星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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舞台裏のラストステージ

 

 ついにYU☆KI★NOと夢野光のライブバトルの日が来た。有希と季乃を会場に送り届けた後、俺は一人ステージの舞台裏にやってきていた。

 

 演出の最終調整やスタッフとの進行の確認、YUKINOの全体の動きの確認等、やるべきことはいっぱいあるが、それよりも前に、一つだけやっておかないといけないこと、いやケリを付けないといけないことがあった。

 

 歩を進めていると、視界の先に目的の人物が見えてくる。

 

 きちっとしたスーツ姿と黒髪。そしてどこまでも深い目をした男。

 

「お久しぶり……ってほどでもないですね。おはようございます。神野司さん」

 

 彼は俺を見るや、底しれぬ笑みを浮かべ口を開いた。

 

「おはよう。御堂慎二」

 

 ここが俺の決戦のステージだ。

 

 

「急に呼び出してどうしたんだい?僕もライブ前だから準備で忙しいんだ。手短に頼むよ」

 

「わかりました。では手短かに。……窓の準備ですか?」

 

「……」

 

 Venusグランプリの会場、ダイアモンドステージはその名が示す通り、ダイアモンドのような形をしている会場だ。その天井にはこの会場の特徴である窓が敷き詰められ、その外側に開閉式の屋根が存在する。

 

 自然な演出を取り入れるという名目で存在するその窓だが、会場を調べていくと、とある仕掛けが存在することに気がついた。

 

 それは会場の窓自体を遠隔で開閉できるということ。それも一面単位ではなく、一つ一つに対して調整を行うことができる。

 

 つまりそれは、窓の調整によって、自然の光を人工の光の様に操作して演出を作り上げられるということだ。

 

 実際に自分でも動かしてみたが、操作難易度は高いものの意図した演出を生み出すことは可能だった。

 

「……驚いたよ。それに気づいたのは君が初めてだ」

 

「正確には俺じゃなくて、古都ことなんですがね」

 

「なるほど。やはり彼女には警戒するべきだったか」

 

 夢野光のライブを舞台裏から見ていたからこそ気づけた窓の違和感。自然の光をまるで手足のように扱う仕掛けには鏡花も驚いていた。最も彼女が憤ったのはこういった仕掛けにではないが。

 

「えぇ。ついでですし、古都こととのライブの絡繰りも話しておきます」

 

「絡繰りなんて酷いじゃないか」

 

「絡繰りですよ。ほんとに」

 

 夢野光のパフォーマンスは素晴らしい。でも彼女のライブは出来過ぎている。窓の仕掛け以外にも、そこにはやはり仕掛けがあった。

 

「アクティブノイズコントロール。音波と逆位相の音波をぶつけ特定の音波を相殺する。要はノイズキャンセリング技術ですね。それを開場中に響き渡らせていましたね?」

 

 夢野光のライブ以外の音が聞こえなくなったのがこれだ。彼女の音だけを通す音波を先んじて開場中に響かせ、彼女以外のあらゆる音を遮断させた。

 

「冗談は止してくれ。そんなこと可能だと?」

 

「可能ですよ。実際に検証もしました」

 

 鏡花と一夜過ごした日、風見家の協力の下、様々な実験と検証を行った。その結果、風見家直々から可能だという判断を貰った。

 

「実際に研究で作った小型のものを借りてきました。試してみます?」

 

 鞄に手を入れ、手のひらより少し大きめのスピーカーのような機械を取り出す。

 

 彼はそれを一目見て、冷たい瞳で首を振った。

 

「いや、いいよ。それの効果はよくわかっている」

 

「そうですか」

 

 その返事は肯定だ。考えが間違っていないことに安堵しつつ、俺はその機械を鞄に締まった。

 

 まだここで緩むわけには行かない。

 

「だけど、それの設置はどうするんだい?会場中に響かせるんだ。そんな小型のものじゃできないだろう?」

 

「えぇその通りです。だけどそれも窓の仕組みと同じですよ」

 

「同じ?」

 

 俺は鞄から紙束を取り出す。ダイアモンドステージに関する資料だ。

 

「ダイアモンドステージは、八年前竣工したステージです。それ自体に問題はないのですが、その建築に当たって調べていくうちに気になる箇所がありました」

 

「……」

 

 資料を捲る。神野さんは無言でそれを見つめていた。

 

「丁度九年前、完成間近となったとき、突然内部仕様において変更があったそうですね。そしてその変更の指示を出したのは、スポンサーでもあったあなたの所属事務所」

 

「何が言いたいんだい?」

 

「このダイアモンドステージは、夢野光のために作られたステージ。だからいくらでも仕掛けも作ることができる。違いますか?」

 

 鏡花と調べたが、夢野光がライブバトルを行うステージはダイアモンドステージがほとんどだ。それがこのステージが夢野光のために作られている何よりの証拠だろう。BIG4で挑戦を受ける立場だから、世間体的にもステージが変わらないことに違和感は生まれないという完璧な偽装もある。

 

 神野さんは苦笑を浮かべる。だけど、否定はしなかった。

 

「そして一番はあの演出です。雲が晴れ光が差した。あれ雲が晴れるタイミングを計算していましたよね?」

 

 夢野光のライブ前の違和感の正体がこれだ。彼女は雲が晴れるタイミングまでMCを伸ばし、会話を続けていた。誰の主導かはわからないけど、彼女もその演出を知っていたのだろう。

 

「おいおい、窓による光の調整ならまだしも、雲を晴らすなんてことができるわけがないだろう?」

 

「そうですね。その通りです。雲を晴らす手段は考えられていますが、実現するには大規模な取り組みが必要で、それをやると否が応でも目立つ」

 

「そうだろう?」

 

「でも、雲を人工的に発生させることは可能ですよね。そして現在の気象技術なら、風の流れからいつごろ太陽が覗くかは想定できる」

 

「だからそれは」

 

「人工降雨。クラウドシーディングって言うんですね。人工的に雲を発生させ、雨を降らすことは技術的にも可能で、実際に稼働させた実績もある。現にあのライブ前の天気予報もかなりズレてましたよ」

 

「……」

 

 神野司は、何も言わなかった。それは肯定しているのか、ただ言えないのかわからない。けども、ここまで調べるなかで彼の人となりがようやく見えたから、言えることがある。

 

「神野さん、俺はあなたのことを勘違いしていました。盲目なんだって、夢野光という圧倒的な光に晦まされた信者なんだとそう思っていました。でも違った」

 

 彼は信者なんかじゃない。というよりも彼こそが。

 

「あなたが夢野光というアイドルを作り上げている。圧倒的な夢の光を生み出し、奇跡を司る。まさに神のようなやり方じゃないですか」

 

 神野司はその真っ黒な瞳を俺に向けた。どこまでも昏いその瞳に、感情が宿った。

 

「……その通りだよ。君の言う通りさ。僕が夢野光というアイドルを作り上げてきた。夢野光のライブバトルのステージがここでしか行われなかったのも、彼女のライブが奇跡と呼ばれているのも、採点AIでの最高点を取れているのも僕が全てそうなるように制御してきたからさ」

 

 彼はその口元に笑みを浮かべた。歪んだ狂ったような笑みを。

 

「だけど、それがどうした?最高のアイドルを司り、最高のステージを作り上げるのが悪いとでも言う気か?」

 

「……」

 

 ライブとはそういったものではない。マネージャーをやってないころの自分だったらそう言っていただろう。

 

 アイドルのライブとはファンのためにあって、ファンはそんなアイドルを見るためにある。そこにそれ以外の邪念を、想いを持ち込むべきではない。マネージャーが、アイドルを、ファンの感情を制御するような真似は正しいとは思えないから。

 

 でも、俺もマネージャーになって、YU☆KI★NOというアイドルを見るようになって、その考えも変わった。

 

 簡単な話、ライブとはアイドルの想いの表現の場なのだ。だから最も大事になるのは、ファンでもなくマネージャーでもなく、アイドル自身がどう思っているか。

 

 YU☆KI★NOは楽しみたい、楽しむために勝ちたいという想いがあった。古都ことには皆に夢を見せたいという想いがあった。

 

 じゃあ夢野光には何があるのだろう。

 

「夢野さんは、それをどう思っているんですか?」

 

「光かい?彼女は何も知らないよ。ただ僕が制御するままに彼女は……」

 

「違いますよね。夢野さん」

 

「……え?」

 

 俺がここに呼んでいたのは神野さんだけではない。

 

 まだ幕が上がっていない舞台から、綺麗な金髪の姿の女性が姿を現す。驚いている神野さんに向かって速足に歩を進めた彼女は、神野さんの前に立ち、

 

 そして、彼の頬を叩いた。

 

 パチンッという甲高い音が響いた。

 

「……神野。私いつも言っているよね。自分のことを卑下するのは止めてって。まるで自分が悪いみたいな発言をするのを止めてって」

 

「……光。どうしてここに」

 

「彼に呼ばれていたのよ」

 

 神野さんから怒りの籠った視線を向けられる。別に神野さんだけを呼んだとは一言も言ってないんだけどな。

 

 でも、まぁやっと、偽りじゃない、もっともらしい感情が見えた。

 

 その事実に思わず笑みが浮かんだ。

 

「神野、私知っているから。この会場が私のために作られ細工を行っていることも、なんで私の得点が高いのかも、なんで私が負けないのかも、全部知っているから」

 

 神野さんの瞳が動揺で揺れ動く、彼の瞳はもう昏くなんてない。結局のところ、彼が深いように感じたのは彼自身がそうあるように振舞っていて感情でさえ作っていたからだろう。

 

 今の彼はただの一マネージャーだ。

 

「……だけど、私のパフォーマンスが情けないから。まだまだ皆の夢の光になれてないから、神野がそうしてくれているというのもわかるよ。だって私ダンスが下手だもの」

 

「そんなことない!」

 

 ……夢野光がダンスが下手というのは、有希も気が付いていた。ダンスに型と呼ばれる形があるのは事実だが、型にはめた完璧なダンスは堅苦しくて辛い。ダンスは完璧であってはいけないものだって、語っていた。

 

「事実でしょ。私がデビューする前のことを知っている神野ならわかっているじゃない」

 

「……確かにダンスはそうかもしれない。うまくなかったからこそ、完璧なお手本をトレースさせた。でも光のパフォーマンスが情けないなんて、皆の光になれていないなんて思わない!」

 

「ならなんでこんなことしたの?私が満足させることができてないから、こんなことしているんでしょ?」

 

「それは……」

 

 神野さんは言い淀み、そしてぽつりとつぶやいた。

 

「……僕が見た光は、この世で見た何よりも輝いていた。美しいと、この光を一欠片も欠かしてはいけないとそう思ったんだ。だから、夢野光は国民的アイドルで最強のアイドルでないといけない。誰にも何にも負けてはいけない」

 

 その言葉に偽りは見られない。夢野光は彼の言葉を聞いて、一つ頷くとその口元に笑みを浮かべ、呟いた。

 

「うん、知ってるよ」

 

「……光?」

 

 いつものような無邪気な言葉だった。事前に鏡花から怒っていた理由と彼女の事を聞いていたから、俺は驚くことはなかったし、夢野光の発言が茶番だということもわかっていた。だって彼女は。

 

「全部知ってる。全部わかってる。神野の気持ちも全部わかってる。神野が私が気づいていることを知らないことも全部、全部知ってた。ごめんね、ちょっと意地悪しちゃった」

 

 でもね、と彼女は言葉を続けた。

 

「嬉しかったよ。神野が夢野光のためにやってくれていたことは私にとっても大事な事だったから。だから私は神野のことはずっと信用していたし、何をしていても私は口を出さないでおこうって思っていたの」

 

「……それはどういう」

 

「……長い間、トップアイドルであり続けてきて一つわかったことがあったの」

 

 神野さんの言葉に夢野光はその掌を胸の前で握りしめた。その想いの丈を大切な想いを握りしめるように。

 

「勝ち続けてずっとトップでいたから、色んな景色を見てきた。良いものも、見たくないものもいっぱいあったわ。でもね、そこで気づいたの。皆、夢野光に夢を持ってくれているんだって。だからこそ、想いを抱いてくれるんだって」

 

 夢野光は長い間勝ち続けたからこそ、アイドル業界から反感を買い無理やりその座から落とすような真似事もされている。でもそれでも彼女がそこに立ち続けているのは、皆が自身に対して見続けてきた夢を自らの瞳で見てきたからだろう。

 

『すなわちアイドルとは――夢、そのものです』

 

 鏡花が言った台詞が脳裏に過る。きっと鏡花が思う夢の完成形が彼女なのだろう。

 

「だから私は、皆の夢で皆の光であり続けないといけない。それが皆に夢を与えたトップアイドルとしての定めだから。その定めを叶えるためには、私はどんな手を使おうともトップアイドルであり続ける。神野の力を使ってでも」

 

 そしてそれが鏡花が怒った理由だ。自身の夢の完成形である彼女が、その夢を叶えるために自身以外の力を使って夢であり続けようとしていたこと。それが、鏡花のアイドルとしての在り方に、プライドに触った。

 

「だからね、神野。悪ぶるのはやめて。神野の振る舞いは悪くない。むしろ、トップアイドルのマネージャーとしてあるべき振る舞いだから」

 

「光……ごめん」

 

「謝らないで。私も神野には感謝しているんだから」

 

 彼女はそう呟くと、神野の手をぎゅっと握った。

 

「ここまで夢野光を夢であり続けさせてありがとう。そして、後は任せて。私だけの力でも夢の光であり続けて見せるから」

 

 そう言って、二人はじっと目を合わせ笑みを浮かべた。……なんだか居心地が悪くなってきた。このために呼んだわけじゃないんだけど。

 

 まぁでもいいか。これでようやく二人の事は理解できた。ライブの謎も解けたし、後は念のためその仕掛けを使えないように解除しにいくことだけ、か。

 

「じゃあ、俺はこの辺で失礼します。仕掛けをすべて取っ払ってきますので」

 

「……君は悪い人だね。今の話を聞いてまだ僕がその仕掛けを使うと思うのかい?すべてバレているんだ。僕の方から解除しておくよ」

 

「そうですか」

 

 さっきの話を聞くと、むしろ隠し通してでも続けそうな気がしたんだが……まぁ光ちゃんの言葉を信じておこう。

 

「勝つよ。トップアイドルとしてのプライドにかけて、絶対に」

 

 勝つ、彼女たちに初めて会ったときは俺が言った言葉だったな、とふと思い出した。あの時の言葉を踏襲するならこの言葉を返すのが相応しい。

 

「やってみせろよ」

 

 悪いが今のYU☆KI★NOは、誰にも負ける気はしない。

 

 俺は満面の笑みを浮かべた。

 

 

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