「ふざけるなぁ!!!!!」
会場中に怒号が響いた。
その言葉に思わず私の足も止まり、会場が一斉に静まり返る。
声を上げたその男は客席の一番前から、怒りを含んだ表情で季乃を睨めつけていた。
「YUKINOが勝つなんてあり得ない!お前らずっとズルしているんだろ!!」
「あり得ない?」
舞台袖で待機していたスタッフが慌てた様子で飛び出し、男を取り押さえようと駆け出す。だけど、それより前に男の声に反応した季乃が言葉を返す。
「なにが、なにがあり得ないんですか!私たちがこの時のためにどれだけ頑張ってきたと思っているんですか!」
「嘘をつけ!スリクスのときもサニピのときもお前らずっと勝ち方がおかしいんだよ!!!」
「……確かに純粋な正面からの勝負だけで勝ったつもりはありません。でも!私たちも最後は自分たちの力で勝ち上がってきたんですよ!これまで積み上げてきたものを否定される謂れはありません!」
「じゃあサニピのあの乱れ様とさくらちゃんの涙は何だったんだよ!てめぇが泣かせたんだろうが!」
「っ!」
その言葉に季乃は言葉に詰まった。どんな想いがあったとはいえそれは事実だから、言葉を返せなくなったんだろう。
『お前はただ、麻奈ちゃんのことを利用して勝ちたいだけだろうが!!!』
そういえばあの時も同じだった。季乃の自分が楽しめればいいという利己的な考えと、アイドルとしてのあるべき姿を理解しているからこその客観視したときの考え、矛盾した考えが季乃自身の想いをわからなくさせる。だから彼女はずっと迷っていたんだと思う。
……あのとき自分は何もできなかった。状況を判断するのに手一杯で言葉にまで注意が向いていなかった。
だけど、今は違う。
私は前へ踏み出した。
「あのさ、いい加減にしてくれない?そんなこと言ってどうするの?そんなに季乃を悲しませたいの?」
「知らねぇよ!そいつが悪いんだ!!」
「だからと言って、季乃を泣かせる理由にはならないだろ!!」
思わず大声が出た。感情を抑えることができそうになかった。
「っ!」
「さっきから聞いていればズルだのなんだの、私たちのパフォーマンスが全て偽物だって言いたいの?あの点数はズルして獲得したものだと言いたいの?ふざけるな」
スタッフが止めようとするが、私はそれを強引に振り払い言葉を続ける。
「私たちがこの勝利のためにどれだけ考えて、練習を重ねて、頑張ってきたと思っているの。不安になって眠れなくなった日を、焦りで体調を崩した日を、緊張で笑えなくなった日を知っている?」
「で、でもお前らのやり方は」
「やり方が気に食わないならお前が真っ当なやり方で勝負しなよ。こんなやり方で私たちを否定して、そんなやり方が正しいと思っているの?それに、私たちはもう負けないって誓ったんだ。二番手とはもう言わせないって。だからこそ、私たちができる全力を尽くす」
私はその男を見下ろし言葉を続ける。
「お前が言ったスリクスやサニピ、さくらちゃんだってどんなときでもずっと全力で頑張ってきた。一度負けた程度で、動揺があった程度で折れる人じゃない。その責任を勝者である私たちに押しつないで。それは彼女たちの頑張りに、生き様に失礼だ」
一呼吸置き、言葉を吐き捨てた。
「アイドルのプライド。舐めんな」
スタッフが男を抑え、強制退出させていく。男は何かを言おうと口を開きかけては閉じるを繰り返し、扉を潜る直前、大声で叫んだ。
「お前らなんかアイドルじゃない!!!」
「……」
言葉は返せなかった。そんな言葉は初めて受けたから。
ガタンと扉が閉まり、男の姿が完全にいなくなる。私は静寂に包まれたステージを見て、口を開く。
「皆、ごめん。空気悪くした」
客席の動揺が伝わってくる。こういうときどうしたらいいかわからない。
「有希ちゃん」
悩んでいると、季乃がそっと近づいてきた。
「ありがとう」
「……別に。私がイラッとしただけだし」
なんとなく返事をするのが照れくさくて、思わず別の言葉が口に出る。
そんな私の姿を見て静かに笑みを浮かべた季乃は、今度は客席全体に向けて声を張り上げた。
「私からも謝罪を……と言いたいところですが!!皆さんが見たいのはそんなものじゃないですよね!知ってますよ!皆さんはここにライブを見に来たってことを!なのでここからは斎木季乃プレゼンツ!特別ライブの時間です!皆盛り上がっているかーー!!」
反応は薄い、というか勝手にそんなことして大丈夫なんだろうか。
横目に舞台袖を見ると、お兄ちゃんが一つ頷きグッとサインしていた。なんとかするってことか。じゃあ私も乗ろうかな。
「返事が小さーい!!盛り上がっているかーーーー!!!」
おおーと少しずつ声が大きくなっていく。私も煽ろうとしていると、それよりも先に声が響いた。
「ふっふふ、やっぱり季乃先輩だけでは役不足のようですねぇ。ってことで!この赤崎こころ率いるリズノワも緊急参戦しますよ!!!皆の衆!YUKINOには負けないぞーーー!!!」
「勝負は私たちの勝ちなんですけどね!!」
「うるさーい!!!」
季乃とこころちゃんが絡み合い、会場に笑みが浮かび上がり始めた。会場はあっちに任せれば問題ないだろう。
「莉央さん、本当に手伝ってもらって大丈夫ですか?」
「問題ないわ。寧ろ私たちからお願いしたいところだったから」
そう言った莉央さんの瞳には怒りの炎が垣間見えた。莉央さんとしてもあの男が言っていた言葉と、壊されたこのステージには思うところがあったのだろう。
「ありがとうございます。じゃあ行きましょう」
「えぇ!」
同時にお兄ちゃんから合図が上がる。曲の準備ができたらしい。
私たちもリズノワも開始前まで曲選択には幅を持たせていたから、会場で演出できる楽曲はいくつかある。少ないけど、これで十分だ。
「Darkness Sympathizer」
スピーカーから流されたエレクトロ染みたシンセサイザと激しめメロディ。それに合わせリズノワと私たちは動き始める。
ぶっつけ本番どころか曲合わせもしてないから、パフォーマンスが合うわけがない。だから、全部アドリブのやっつけだ。
だけど、私たちとリズノワなら問題ない。
『What is love?
Ah 問いかけても消えてしまうんだ
浮かれたStep 惰性のFestival』
「あー!こころのパートなのに!」
季乃が出だしを見事に歌い切りドヤ顔を決め、こころちゃんが不満げに飛び込む。
『否定じゃなくて なんとなくじゃないやり方が
あったらいいと考えちゃうんだな』
私は葵と一緒に歌い、ダンスも鏡合わせになるように踊る。誰かの動きをコピーすることは得意だ。
「やるね」
「まぁね」
『恋が面倒くさいものみたいにルール決めているのは誰だろ
Wow wow I dont know why
そんなのイヤだね
Wow wow I dont know why』
後ろから出てきた莉央さんに道を譲り私たちもサイドに移る。斉唱の歌詞は私たちも一緒に、会場中に響かせるように、心の火を灯すように。
「ふー!莉央さんかっこいいー!」
「こ、じゃなくて季乃。茶化さないで頂戴」
「ちょっと莉央さん!?こころと間違えないでください!!」
『だから単純なことがしたいよ
どんなことかは これから決めるんだ
Wow wow I wanna dream
自分のなかで
Wow wow I wanna dream』
愛のターンに合わせて、私たちも後ろで舞う。葵がずっと私と競い合うようにダンスを踊っているのが目に入る。面白い、乗ろう。
「さすがベンチプレス百キロ!!」
「えぇ!?そんなの褒められることでもないよ!」
「え」
『甘く切ないよりも 強くてほろ苦い夢で逢ったら
特別な気持ちが生まれて燃えるのかもね』
横のボディーウェーブからのインアウト、派手なワッキングに合わせてポージング。
私たちはお互いに目を合わせて、にやりと笑う。ここからが本番だ。
「いいえ、ダメよ。葵。私たちのダンスにも合わせて」
「とのことだ。悪いね有希、莉央が嫉妬しているみたいだから終わりだ」
「それなら仕方ないね」
「違うわよ!もう!」
『Darkness sympathizer
カタチより心が欲しい
Darkness sympathizer
ありふれた言葉なんかいらないよ』
LizNoirのコンビネーションに合わせて、私たちも舞い、歌う。パフォーマンスを壊さないように、それでいて私たちらしさを前面に乗せて。
『流されてどうするんだ 誇りを持って愛したいんだよ
そんな想い飲み込んで駆け出す』
季乃がこころちゃんと完璧にデュエットしているのを見つつ、私は愛ちゃんと一緒に歌い、そのダンスを合わせる。
『街には赤いヒカリ どこか虚しいね』
最後には全員で合わせ、会場中に向けた投げキッスを。
やっつけにしては上出来だったんじゃないかな。
私は会場中に再度溢れ出した歓声を聞いてそう思った。でもまだまだだ。
余韻なんて取らせない。
曲が終わるや否や、次の曲が流れ出す。透明感のあるピコピコとしたFutureBass。StarImitationだ。季乃による長瀬麻奈の歌声が会場中を覆った。
『輝くだけじゃ詰まらない』
出番を切り替えるように変調、曲調自体が大きく変化し、重低音のサイコパンクへ変わる。そんなメロディにおいて主役になるのは、私のⅢXのダンスだ。
『塗りつぶすだけじゃ詰まらない』
だけど、今日はそれだけじゃない。本物のリズノワのパフォーマンスもそこにある。愛ちゃんと莉央さんを巻き込んで騒いでいる季乃とこころちゃんを横目に、私と葵で、会場中を踊り続ける。
スリクス、STROBOLIGHTS、月スト、サニピ、トリエル、挙げ句には古都ことやどりきゅん、DayDreamの面々まで、彼女たちの踊りの一部を模していく。
「んふっ」
楽しくて思わず笑みが溢れる。葵がここまで付いてこれることは知らなかった。
でも名残惜しいが、この曲も終わりだ。最後は私たちらしいステップで、全力で踊り歌う。
『模倣じゃない。本当の私を!』
会場中が更に沸く。でもまだだ。まだまだこの程度じゃない!
『新しく始まれ 生まれ変われ My dream!』
Shock out, Dance!!では季乃と葵が絡み合い、
『Real Un Real』
Real Un Realでは、私と莉央さんが主軸となって歌い、
『これから最高優美な孤独が 私の武器だ』
最高優美ロンリネスでは、愛ちゃんの隣に季乃が立ち、
『誰よりも輝くことを楽しみたいから』
Shining!では、マイクを奪い取ったこころちゃんに合わせ私が舞った。
立て続けに六曲。途中MCも無しに踊り続けたからさすがに疲れが押し寄せてくる。
でも、それ以上に。
「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」
会場が壊れんばかりのこの歓声が嬉しくて、私自身がこのステージに立てていることが何より楽しくて、ついつい笑みが浮かぶ。
「名残惜しいけど、次がラストです!!!最後までついてきてくれますかーーー!!!」
「「「「「おーーーーーーーー!!!!」」」」」
「最後を飾るはこの曲!私たちのデビュー曲でもある曲です!Spritual Idol!」
シンセサイザーの使ったテクノポップ。明るく透明感のある曲かと思えば、どこか不穏な空気感が漂うメロディ。
そしてそれを彩るのは、私と季乃と莉央さんと葵とこころちゃんと愛ちゃん。YU☆KI★NOとLizNoirによる最後の旋律が会場中に響き渡る。
それは、アイドルとファンだけの世界だった。アイドルはファンのために歌い踊り、ファンはそんなアイドルのためにペンライトを振り翳し声を上げる。
これが、これこそがアイドル。
私はその事実を噛み締めながら、今この瞬間を輝き続ける。
だって、私が、私こそがアイドルなのだから!