「ごめんなさい」
ライブを終え舞台裏に引き上げた怜は、足取り悪くモニターの前に向かい、千紗に向けて頭を下げた。
「え、ど、どうしたの怜ちゃん」
「私が、私だけが先走ってた。皆で合わせたパフォーマンスがサニーピースなのに、私だけ勝手に盛り上がって、身勝手なパフォーマンスしていた。ごめんなさい」
再度怜の頭が下がる。その言葉になんて返せばいいか悩んでいると、続けざまに雫と遙子の頭も下がった。
「ごめん……私も重圧に、呑まれてた。自分だけでなんとかしないと、って思ってた」
「私もよ……。皆を心配してばかりで自分のパフォーマンスが疎かになっていた。ごめんね」
「えぇ!?皆、頭を上げてよ!私はそんな謝られるようなことなんて……さ、さくらちゃんからも何か言って……さくらちゃん?」
皆からの謝罪に恐縮し慌てた千紗は、さくらに助けを求めようと、彼女を振り向いて、気づいた。
「……どうして泣いているの?」
「え?」
さくらの頬を伝う一筋の涙。それに気づいていなかったさくらは、自らの手でそれを掬い上げてようやく自身が涙を流していることに気が付いた。
「な、なんで私、泣いているんだろう?えへへ、ごめん、変だよね」
「……変じゃないよ。さくらちゃん、無理して笑わないで」
「……うん」
千紗がさくらに抱き着くと、それにつられるように怜、雫、遙子も抱き合った。小さな嗚咽を隠すようにそっと抱きしめ続けた。
やがて、ステージから歓声が上がり始めて、千紗は手を離し、口を開く。
「ライブ、見よう」
「そう、だね」
目の周りを赤く染めたさくらは小さく返事を返し、モニターの前に腰を下ろす。その様子を見て他の面々もモニターに注目した。
モニターに映り込んでいたのは有希と季乃の姿。観客を煽りながら、自分たちへと集めていく言動はアイドルであるならば、リスペクトする技術だ。そのことに感心しつつも声には出さず、千紗はじっとモニターを見つめ続ける。
そして、YUKINOの楽曲が始まった。
『じゃあ行きます。ディザスター』
「え……」
流れ出したのは連続的なグリッサンドが特徴の重低音。電子音が織りなすそれは、重厚で独特なリズムを作り上げる。
イントロを彩るのは有希のダンスだ。ⅢXのダンスをベースに取り入れている有希のダンスは、ジャンルとしてはKPOPダンスが近い。ダンサーとしての最先端の振付を最高峰の切れ味で表現する。リズムに合わせたその動きは否が応でも会場中の目を引く。
『過ぎ去った悲劇を 誇張した言葉で 嘯く
硝子の表面を 不躾な手で 撫でつける』
そんな彼女と交差する形で前に出た季乃の口から、嘲笑をにじませた嘲るような声が漏れ出す。曲の重低音も相まってダークロックを全面的に押し出したYUKINOは笑うように舞い、歌う。
『本心の善意は 誰かの心をざわめき 湧きたてる
騙されたことにすら 気づかないまま』
「新曲だ……」
ライブまで行くほどのファンでもある雫は、この楽曲が今までに披露したことのない楽曲だということにすぐさま気が付いた。自身が思い浮かんでいた曲でなかったことに驚き、そしてその空気に心が奪われる。
『意味を成せない未来ばかりで 感情は今と為す』
「何よ……あれ」
怜は有希のダンスを見て、驚嘆していた。怜も元ダンサーとして最先端の踊りは一通り見てきて実践してきていたつもりだった。でも、BIG4としての忙しさもあって、近頃は多く時間が取れていなかったのも事実だ。だからこそ、有希の見たことのないパフォーマンスに視線が外せなかった。
『太陽の歪み 誰も気づけない』
「あ……」
遙子はさくらが泣いた件もあって、少し冷めた視点でライブを見ていたからこそ、それに気づく。さくらが、怜が、雫が、そして自身がYUKINOやそのマネージャーに話していた事、それらが繋がり合い、彼女らが何を考えていたのかがようやく見えた。
彼は私たちのファンでずっと見守ってくれていた存在。だから、私たちがどうすれば心を乱すかは知っているはずだわ。最近のことを聞いていたのは、それが変わっていないか探っていたのね。
遙子はそれを気づくのが遅れたことに、何より皆を守れなかったことを静かに悔やんだ。
『不安、癇癪、心配、重圧 噛みしめて』
すごいなぁ。
千紗はアイドルとしての視点でそのライブを見ていた。独特なリズム感とダークな歌詞は知らず知らずのうちに空気に呑まれそうになるほどだ。舞台裏で見ているだけでこれなのだ。直接ステージを見ている観客ならいつの間にかリズムに乗っているに違いない。
それにこの曲を選んだYUKINOにも敬意が湧きたつ。
サニーピースが持つ明るい楽曲の後に、ほぼ真逆であるダークな楽曲を持ってくるということは、それだけ真逆の雰囲気を吹き飛ばせるパフォーマンスがなければできないことであり、同時にそれだけの自信を持っているということだ。現に彼女らはそれだけのパフォーマンスを見せ、観客を沸かせている。
「でも、負けたくは、ないな」
千紗は小さく言葉を洩らした。
『だから 踊り、狂え
灰色に 散り行く前に』
さくらは静かにじっとモニターを見つめ続けていた。
形は違えど、観客を沸かせ笑顔をもたらしている事実に、止まりかけていた涙が再び零れ始める。
「こんな気持ちじゃダメだよね……」
涙の理由はわからなかったけど、今のままじゃダメなことは理解できる。
さくらは一人涙を拭き取り、YUKINOのステージを見つめ続けた。
『鼓動を 響かせ 嗤え
ここは私のステージだ』
YUKINOのライブが終わると同時、大きな歓声が上がる。
それを耳にしつつ、サニーピースの面々はそれぞれの顔を覗き合う。
「反省会はまた後で、ね」
「えぇ。色々と話したいことはあるけど、今は」
「もう一度、ステージに出ないといけない、から」
「うん……さくらちゃん、大丈夫そう?」
「大丈夫だよ。心配かけてごめんね?」
「……」
千紗はそんな空元気な様子のさくらに不安を覚えたものの、ステージの手前にそれを指摘するわけにもいかず、どうにかできないか考えてみる。
「あ!眼鏡!」
「めがね?」
考えていると、千紗の脳裏につい最近見たトリエルのライブが思い浮かんだ。彼女たちも結果発表の時にサングラスを付けていた。
「と、取ってくるね!」
「千紗ちゃん!?」
変装用の度数の入ってない眼鏡は千紗も常備している。急いで楽屋に戻りそれを手にした千紗は、戻って来るや否やさくらにそれを渡す。
「これを掛けて!」
「ええ!?」
「早く、もう時間ないよ!」
スタッフが呼びに来ているのが目に入った千紗は、さくらを急かす。その様子を見て慌てて眼鏡をかけたさくらはそのままスタッフに案内されるままステージへと出た。
会場に困惑の声が巻き起こった。
「……なんで眼鏡なの?」
「トリエルと言い、星見プロダクションは結果発表のとき眼鏡をかけないといけない決まりがあるんですかね?結果発表眼鏡縛り的な」
「私星見プロじゃなくてよかったかも」
「こらこら有希ちゃん、ステージ上ですよ」
小声で会話しているYUKINOを横目に、千紗は進行を司会者に委ねた。その目配せを受け取った司会者はすぐさまモニターのスコア表を操作した。
「サニーピース VS YU☆KI★NO!勝者は――」
グラフが揺れ動き、大きな光と共に一組のアイドルが映し出される。
「YU☆KI★NO!!!BIG4サニーピース、ここで敗れる!」
どよめきと歓声が会場中を舞乱れる。千紗は一瞬下を向きそうになったが、すぐさま頭を上げ、涙を振り払う。
またここに戻ってくる。次は負けない。
この景色を忘れないように、この想いを忘れないように。
千紗は前を向き続け、一瞬を視界に焼き付けた。
ディザスター
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