星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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夢の景色

 

 YUKINOの二人と別れ、待ち合わせ場所であるバンプロ社前まで歩を進める。空を見上げると、晴れ予報だった空は大きく外れ、どんよりとした雲を纏っていた。

 

 所詮は予報だななんて考えながら、バンプロ社前に来ると鏡花はそこで踊っていた。

 

 長い手足をすらりと伸ばしたキレのある動きから、しなやかに靡かせ魅了するような仕草。そこからいくつかステップを挟み、大きくターンする。

 

 そのターンの一瞬、目があった。

 

 彼女は俺に見られていると気づくと、踊りを止め、こちらに歩いてきた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。……練習中だったか?出直した方がいいか?」

 

「いえ、元より来ると連絡ありましたし、それまでの空き時間で動きの確認していただけですのでお気になさらず」

 

「そっか」

 

 動きの確認というわりには、すごく気合の入った動きだった。それだけ鏡花もこの先のライブバトルを意識しているということだろう。頼りになる。

 

「それよりも話というのはやはりVenusグランプリのことでしょうか?」

 

「あぁそうなんだが……」

 

 俺はそう言って周りを見渡す。古都ことがバンプロ所属というのは周知の事実で彼女もかなり顔が売れた。だからそんな彼女が野外で踊っていたら否が応でも目立つ。

 

 つまり結構人目を集めていた。スーツ姿でバンプロ社から出てきた人間だから誤解もされないだろうけど、俺が仲良さげに話しているのもあまり見栄えがよろしくない。

 

「場所を移そうか」

 

「はい。ですが、場所が決まっていないのならば一つ提案があります」

 

「ん?なんだ?」

 

「私に星見市を案内してもらえますでしょうか?」

 

 ……どういうことだろうか?元より場所は移すつもりだったし、移す場所も決まっていなかった。時間も十分に確保しているからそれ自体には問題ないのだが、なぜ星見市ということになるのかが疑問だ。

 

「問題があるならば構いません」

 

「あ、いや、大丈夫だ。だけど理由は聞かせてほしい」

 

「深い事情があるわけではありません。ただ」

 

 そう言って一呼吸を置くと、鏡花はその空色の瞳を真っすぐ俺に向けた。

 

「星見市が有希、季乃さん、そして慎二さんにとって特別な場所であるみたいですので、私も知っておきたいと思いまして」

 

 ……なるほど。つまりあれか。

 

「仲間はずれにされたくない、ということか」

 

「……そういったわけではありませんが」

 

 そう言って鏡花は視線を外した。ちょっと意地悪な返答だったな。

 

「悪い。そういった理由なら問題ないぞ。時間が許す限り案内しよう」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 頭を下げた鏡花に苦笑しつつ、俺は彼女を連れ、駅へと向かう。電車に揺られること五十分弱。俺たちは星見駅に到着した。

 

「ここが星見市ですか」

 

「中々綺麗な駅だろ?ちょっと前に改修があって綺麗になったんだ」

 

「なるほど。景観も考えられた良い駅ですね」

 

 ……鏡花に地元を褒められるとなんだか嬉しい。照れくささを隠しつつ、俺は駅前を進んでいく。

 

「ここが旧星見プロダクションの事務所ですか」

 

「知っていたのか?」

 

「調べましたので」

 

 視界に映る赤レンガ造りの建物。空きテナントの文字が映ったそこは以前の星見プロダクション事務所だ。俺もよく通っていた記憶がある。……通っていたはおかしいか。よく行っていた記憶がある。なぜだろうか。

 

「長瀬麻奈。彼女もここに所属していたのですよね」

 

 その言葉に思わず振り向いた。

 

「……そうだな」

 

 冷静に考えれば、星見プロダクションの旧事務所を知っている時点で長瀬麻奈のことは調べていてもおかしくはない。それに彼女のことを鏡花が知っていたとしてなぜ俺が動揺する必要があるのだろうか。

 

 ……動揺?俺は動揺していたのか?何に?

 

 鏡花は振り向いた俺に視線を合わせ、そっと微笑んだ。

 

「知っていますよ。長瀬麻奈のことも。慎二さんが彼女と同級生だったことも」

 

 心を見透かされたような発言に背筋が凍る。なにか重大な秘密がバレてしまったかのような冷ややかな感覚が体を覆った。

 

「……非難するつもりは一切ありません。そこまで露骨に警戒されると私も傷つきます」

 

 その言葉に思わずはっとさせられる。先程までの緊張感のある空気は霧散し、鏡花はじとっとした瞳を俺に向けていた。

 

「……申し訳ない」

 

「いえ、私も迂闊な態度でした。それだけ慎二さんにとって大きな存在なのですね」

 

「……まぁな」

 

 俺がアイドルを好きになったきっかけでもあるし、初恋の相手でもある。死後もずっと彼女のことを追い続けていた自覚あるし、大きな存在であることに違いはないのだろう。

 

「きょーか」

 

「……?」

 

「お気になさらず。それよりも、長瀬麻奈さんのことも聞かせてもらっていいですか?知ることはできましたが、やはり直接目にした印象を聞きたいと思いまして」

 

「あぁいいぞ。彼女について語るなら――」

 

 

「――って感じだ」

 

「なるほど。よくわかりました」

 

 あれから数十分。なるべく端折って要点だけ話したつもりだったが、結構時間が経っていたらしい。気がつくと俺たちは星見市の高台の辺りまで来ていた。

 

「悪い、話しすぎたな」

 

「いえ、慎二さんがどれほど彼女のことを好きだったのかは理解できました」

 

「そうか……」

 

 そんな話はしていないはずだったが、まぁバレるか。

 

「しかし一点お聞きしたいことが」

 

 高台への坂道を登っている最中、鏡花は道の先を見つめつつ言葉を続ける。

 

「アイドルとしての長瀬麻奈はどうだったのでしょうか?」

 

「アイドルとして、か」

 

 ……方向性、パフォーマンス、立ち回り。彼女のアイドルとしての特徴はあるが、少なくともそういった普遍的なことを聞きたいわけではないだろう。つまるところ鏡花が聞きたいのは俺から見た長瀬麻奈のアイドル像か。

 

「一番目に付くのはやっぱりスター性だな。一目見て何かが違うと思わせるほどの雰囲気がある」

 

「それはどのような?」

 

「……言葉にするのは難しいな。確固たる意志を持っているというか、圧倒的な自信があるって感じか?大物の役者とか、それこそ鏡花なら大手企業の社長を見てきただろうし、そういったニュアンスで伝わらないか?」

 

「雰囲気を感じ取るのは得意としていないので」

 

「そうか……」

 

 鏡花が纏う空気がまさにそのスター性なんだが、本人にそれを言っても伝わらないだろうし、どうしようか。

 

「ですが、わかりました。そういったものがあると認識しておきます」

 

「ありがとう。それで次にだが、麻奈ちゃんはそのスター性に合わせて親しみやすい庶民感があったのが美しかったな。人気が出たのもこの性格のおかげだろうな」

 

「庶民感……なるほど。勉強になります」

 

「無理して目指す必要はないからな。鏡花には鏡花のやり方がある」

 

「はい、それは把握しています」

 

「それなら大丈夫だ」

 

 鏡花にも庶民感ではないが、親しみやすい天然さがある。無理してそれを目指さなくても問題ないと、マネージャーとしても思ってる。

 

「っと、丁度ついたな。ここが星見市の野外ステージだ。サニピや月スト、長瀬麻奈のデビューステージだな」

 

 窪んだ地形に建てられた石造りのステージ。ステージの奥は開けており夕方にはそこから陽が覗けることも特徴だ。

 

 俺としても思い入れはある場所だ。

 

「ステージに立ってみても?」

 

「今なら大丈夫じゃないか?」

 

 周りを見渡すが人一人見えない。本当は許可は必要なんだろうけど、見つからなければ少しくらいは大丈夫だろう。

 

 俺の承諾を得ると、鏡花は素早く移動するとステージへと登る。俺は最前列の席に座りそれを見つめた。

 

「〜〜♪」

 

 控えめな、けれども美麗な声が響く。それと同時に鏡花は舞う。

 

 音源は無いものの、古都ことの特別なステージだ。俺も一彼女のファンとしてそれを見れるのは嬉しい。

 

「〜〜♪」

 

 それになんだか懐かしい気分が蘇ってくる。あの日、このステージでライブをしたサニピと月スト、そこから俺の新たな人生は始まったと思っているから、その時の感情を思い出す。

 

「〜〜〜〜♪」

 

 郷愁に浸っていると最後の一言と共に、鏡花のライブが終わった。こちらを向いて丁寧に頭を下げる鏡花に俺は拍手を送る。

 

「よかったぞ」

 

「ありがとうございます。……いいステージですね。お客さんがよく見える」

 

「ありがとう」

 

 例えお世辞でもその言葉は嬉しい。設備や環境ならもっといいステージはあるだろうけど、ここにしかないものもいっぱいある。

 

「ついでだ。展望台登ろう」

 

「はい」

 

 ステージのすぐ近くにある展望台。階段を少し登ればすぐに頂上へ着く。

 

 視界に映るのは海と空。少し目線を落とせば緑の木々と砂浜が映り込む。反対側を覗けば一転して街並みを見下ろせ、奥には緑の山々がある。

 

 まるで星見市の全てを一望できるような感覚。懐かしさも相まって思わず感極まるが、鏡花の前だということを思い出しなんとか取り繕う。

 

「……」

 

 鏡花はそこへたどり着くと何も言わずに海を見つめていた。その様子に不安に思い、横目で彼女の顔を覗き込む。

 

「……ふ」

 

 鏡花は気持ちよさそうに目を細め、海風に浸っていた。その様子に思わず笑みが溢れる。

 

「気に入ってくれたみたいだな」

 

「えぇ、とても美しい場所ですね。教えてくださりありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 自分の好きな場所を人に好きになってもらうのは嬉しい。それが鏡花なら尚更だ。

 

「少しだけお話させてもらっても?」

 

「構わない」

 

 しばらく二人で海風に浸っていると、鏡花が口を開いた。それを疑問に思いつつ俺も言葉を返す。

 

「私は私自身の自己を探すためアイドルになりました。ですが、アイドルとなって活動していくうちに、誰かを楽しませたい、喜ばせたいと思うことが多くなりました。きっとそれは私自身の性なのでしょう」

 

「立派だな」

 

「いえ、そんなことはありません。客観的には立派な想いかもしれませんが、これはただの自己満足に過ぎません。だからこそ私は思うのです。アイドルとして真に誰かを満足させるにはどうすればいいのか、と」

 

 ……なんだか聞いたことがある話だ。アイドルとして、か。……アイドルって何なんだろうな。

 

「それは見つかったのか?」

 

「未だ見つかっていません。ですが、ファンとの交流やライブの中にその手掛かりはありました」

 

「聞かせてくれ」

 

 鏡花は一呼吸を挟むと真っ直ぐに俺を見つめ笑みを浮かべる。その瞳は美しく、笑みは誰よりも可愛い。

 

「すなわちアイドルとは――夢、そのものです。観客はアイドルに夢を見て、私達はそれを叶える。こうしてアイドルは成り立っています」

 

 その言葉に、心を打たれ、視界が大きく広がった。

 

 足りなかった歯車が嵌ったような、そんな感情だった。

 

「……私はまだ未熟です。私に夢を見てくれた人を叶えることはできていません。だけどきっと、この道の先に夢の景色が広がっている。そこにたどり着いてようやく私は真の意味で夢になれるのだと信じています」

 

 古都ことは決意の目で俺を見つめる。

 

「私は負けません。私に夢を見てくれた皆のために、勝ってみせます。だから慎二さん、教えてください。彼女に夢野光に勝つにはどうすればいいかを」

 

 覚悟の決まったその言葉に、俺は強く頷く。

 

 遠くの空に雨が降り始めていた。

 

 

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