星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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Venus

 

 古都ことのライブは大盛況だった。

 

 この日のために作り上げた新曲というのもあるが、それ以上に彼女自身のパフォーマンスが今まで以上のものだった。

 

 歌い方一つ、踊り一つ切り取ってみても間違いは見られない。完璧でいて、十分な表現力を持った最高のライブだった。

 

 特にラスサビ前は思わず鳥肌が立った。古都こと自身の感情がむき出しになったようで、彼女の想いが正面からぶつけられたように感じた。あなたという言葉が自分に向けられているようで、心臓が高鳴った。

 

 オタクである俺がこれだけ満足したんだ。観客点としても十分な出来だろう。

 

 俺は余韻に浸りながら、一人頷いていると、隣の席に誰かが立った。

 

 俺がいる場所は会場の関係者席であることから、相手は関係者。そしてわざわざ隣に来るんだから、俺に用があるのだろう。

 

 となると、相手は自然と絞られてくる。

 

「古都こと。素晴らしいアイドルだ。デビューして間もないにも関わらずこれほどとは」

 

 視界の先に居たのは真っ黒の瞳を携えたスーツ姿の男。髪を七三分けのショートにしたいかにも仕事できそうな風貌だ。

 

「ありがとうございます。神野さん」

 

「隣、座っても?」

 

「構いません」

 

「ありがとう」

 

 そう言って彼は椅子に腰かけた。

 

 神野司。言わざるとも夢野光のマネージャーだ。その身一つでアイドル業界を相手している敏腕でもある。口を滑らせないようにしないといけない。

 

「ここに居て大丈夫ですか?これから夢野さんのライブですし、居てあげたほうがいいのでは?」

 

「……光みたいなことを言うね?考えてみてほしいんだが、僕はただのマネージャーで彼女は事務所所属のアイドルだよ?傍にいてどうするんだ」

 

「……確かに」

 

 マネージャーとしての業務として担当アイドルのメンタル管理も入っている。その一環として俺は傍についているつもりだったが、必ずしも全員がついていてほしいわけでもないか。

 

「まぁ光には止められたけどね。薄情者と言われてしまったよ」

 

 なるほど、だから光みたいなことを言うね、か。すでに光ちゃんに言われていたのか。

 

「仲がいいんですね」

 

「君のところほどじゃないさ。君も彼女を迎えに行かなくて大丈夫なのかい?」

 

「ことから、観客席で見ていてくれって言われているんで。終わってもこっちには来ないで夢野さんのライブを見てほしいと言われています」

 

「……なるほど。思慮深い子だね。大切にしないと駄目だよ?」

 

「当たり前です。一生大切にしますよ」

 

「今の発言、くり抜けばスキャンダルになりそうだね?」

 

「……」

 

「冗談だよ。そう睨まないでくれ」

 

 冗談だってことは口調や彼の今までの言動を考えればなんとなく理解できた。だけど問題は今の俺の発言で会話の主導権を取れなかったこと。おそらくそれをわかっての切り返しだろう。

 

 やりづらいな。

 

「でもそれだけに勿体ない」

 

「勿体ない?」

 

「うん、古都ことほどのアイドルをここで折ることになってしまうのは、ね」

 

「……」

 

 横を向き、神野さんを瞳を覗くがそこに移るのは暗闇ばかりで何一つ感情が見つけられない。

 

 どういった意図で言っているのかがわからないので、俺も素直に言葉を返す。

 

「ことは早々と折れる人じゃない。それとも夢野さんをそれほど自慢したいんですか?」

 

「そうだよ。僕は彼女の事を誰よりも理解している。だからこそ、彼女のすごさを自慢したい。皆に知ってもらいたい」

 

 神野さんの口元に笑みが浮かぶ。ようやく感情が見えたその表情に、俺はやっと彼を理解した。

 

 盲目なのだ。夢野光という圧倒的な光に魅せられた信者。それが神野司という人物。

 

 だからこそ彼は夢野光のために全てを尽くし、アイドル業界さえ相手取る。一途と言えば聞き覚えはいいが、ここまでの執着は畏怖さえ覚える。

 

「……それほどまでにすごいんですか?彼女は」

 

 逆に言えば、彼をそんな盲目にするほどの存在が夢野光ともいえる。会場こそ違うが、俺も彼女のライブには参加したことがあって圧倒的な実力は目にしたことがある。だからその凄さは理解できているつもりだったが、俺が感じた以上のものを神野さんの言葉から感じた。

 

 俺の言葉に神野さんはため息をつきそうな表情を浮かべ、言葉を返す。

 

「君はまだ何もわかっていない。Venusプログラム、ライブ、アイドル全てだ。それがこのライブで明らかになるだろう」

 

「……」

 

 言っている言葉が理解できない。けれども、それほどまでに自信があることは伝わってきた。

 

 でもこれだけは言い返しておかないといけない。

 

「古都ことは何があろうと折れません。折らせません。というか、また負け前提で考えないでください」

 

「そうだったね。ごめんよ」

 

 神野さんは何か面白いものを見るようにカラカラと笑う。彼も古都ことのライブは見たはずだ。それでこの反応ということはそれだけのものがあるということだろう。じゃあそのそれだけのものとは?

 

 わからない。何がこの先に待っているのかが未知数だ。

 

「っと、そろそろ光の出番だ。僕たちは大人しく彼女を見ておこう」

 

「……」

 

 ステージ上のライトが一斉に消え、場内に静寂が訪れる。期待と興奮が入り混じる空間に、スポットライトが一点、舞台の中央へと注がれた。

 

 彼女の金色の髪は柔らかく波打ち、黄金の糸のように煌めく。その髪には大きな花が一凛咲いており、美しさの中にある女性らしい可愛らしさを際立てている。

 

 そんな彼女を彩るのは、細かなレースが飾られた純白のドレスだ。ウエディングドレスかのように彩られたその衣装には、無数の星座が煌めくように金色の意匠が輝く。

 

 太陽そのものを閉じ込めたような黄金の瞳が見開いた。

 

『皆さん、お待たせいたしました!夢野光です!』

 

 その一言に歓声が沸く。悔しいが彼女の人気は古都こと以上だ。こればかりは仕方あるまい。

 

 だけどそれは勝敗には関係しない。ここから彼女が何をするか見極めないといけない。

 

『ねぇ!古都ことちゃんのライブ見た!?すごかったよね!感情が籠ってて私もついドキリとしちゃったよ』

 

「……は?」

 

 その言葉に思わず声が漏れ出した。予想だにしない言葉で、それが勝敗に関係しない言葉だということにすぐさま気が付いたからだ。

 

「そう邪険にしないでくれよ。君も知っているだろう?夢野光はこういうアイドルだ」

 

 ……確かにそうだった。光ちゃんが持っているのは神秘性とそして子供のような無邪気さ。今の言葉は失礼だった。

 

『うんうん、そうだよね!ラスサビ前のところも好きだったけど、私はAメロが好きだったなぁ。情景が伝わってきて、こうぐっと来たよね!』

 

 とはいえ、今の状況は神野さん的にもイレギュラーらしい。神野さんは彼女の楽し気な様子に苦笑いを浮かべている。

 

『あ、ごめんね!私のライブの話をしないとね。……そうだねぇ。何話そうか?』

 

 神野さんの苦笑いがピキリと音を立てて歪んだ。これは怒っていらっしゃる。苦労しているんだなこの人も。

 

『あはは、冗談だよ。実は私もね、ちょっとだけ緊張しているんだ。だから、ちょっと雑談したかっただけ』

 

「全く何やっているんだか……」

 

「……」

 

 その言葉に違和感を覚えた。理由はわからない。でも、まるで白々しい嘘を聞いたかのように、何かが違うという明確な違和感がそこにあった。

 

『じゃあそろそろ始めよっか。いつもの挨拶行くよーー!!』

 

 そう言って光ちゃんは、両腕を伸ばす。無邪気なまま、まるで抱擁でも行うように優し気に。

 

『皆の夢を光に変えて!夢野光行きます!』

 

 そしてその無邪気さは霧散した。

 

『Venus』

 

 鳴り響いたのはバイオリンの響き、オーケストラ風の曲でスローテンポなメロディを刻む。

 

 そしてそれまで微動だにしていなかった光ちゃんがマイクを構え――

 

「……え?」

 

 ――時が止まった。

 

 いやそんなことはない。音楽は今も鳴り響いているし、彼女の歌も響き渡っている。

 

 けれどもなぜそう感じているのかを考えて、理解できた。彼女の歌以外の音が全て止まっているのだ。

 

 歓声の声も、服が擦れる音も、空気を裂く音さえ聞こえない。彼女の歌だけがこの身を包み込んでいた。

 

「~~♪」

 

 そしてその歌は今までに感じたどの音よりも鮮明に脳に響く。音の強弱や表現力とかそういった技術力云々の話じゃない。ただそうあるものとして旋律が脳に届く。

 

 その心地よさに自然と視線が彼女に向く。

 

 夢野光は笑っていた。

 

 女神のように美しく皆を包み込むような慈愛を持って笑みを携え、彼女は舞う。

 

 その動きはあまりに滑らかで、まるで地面に足がついていないように思えた。純白のドレスが彼女の舞に合わせて揺れ動き、光そのもののように辺りを照らし出す。

 

 天女の舞。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。あまりに目に映る姿が現実離れしすぎて、本当に天女が降りてきたように感じた。

 

 その刹那だった。音の旋律が止まると同時、夢野光は大きく手を掲げる。

 

「――光を」

 

 会場に光が差す。思わず見上げると、ガラス張りの天井から覗く雲が無くなっており、代わりに煌びやかな太陽の光が辺りを覆っている。

 

 夢野光が呼び込んだその太陽は、彼女の舞をさらに照らし出した。全てを包み込むような光は歌によって拡散していく。

 

 ……そこからの記憶はあまり残っていない。

 

 気が付けば、彼女のライブは終わり、どこか困ったような表情で彼女は頭を下げていた。

 

 その姿に俺は慌てて拍手を返した。

 

 とどまるところを知らない大きな、大きな拍手。一通り拍手が終わると、夢野光はもう一度頭を下げ、最後に口を開く。

 

「皆聞いてくれてありがとう!じゃまた、会おうね!」

 

 無邪気な音色を携えて、夢野光はステージから消えた。その背を俺はぼんやりと見つめていた。

 

 それから少しして、結果発表のため再度ステージ上に二人のアイドルが上がる。一人は古都こと、そしてもう一人は夢野光。

 

 会場のモニターに二人の姿が映し出され、そして勝者の姿がそこに映し出される。

 

 勝者は――夢野光。

 

 そのスコアは、AIが採点できる最大の値だった。

 

 




Venus
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