星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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夢想の花

 

 風見鏡花は、日本有数の電気会社を束ねる風見家の一人娘だ。

 

 幼いころから風見家の跡継ぎとなるため厳しい教育がなされ、帝王学から芸能まで、ありとあやゆる分野について学習し、そしてそれらを活かす実技によって学びを自身のものにしてきた。

 

 だからこそ、鏡花はアイドルになっても、人前に出て臆することは一度もなかったし、常に毅然とした態度で接することができた。

 

 だけど、そんな鏡花であっても、今日というステージは違った。

 

「鏡花?緊張しているのか?」

 

「緊張?」

 

 鏡花は舞台裏で慎二に言われた言葉を疑問に思った。鏡花も人の身だ。大事な本番を前に不安になり、それが緊張として現れることはある。だけど、それらを無いものとして見せる術は無意識に取り入れているつもりだった。

 

「そう見えますか?」

 

「あぁ、だってほら、手が震えているぞ」

 

「……本当ですね」

 

 そっと持ち上げられた自らの手はわずかに振動している。その震えている手が自身の手であることに思わず驚嘆の声が漏れる。

 

「……鏡花。大丈夫だ、なんて無責任なことは言わない。だけど鏡花が今までやってきたことは信じてくれ」

 

 慎二は鏡花の手を両手で握りしめると、鏡花と目を合わせ口を開く。その目があまりにも心配気で、そして何か勘違いしている様子の慎二の姿に思わず笑みが零れた。

 

「大丈夫ですよ。私は不安になったりなどしていません」

 

「……そう、か?」

 

「はい、その証明に」

 

 真偽を図るためにか、瞳がわずかに細まった慎二に対して、鏡花は掴まれている腕を握り返し、それを自らの胸元へ寄せる。

 

「心臓の音はいつも通りでしょう?」

 

「ちょ……!待った待った!」

 

 慌てて手を離した慎二に向けて鏡花は笑みを浮かべた。実際のところいつも通りの鼓動ではないが、それを判断する材料はないだろうし、そもそもこの反応だ。まともに感じてはいないだろう。

 

「嫌悪を抱いたのならば謝罪いたします」

 

「そういったわけじゃないが……あのな、異性に対してこんなことしたらダメだからな」

 

「慎二さんだけ、ですよ」

 

「……いつから小悪魔ムーブを身に着けたんだ」

 

「アイドルとして自己を学んだ結果です」

 

 その言葉に頭を抱えた慎二の様子をくすくすと笑い、鏡花は自らの手を見つめ強く握った。

 

 この手の震えは不安によるものじゃない。自らの感情を感じ取るに、これはこの後のライブを楽しみにした興奮によるもの。名実ともにトップアイドルである夢野光とのライブバトル、そしてたくさんのお客さんを前にライブを行うことができる喜び。いわば、武者震いだ。

 

 自分がこういった感情を持つことは知っていたが、けれども実際に体験するのは初めてだ。だけど、悪くない。

 

 鏡花は、何やら頭を抱えている慎二の頬に手を当てると、自らの顔を近づける。

 

 そしてその頬にそっと口づけをした。

 

「え……?」

 

 今の私の感情、ステージに立ち、皆の前で歌えるこの喜びを皆に伝えたい。その皆は観客だけじゃなく、私に関わってくれた人すべて。それは彼も例外じゃない。

 

 彼が私を通して別の誰かを見ていることは知っている。それでも、風見鏡花という人物を見ようとしてくれて、ここまで育ててくれたのも事実だ。

 

 だから今日は、誰かじゃなく、私自身が彼に喜びをもたらしたい。

 

 あなたが育ててくれた古都ことの姿で、夢を見せてあげたい。

 

「いってきます」

 

 動揺したままの彼に背を向け、鏡花はステージへと向かう。

 

 古都ことのライブが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 Venusグランプリの会場、ダイアモンドステージは東京都にある日本最大級のアリーナだ。座席数だけで言えば日本で一番を誇り、アイドルのみ限らず名高い有名人がここでライブを行っていることもあり、その知名度は国内有数。

 

 その特徴の一つとしては、天井がガラス張りになっており、自然の演出が入ることがあることだろう。昼にはその明るさがライブを照らし出し、夜には月明かりは幻想的な空気を生み出す。けれども、今日はあいにくの雨の日でその空はどんよりと曇っていた。

 

 鏡花は知っている情報を照らし合わせるようにステージ上から舞台の外を見つめ、視界を埋め尽くさんばかりのその観客の数々に改めて感嘆した。

 

 その感情を小さく隠しこみ、雨のざわめきだけ聞こえる会場に向け、口を開く。

 

「皆様、お待たせいたしました。私は古都こと。古い都にことと書いて、古都ことと申します」

 

 もう何度もしてきた挨拶、それはわかっていると言わんばかりの表情が見える。

 

「まずはこの場所に足を運び頂いたことに最大限の謝辞を。誠にありがとうございます」

 

 両手を前に合わせ、そっと頭を下げる。美しさを見せるという側面もあることは知っているが、それ以上に言葉通りの本心を伝えたかった。

 

「そして本日はもう一つ」

 

 鏡花は一呼吸置き、真っすぐにここにいる人たちを見渡す。

 

「皆様に最高のステージを届けに参りました。一足早いクリスマスプレゼントをお受け取り下さい」

 

 スタッフに目配せし開始の合図の行うと、その目を見開いた。

 

「夢想の花」

 

 流れ出したのはアップテンポなピアノとバイオリンが奏でる神秘的な楽曲。イントロに合わせて声を響かせる。

 

『名もなき小さな 花が咲きゆく日まで

 

 翼を羽ばたかせ 夢見た景色まで 今』

 

 その台詞と共に広げていた腕を胸に手繰り寄せ、そっと歩き出す。

 

 今までの情景を、今まで感じてきた全てを思い出すように。それら全てを語りだす。

 

『夏の風に 誘われて

 

 花は鮮やかに 彩った』

 

 同時に自らの過去も想起する。

 

 風見家としての任を解かれ自由の身となった鏡花が、慎二と出会ってアイドルの話を聞いたとき、真っ先に浮かんだのが友達である有希の存在だった。アイドルである彼女のライブを見て美しいとそう感じたことを思いだした。そしてその美しさに鏡花は夢を見た。

 

 情景が感じられるほど緩やかに、感情が伝わるほど穏やかに。けれど、その表現が伝わるように派手に、静かに舞う。

 

『見上げた世界は 未だ遠すぎて

 

 自分の居場所に 迷い込む』

 

 自身がアイドルとなったとき、その道の険しさを改めて感じ取った。有希が、そして他のアイドルたちがどれほどの高みにいるからを知ったから。そしてその高みにいる彼女たちですら、届かないものがあることを知ったから。自分がまだ未熟なものと知り、足りないものを身に着けるため我武者羅に努力を重ねた。

 

 声は歌に乗せるものではなく、歌として奏でるもの。鏡花は自らの舞いに乗せて、そっと音を奏でる。

 

『月の満ち欠けを 見つめてた

 

 枯れない 覚悟を身に宿す』

 

 だけど自分一人だけでは最後までわからなかった。足りないことはわかっても、それが何なのかがわからない。けれど、簡単にそれを教えてくれた彼を前に、鏡花は決意した。

 

 サビの直前、バイオリンの高まりと共に腕を天に伸ばし、大きく広げた。

 

『夜空を彩る 一片の星のように

 

 世界を 照らす夢をあなたに 届けたい』

 

 誰かを喜ばせたいというこの性。同時にそこにあるのは大切な事を教えてくれた彼への感謝。そして。

 

 エピローグに入り、再び鎮まる曲を前に、鏡花はその翼を広げ、最大限の感情を込め思いの丈を口にする。

 

『夢の音 叶えようとしているあの光に 焦がされて

 

 想いは きっと あなたには届かない けれど今はこのままで』

 

 身を焦がすほどの愛の気持ち。それが恋慕と呼ぶのかどうかの判別はついていないが、それでもこの気持ちには偽りはない。

 

 それらを伝えるため、気持ちの全てを形にして、鏡花は奏で続ける。

 

『心を彩る 一片の花のように

 

 安らぎの夢を 今ここに』

 

 そして、その翼を大きく羽ばたかせた。

 

『名もなき小さな 花が咲き誇る日まで

 

 翼を羽ばたかせ 夢の景色まで 行こう』

 

 旋律の響きが会場中に広がる。曲を終え、短く息を整えると、観客を前に登場した時と同じように頭を下げた。

 

 それを合図とするように、会場が爆発した。そう思えるほどの歓声が会場に溢れる。

 

 鏡花は会場中に溢れた笑顔にそっと微笑むと、彼らに向けて手を振る。手前から奥まで全ての人に届くように。

 

 そして歓声が一通り収まったと同時、鏡花は口を開く。

 

「ありがとうございました」

 

 その一言に再び会場に歓声が舞い上がった。

 

 

 




夢想の花
イメージ フレスベルグの少女~風花雪月~
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