絶対的なアイドル夢野光の敗北と、今回のVenusグランプリのダークホースであるYU☆KI★NOの勝利は大々的に広まり、その取材依頼がバンプロに多数押し寄せた。
とはいえ、Venusグランプリはまだ終わっていない。取材は一同を集めた一度だけの短時間のインタビューだけに留め、YUKINOは決勝戦に向けて更に自分たちのパフォーマンスを磨いていた。
けれども、やはりというべきかそこで止まってくれないのがマスメディアという生き物の性らしく、我がバンプロ社には引っ切り無しに連絡が掛かり、俺もその対応に追われていた。
「はぁ……」
俺は電話を置くと思わずため息が溢れた。
出ても出ても夢野光がーとかYUKINOがーとか聞いているとうんざりしてくる。名前が出てくるのは嬉しいが、声音から話題が欲しくてやっているだけってのが伝わってくるから余計に嫌になる。お前たちのためにライブしていたんじゃないっての。
仕事の連絡に関しても大量に入ってきたが、こういうのもVenusグランプリが終わってからにしてほしい。YUKINOの二人ともちゃんと相談してどういった方針で動くか決めたいから。
有名になるのは嬉しいけど、こういった輩が増えるのは俺として複雑な気分になる。なんだかなぁと椅子にもたれかかり、天井を見上げると、そこに厳つい男の顔面があった。
「うわ」
驚いて椅子から転げ落ちそうになる。なんとかバランスを整え、改めて振り向くとそこには朝倉社長の姿があった。やべぇよ俺、うわとか言っちゃった。
「……疲れてそうだな御堂」
「そ、そうですね。でも、YUKINOのためなのでまだまだやれます」
「……」
朝倉社長は指を顎へと当て思惑顔を浮かべる。何を考えているのだろうか、うわと言った罪状だろうか。名誉毀損罪とかになるんだろうか。止めてくれ。
「御堂」
「はい」
「明日は休暇にする。生気を養え」
「……え」
もしかしてクビだろうか。うわと言った罪でクビになったのだろうか。……というのは冗談で、なぜいきなり休暇を告げられたのかよくわからない。今が大切な時期だろうに。
「どうしてですか?」
「君には休暇が必要だと私が判断した」
……そんなに顔色悪かったか?確かに最近ずっと休めていないのは確かだが、一度過労になった経験から、合間を見てそれなりに休んでいるつもりだったんだが……。
そんな俺の事情は置いておいてだ。今は休むわけにはいかないだろう。
「YUKINOはどうするんですか?今休んでいる暇はないと思いますが」
「決勝戦は丁度七日後だ。時間的猶予ならまだある。明日君がいない分は私が彼女たちを見よう」
「社長が?」
今の段階でYUKINOに新しいものを取り入れる余裕はないし、今彼女たちが身に着けるべきものは何もない万全の状態だ。後は怪我しないか無理していないか等を気をつければいいだけなので、ぶっちゃけ誰が見ても問題はないと思う。
それに朝倉社長は直接的にではないが、リズノワやトリエルを育ててきた人物でもある。不用意なことはしないだろうし、アイドルにかける想いも信用も十分だ。任せることには問題はないが……。
「気が進まないか?」
「そういったわけでは……いえ、そうですね。その通りです」
YUKINOが俺のものではないことはわかっているが、彼女たちのマネージャーとして一緒に戦ってきた自覚はある。だから、この大事な時期に手放すような真似はしたくなかった。
朝倉社長は俺の言葉を聞くと、わかっていたかのように小さく笑みを浮かべ、懐から何かを取り出した。
「君ならそう言うと思っていた。……手紙を預かってきている」
「手紙?」
懐から取り出したのは三つの手紙。それぞれ封筒も大きさも違う手紙だ。
「読むといい」
意図がよくわからなかったが、読めと言われるなら読むしかない。まず一番に目についた女の子が使いそうなピンクで花柄の封筒を開く。
これまた可愛らしい便箋には、丸っこく癖のある字が書かれていた。
「……季乃の字か?」
アンケートやファンレターのお返しを書いていたときに彼女の字は見たことがある。
なんでわざわざ手紙を?と疑問に思いつつ、俺はそれを読み進めた。
この手紙を読んでいるということは私はすでにVenusグランプリで優勝し神になっているのでしょう。世界中に斎木季乃の名が知れ渡り、崇め祀られているのでしょう。
というのは冗談で、慎二さん読んでますかー?季乃です★
わざわざ手紙を送るのもどうかなーとは思ったんですが、ポエマー社長に頼むとお願いされましたのでしかたなーく書いてます。本当しかたなーくですよ!口にするのは恥ずかしいからとかじゃないですからね!
えっとですね。えっとですねって書くのも変ですね。こういうの書いたことがないのでちょっとだけドキドキしているみたいです。
まぁそんな話は置いておいて、最近の慎二さん、ちょっと変ですよ?顔が変なのは元からなんですけど、なんか私と距離取ってませんか?傷ついてます。本当に傷ついてます。
だから、一回顔を洗ってきてください。顔が変なので。じゃなくて、一回ゆっくり休んで冷静になってきてください。最近顔色悪いですよ?あ、やっぱり顔が変なんですね。
と、まぁこんな感じです。この手紙を見ているのなら、社長からの休めって言葉に反抗したってことですからね。なのであなたの可愛い季乃ちゃんからのお願いです。
慎二さん、ゆっくり休んでください。私たちなら大丈夫です。
お詫びに今度デート行きましょうね!雪景色観に行きたいです!ではでは!
「…………」
突っ込みどころはいっぱいあったが……そうか。心配されてたか。申し訳ないことしたな。雪景色か、いい場所探しておこう。
俺は便箋を仕舞い、大切に封筒を畳む。季乃からの手紙ということがわかれば、残りの二枚も誰からなのかが自ずと見えてくる。
たぶんこのちっちゃい封筒が有希からだ。
コンビニで買ったような無色の白の封筒だ。あいつらしいと思わず笑みが浮かぶ。
便箋もシンプルで小さい。取り出すと、綺麗な字で中央に一言だけ書いてあった。
休め
「ぶふっ……なんだよこれ」
もっとこうなかったんだろうか。俺は笑いながらその便箋を裏返す。
お兄ちゃんは一々うるさいけど、居なくなったら困る。それにお母さんとも約束したでしょ。もう一人にしないで。
「……」
何も書いてないと思っていたから、一番に驚いた。そしてその内容を理解して、思わず目頭が熱くなった。
口悪い有希のことは俺も思うところはあるが、俺にとっては大切な妹だ。そんなあいつが俺を心配してくれて本心を明かしてくれたのが嬉しい。
でもこの書き方は、たぶん表面だけ先に書いていて季乃に何か言われて裏面に本心を書いたんだろうなぁって想像できて、笑みが浮かんだ。
小さな便箋も大切に仕舞う。となると、もう一枚は。
「私からですね」
はっきりとした鈴の音が聞こえて思わず振り返る。グレーの髪を靡かせた空色の瞳と目が合った。
「あなたの心にラブハート♡愛乃ウツです♡あなたのハートにラブズッキュン♡」
「…………」
思わず頭を抱えた。この子はこんな子じゃなかったのにどうしてしまったんだ。
「忘れられているかと思いまして」
「忘れないから止めてくれ」
きちんと笑顔を浮かべ完璧に演技するから見てるこっちが頭が痛くなってくる。やるなら、せめて俺の前だけにしてほしい。社長の前でやんないでほしい。役者の仕事もできそうだなみたいな目になっているから。
「鏡花。どうしてここに?」
朝倉社長を見るに彼が連れてきた訳では無さそうだ。俺が尋ねると、彼女は目を見て口を開いた。
「いけませんか?」
「いや悪くはないんだけどその理由を…」
「ならばいいじゃありませんか」
「……」
まぁその通りだ。別に俺としても鏡花に居なくなってほしいわけじゃない。話してて楽しいし。
「手紙開いていただいて構いませんよ」
「目の前に書いた本人がいるのにか?」
「私が言う台詞ではないでしょうか?」
「その通りだな」
違和感はすごく感じるが、見てというのならば見ないわけにはいかないな。
古風でお高そうな封筒を開くと、一輪の花が描かれた便箋が姿を覗く。そこには達筆な字で一言書かれていた。
愛してます
思わず鏡花の顔を覗く。彼女は俺がなぜ振り向いたかわからなそうに不思議そうな表情を浮かべた。
「あの、鏡花?これは?」
「あなたへのラブソングです。……覚えていますか?」
「古都ことの楽曲だよな。覚えているよ」
あ、なるほど。あなたへのラブソングの二番にラブレターを渡す歌詞があった。それでこの言葉か。朝倉社長の前だからめっちゃ冷や冷やした。
そう思って鏡花に笑い返すと、彼女は一度不満そうな表情を浮かべた後、真剣に俺を見つめ返した。
「……慎二さん」
「どうした?」
「私は、私が思っている以上に、普通の女の子だったみたいです。だから……私のことを忘れないでください」
鏡花は見たことのない照れた表情で、静かにそう呟いた。その姿がいじらしくて視線を外せなかった。
少しして何か返さないとと思い出し、慌てて言葉を振り絞る。
「忘れないよ」
「そう……ですか」
YUKINOも大事だが、俺にとっては鏡花も同じくらい大切な存在だ。一時も忘れたことはない。……でもそうだな。鏡花がしっかり者だから、彼女に関してはなんでも任せてしまうことが多かったかもしれない。それが彼女を不安にさせていたか。
「ずっと。今後何が起きようとも忘れないよ」
「……はい」
「こほん」
社長からの咳払いが入る。自分もここにいるのを忘れるなということだろう。……我ながら恥ずかしい台詞だったな。
鏡花からの便箋も大切に仕舞い、三つの封筒を鞄へと運ぶ。
これだけ皆に想われているのなら、俺が今やるべきことは一つだな。
「社長、明日休暇いただきます」
「あぁ、ゆっくりするといい」
「はい」
久しぶりの休暇だ。何をしようか。