちゃん助けて!」
「もっと言ってやっていいよ」
「有希ちゃん!?」
ヒートアップしてそうな怜を千紗と遙子で宥めていると、それを見て今度は有希が前に出る。
「ごめんね。知っていると思うけど、季乃はこんなやつだから。蚊に刺されたとでも思って」
「誰が蚊ですか!」
「うるさい」
「きしゃー!」
有希は目に見えて怒った様子の季乃を無視すると、再度仕切りなおすように口を開く。
「そういえば、雫。先月のライブ来てくれてたよね。ありがとう」
「え、あ、うん」
「負ける気はないよ」
「っ!私たちも、負けない。負けられないから」
突然話題を振られ雫は驚いた様子を見せるも、有希の発言に火が付いたようだった。決意の籠った言葉を言い返し、むんと言わんばかりに拳を握る。その様子を見て有希は笑みを浮かべた。
「さくらもいい戦いにしようね。ここにいる全ての観客が目を離せなくなるようなライブに」
「……うん、そうだね!いいライブにしよう!」
全ての観客という言葉に肩を震わせたさくらは、すぐに取り繕うように言葉を返す。
それが締めの言葉になり、お互いに一度舞台袖へと降りる。先行はサニーピースだが、会場のセットアップのため少しの時間があった。
「ごめん、ちょっと熱くなったわ」
「ううん、気にしないで。いつも通り、ね?」
「はい。でもいつも通りではなく、いつも以上の気持ちです」
「無理しちゃだめだよ」
気合の入っている様子の怜に遙子は心配げな眼差しを送る。雫はぎりぎりまで振付の確認を行い、さくらは声を出し、喉の調整を行う。
そんな皆の様子を見て、千紗は違和感に気が付いた。
……なんだろう?いつもと違うような。
改めて皆の表情を見てみるが、緊張の色は見られるがいつもと相違ないように見える。
「千紗ちゃん?」
その様子を見た遙子は不思議そうに口を開くが、千紗はなんでもないよと首を振った。違和感の正体がわからなかったし、ライブ前で緊張している皆に余計な不安を与えたくなかったからだ。
「よし!皆、円陣組もう!」
さくらの掛け声と共に五人は手のひらを合わせる。そして全員で顔を合わせた後、言葉を繋げる。
「さぁ繋げよう!」
「みんなの想いを」
「みんなのピースを」
「みんなで歌に乗せて」
「太陽の光と共に」
「「「「「サニーピース!!」」」」」
やっぱり気のせいだったのかな?
再度ステージ上に上がった千紗は、いつも通りの姿を見せる彼女たちに疑問符を浮かべつつも、安堵の息を漏らし、ファンに手を振る。
夢見たステージだもん。こんな気持ちじゃダメだよね。
気持ちを新たに千紗は前を向く。皆の様子を確認したさくらが全員に目配せを寄せると、それと同時に高く響く声で宣言した。
「じゃあ行くよーー!!SUNNY PIECE HARMONY」
打ち鳴らすようなピアノの旋律から始まったその曲。静かなメロディーを明るく照らすのはさくらの歌声だ。
『この想い この胸に
一緒に
キラキラと輝いて
行こう』
管楽器とギターが織りなす王道のリズムに合わせ、手拍子を加える。明るい曲調に合わせて、芽吹いた花が咲き誇るように五つの花は舞った。
『見慣れたはずの帰り道 いつもの街
不思議 昨日よりも輝いて見える』
SUNNY PIECE HARMONY、サニピのデビュー曲でもある曲は千紗の中でも思い入れの高い曲だ。引っ込み思案で臆病。そんな自分に自信が持てなくて、アイドルの面接にも落ちた千紗が、やっとの思いで立てたステージで歌った曲。
歌もダンスもまだまだだったけど、あの時の感情は絶対に忘れられないものだった。だから、この曲を歌うとその時の光景が脳裏に浮かび上がってくる。同時にこの想いをみんなに伝えようと、熱い気持ちが湧きたってくる。
そんな気持ちだったからだろう。いつも以上に視野が広がっていた千紗は、わずかに感じていた違和感の正体に気が付いた。
さくらちゃん、いつもより元気がない?
よく言えば俊敏で、悪く言えばそそっかしいさくらのダンス。でもその元気さが特徴のさくらのダンスは今日に限って、どこか委縮しているように見えた。
遅れているわけでもない。振付を間違えているわけでもないが、いつもの川咲さくらのダンスではなかった。
『あの日の涙忘れない 約束だよ
焦り、夢、ときめき 後悔はしたくない』
それだけではない。怜はダンスに集中しすぎていつも纏っている余裕がなくなっているし、雫は本番で取り入れていた要所要所でのファンサがなく、遙子はそんな周りの様子を気にしてか自身の派手なパフォーマンスが疎かになっていることに気づいていない。
『もしも迷った時は 大事なこと
胸の鼓動は教えてくれる』
歌に関して言えば、個々の歌声には問題ない。ただ、皆で合わせる箇所が問題だった。音程がずれているわけではないが、そこで伝えるべき想いがバラバラで、デュエットがちぐはぐに聞こえる。全体を通しても何を伝えたいのかが、伝わってこない。
『ちゃんと自分の気持ち 向き合えたら
私は私って もっと強くなれるね』
このままじゃ……ううん、私が、私が前に出ないと。
皆のピースは確固としてあっても、それぞれのピースがかみ合わない。そんな様子を目にした千紗は、いつもより前に出た。
『この想いこの胸に いっしょに
キラキラと輝いて いこう』
本人は気づいてはいないが、千紗のダンスの特徴は表現力の高さにある。振付、表情、その場その場に応じた最適な解を導き出し、お客さんに振りまく。基礎力では怜には遠く及ばないが、表現力に関しては千紗のダンスの方が圧倒的に高い。
自身が無意識に掛けていた一歩手前という潜在意識を取り払い、千紗は全力でその表現力を露わにした。
『明るく君を照らしたい
サニピー! サニピ―!』
私がみんなのピースを繋ぎ合わせるんだ!
その想いと同時に千紗の動きは徐々に軽やかになっていき、滑らかな旋律が彼女を覆い込む。
『抱きしめて今すぐに どうしよう
ドキドキが止まらない 会いたい』
そんな千紗のパフォーマンスを見て、怜も雫も遙子もようやく自分たちが個々に動いていたことに気がついた。前に出た千紗のパフォーマンスに合わせるようにハーモニーを繋ぎ合わせていく。
『五つのピース 重ねれば 星になるんだ』
だけれど、さくらだけがそれに気づくことはなかった。季乃との話で生まれた、人に対する不信というのは、さくらの中で大切なものを蝕んでいた。
『いつでもきらめきたい』
太陽が隠れていく。本人が気づかぬまま、されど少しずつ着実に。
歓声に包まれ、サニピのステージが終わりを告げた。