久々の休日も終え、Venusグランプリ決勝の日が明日に迫った。
集中が切れるから、となぜか一度もレッスン室に入れてはくれなかったが、YUKINOも最後の仕上げで人一倍練習に励んでいた。それだけ二人としても思うところがあるのだろう。
決勝戦の相手は想定通りというべきか、月のテンペストだ。どりきゅんとのゴタゴタがあって、再結成した彼女たちは強敵だ。容易く勝てる相手ではない。
でもそれはYUKINOも同様だ。夢野光を破った今の彼女らは乗りに乗っている。負ける気は一切しない。
「いざとなれば俺が勝たせる」
開場は変わらずのダイアモンドステージだ。神野さんが使っていた仕掛けはまだ使えるし、他のトリックも用意はできる。ここまで来て負ける気なんて更々ない。
「……ん?」
抜けがないか、Venusグランプリに関する資料を再度確認していると、どこかからか音楽が聞こえ始めた。
明るくポップな雰囲気。しばらく聴いていると、そこに声も響き始める。
「……下でライブしているのか」
バンプロの一階のフロアには、小さいながらも設備の整ったステージが存在する。基本的にバンプロ所属のアイドルが定期ライブで使う開場でYUKINOも鏡花もそこでライブしたこともある。
「聞いたことがないな……。新人か」
高く通るような声だが、まだまだムラがあって強弱の付け方も微妙だ。
YUKINOとも鏡花とも比べるとまだまだだ。でも、なぜだかその声が耳から離れなくて、気づけばライブ開場まで足を踏み入れていた。
「〜〜♪」
ステージには三人のアイドルがいた。王道系のフリルドレスで、メンバーカラーであろう赤、青、黄に寄せたカラーリング。
客席にはぽつぽつとお客さんがいるが、まだまだ空きが目立つといった状態だ。
「〜〜♪」
歌もまだまだだったが、ダンスは更に酷い。三人のリズムはめちゃくちゃだし、バランスだって崩しかけている。バンプロ所属のアイドルはライブまでに高い敷居を越える必要があったと思うが、彼女たちはそのパフォーマンスでよくそれを乗り越えられたものだと思う。
でも、なぜだろうか。
「〜〜〜♪」
彼女たちから視線が外せなかった。
「ありがとうございましたっ!!!」
楽曲が終え、三人が同時に頭を下げる。そこでようやく我に返った俺は、慌てて彼女たちに拍手を返した。
「今はまだまだな私たちですけど、これからもっともーと楽しんで、皆も楽しませていきたいです!!だから、これからも応援お願いします!!!」
おー!と声が上がる。根強いファンが付いていて嬉しい限りだ。俺は笑みを浮かべ、同時に再び胸が痛んだ。
……この痛みの理由はなんとなくわかる。でも、今の俺はYUKINOと古都ことの担当マネージャーだから、この痛みとも付き合っていかないといけない。
それが俺が誓ったことであり、そのために俺は、全てを利用して、季乃の感情を操ってまでここまで来たんだから。
舞台袖に去っていく三人のアイドルたちを見つつ、俺は自分の意思を再確認する。
「あ、いた」
オフィスに帰ろうとしていると、背後から声が掛かった。振り向くと、そこにはパーカー姿の有希がいた。
「有希、今日はもう帰るのか?」
「うん、明日は本番だしね。切り詰めるものもないし、今日は休む」
「そうか。わかった」
有希からレッスン室の鍵を受け取り、そういえば、と思い立った。
「季乃はど……」
「必殺!キノーズストライク!!!」
「あぶなっ」
「避けられた!?あばっ!!」
背後から気配を感じ、咄嗟に横へ避ける。背後からタックルを仕掛けていた季乃はそのまま壁へと衝突した。痛そう。
「大丈夫か?怪我してないか?」
「大怪我です。もう明日のライブは出れそうにないです」
「大丈夫そうだな」
「心配してください!」
それだけ騒げれば問題はない。見たところやせ我慢もしてなさそうだ。
「季乃も帰るんだろ?悪いが俺はまだ仕事だから送っていくことはできないが……」
「そうじゃないですよ!有希ちゃん!」
「ん」
季乃は俺の言葉を遮り、有希に合図を送る。彼女は鞄に手をやると、小さな箱を取り出した。
「あげる」
「俺にか?」
「他に誰がいんの」
それもそうだ。俺は有希からその箱を受け取った。掌大の大きさで、金の刺繍が入った真っ黒な箱だ。
「開けていいか?」
「いいよ」
有希の了承を受け俺はその箱を慎重に開く。中に入っていたのは。
「ブローチ?」
星を形どった白銀色の小さなブローチ。手にとって見上げると、その色が黒く変化した。
「おおっ!なんだこれ」
「光の反射で変わるみたい」
太陽の元では白銀に輝き、太陽を遮ると黒く輝く。色の吸収率とか反射率に寄るものだろう。でもこの精度だとすごく高かったんじゃ……。
「私も一緒に選んだんですよ!」
季乃が誇らしげに胸を張る。それを見ていると野暮なことを聞く考えはなくなった。代わりに生まれたのは感謝の気持ちだった。
「有希、季乃、ありがとう。大切にする」
「どういたしまして!」
「うん、これで貸し借りなしだから」
俺が上げたプレゼントのお返しってことか。よく見ると、有希の手元にも、季乃の首元にもそれぞれ星のアクセサリーがある。大切に使ってくれて俺も嬉しい。
「ちなみにそれ、スーツに付けられるようになっているんですよ!付けてあげましょうか?」
少しだけ悩んで、俺は首を振った。
「……これから社外へ出る必要があるから、また後で」
「そうですか……」
季乃は一瞬悲しそうな表情が浮かべたが、すぐに笑顔を浮かべるとピシッと俺を指差した。
「そのふざけた考え、明日のライブで吹っ飛ばしてあげますからね!」
「同感。ウザいのは元からだけど、今のお兄ちゃんまじで腹立つから」
そう言って、二人は俺を見て不敵な笑みを浮かべた。自信たっぷりな含み笑いを。
その姿に驚き、同時に懐かしい感触が胸に響いた。