リズノワのライブは大盛況で、ステージ裏まで歓声が聞こえてきた。
その歓声をバッググラウンドに、リズノワの面々はステージを降り、私たちのいる舞台裏まで歩いてくる。
全員が到達する少し前に、こころちゃんだけが私たちの元に駆けてきた。いや、これは私たちというより、季乃にかな。
「季乃先輩。こころたちのステージ見てましたか」
「……見てましたよ」
季乃がおふざけモードに入ったなって一目でわかった。先ほどの不安げな様子を演じ、あえてシリアスを作り出した。これだからこの子は色んな人に怒られるんだ。
この空気を壊したくもないし、私は何も言わないけど。
「こころは、季乃先輩のことが嫌いです。こころのことからかってくるし、愛をいじめるし、この間だって、わざわざ握手会まで来て、仕方ないので握手しようと思ったらマグドナルド!なんて言ってMを描きながら握手躱してくるし、人の嫌がることばかりしてそれを見て笑っているのが心底嫌いです」
何やってんの季乃。それは嫌われても仕方ないんじゃないかな……。
「でも、アイドルとしての斎木季乃は、私にとってお手本でした。周りも見つつ笑いを取って、愛嬌で自分のアピールも欠かさない。歌もとっても上手くて真似したくてもできない。……悔しかったですけど、季乃先輩は憧れではあったんです」
季乃はその言葉を聞いて顔を上げた。……あれは演技じゃない。本当に驚いている。
「だから、季乃先輩。負けないでください。周りの声に、何より自分自身に。こころもずっと戦って、ここまでやってきたんですから」
「負けない……ですか」
「はい。……本当はステージでそれを語りたかったのですが、こころじゃまだ力不足ですね」
えへへ、と場を和ますように笑みを浮かべたこころちゃん。それを見て、季乃はここだと言わんばかりに彼女に飛びついた。
「こころちゃん!」
「うわっ!きゅ、急に抱きつかないでください!」
「うわーん!辛かったよー!ずっと泣きたかったんだよー!」
「あ、えっと……」
言葉に詰まったこころちゃんが助けを求めて視線を彷徨わせ、私と目が合う。こころちゃんは人の真偽が見えてそうに見えて、あまりよくわかっていない節がある。きっと根が真面目なんだろう。私はそんな彼女にそっと微笑んでおく。
「こころちゃん」
「……なんですかぁ?早く離れてください」
「髪飾り奪い取ったりぃ!」
「あー!こころの黒百合返してください!!!」
季乃は、抱きついた一瞬の隙に、こころちゃんの角に付いていた髪飾りを取ったらしい。すぐに離れ、大将首かのように掲げている季乃を見てため息が漏れた。
ま、この方が季乃らしくていいかな。
「……あまりこころを虐めないで頂戴ね」
その間に他のリズノワの面々も傍にやってきていた。先ほどまでの話も聞いていたみたいで、ライブ前みたいな棘はなかった。
「ごめんなさい。でも、季乃も嬉しかったんだと思いますよ」
「そう。元気が出たのならよかったわ。これで本気のあなたたちと戦えるでしょ?」
好戦的な笑みに私も思わず同じ笑みが浮かぶ。
「最高のライブでした。おかげさまで、私も季乃も燃え上がりました」
返事はない。後はライブで語れということだろう。莉央さんはやっぱり手厳しい。
だけど、だからこそ越え甲斐がある。
「季乃、行くよ」
「はーい」
私たちの代わりにモニター前の席に着いたリズノワに背を向け、ステージへ向かう。髪飾りはちゃんとこころちゃんに返したようだった。
「こころちゃん!」
「もう、なんですか?早く行ってください。しっしっ」
「こころちゃんの想い。ステージで全部伝わってましたよ。おかげで私も熱い気持ちを思い出せました」
「え……」
「でも感謝なんてするつもりないです。私たちは敵同士なので。でもこれだけは言っておきます」
季乃は息を吸い、にやりと悪い笑みを浮かべた。
「私に勝とうなんて千年早い!また泣かせてあげますよ!」
でも泣いても季乃が抱き締めてあげますからね!と言葉を告げ、季乃は駆け足で私の隣についた。
「悪い子だ」
「これが季乃ちゃんですからね!」
ステージまでは後数歩でたどり着く。会場の進行を待っていると、私たちの背後から慌てたような足音が響いた。
「二人ともすまん!色々と準備してたら遅れた!」
息を切らしつつやってきたのはお兄ちゃんだった。そういや居ないの完全に忘れていた。
「何?」
「……ライブ前だからマネージャーとして一言声を掛けようと思ってだな」
「何?」
「何何言わないでくれない?本番前なんだからもっと緊張感を持たせてくれ」
「お前が持っても意味ないでしょ」
「お前って言うな」
相変わらずうるさい。私たちの気を楽にするために来てくれたってのはわかるけど、やり方が雑。もっと人を乗せる方法を学んでほしい。
「季乃……実はな。今日のライブ後特大のサプライズプレゼントを用意した」
「え?なんですか!?婚姻届ですか!?」
「誰のだよ。……内容は内緒だが、楽しみにしておいてくれ」
「期待してますからね?裏切ったら承知しませんから!」
「おう!……ってなんか元気そうだなこいつ」
小声で言ったつもりだろうけど、聞こえているからね。本当に回りくどいやり方だなって思う。
そんなこんなしていると、スタッフさんから声を掛けられもうすぐステージに上がることを告げられた。会場の空気も徐々に熱くなっていくのがわかる。
出番だと思うと、少し緊張してきた。
「有希。お前はブレるな。ずっと強く自分の意志を貫いてくれ。それが御堂有希というアイドルになる」
「……相変わらずだね、お兄ちゃんは。はいはい、がんばりまーす」
「季乃。考えるのが悪いとは言わない。だけど、自分がやりたかったことをもう一度思い返してくれ。アイドルとは、自分のやりたいことをやる生き物だ」
「もう迷わない。とは言いませんが、ライブに関する熱量は思い出しました!私らしくやってきます!」
お兄ちゃんは私たちの目を見つめ頷くと、笑みを浮かべ口を開く。
「楽しんでこいよ」
「うん」
「はい!」
ステージへ足を踏み出す。溢れんばかりの光が私たちを覆った。
「皆々様方!お待たせしましたー!あなたのアイドル斎木季乃です★」
ステージに上がると、開幕の挨拶のときとは比べものにならないほどの声が上がった。ブーイングの声もこの声援に飲まれているのか全く聞こえない。
「有希だよー」
声を返しながら、視線を上げると、眩しいくらいのペンライトの光が視界を覆う。
水色と暗めの赤。季乃と私。それぞれのイメージカラーだ。
窓の外は丁度太陽が雲に隠れているみたいだった。夕暮れの空がわずかに垣間見えた。
「皆さんリズノワのライブとっても熱かったですね!でもまだまだ燃え尽きてはいませんよね?」
季乃がお客さんを煽り、会場を更に盛り上げていく。
私も何か声を掛けようとして、止めた。こういうのは季乃に任せておいた方がいい。面倒だし。
「おっと声が小さいですよー?まだまだ燃え尽きていませんよね?」
お客さんの声が更に大きくなる。嬉しいけど、ちょっとうるさいかも。
「うんうん、その調子です!って有希ちゃん!何黄昏れているんですか!!」
「きれいな空だなって」
「ステージ上ですよ!シャキッとしてください!」
「えー」
「えーじゃない!」
「仕方ないなぁ」
今度は私の番だ。季乃のアイコンタクトに合わせて前に出て、お客さんをステージ上から見下ろす。
「最高のステージ期待してて。以上」
私の声に合わせて、期待の声が会場に響き渡る。
「うん?声が小さくなったね」
先ほどよりもっと大きな声が響いた。反応が面白くて、つい口が滑ってしまった。
季乃再度目を合わせ、頷き合う。もう遊びは終わりだ。ここからはパフォーマンスの時間。
「……これから歌う歌はちょっとだけ今までのYU☆KI★NOとは違うかもしれません。でも皆聴いてくれますか?」
当たり前だ、という言葉が耳に届く。皆、なんだかんだ優しいよねって心から思う。
「ありがとうございます。じゃあ行きます」
お互い立ち位置を揃えると、自らの胸の中の想いを確かめるように頭を下げる。
何が始まるんだろう。そんな期待と好奇の眼差しが、心臓の音を早くさせる。でもそれ以上に、このライブを楽しみに思う気持ちが抑えきれなかった。
季乃がそっと視線を上げる。黄色の丸い瞳が儚げに揺れ、小さな唇から開始の合図でもある言葉がステージへ落とされる。
「What is Me」
瞬間、独特なシンセサイザと重量感のあるベースドラムが響き渡る。戻れない過去。郷愁。そんな儚さが、静かに会場を満たしていく。
満たされた会場を彩るのは、私たちだ。
始めは楽しかった日々を思い出すように軽やかに、笑みを浮かべて。
『見上げた空の向こう
幾星霜の 星を見つめ
笑って走った日々が
今の日常に罅を生む』
だけど、楽しげなその歌声は徐々に沈んでいく。暗い憂いが季乃の歌声にまとわりつき、透き通る歌声に濁りが生まれる。同時に私の舞も重みをもたせ、徐々に動きをダンスに合わせた。この曲では、季乃を引き立てるために私は後ろだ。
『浴びせられた声 私の姿に迷って
生まれた気持ちが 世界歪ませ 未来を消していく!』
悲しく叫ぶような音色が、一瞬にして楽し気な空気を霧散させた。重く苦しい空気が覆いこみ、季乃は今にも泣きそうな表情で、呟く。
『赤い三日月に
冷たい雨が頬伝う
焼き付いて離れない
囚われて 迷い込んでしまったんだって』
そんな彼女に寄りそうため、私は季乃と背中合わせに立つ。顔が見えないから、どんな表情で何をしているかはわからない。けれども、背中越しに伝わる体温が、鼓動が、彼女自身の想いを妙実に伝えていた。
……今の季乃なら、安心して任せられるかな。
そんな想いと共にメロディが弾けた。
『君と笑えればいつだって
それだけでよかったから
あの日の慟哭も 後悔も
仕舞い込んだ儘で居れたのに 如何して』
この曲はあの事件以降に私たちが作り上げた新曲だ。私もあの事件は思うところはあったけど、季乃は私以上に考え込むことが多かった。
だからこそ、こんな過去を振り返って、今の自分の姿に迷うような歌詞になったんだと思う。
『ねぇ 記憶はやがて薄らいで
離さないように 置いていかれないように』
綺麗で真っすぐ透き通る声。だけどその声はどこか儚く、すぐに壊れてしまいそうな脆さがある。だから、私は季乃が精一杯に歌い切れるように、彼女の想いの全てを出し切れるように、背中越しにエールを送り続ける。
だって、季乃は私にとって親友で、同じグループの仲間で、そして何よりかけがえのない相棒なのだから。
『あなたの隣に ずっと傍に 居させて』
私たちは手を固く結び合わせ、前を向く。最後は二人で息を合わせて歌う。
『あの日の星よりも
手に触れたこの温もりを
あなたの全てを
守っていたいと思ったんだ』
アウトロが終わると同時、夕焼けが私たちを覆った。窓の外を覗くと、いつの間にか雲が晴れ、橙色の光が空を包み込んでいた。
歌い切った達成感とあまりの美しさに感傷に浸っていると、沸き立つような歓声が会場中に響く。
視線を下ろすと今にも飛び上がらんばかりに興奮したお客さんが全力でペンライトを振ってくれていた。
それが嬉しくて私も手を振り返す。一人一人には届かないだろうけど、少しでも多くの相手に届くように、何度も何度も振り返す。
やがて、季乃と合図して私たちは再度前を向いた。
「皆さん、私の歌聴いてくれましたか?」
返事は歓声と一緒にすぐに返ってきた。はい、と大きな声が耳に残る。
「そうですか、それならよかったです」
季乃は珍しくしっとりとした雰囲気で、静かに笑みを浮かべた。そろそろ私が変わってあげようかな。
「たくさんの声援ありがとう。皆の声も応援も届いていたよ。歌も聞いてくれてありがとね」
夕焼けが眩しい位に正面から輝かせる。名残惜しいが、ライブが終わったのにいつまでもこのステージに立ち続けるわけにはいかない。
「じゃ皆、また会おうね」
「バイバーイ!投票は是非ともYU☆KI★NOへよろしくお願いしまーす!」
「投票制じゃないよこれ」
最後にお客さんの笑いを取りながら、私たちはステージを降りる。でも、またすぐに登ることになるから、衣装直し等急がないといけない。
「有希ちゃん!」
「うん?」
「ライブ楽しかったですね!」
「そうだね。……うん、最高だった」
降りるのが名残惜しくなったステージは久しぶりだ。歓声が、ペンライトの光が、笑顔を浮かべるお客さんの姿が、全て嬉しかった。やっぱり、私にとってライブは特別なものなんだと改めて思った。
その後、メイクさんやスタイリストさんに手直しされつつ、再度会場の進行を待ち、ステージに上がるのを待つ。
次上がる時は勝敗発表のときだ。このタイミングが一番不安になる。
「大丈夫ですよ。有希ちゃん」
そんな私の手を季乃はぎゅっと握った。
「私たちはここまで頑張ってきました。だから信じましょう」
「……そうだね。ごめん、弱気になってた」
「大丈夫です。私だってそうでしたので」
二人して笑みを浮かべていると、スタッフに呼ばれる。勝敗発表の時間らしい。
『さぁ!お互いに熱い最高のライブでした!しかし、ここから勝ち進めるのはどちらか一つのグループのみ!勝者はLizNoirか!YU☆KI★NOか!結果、出ます!』
ステージ中央のモニターにお互いの姿が映り込み、スコアグラフが表示される。
ここまで来たらもう祈るしかない。私たちは手を握り合いながら、その表示をじっと見つめた。
『勝者は――――』
そっと息を呑む。その一瞬を目に焼き付けるために。
『――YU☆KI★NO!!!』
「っ!!」
思わず声が止まる。モニターの表示に間違いがないか一通り確かめて、私は季乃と目を合わせた。
……今にも泣きそうな季乃の姿にちょっと笑みが浮かんだ。
「やったぁぁぁぁぁ!!!」
「やった、ね。勝てて本当によかった」
抱きついてきた季乃を私も抱きしめ返す。抱きしめながら跳び上がるせいで、視界が揺れ動いて大変だったけど、その大変さ以上にこの勝利が何よりも嬉しかった。頑張ってきてよかったなって心からそう思えた。
私たちは一頻り喜んだ後、ステージ上だと言うことを思い出して、お客さんと向き合う。
「皆さん!応援ありがとうございます!皆さんのおかげで勝てました!」
季乃の言葉と共に大きな歓声が上がる。私も続くため、足を踏み出そうとする。その時だった。
「ふざけるなぁ!!!!!」
会場中に怒号が響いた。
What is Me
イメージ ロスタルジー