Venusグランプリまでに新曲を作るとのことで、私たちは今までにも増してハードなスケジュールでレッスンをこなしていた。
Venusグランプリ準決勝。夢野光との戦いまでただでさえ時間的猶予は残っていない。そんななかで歌詞をパフォーマンスをすべて私たちだけで作るというのは、やっぱりかなりの難題で、今までの人生において一番忙しかった。
けれどもそんな頑張りがあってか、ようやく形になってきて、通しでの練習もできるようになった。
だったんだけど。
「……なんかいまいちだね」
「そうですねぇ……」
私も季乃もこれ以上ない振付や歌は考えて作り上げれたと思う。だけど、なんだかしっくりこない。これだ、という感触が湧かない。
「……もう少し考えたいところですが、もうすぐ交流会の時間です。行きましょう」
「うん、わかった」
バンプロ社で行われている定期ライブと交流会。Venusグランプリへの影響も加味して定期ライブはキャンセルさせてもらっているけど、交流会は変わらず開催している。
レッスンに集中したい気持ちがあったけども、応援してくれるファンも大切な存在だ。行こう。
バンプロ社傘下の会場にたどり着くと、すでにそこにはたくさんの行列が見えた。挨拶もそこそこに急いで衣装合わせ等を行い、会場にセッティングする。
先ほどのレッスンで何が悪かったのか考えていると、季乃が袖を引っ張ってきた。
「有希ちゃんダメですよ。今はしっかりファンに向き合わないと。そういうのバレちゃうので」
「……そうだね。ありがと」
季乃に感謝を伝えしばらくすると、会場が開き、ファンの子たちが順番にやってくる。私は彼らと目を合わせながら握手を交わし、別れ際まで手を振り続ける。
「準決勝、頑張ってください!応援してます!」
「ありがとね。絶対勝つよ」
ファンにも色んな人がいる。若い子からそこそこ高齢の方まで、男女問わずたくさんの人が私たちを目当てに来ていることを実感させられると、改めて頑張らないとって気持ちが湧いてくる。
だからこそ、あの曲をなんとか仕上げないと……。
「あの……」
そんなことを考えていると、目の前に中学生くらいの女の子が立っていることに気づいた。また気が逸れていた事を反省しつつ、私は彼女に向けて声を掛けた。
「どうしたの?」
「わたしは、YU☆KI★NOが好きです!初めて見たアイドルがYUKINOで、有希ちゃんのクールなところと、季乃ちゃんの可愛いところがとっても良くて!でもライブではとってもカッコよくて、大好きです!だから、あの」
私は一生懸命何かを伝えようとしているその子をじっと見つめ続けた。
「負けないでください!わたしはYUKINOがアイドルじゃないなんて思いません!悪いところも含めてYUKINOらしくて……あっ!わ、悪いっていうのは本当に悪いというわけじゃなくて、その……」
「大丈夫だよ。ちゃんと伝わった」
私は彼女の手を握り、笑みを返す。彼女の真っすぐな好きって想いと思いやりの感情が理解できたから。
「ありがとう。私もあなたがいるからこそ頑張れている。私も季乃も、絶対に負けないよ」
たぶん、彼女は準々決勝のあのライブを見ていたからこそ、励ますような言葉を掛けてくれたんだろう。その心が、その優しさが嬉しい。
「お、応援してます!これからもずっと!何があろうともずっと!!!」
「ありがと。でもほどほどにだよ」
「いえ、ずっとです!!」
その言葉を証明するように、彼女は時間が来て会場を後にするまでずっと手を振り続けてくれていた。嬉しいけどちょっと困る。あの子もまだこれからなんだし、自分の人生を大切にしてほしいから。
でも、そっか。
「ずっと……か」
それから数時間。途中休憩も挟んだがなんとか全員との握手会も終わり、私たちは事務所のレッスン室に戻ってきていた。
すぐにレッスンを始めたいところだけど、それより先にやるべきことがある。
「季乃。レッスンの前にちょっとだけ話そう」
「いいですよ!デートの約束ですか!歓迎しますよ!」
「もう、茶化さないで」
空気を読み取るのが上手い季乃だ。だけど、それを理解してなお冗談を言う性格だってことはとっくに理解している。
私が苦笑いで言葉を返すと、彼女はにへらと笑顔を浮かべた。
「YUKINOのことですよね。わかっていますよ」
「じゃあ最初からやってよ」
「有希ちゃんともっともっとお話ししたいので!」
「いくらでもできるでしょ」
えへへと笑っている季乃を見ていると自分も自然と笑みが浮かんでくる。とはいえ、雑談ばかりしているわけにもいかないね。
「正直に答えてほしい。季乃はさ、YUKINOをどれくらい続けていきたい?」
「簡単ですね!」
季乃はその腕を空へと掲げた。
「ずっとですよ。有希ちゃんがいなくなるまで、私が歌えなくなるまで、ずっとです」
「……うん、季乃はそうだよね」
「有希ちゃんは違うんですか?」
「私はそこまでアイドルという仕事に拘ってないからね。思うようなパフォーマンスができなくなったら辞めようとか考えていたよ」
NextVenusグランプリ、I-UNITY、IMF、そして今回のVenusグランプリ。他のライブや仕事の数々のことまで、今まで辿ってきた軌跡を私は思い返す。
ライブの楽しさからアイドルを初めて、お兄ちゃんが倒れたときに本気になって、それでも壁にぶつかって、心無い言葉も言われて、Venusグランプリではライブも壊されて、今まで色んな事があった。でもそれでも前に進んでこれたのは、私が一人じゃなかったからだ。
「……さっきのファンとの握手会で、YUKINOを応援してくれるって人がいてさ。その子も季乃と同じ言葉を言ってたんだ。ずっと、って。ずっと応援し続けるって」
今まで支えてくれた皆には感謝が尽きないし、その恩は返さないとって思う。でも、だからといってそのために生きていくのは違うって思った。
「その言葉は嬉しかったけど、正直困っちゃうよね。私はずっと続けたいなんて思わないから」
季乃は驚いたように私を見つめた。この子は根が純粋な子だから、こんな言葉を言うと傷つくかもしれない。でも、私も私自身の本音を彼女に伝えておきたかった。
「私はライブが、アイドルという職業が楽しいと思えなくなったら、そこで辞める。これは今後も変わらないよ。季乃には悪いけど、そのときが来たらYU☆KI★NOは解散になると思う。……でもね」
私は季乃を手を握り、言葉を続ける。
「今は最高に楽しいよ。皆が……ううん、お兄ちゃんが、鏡花が、季乃が私を楽しくしてくれているから」
私は季乃に向かって笑みを浮かべた。
「これからも私を飽きさせないでね」
季乃は驚いた表情から一転、その口元に三日月を浮かべ悪い笑みを浮かべた。
「つまり、有希ちゃんをずっと楽しませ続ければずっと一緒ってことですよね?ふふ、任せてください。私は絶対に離しませんよ。だって楽しいことが好きなのは私も一緒なので。二人でずっと楽しんでいきましょう?」
「そうだね。その時まで、ね」
「ずっとですよ」
二人して笑い合う。……私も言いたい言葉は言えたし、そろそろレッスン始めないと。
「あ、そうそう。有希ちゃん。私からも一つあります!」
「何?」
「私もさっきの握手会で、ファンに励ましの言葉と、あーだこーだこういったところは良くなかったよね、なんて色んな事を言われたんですけど、そのおかげで気づきました!」
……色々とアドバイスをもらっていたらしい。この子も苦労しているんだなぁって思った。
「私はもう迷いません。もう迷わない」
「好きだねその台詞」
「ふふ、だから、有希ちゃんも準決勝は安心してください!準々決勝みたいなことにはならないので!」
「そっか。また弱虫な季乃を見れるかと思って楽しみにしていたんだけどね」
「悪かったですね!私は誰かの予想を遥か上を往くアイドルですので!」
「それでこそだね」
楽曲の準備を進め、レッスンを再度開始させる。
ようやく、様になってきたと思えた。