「リズノワと正面から戦いたい?」
「うん」
レッスンを中断してどこかへ行っていた有希と季乃は戻って来るや、そんな事を言ってきた。
リズノワへの対策も色々と練ってきた。布石もある程度撒いている状態で、諸々の対応はできる。
「理由を聞かせてくれ」
自分が撒いてきた種が無駄になるのを嫌ってではない。俺がやってきたことは全てYUKINOのためを願ってであり、彼女たちの願いが勝利だったが故の布石に過ぎないからだ。
でもそんな彼女たちが正面から戦いたいというのだから正直驚いた。そんな態度は見せないように俺は二人に問いかける。
「さっきまで季乃と話してたんだ。それでさ、このままじゃYUKINOは変わらないって思って」
「変わる?」
「うん、トップアイドルになるためってやつ。それにたぶん今のままじゃ夢野光に勝てない」
トップアイドルになるため、夢野光に勝つためには変わらないといけないってことか。まぁ搦め手ばかりだと一時期はトップになれるかもしれないけど、すぐに追い抜かれそうだし言っていることは納得できる。だけど。
「季乃もそれでいいのか?」
搦め手を使ったやり方を好むのはこの子だ。この子の快楽主義は自分の思い通り事が進むことが前提で、それが楽しいと感じるといったもの。だからこそ、季乃がどう思っているのかが気になった。
「はい、大丈夫ですよ!私たちに何が足りないのか、どうすればいいのか、ちゃんと有希ちゃんと話し合った結果ですので!」
「……そっか。なら大丈夫だ」
季乃の真っすぐな言葉は意外だったが、茶化す空気でもないので首肯しておく。この子もアイドルになって変わったということだろうか。
『間違いだって言ってほしかったです』
あの事件の後の季乃の言葉を思い出す。アイドルとしての考え方を否定してほしかった、あの言葉の後にどんな心境の変化があったのだろうか。どう変わっていこうと思ったのだろうか。
……想像はつく。だけど、俺がそれに向き合うことができなかったのが申し訳なくて、少しだけ寂しい。普段距離感が近い季乃だからこそ、遠く離れていったような気がして。
一人物悲しさを感じていると、有希は続けて口を開く。
「それでもう一つあるんだけど」
「なんだ?」
「お兄ちゃんさ、一回YUKINOから離れていてくれない?」
俺は悲しみに暮れた。
「それで私の元へ来たと」
「鏡花、俺はもう立ち直れないかもしれない」
「手を伸ばして近寄ってこないでください。距離を保って」
「もう終わりだ」
YUKINOからも鏡花からも拒絶されてしまったら俺はどうやって生きていけばいい。星見プロとの関係は崩れたし、寄り縋る所が麻奈ちゃんしかいない。やっぱり麻奈ちゃんは全てを救う。俺の光よ。
「ちなみに心当たりはあるのでしょうか?」
……正直心当たりは結構ある。有希には日頃から過保護すぎてうざい、感傷的すぎてキモい、擦れた態度取んな等々、ボロクソ言われているし嫌われている自覚は持っている。あいつもナイーブなお年頃だ。我慢の限界が来たとしてもおかしくはない。俺もあいつ嫌いだけど。
季乃は距離感が近くておちゃらけた性格だから、多少というか結構雑に扱ってしまうことも多い。最近はあの子のおふざけにも慣れてしまってどんどん雑にしていた記憶もある。それが嫌だった可能性は大いにある。
……うん、俺のせいだな。
「あるようですね」
「ない」
「私も距離を取らせてください」
「嘘だ。止めてくれ」
俺が慌てて止めると、鏡花はそっとほほ笑んだ。そのほほ笑みはちょっと怖い。微笑まないでくれ。
「冗談はこれくらいに。有希のことですので、理由は話されているのでしょう?」
「まぁそうだな」
有希がただの感情論で俺を遠ざける奴ではないことは俺も理解できている。言い方がすごくショックだったが、理由を聞くと納得はできた。
「夢野光のライブ。あれを解析してほしいってさ。正確には季乃からの提案らしいけど」
「なるほど。私の元に来たのもそのためでしたか」
「そういうことだ。悪いな」
「いえ、安心しました」
「なんで?」
今のすごくショックだった。俺だけ当たりが冷たいし、鏡花に関しては本格的に嫌われているのかもしれない。泣いちゃうよ俺。
「夢野光のライブに思うところがあったのは私も同様です。同時に気づくことがいくつかあったのも事実です」
「それがあったからこそ、ライブが終わった後の光ちゃんへの発言だよな」
「えぇ。見過ごせなかったので」
……解析とは言うが、正直なところ俺にはわかる内容は少ない。鏡花の力を借りないとあのライブの解析などできないだろう。
「鏡花。君を勝たせることができなかった俺が頼むのは筋違いということはわかっている。幾らでも蔑んで罵ってくれても構わない。だけど、これだけはお願いしたい。力を貸してくれないか」
俺は鏡花に向かって頭を下げた。
鏡花自身が夢野光に対して思うところがあったのは知っていた。有希とも仲が良いし、友情を当てにして頼むこともできただろう。
でも俺は彼女に対して利用するような真似はしたくなかった。
「頭を上げてください」
鏡花自身の時は何もできなかったのに、YUKINOの時には彼女の力を借りようとしている。都合が良いにも程があると自分でも思う。
だけど。
「これ以上YUKINOが悲しむ姿を俺は見たくない。この通りだ。お願いします」
更に頭を下げる。
「頭を上げてください」
「虫のいい話ということはわかっている。……鏡花が望むなら俺を好きにしてくれて構わない。だから」
「……なるほど」
声音が一転し、値踏みするかのような声を漏らす。失言したかと思い至ったが、取り下げるわけにもいかない。覚悟して問いかける。
「どう……だ?」
一言の後、無言なのが心配になって顔だけ上げる。彼女は真剣そうな表情で何かを考えていた。
「構いません。私も彼女のライブは調査しようとしていました。ただし条件があります」
「はい」
「私と夕飯を食べに行ってくれませんか?」
「……夕飯?」
どんなお願いが来るか心配していたから思わず拍子抜けしてしまう。夕飯って夜ごはんのことだよな?俺の知らないゆうはんって言葉があるわけじゃないよな?
「はい。できればその後もご一緒したく」
「構わないが……」
どういう意図があるのか聞こうとして止める。今回は俺がお願いする立場だから理由を聞く場面でもない。
「わかった。だけど、先に日程を教えておいてくれ。スケジュール調整する」
「承知いたしました」
相変わらず表情が読めない。一体何を考えているのか不安でしかないが、鏡花の事だから常識を外れた内容ではないと思う。そうであってほしい。夕飯食べ終えたら、最後の晩餐は美味しかったですかとか言われて海に沈められたりしないことを祈る。
「では、私もレッスンに戻ります」
「おう、引き留めて悪かった。また時間取るからその時はよろしく頼む」
「はい」