星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

167 / 195
月が照らし出す

 

「Venusグランプリもいよいよ大詰め!ここに新たな一等星が現れる時が来ました!」

 

 いよいよ決勝戦が始まる。大きな歓声が上がり、開場が揺れる。この歓声の大きさが期待の表れだろう。楽しみではあるが、それ以上に不安や心配の方が大きい。二人は緊張していないだろうか。恐怖で震えたりしていないだろうか。

 

 考え出すと益々心配になってきた。今いる客席を抜け出して舞台裏に駆け込みたい気分になる。

 

「でもそれをやると本気で怒るって言われたし……」

 

 Venusグランプリ決勝戦が始まる少し前、有希と季乃からは舞台裏に来るなと言われてしまった。何の冗談だとは思ったが、どうやら本気らしく、破ったら絶交だ、とも言われてしまった。そんなに俺がいるのが嫌だったのかと思うと、泣きたい気持ちになった。

 

 とはいえ、だ。俺との関係が終わるだけで、あいつらを勝たせられるなら抜け出すつもりではあった。やりようはいくらでもある。そう思っていたんだが。

 

「駄目ですよ」

 

 隣からガシッと手を掴まれる。横を向くと鏡花がいつもの無表情で俺を見つめていた。

 

 あいつらも俺のことはよくわかっている。俺を動かせないために、鏡花を付けてきた。これには俺も参った。

 

「どうしても駄目か?」

 

「駄目です。逃げようとするならば、ペンライトで攻撃します」

 

「止めてくれ……」

 

 ペンライトが俺の膝の上に置かれる。鏡花は武をも優れる風見家の令嬢だ。彼女がそう言っている以上、強引に抜け出すことはできないだろう。

 

 しばらく鏡花と目を合わせ、その意思が固いことを感じ取り、俺は思わず窓越しの空を見上げた。思わずため息が漏れる。

 

「……二人のため、なんだけどな」

 

「それが本当にそうであれば、ですが」

 

「違うってことか」

 

 有希と季乃の想い。アイドルとしてどうなりたいか、そしてそうなるためにVenusグランプリでどうしたらいいか。実際に話し合い、俺なりに考えきったつもりではあったが……まだ甘かったみたいだ。

 

「私からは話すつもりはありません。ですので」

 

 そう言って鏡花は視線をステージに移す。司会者によるMCが終わり、月ストの面々が姿を現している。自己紹介も終わりそうで、いよいよ二人が登場するみたいだった。

 

「彼女たちに聞いてください」

 

 その言葉と共に、水色と赤の対照的な衣装に身を包んだYU☆KI★NOが姿を現した。

 

 

 

『どうもー!!最強で最可愛のあなたのアイドル!斎木季乃です★』

 

『御堂有希だよー。皆元気してた?』

 

 季乃の愛嬌全開のお茶らけた挨拶と、有希の気だるげで友達を相手にするかのようなフランクな挨拶。YUKINOの登場で月スト一色だった空気が一気に変化する。お互いのファンの熱量がぶつかり合い、試合前の緊張感が高まっていく。

 

『それでは!MCバトルの時間です!どうぞ!』

 

『特になし!』

 

『こらこら』

 

 季乃は始まるや否やそんなことを言い放ち、有希に窘められる。そんな二人の様子に月ストの面々も火がついたようだった。

 

『御堂有希!斎木季乃!これまでのライブ見事なものでしたわ。快進撃だと言っても良いくらいのものでした。だけど、それもここまで。最後に勝つのは私たち月のテンペストですわ!』

 

『今日はすずにゃんがセンターなんですか?』

 

『そ、それは秘密ですわ!』

 

『じゃあ秘密交換しましょう!今日の私の朝ご飯はパンでした!』

 

『そんなの秘密の内に入りませんわよ!』

 

『芽衣たちはご飯だったよ!ひっしょうきがん?ってことで豚汁がついてた!』

 

『言わなくていいのですわ!』

 

『ごめんね。こっちのが騒がしくて』

 

『あはは、まぁわかっていたことではあるので……でも、私もすずと同じ気持ちです。私たちも負ける気はありません。皆の想いを背負って、ライブに挑みます』

 

『皆の想いを背負って、か。随分と大きいね。重さで潰れちゃわない?』

 

『大丈夫です。今の私は一人じゃないので』

 

 琴乃ちゃんの言葉に客席から息を飲むような声が響く。舞台裏のドラマがステージを輝かせる。彼女たちの物語も、すでに展開されている。だから侮れないんだ。

 

『そっか。渚も沙季もそれでいいの?』

 

『うん、私も琴乃ちゃんを、ううん、月のテンペストとして皆で支えていくって決めたから』

 

『はい、私も渚ちゃんと同じです。ですが、支えるだけじゃない。私がこの道の先を照らしてみせます』

 

『芽衣も照らすよ!ぴかーん!』

 

『おぉ!ほんとに光ってます!芽衣ちゃんなんですかその手の奴』

 

『物販の月ストの光るラバーバンド!』

 

『宣伝!』

 

 ピリピリしていた会場から笑みが零れだす。意識的にかどうかはわからないが、芽衣ちゃんがそういう空気にならないように操作しているようだ。こういうのは季乃がいち早く気づきそうなものだが……対応するどころか、なぜか芽衣ちゃんに合わせにいっているな。どうしてだ?

 

『じゃあ私たちも宣伝しようよ。これ新アルバムね。皆買ってね』

 

『露骨すぎませんか……?』

 

 有希まで乗り始めた。どういうつもりだ?

 

『ちょっと!皆、ここは決勝戦の舞台ですわよ!』

 

『すずにゃん、じゃんけんしましょう!私はパーを出します!』

 

『……なるほど。そういうことでしたか。では、私もじゃんけんしますね』

 

『沙季まで!?な、なんですのこれは!』

 

『まぁまぁ難しいことは気にせず、私もまざるから、すずちゃんもやろう?』

 

『なんですのこれは!?』

 

 挙句には、季乃と沙季さんと渚ちゃんとすずちゃんでじゃんけんする始末だ。俺もすずちゃんと同じ気持ちだよ。何やってんだあいつら。あ、すずちゃんが一人負けした。

 

 視線を司会者に持っていくが、彼も彼で納得したようにうんうんと頷いている。止めてくれよ。

 

『そろそろ時間みたいだよ。最後に何かある?』

 

『皆さん!今日は皆を笑顔にして帰して見せますからね!刮目せよ!』

 

『私たちのライブ、ぜひ楽しんでいってくださいね』

 

 季乃と琴乃ちゃんの言葉を最後に、お互いのアイドルは舞台裏に下がっていく。結局、最後までよくわからないままだった。何がしたかったんだろうか。

 

 まぁでも、MCバトルはあくまで前座だ。ここからが本番になる。

 

『先行は月のテンペスト!』

 

 司会者の合図の元、月ストの面々だけが舞台に上がる。青を基調としたアシンメトリーの衣装。首元に下げた月のアクセサリーがきらりと光る。

 

『皆さん、ただいま!月のテンペストです!』

 

 琴乃ちゃんの言葉を始めに、各々のメンバーが自己紹介と挨拶を始める。その言葉は良く言えばアイドルらしい、ファンを引き付けるためのもので、悪く言えば普遍的なもの。

 

 でも、月ストの魅力は、ファンとの一体感によるものが大きい。月ストが歩んできた道のりはわかりやすく、ファンもその道程を、その想いを理解しているから、同じ気持ちになって応援できる。月ストのコアファンが多いのはそういった理由だろう。

 

 だからこういった挨拶も視線を集められるきっかけになる。

 

 本人たちは決して理解していないだろう。でも、無自覚でやっているからこそ、自然体で居られる。純粋な想いとは厄介極まりない。

 

『では、行きます!皆さんが楽しめる最高のライブをお見せします!――月ノヒカリ』

 

 ピアノの音が響く。穏やかな旋律に合わせて、彼女たちは歌を紡ぐ。

 

『月明かり照らす道 隣には誰がいるの

 

 それはきっと 素顔で笑い合える人』

 

 迷い歩んだ道のりを示すように憂いの帯びた語句で、隣にいるあなたに向けて囁くように優しげな音色で、彼女たちは歌を奏でていく。

 

『足りない言葉の溝 埋めることができたら

 

 こんなにも 遠回りしなくて良かったの?』

 

 この曲はI-UNITYで月ストが負けた後、伸び悩み、苦悩し、そして成長した彼女たちの物語を描いた楽曲だ。だから、当時の心境を示すような振付が多く入っている。

 

 その振付を百二十パーセントでこなす演技力と心に響かせるような歌声、そして五人揃ったパフォーマンスがあってこそ、この曲は輝く。当時BIG4のどりきゅんに勝ったのも、Venusグランプリ決勝に上がってきたのも納得のライブパフォーマンスだ。

 

 でも、今日の彼女たちは少しだけ違った。

 

「……今までのパフォーマンスと違う?」

 

『不器用すぎてすれ違ったり

 

 君を見失いそうになった時もあったね』

 

 動きが重かったり、歌がずれていたりしているわけではない。だけど今までやってきた、あの時を想起させる、というパフォーマンスができていないように思える。むしろこれは。

 

『それもきっと今に繋がると 解ったの

 

 もう二度と逃げない 全部

 

 受け止めるから』

 

 軽やかな足取り、お客さんにむけてファンサービスを送る姿。何より、笑顔で楽しそうに、キラキラと輝いてライブを行う姿。……これはおそらく。

 

「今の月ストによる過去の振り返り?」

 

『君が教えてくれたんだ

 

 進む道 照らす光』

 

 思い出を振り返りながら、こんな事もあったね、と笑い合いながら語り合う姿。そんな姿が今の彼女たちから幻視する。なぜだとは思ったが、それ以上に楽しそうな彼女たちの様子に、熱い気持ちが胸の中に湧き上がる。

 

 何も考えず、ただがむしゃらにアイドルを追って、応援し続けていたあの日の想いを。

 

 隠して、仕舞い込んできた気持ちだ。俺がそれを思い出す資格はないというのに。

 

「……」

 

『もう迷わない

 

 しなやかな優しさで』

 

 歌声が心に響く、思い出した感情が、何度も胸を打つ。

 

 涙が零れそうになるのを全力で留めた。ここで泣いたら、俺は戻れなくなりそうだから。

 

『照らし続けよう

 

 輝いていよう

 

 月の光』

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。