「Venusグランプリもいよいよ大詰め!ここに新たな一等星が現れる時が来ました!」
いよいよ決勝戦が始まる。大きな歓声が上がり、開場が揺れる。この歓声の大きさが期待の表れだろう。楽しみではあるが、それ以上に不安や心配の方が大きい。二人は緊張していないだろうか。恐怖で震えたりしていないだろうか。
考え出すと益々心配になってきた。今いる客席を抜け出して舞台裏に駆け込みたい気分になる。
「でもそれをやると本気で怒るって言われたし……」
Venusグランプリ決勝戦が始まる少し前、有希と季乃からは舞台裏に来るなと言われてしまった。何の冗談だとは思ったが、どうやら本気らしく、破ったら絶交だ、とも言われてしまった。そんなに俺がいるのが嫌だったのかと思うと、泣きたい気持ちになった。
とはいえ、だ。俺との関係が終わるだけで、あいつらを勝たせられるなら抜け出すつもりではあった。やりようはいくらでもある。そう思っていたんだが。
「駄目ですよ」
隣からガシッと手を掴まれる。横を向くと鏡花がいつもの無表情で俺を見つめていた。
あいつらも俺のことはよくわかっている。俺を動かせないために、鏡花を付けてきた。これには俺も参った。
「どうしても駄目か?」
「駄目です。逃げようとするならば、ペンライトで攻撃します」
「止めてくれ……」
ペンライトが俺の膝の上に置かれる。鏡花は武をも優れる風見家の令嬢だ。彼女がそう言っている以上、強引に抜け出すことはできないだろう。
しばらく鏡花と目を合わせ、その意思が固いことを感じ取り、俺は思わず窓越しの空を見上げた。思わずため息が漏れる。
「……二人のため、なんだけどな」
「それが本当にそうであれば、ですが」
「違うってことか」
有希と季乃の想い。アイドルとしてどうなりたいか、そしてそうなるためにVenusグランプリでどうしたらいいか。実際に話し合い、俺なりに考えきったつもりではあったが……まだ甘かったみたいだ。
「私からは話すつもりはありません。ですので」
そう言って鏡花は視線をステージに移す。司会者によるMCが終わり、月ストの面々が姿を現している。自己紹介も終わりそうで、いよいよ二人が登場するみたいだった。
「彼女たちに聞いてください」
その言葉と共に、水色と赤の対照的な衣装に身を包んだYU☆KI★NOが姿を現した。
『どうもー!!最強で最可愛のあなたのアイドル!斎木季乃です★』
『御堂有希だよー。皆元気してた?』
季乃の愛嬌全開のお茶らけた挨拶と、有希の気だるげで友達を相手にするかのようなフランクな挨拶。YUKINOの登場で月スト一色だった空気が一気に変化する。お互いのファンの熱量がぶつかり合い、試合前の緊張感が高まっていく。
『それでは!MCバトルの時間です!どうぞ!』
『特になし!』
『こらこら』
季乃は始まるや否やそんなことを言い放ち、有希に窘められる。そんな二人の様子に月ストの面々も火がついたようだった。
『御堂有希!斎木季乃!これまでのライブ見事なものでしたわ。快進撃だと言っても良いくらいのものでした。だけど、それもここまで。最後に勝つのは私たち月のテンペストですわ!』
『今日はすずにゃんがセンターなんですか?』
『そ、それは秘密ですわ!』
『じゃあ秘密交換しましょう!今日の私の朝ご飯はパンでした!』
『そんなの秘密の内に入りませんわよ!』
『芽衣たちはご飯だったよ!ひっしょうきがん?ってことで豚汁がついてた!』
『言わなくていいのですわ!』
『ごめんね。こっちのが騒がしくて』
『あはは、まぁわかっていたことではあるので……でも、私もすずと同じ気持ちです。私たちも負ける気はありません。皆の想いを背負って、ライブに挑みます』
『皆の想いを背負って、か。随分と大きいね。重さで潰れちゃわない?』
『大丈夫です。今の私は一人じゃないので』
琴乃ちゃんの言葉に客席から息を飲むような声が響く。舞台裏のドラマがステージを輝かせる。彼女たちの物語も、すでに展開されている。だから侮れないんだ。
『そっか。渚も沙季もそれでいいの?』
『うん、私も琴乃ちゃんを、ううん、月のテンペストとして皆で支えていくって決めたから』
『はい、私も渚ちゃんと同じです。ですが、支えるだけじゃない。私がこの道の先を照らしてみせます』
『芽衣も照らすよ!ぴかーん!』
『おぉ!ほんとに光ってます!芽衣ちゃんなんですかその手の奴』
『物販の月ストの光るラバーバンド!』
『宣伝!』
ピリピリしていた会場から笑みが零れだす。意識的にかどうかはわからないが、芽衣ちゃんがそういう空気にならないように操作しているようだ。こういうのは季乃がいち早く気づきそうなものだが……対応するどころか、なぜか芽衣ちゃんに合わせにいっているな。どうしてだ?
『じゃあ私たちも宣伝しようよ。これ新アルバムね。皆買ってね』
『露骨すぎませんか……?』
有希まで乗り始めた。どういうつもりだ?
『ちょっと!皆、ここは決勝戦の舞台ですわよ!』
『すずにゃん、じゃんけんしましょう!私はパーを出します!』
『……なるほど。そういうことでしたか。では、私もじゃんけんしますね』
『沙季まで!?な、なんですのこれは!』
『まぁまぁ難しいことは気にせず、私もまざるから、すずちゃんもやろう?』
『なんですのこれは!?』
挙句には、季乃と沙季さんと渚ちゃんとすずちゃんでじゃんけんする始末だ。俺もすずちゃんと同じ気持ちだよ。何やってんだあいつら。あ、すずちゃんが一人負けした。
視線を司会者に持っていくが、彼も彼で納得したようにうんうんと頷いている。止めてくれよ。
『そろそろ時間みたいだよ。最後に何かある?』
『皆さん!今日は皆を笑顔にして帰して見せますからね!刮目せよ!』
『私たちのライブ、ぜひ楽しんでいってくださいね』
季乃と琴乃ちゃんの言葉を最後に、お互いのアイドルは舞台裏に下がっていく。結局、最後までよくわからないままだった。何がしたかったんだろうか。
まぁでも、MCバトルはあくまで前座だ。ここからが本番になる。
『先行は月のテンペスト!』
司会者の合図の元、月ストの面々だけが舞台に上がる。青を基調としたアシンメトリーの衣装。首元に下げた月のアクセサリーがきらりと光る。
『皆さん、ただいま!月のテンペストです!』
琴乃ちゃんの言葉を始めに、各々のメンバーが自己紹介と挨拶を始める。その言葉は良く言えばアイドルらしい、ファンを引き付けるためのもので、悪く言えば普遍的なもの。
でも、月ストの魅力は、ファンとの一体感によるものが大きい。月ストが歩んできた道のりはわかりやすく、ファンもその道程を、その想いを理解しているから、同じ気持ちになって応援できる。月ストのコアファンが多いのはそういった理由だろう。
だからこういった挨拶も視線を集められるきっかけになる。
本人たちは決して理解していないだろう。でも、無自覚でやっているからこそ、自然体で居られる。純粋な想いとは厄介極まりない。
『では、行きます!皆さんが楽しめる最高のライブをお見せします!――月ノヒカリ』
ピアノの音が響く。穏やかな旋律に合わせて、彼女たちは歌を紡ぐ。
『月明かり照らす道 隣には誰がいるの
それはきっと 素顔で笑い合える人』
迷い歩んだ道のりを示すように憂いの帯びた語句で、隣にいるあなたに向けて囁くように優しげな音色で、彼女たちは歌を奏でていく。
『足りない言葉の溝 埋めることができたら
こんなにも 遠回りしなくて良かったの?』
この曲はI-UNITYで月ストが負けた後、伸び悩み、苦悩し、そして成長した彼女たちの物語を描いた楽曲だ。だから、当時の心境を示すような振付が多く入っている。
その振付を百二十パーセントでこなす演技力と心に響かせるような歌声、そして五人揃ったパフォーマンスがあってこそ、この曲は輝く。当時BIG4のどりきゅんに勝ったのも、Venusグランプリ決勝に上がってきたのも納得のライブパフォーマンスだ。
でも、今日の彼女たちは少しだけ違った。
「……今までのパフォーマンスと違う?」
『不器用すぎてすれ違ったり
君を見失いそうになった時もあったね』
動きが重かったり、歌がずれていたりしているわけではない。だけど今までやってきた、あの時を想起させる、というパフォーマンスができていないように思える。むしろこれは。
『それもきっと今に繋がると 解ったの
もう二度と逃げない 全部
受け止めるから』
軽やかな足取り、お客さんにむけてファンサービスを送る姿。何より、笑顔で楽しそうに、キラキラと輝いてライブを行う姿。……これはおそらく。
「今の月ストによる過去の振り返り?」
『君が教えてくれたんだ
進む道 照らす光』
思い出を振り返りながら、こんな事もあったね、と笑い合いながら語り合う姿。そんな姿が今の彼女たちから幻視する。なぜだとは思ったが、それ以上に楽しそうな彼女たちの様子に、熱い気持ちが胸の中に湧き上がる。
何も考えず、ただがむしゃらにアイドルを追って、応援し続けていたあの日の想いを。
隠して、仕舞い込んできた気持ちだ。俺がそれを思い出す資格はないというのに。
「……」
『もう迷わない
しなやかな優しさで』
歌声が心に響く、思い出した感情が、何度も胸を打つ。
涙が零れそうになるのを全力で留めた。ここで泣いたら、俺は戻れなくなりそうだから。
『照らし続けよう
輝いていよう
月の光』