「ゆーきちゃん!」
夢野光のライブは次元が違った。奇跡のような演出もだが、歌やダンスといったパフォーマンスも私がやるものとは違うように思えた。それはなぜか。
「あれ?有希ちゃーん」
歌に関しては、正直なところ私にはよくわからない。こうすればよくなるというのは理解できるが、それ以上のやり方がわからない。季乃みたいに歌うことは私には不可能だった。
だけど、ダンスは違う。
独学で学んできたダンスへの研究はアイドルになっても欠かしたことはない。今でも最先端のダンスや流行のダンスは学んで踊れるようにしているし、ディザスターだってその研究があったからこそ、作ることができた楽曲だ。
だから、夢野光のあのダンスは理解することができた。
「有希ちゃーん、聞いてますかー?」
あれは舞との混合だ。
専門家でもないため、ダンスと舞の違いについて厳密に区別することはできないが、感覚的なものとして大まかに枠づけるならば、所作の違いがわかりやすい。
ダンスは全体的に動作が派手だ。手を握る、突き出す、広げる、足を揺らす、跳ぶ、基本的に誰に見られてもわかるような、どれの切り取っても写真映えするような、派手な動作を繰り返すことが多い。
だけど、舞に関しては違う。そういった動きがないわけではないが、重視しているのは全体的なシルエットだ。
女方だと、基本姿勢は内股やなで肩。体のラインを重視し、いかに女性らしくみせ、可憐な姿を見せるか。全体を通してそれらが際立たせるのが、舞だと思う。
それらを知ったうえで、夢野光のダンスを見ると一つわかることがあった。それは――
「季乃ちゃんアタッック!!!」
「うるさい」
「躱された!?あわっ!!!」
私は床に衝突した季乃を見つつ、一度思考を中断する。倒れた季乃から落ちた紙を拾い上げた。
「LizNoir対策……何これ」
「リズノワ対策用メモです!季乃ちゃんが直々にまとめてきました!」
「へー」
軽く覗いてみるが、リズノワのメンバーの個々のパフォーマンスの特徴の他、性格までこと細やかに書かれている。同時にどうすれば彼女らの心を乱すことができるか、パフォーマンスへの低下を見込めるかも記載されていた。
いつの間にか立ち上がっていた季乃が、紙をのぞき込み、一点を指さす。
「今のリズノワってGrabtheBIG4で何かを見つけ覚醒状態だと思うんです。覚醒状態というとファンタジーっぽく聞こえますけど、自分たちに圧倒的な自信を持っている状態って言ってもいいでしょうね」
「なんかあるよね。ゾーンに入っているってやつ?」
「ですです。でもそのゾーンって私が思うにある意味盲目的な状態だと思っているんですよね」
「どういうこと?」
「私の経験上、ゾーンに入ったときって視野の広がりと頭の回転の早さ、体の動きも含めて全部うまくいくんですけど、あくまでそれって自身が持っているものの最大値を取っているに過ぎないと思うんですよね。つまり、知らないことは知れないし、できないことはできるようにならない。そして全能感の強さからか、それが崩れた時のポテンシャルの落差は大きい」
「わかんない。まとめて」
「つまり、前提から崩してあげればいいんです。演出で会場爆破させません?」
「何言っているかわかんない」
「それは冗談として、演出に作為的に何かを仕込むのは有りだと思うんですよね。バレないように前提から壊すならばそれくらい大胆なことをしないと……」
「……季乃さ。なんか焦ってない?」
「え?」
説明口調になっていた季乃は、その言葉を聞いて表情が固まった。それを見て私は言葉を続ける。
「だってさ。普段だったらこんなの作らないじゃん。それにさ、私言ったよね?季乃が相手に何言おうが勝手だけど、ライブ自体を揺るがすのはダメだって。演出に細工するなんて以ての外だよ」
「で、でも……」
「私、思ってたんだ。季乃とは一回、YUKINOについてちゃんと話し合わないといけないなって。だから、今が良い機会かもしれない」
私は季乃の白い手を握り、こういった言い回しはらしくないけど、と前置きを置きながら、黄色の瞳に呟いた。
「季乃、デートしようか」
「なんであんなこと言ったんだろ」
「なんで落ち込んでいるんですか有希ちゃん。私嬉しかったんですけど」
「黒歴史だ……」
マネージャーに許可を取り近くの喫茶店に移動すると、すぐに机に突っ伏した。デートって言ったときはそうでもなかったけど、言った後から途端羞恥心が襲ってきてしんどかった。
「ケーキ頼んでおきましたよ!日替わりケーキなので何が来るか楽しみですね!」
「話題逸らし下手くそ」
「デートですので!」
「やめて。頭痛くなる」
「そんなこと言われると私の方が傷つくんですけど!」
「はは」
「なんで笑うんですか!!」
八割方本気だが、二割ほどは季乃がいつもの調子を取り戻すための演技だ。いつもの季乃に戻ったことに安堵しつつ、ついでに店員から渡された珈琲を受け取った。
「それでさ、早速本題だけど、季乃はYUKINOとしてどうやっていきたいの?」
「……どう、ですか」
季乃はしばらく考えるようにじっと珈琲を見つめる。その間、珈琲に砂糖を入れていると、季乃はやがて言葉が見つかったようにぽつりとつぶやいた。
「私は楽しくやっていければそれでよかったんです。ライブはもちろん、テレビやラジオの仕事も、私は好きで楽しくやってます。だからそれでよかったんですけど……」
「あの事件があって考えが変わった?」
帰宅中に包丁を持った男に襲われた事は私にとってもショックな出来事だった。でも、犯人の目的が季乃だったこともあり、季乃は直接包丁を振るわれ、罵声も浴びせられている。私以上にショックを受けていることには違いないと思っていた。
「……はい。私も色んな人を見てきてどうしようもない人がいることは理解できているつもりでした。でも、まさかいきなり襲ってくる人がいるなんて……私も考えが足りませんでしたね」
「あれは例外だと思うけどね。季乃が気にしなくていいと思う」
「そうもいきません」
ミルクもたっぷり入れ混ぜ合わせていると、突然真剣な声が季乃から上がった。思わず驚いて、カンッという甲高い音がカップから響く。
「あ、ごめんなさい」
「まぁ別良いけど、それはどうして?」
「……私って結構色んな人の死に目を見てきているんですよね。だからこそこういった性格になっちゃったわけで……。もう誰かが死ぬなんて嫌なんです。有希ちゃんも、慎二さんも、それから鏡花ちゃんも誰も死んでほしくない。だからその原因を私が作ってしまうのが耐えられません」
「……そっか」
一口カップを啜る。砂糖が淹れたりなかったのかやや苦い。
「じゃあどうする?やり方変える?Venusグランプリですでに色々やっちゃっているけど」
「えへへ、こればっかりは性分なんでしょうね。そこは変えられないみたいです」
そこが一番変えてほしいところなんだけど、と思いつつ、再度砂糖を入れなおす。
「でも、ですね。普段の私なら変えることはできます。もっと行儀よくやることだって、それこそ人を揶揄うのを止めることだってできます。それで皆が死なずに済むのならば私はそうします」
「……」
素の性格じゃなくて、アイドルとして斎木季乃の性格を作るということだろう。デビューした当時はそれでやっていたこともあり、全然やれると思うけど……。
「私は嫌、かな。そんな季乃見たくないから」
「そうですか……」
直感的に思ったことを言ったけど言葉は続かない。きっと私がどう思っていても、季乃は自身の振る舞いで誰かを危険に晒してしまわないか悩み続けるのだろう。
でもこれだけは言える。
「あのさ、勝手に考え込まれているところ悪いんだけど、私もお兄ちゃんも、すぐに死ぬような人間に見える?鏡花なんて以ての外でしょ。たぶん簡単に返り討ちするよあの子」
「……そうでしょうか」
「お兄ちゃんは馬鹿だけど色々と対策する人だから。あの時だって色々機転利かせて逃げる時間作ってくれたでしょ?それ以降も色々と対策してくれているらしいよ。なんか鏡花のお兄ちゃんから武道学んでいるんだって」
「……」
おそらく季乃が聞きたいのはこういった言葉じゃない。だけど、今はこの言葉しか思いつかない。
「私は自分で言うのもなんですけど、要領良いからね。そもそもそうならないように気を付けるし、襲われてもなんとかするよ。足早いし」
「……なんかナルシストみたいですね?」
「自分で言うのもなんだけどって言ったじゃん」
「ふふ」
季乃に笑顔が戻る。でもきっとそれは一時的なものだ。ちゃんと話を聞いて進めないと駄目なんだろうなって。
有希は店員が持ってきてくれた桃のケーキを食べ進めつつ、そのときの事を考える。きっとそれがYUKINOにとっての大きな転機になるに違いないから。
「季乃」
「何ですか?」
「私は今の季乃と一緒にアイドルをやりたい。これだけは覚えておいて」
「……!」
我ながらクサい台詞だ。あいつと同じような言葉を言っていると思うと嫌な気分になる。でも、そんな言葉で季乃が元気になるのなら悪くはない。
デレた!ようやく有希ちゃんがデレました!なんて言っている季乃を見つつ、私はそう思った。