YU☆KI★NOは今回は先行だ。舞台裏に戻ると、急ピッチでメイク直しを進め、舞台に立つ準備を整える。
その間にも観客の声は鳴りやまない。おかげで私のテンションも上がりっぱなしだ。さすがにライブに異常を来たしそうなので、少しでも落ち着けるため隣で準備していた季乃に声を掛けた。
「季乃」
「どうしました?」
こてんと首をかしげ、可愛らしく聞いて来た彼女の姿。普段通りの様子にちょっとだけ心が落ち着いた。
「髪跳ねてるよ」
「え!?嘘!ど、どこですか!?」
「嘘」
「もー有希ちゃん!!」
「ごめんって」
ばしばしと腕を叩いてきた季乃に軽く謝っておく。特に話したいことはないけど、なんとなく話したい気分だった。
「そういえばなんだけど、季乃はなんでアイドルとしてデビューするときに私を誘ったの?」
「えっとですね。……私、養成所時代からあんまりダンスがうまくなかったんですよ。だから、ダンスが上手い人を隣に置いてその人に任せればカバーできるかなぁって考えからですね。後は有希ちゃんは社交性が高いのも知っていたのでうまく立ち回れるかなぁって考えもありました」
「そんな打算的な考えからなんだ」
「ですです。でも今は有希ちゃんでよかったなって心の底から思ってます」
「それは私のダンスが世界一だったから?」
「違いますよもう」
季乃は照れくさそうにそっぽを向く。相変わらずかわいい子だ。
「有希ちゃんがずっと一緒に居てくれたから。守ってくれたから。私はずっとここに居たいって思ったんです。有希ちゃんと笑って、そしてアイドルとして在り続けたいって思ったんです」
「……」
恥ずかしそうに、でも真っすぐ目を見て言われた言葉に驚き、その言葉に徐々に顔が熱くなってくる。正面から真っすぐなことを言う子じゃないのに、なんでこういったときだけ言ってくるんだろう。
「だから……ううん、この言葉はここで言うべきじゃないですね」
彼女はそこで区切ると、笑顔を浮かべた。アイドルらしい、斎木季乃らしい、とびっきりの笑顔を。
「ステージで伝えて見せます」
「……ふふ」
それでこそ季乃だ。そんな季乃だからこそ私は信用してステージに立てる。
でも私だけ伝えないのは季乃に悪いかな。なら私は一つだけ伝えておこう。私はステージでは伝えないから。
「季乃、大好きだよ」
「……え?」
呆気に取られていた季乃の手を持ち上げ、そっと口づけを落とす。顔が熱い、けども私は伝えるべきだ。
「季乃がいたから私はここにいる。季乃がいたから私は笑っていられる」
「ゆきちゃん……?」
顔を見ると恥ずかしさで言葉が伝えられなくなりそうだから、横を向きながら、それでも言葉はしっかりと。
「季乃、一緒に居てくれてありがとう」
「……!」
顔が熱い、自分でも真っ赤になっているのがわかる。布団に突っ伏したくなるほど恥ずかしいけど、言ってよかったなって思った。
その時、体に何かがのしかかった。見れば季乃が私の体を抱きしめていた。
「ずっと一緒にいましょうね!」
「その時までだよ」
暑苦しいので季乃の体を押し離そうとするが、季乃がそれ以上の力で抱きしめてくる。
「二人とも準備は……ってお邪魔だったか」
しばらくその掛け合いを続けていると、背後から声がかかる。見ずともわかる。お兄ちゃんだ。
「何?ついでだし季乃離すの手伝って」
「んー……まぁそのままでいいんじゃないか?」
「何こいつ」
気分が下がった。モチベーション上げに来たなら最悪の言動だ。やっぱりお兄ちゃんはどこまで行っても変わらない。
「そろそろ出番だ。二人とも衣装乱れているからちゃんと直すんだぞ」
「はーい」
季乃はその言葉に従い、私から離れると鏡の前に向かっていった。お兄ちゃんの言葉に素直に従ったことに、ちょっとだけムカつく。
「有希、ちょっといいか?」
「何?」
「ありがとな。季乃を、YU☆KI★NOを守ってくれて」
「……」
視線を上げると、お兄ちゃんは笑みを浮かべていた。久しぶりに見た、小さいころによく浮かべていた笑みだった。
「……別に大したことしてない。それにもっと早く言えし」
「それもそうだな。ごめん。いつも有希には謝ってばかりだ」
なんでこいつまで感傷に浸っているんだろう。こいつが普段通りじゃないと、調子狂う。
「そうだね。もっと頑張れ」
「うん、頑張るよ。だから有希も精一杯頑張れ」
そう言って、お兄ちゃんは昔よくしてくれていたみたいに私の頭に手を置いて優しくそっと撫でた。
……なんで今そういうことするかなぁ。
「わかったから、撫でないでよ。恥ずかしい」
「小さい頃は喜んでくれてたのに」
「誰のせいだと思ってんの」
「俺のせいだな。悪いと思っているよ」
はぁとため息が溢れる。お兄ちゃんのこういったところがずっと好きになれない。
ま、でも好きになる必要なんてないか。お兄ちゃんは所詮お兄ちゃんだし。
頭に乗せられていた手をそっとどけると、お兄ちゃんは改まった目で私を見つめ口を開いた。
「有希、お前のアイドルとしてのパフォーマンス。全部ぶつけてこい」
「はっ、言われなくてもそのつもりだよ」
思わず口角が上がる。相変わらず人を乗せるのが上手い。けど、今だけは許してあげる。
そうこうしていると、季乃が衣装を整え直し戻ってきた。
「私がいない間にイチャイチャしてましたね!」
「してないよ」
「もう!有希ちゃんも慎二さんも私のものなんですからね!」
「いつの間に季乃のものになったんだ?」
「わかんない」
二人で苦笑を浮かべた後、お兄ちゃんは季乃へと向かっていく。彼女の目の前にたどり着くや、懐から小さな箱を取り出した。
「季乃、準々決勝の前サプライズするって言っていただろう?遅くなって悪いがプレゼントだ」
「え、こ、これって」
「開けても構わないぞ」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。わ、私はまだ未成年で、あの」
「十八歳以上は成人になったんだぞ」
「そ、そういうことじゃなくて!えっと嬉しいです。でも、私はまだアイドルだから今はまだ」
「……何の話をしているんだ?」
訝しげに見ているお兄ちゃんの姿に思わずため息が溢れる。普段は目敏いのにどうしてこういったときだけ鈍くなるのか。
「季乃、取り敢えず開けてみたら」
「えっと……そ、そうですね……ちょっとだけ、ちょっとだけみます」
そう言って季乃は恐る恐る大切なものを扱うように、慎重にその箱を開いた。
そこに入っていたのは。
「……ネックレス?」
小さな星があしらわれたシルバーのネックレス。控えめな上品さで、大人の女性らしい印象を覚えるネックレスだ。
「……何にしようか迷ったんだが、どうせなら形に残るものがいいかなって思って。……気に入らないなら家にでも飾っていてくれ」
「……」
季乃は思っていたものと違ったようで、驚くような仕草を見せていたが、やがてそのネックレスをまじまじと眺めたあと、そっと持ち上げ、自らの首へと掛けた。
「似合っていますか?」
「あぁ、綺麗だよ」
「えへへ」
はにかむような笑みを浮かべた後、季乃はネックレスを大切に握り、そっと外して箱の中に戻した。
「プレゼントありがとうございます。でも今はアイドルの斎木季乃なので外しておきますね。……一生大切にしますから」
「そんな大袈裟にしなくても」
「一生ですよ」
そう言って、季乃は大切に鞄へと仕舞う。……なんだかちょっとだけ嫉妬してしまう。
「季乃、手貸して」
「えっと?どうぞ」
差し出された手に指を絡ませる。驚いた声を上げていたが無視だ。
お兄ちゃんはそんな私たちの様子に苦笑を浮かべた後、季乃に向かって口を開く。
「季乃。悩んでいるときに傍にいられなくて悪かった。相談に乗ってやれなくて本当に申し訳なかったと思っている。……けど、季乃が聞きたいのはこういった言葉じゃないだろ?」
「え?」
「季乃、結局季乃はどう足掻こうが斎木季乃だ。お調子者で快楽主義で誰かを誂うのが大好きで、確かに困ったところもあるが、仕事にライブに、何よりアイドルに全力で取り組む一人の少女。それは誰にも変えられないんだよ。季乃自身にもな。だから季乃はそのままでいいんだ」
「……うん」
「安心しろ。季乃を馬鹿にするやつは全員俺と有希が蹴散らすから。有希は強いからな。誰にも負けないぞ」
「ぷふ、なんですかそれ。……でも」
季乃はそこで止めると、その場でそっと笑みを浮かべた。
「その言葉が聞きたかったです」
二人は見つめあい笑っていた。そのうちキスでもしそうな甘い雰囲気だ。本当にキスされても困るので、隙を見て声を掛けておく。
「二人とももうすぐライブだからね」
「そうだな。……季乃、全力で挑んでこい!」
「はい!任せてください!!!」
そのタイミングでスタッフから声が掛かる。もう出番みたいだ。
舞台袖まで行こうとして、ふと疑問に思ったことがあった。
「そういや、お兄ちゃん。私には何もないの?」
季乃にプレゼントしたんだ。私には何もなかったんだろうかと思っての発言だった。
「そう言うと思ってだな。ちゃんと用意してある」
お兄ちゃんから渡されたのは黒色の小さなブレスレット。暗い青で彩られた星が綺麗なブレスレットだ。
「……なんかムカつく」
「気に入らなかったなら家にでも」
「そういうことじゃないし」
私も一度だけそれを付けて、すぐさま仕舞う。似合っているというクサい言葉は聞こえないふりをした。
舞台袖までたどり着き、もう数歩でステージに上がるところまで来た。ラストステージではないけど、それくらいの意気込みが籠もったライブになるだろう。
「さて。今更語ることもないし、いつものやっとくか」
「楽しんでこいよってやつ?あれ気合入れるには微妙じゃない?」
「え」
「ふふ、こういうときもあろうかと、季乃ちゃんが掛け声考えてます!」
そう言うと季乃は私に耳打ちする。……ま、悪くはない。
「じゃあ行きますよ!」
私たちは隣立ち、お互いに指を重ね合う。互いのイニシャルであるYとKで、二人で星を描くように。
「世界を舞台に」
「旋律を響かせ!」
「「全力で楽しもう!YU☆KI★NOオンステージ!」」