勝敗が決まるや否や、俺は急いで舞台裏に向かい、ステージから鏡花が降りてくるのを待った。
夢野光のライブは想定以上、というより、意味がわからなかった。夢だと言われた方がまだ納得がいくものだった。だからこそ、それを間近で目にした鏡花がどう思っているかが心配だった。
鏡花の事だ。ここですっぽり折れるなんて事はなさそうだが、あらゆる原因で自信を失ってしまうことはいくらでも想像がつく。それに応じた最悪のケースもまた考えられる。
何事もありませんように、と祈りつつ、ステージを見つめているとそこから鏡花の姿が現れる。
彼女は俺の姿を見て驚いたような表情を浮かべ、そして微笑んだ。
「夢野光さんに負けて心が折れたので本日でアイドル引退しようと思います」
「鏡花ぁ!!!!!」
「冗談です」
思わず手を伸ばし近づいた俺の頭を腕でぐっと押さえつけられる。
「冗談、本当に冗談なんだよな?」
「当たり前です。辞めるにしても正式な手続きが必要でしょう。バンプロ社としての意向もありますし、私が言ったからといって辞めれるとは思えませんが」
……確かにそうだ。その通りなんだが、俺が聞きたいのはそんな言葉じゃなかった。
「……鏡花、これからもアイドルとしてやっていけそうか?悪いが真剣に答えてくれ」
その言葉に鏡花は一度何かを考えるように間を置き、そして口を開く。
「慎二さんの言うアイドルとして、がどんな意味を持つのかがわかりません。だけど、私は、古都ことは、これまでも誰かに喜びを与えるアイドルとして立ち続ける所存です」
その言葉に安堵し、言葉を返そうとしていると鏡花は続けざまに口を開いた。
「ですが、慎二さんの口からその言葉が出るということは、私も未熟ですね」
「……どういうことだ?」
「自分で考えてください」
どこか拗ねたような突き放す口調に驚いた。何か怒らせるようなことを言ってしまったらしい。信用しきれていなかったとかそういったことだろうか。
「ですが、そうですね」
鏡花はそう言って何かを考えるように舞台裏の奥を覗く。方角的には夢野光がステージから降りた向き。
「あなたが育てた古都ことというアイドルを見せてあげましょう」
そう言って彼女は奥へと向かっていった。俺は慌てて彼女についていく。
その先に居たのは案の定、夢野光の姿だった。神野さんはまだ来ていないらしく、不満そうな表情を浮かべながら汗をぬぐっていた。
彼女は俺たちの姿を目にした途端、ぱっと無邪気な表情を浮かべた。
「あ!ことちゃん!ライブすごかったよ!まだデビューして間もないんだよね?それであそこまでできるのはほんとすごいよ!」
「……慎二さん、私が学んだ事の中に怒っていい場面というものがありましたので、あえて聞きます。怒っていいですか?」
「いいと思うぞ」
「夢野さん、こら」
「え?」
鏡花の言葉に夢野さんは不思議そうに首を傾げ、やがて言葉の意味が理解できたのか苦笑いを浮かべる。
「あーごめんね?私よくノンデリとか言われるんだ。神野にもそれでよく叱られているんだよね」
「事情は把握しました。言葉自体に嫌味は感じませんでしたし、それに私のライブで喜んでくれた、その事実は率直に嬉しく存じます。ありがとうございます」
「なんかごめんね?礼を言うのはこっちの方なのに」
「負けてくれてありがとうということですか」
「違うの!素敵なライブを見せてくれたことへの感謝だよ!」
……今の流れだけでも彼女がノンデリと言われている理由がわかった気がする。神野さんも苦労しているなこれは。
「それはともかく、私はあなたに一言だけ申し上げたいことがあって参りました」
「うん」
鏡花の台詞に夢野さんも真剣な表情を見せる。一呼吸置くと、鏡花は凛とした口調を崩さず言葉を続けた。
「古都ことは夢を見せ、それを叶えるアイドルです。私の力足らずで、今日の夢は叶える事ができませんでしたが、それでもその想いの一端は伝える事ができたのではと推察します」
「うん。ことちゃんの想いが籠もったライブだったからね。たくさん伝わったよ」
「ありがとうございます。ですが、今日の彼ら観客の夢の叶えたのは夢野光、あなたです。最良のパフォーマンスに最高の演出。どこを切り取ってもこれ以上のものがないくらいでした」
「ありがとう、頑張った甲斐あったかな」
「褒め言葉ではありません。夢野さん、あなた
「……なんの事かな?」
「答えたくないのならばそれで構いません。ですが、これだけははっきりと伝えておきたく」
鏡花はまるで親の仇でも見つめるような冷たい瞳で、夢野さんを真っ直ぐ見つめた。
「私は貴女のようにはなりません。そのやり方は、私のプライドに反する」
「……プライド、か」
夢野さんの表情には、いつの間にか笑顔が消えており、自身に向けられた言葉をなぞる様に反芻した。
やがて言葉が見つかったのか、黄金の瞳が鏡花の空色の瞳と向き合う。
「トップアイドルとしてのプライド。それが分からないうちは話しても無駄かな」
「……」
「ことちゃん、あなたは強い。もう一年もすればBIG4も夢じゃないよ。でも私には勝てない。ことちゃんなら理由はわかるでしょう?」
「ですがそれは……」
「割り切るしかないんだよ。……そうだね、せっかくだしこういった言い方した方がいいかもね」
夢野さんは自身の拳をそっと胸元に寄せ、その胸にある決意を顕にするのように口を開いた。
「何としても、何があっても、トップアイドルであり続ける、それが私のプライドよ」
その輝きは眩しく、ライブステージで見た幻想的で神秘的な光がそこにあった。
「私はそのやり方を肯定できません。どんなに険しくても、私は、私自身の力で咲き誇ってみせます」
その花はまだ小さい。でも、圧倒的な光を受けても枯れない真っすぐな輝きだ。
「……それで、いいよ」
鏡花の言葉を受けて、夢野さんはほほ笑んだ。その笑みは慈しみを携えながらも、どこか悲しい瞳のように思えた。
「光、悪い。遅くなった」
「あー神野!おっそーい!どこ行ってたのよ!」
「ごめんごめん、ちょっと野暮用でね」
「メロンパン奢ってくれたら許してあげる」
「……そろそろ食べ過ぎじゃないか?前よりちょっとふっくらしている気も」
「してません!!」
怒った様子でそっぽを向いた夢野さんに苦笑いしていると、神野さんがこちらに目配せしているのに気づく。
話は終わったか、とそう聞きたいのだろう。俺はそれに頷きを返した。
「じゃあ俺たちはこれで失礼します。今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。……次は負けませんから」
「楽しみにしておくよ」
そう言って二人は楽屋へと戻っていった。
「……私もまだまだですね」
「そうだな。でも鏡花はまだこれからがある」
「はい。ですので」
空色の瞳が真っすぐに俺を見つめた。
「今後とも、末永くよろしくお願いしますね」
「あぁ、任せとけ」
「それと、ファーストキッスのお礼も待ってます」
「……勘弁してくれ」