やったぁという季乃の良く響く声が舞台裏まで聞こえる。ライブは俺も見ていたし、有希と季乃がどれだけ苦悩して頑張ってきたかを知っているから、この勝利に俺も思わず目頭が熱くなる。
でも、俺が涙を見せるわけにはいかない。
俺は一人涙をぬぐうと、舞台裏で彼女たちが降りてくるのを待つ。
お客さんへの感謝と挨拶をした後、彼女らはステージから名残惜しそうにゆっくりと降りてきた。ぎりぎりまで笑顔で手を振っている姿が眩しかった。
「有希、季乃。お疲れ様」
「おつかれー」
「お疲れ様です!見てましたか!!」
「あぁ。YU☆KI★NOらしい、最高のライブだった。いつまでも見たいってそう思った」
「ふふ、そうでしょう!だって私はアイドルですから!Iam Idol!」
自信気に胸を張ってそう言いのけた季乃にもう影は見られない。この曲を作って、ここで歌って全てが吹っ切れたのだろう。そんな彼女の事が誇らしかった。
「季乃、よく頑張った」
思わず頭に手を伸ばそうとして、止める。今の俺にはそうする資格はない。
「今の季乃はご機嫌なので、撫でてくれて構いませんよ!」
「……また、後でな」
「えぇ?」
季乃は不満げにしていたが、舞台裏にいたスタッフの姿を見てか納得したように頷き、そしてにやにやとした笑みを浮かべた。
「ふふ、独り占めしたいってことですね。わかりました。今は大人しくしておきます」
……何やら勘違いしているようだが、まぁ引いてくれたので良しとしよう。
「有希も最高だった。……見違えたな有希」
「いつと見比べてんの。でも、ありがと」
そう言って有希は小さく笑みを浮かべる。有希も勝利の余韻でテンションが上がっているようで、いつもの毒舌も鳴りを潜めているようだ。いつもこれだったら可愛いんだけどな。
「ダンスも歌も最高だったぞ」
「んー」
顔は合わせてくれないが、少しだけ柔らかくなっている口元からして満更でもなさそうだ。
……もう少し褒めちぎってあげたいが、マネージャーとしても声を掛けるべきだ。俺は改めて気を引き締めた。
「有希、季乃」
「ん」
「はい!」
「二人とも本当に立派なアイドルだった。誰がなんというと、二人はアイドルで、YU☆KI★NOだ。俺はそんなYUKINOが大好きだ。だからこれからも」
有希は気だるげな様子で、季乃はどこか含んだような明るい様子で、その姿がとても愛おしかった。
「二人らしくいてくれ」
「……」
「……えっと、何かありました?」
「何にもないよ。さ、二人とも疲れただろうが、勝利インタビューもすぐにある。楽屋に戻って少しでも体を休めてくれ」
勝利の雰囲気を崩したくない。俺は急かすように彼女らを楽屋に押しやる。
「……」
勝敗がついてステージからアイドルたちが居なくなっても、驚きの混じった声が鳴り止まない。それだけYUKINOが成し遂げたことが大きかったのだろう。
YUKINOの勝利と成長は心の底から嬉しい。これなら、例え俺がいなくなっても自分たちの力で歩んでいける。
そのことに安心し、同時に胸の中に何かが突っかかるような痛みが走った。
「御堂」
痛みを感じていると声が掛けられる。ライブ前も聞いた芯のある声。
振り返ると、そこには神野さんが立っていた。
「負けたよ。完敗だ」
「言ったでしょう?YUKINOは誰にも負けないって」
「あぁ。確かにYUKINOもすごかった。光も負けたって泣きながら言ってたよ」
……彼女が泣いていたのか。皆の夢になって、ずっとそこにあり続けた彼女は、その場所を奪われたときに何を思ったのだろうか。
少なくとも俺には考える資格はないな。
「でも、僕が負けたと思ったのは君にだよ」
「……何のことですか?」
「とぼけなくていい。……君が全部仕組んでいたんだろう?」
「……言っている意味がわかりませんね」
「別に責める気は一切ないのだけどね。……順に説明していこうか」
神野さんはスマホを取り出し、SNSを開いた。俺が使っていたものと同じSNSだ。
「YUKINOのサニーピース戦。あの件以降YUKINOはSNSを中心に強いバッシングを受けていただろう?川咲さくらが泣いていて、それがYUKINOのせいだって。でもあのバッシングは不自然だったんだよ。だって川咲さくらは結果発表のときに眼鏡を付け、その目はほぼ見えなかった」
「……目敏い人がいたんじゃないですかね?」
「かもしれないね。発信元を見つけ出したわけではない。それが誰だったのかはわからないさ。でもね、その発言を広めた人物がいたのは確かだ」
彼はそう言って、SNSの画面を俺に向ける。
そこにはフォロー数が十万を越えたアカウントが表示されていた。
「アイドルレビュー系のインフルエンサーだってね。とある日を境に活動は停止していたが、ある日途端に再開し出している。それが、YUKINOのサニピ戦後だ」
「それがどうしたんですか?」
「僕の知り合いに元BIG4で今回のVenusグランプリにも出ているアイドルのマネージャーがいてね。彼が言うにはこのアカウントの持ち主は今はアイドルのマネージャーをしているらしいんだ」
「そうなんですか」
「うん、ここまでの証言から、仮に君がこのアカウントの持ち主だとすれば、全て辻褄が合うんだ」
「……」
「君は人を見る目がある。誰がどういった考えで動き、その結果どうなるかを考えきれる力がある。……君なら、斎木季乃がどう考え、どう動き、どういった結果になるのか、わかっていたんじゃないか?」
「……」
「それの一つの回答がWhat is Meだ。彼女の悩みがあのライブを作り上げた。そして、彼女が折れないようにリズノワに託していた。違うかい?」
「……」
「その後のあの怒声はさすがに仕込みではなかったみたいだけど、予想していたことだったのだろう?だからこそステージを立て直すための曲をすぐに用意できた。というより、ライブ前から用意していたといった方が正しいか」
「……」
「そして夢野光とのライブバトル。ここに全ての回答を持ってくる。YUKINOが持つアイドルとしての全てを見せつける。……全て筋書き通りだったんだろう?御堂」
「…………例えそうだとして、それが勝敗に何の関係があるんですか?」
「君のところの社長。朝倉社長がよく使う言葉にこういった言葉がある。――アイドルに必要なのは物語だ、と。そして、ファンとはアイドルが思っているものがわかるものだ。……君はファンに、世間に見えるようにわかりやすく物語を作り出したんだ。その物語が人々の心を打たせ、あのライブを作り出した。そうだろう?」
すぐに言葉は返せなかった。SNSの投稿を削除し忘れた問題はあったものの、そこから俺にたどり着くとは思っていなかったから。
さすがだよ。この人は。
「はい、全て俺の筋書き通りでしたよ。立派な、感動的な物語だったでしょう?」
「……本当にね。僕も戦い方を間違えた」
そう言って彼は、敵意の籠もった鋭い視線を向けた。
「最初から君とは全力で挑むべきだった」
「俺とあなたとでは実力差がある。真っ当にやっても勝てないから、ですよ」
「よく言うよ」
神野さんは吐き捨てるようにそう呟くと、俺に背中を向けた。
「また会おう。君とは良い戦いができそうだ」
「俺は二度と会いたくはないですがね」
笑い声が響く。本心なのに困ったものだ。
でも、まぁ一つだけ言えるのは。
神を越え、夢を終わらせる。たった一つの冴えたやり方は、正しかったということだ。
そのことに安堵し、再びちくりと胸が痛んだ。