月ストのライブが終わり、いよいよYUKINOの出番だ。
会場の空気もすでに出来上がっている。お客さんも期待の眼差しで今か今かとYU☆KI★NOの出番を待ち続けていた。
俺は、どうすればいいのかわからなくなっていた。この空気に飲まれて応援するべきなのか、それともYUKINOのマネージャーとして彼女らが勝つのを全力でサポートするべきか。
迷っている間にも、時は進んでいく。そして、彼女らが姿を現した。
『たっだいまー!YU☆KI★NOです!』
『待たせちゃってごめんね』
有希と季乃の登場により、会場は更に熱くなる。俺も気持ちが熱くなるのを感じた。
だけど、この気持ちは抑え込まないといけない。俺が持つべきもじゃないから。
『今日はいよいよVenusグランプリ決勝戦!皆、盛り上がっているかー!』
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
『いい感じだね。ライブは楽しまないと』
『その通りです!皆を楽しませるために、私たちもステージに立っているんですから!だから楽しまないと駄目ですよ?』
『しょぼくれた顔している人いたら怒るからね。……私もちょっと悲しいし』
『有希ちゃんがデレてる!』
『うるさい。ま、そんなことは私たちがさせないけどね。でしょ?季乃』
『その通りです!私たちはアイドルです。皆を笑顔にするためにここにいますので!なので』
有希と季乃、それぞれと目が合った。彼女たちのアイドルとして真っすぐな瞳だった。
『絶対笑顔にさせてみせます!』
『一生の思い出にさせてあげるから』
『おぉ!いいですねそれ!じゃあこの勢いのまま行きましょう!』
『うん。……びっくりしても大きな声出さないでね』
『ふふふ、じゃあ行きますよ』
『かけがえのないあなたへ』
「え?」
ピアノの緩やかな演奏が響く。心に寄り添うような優しい音色で、一瞬でバラードだって気づいた。
でも、そうじゃない。この曲は違う。決勝戦で歌う曲はこの曲じゃなかった。咄嗟に立ち上がろうとして、有希の歌声が耳に響く。
『もうあなたと一緒にいられない
一人ぼっちで 涙 流してた』
幼い声だった。小さいころの有希が、俺の袖を握っていた時に出していた寂し気な声。当分聞かなくなっていたその声に驚いて、目を奪われる。
『でもあなたは 帰ってきてくれて
約束 守ってくれたね』
唖然としてしまっていた体を首を振って無理やり気を取り戻す。……そもそもこの曲自体、俺の知らない曲だ。何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
でも、有希が胸に手を当てて、静かに歌い続けるのを見ていると、自然と体が動かなくなる。彼女の歌にしっかりと向き合わないといけないって思えた。
『すっかり変わったあなたの姿
あの時声を掛ければ違ったのかな』
「あ……」
有希の言葉に、過去の記憶が想起する。有希を一人家に残して家出した日を。あの時の有希は泣いていた。心配気な表情で、俺を見て安堵するように涙を流していた。
だけど俺はそんな有希を見もせず、ただ一人部屋に籠っていた。自分だけを見て、有希のことも考えてすらなかった。
だから、違う。悪いのは有希じゃなくて――
――そうじゃないよ。
「え……?」
声が聞こえた。有希の気だるげな声が。視界を上げると、彼女は優しく微笑んでいた。
『でもね あの日々が 今を作って
ここに立っているんだ』
「有希……」
『だから私は伝えたい』
有希の踊りが旋律を描き出し、ステージ上に大きな星が浮かび上がる。美しく綺麗な星だった。
『離れないで
ずっと 手を繋いで
いなくなることは許さないから
あなたと一緒にでも
もう 嫌じゃないから』
有希の双眸と目が合う。彼女は大切なものを見るように静かに笑みを浮かべていた。
それだけ、だった。それだけで、俺は有希の気持ちが全て伝わった。彼女がどれだけ俺の事を想って、信頼してくれているかがはっきりと理解できた。
『私の大切な あなたへ
ありがと これからもよろしく』
「ごめん、有希……」
俺は何もわかっていなかった。有希がどんな想いでステージに立っているか、俺を信頼しているか何もわかっていなかった。挙句にはまた勝手にいなくなろうとまでして……。馬鹿だ、俺。
いつの間にか涙があふれ出していた。止め方がわからず何度も目をこするけど、全く止まりはしない。そうしている間にも曲は進み、そして透明な歌声が響き渡った。
『あなたのその優しさに
私は 惹かれていたんだよ』
胸に透き通る音色は、心をそっと抱きしめる。季乃の鈴のような声が優しげに紡がれ、大丈夫だよ、私が傍にいるよって言ってくれたように思えた。
『不器用で ぎこちないけれど
私を想ってくれたから』
季乃は愛おしむようにそっと微笑んでいた。思い出を確かめるように、大切なものを抱き締めるように、丁寧に歌を紡ぐ。
『あの時 見上げた星を
あなたも覚えていますか』
その言葉に俺は思い出す。季乃とデートに行った日に見た美しい星々。あの時、俺は季乃のことを初めて知った。彼女がなんで今の季乃になったのかを聞いた。
……置いていかないって、言ったのは俺だったな。……ほんとに俺はどうしようもないよ。
――そんな事ないですよ。そんな慎二さんだからこそ私は好きになったんです。
「季乃……」
『あの星に私は願ったんだ
この時を 永遠にって』
季乃の歌声がどこまでも広がり、世界を包み込む。眩い星が世界中を照らした。
『離さないで
ぎゅっと 手を握って
あなたの想いは伝わっているから
それでも許せないのなら
償ってよ』
そう言って季乃は悪戯気に笑みを浮かべた。知っているよ、って。だからちゃんとお詫びしてください、って。そう言ってくれた。
その言葉に、俺は心が軽くなった。温もりが心を抱きしめてくれて、救われたような感覚だった。
『大好きな あなたへ
ずっと私だけを見ていて』
ピアノが音を繋ぎ合わせる。曲がエピローグへと向かう。二人はお互いに目を合わせると、お客さんへ真っすぐ声を届ける。
『まだ終わらない 旅路を どこまでも』
それは夜空の星々さえ嫉妬するほどの輝きだった。心の奥に隠していた願いさえ照らす絶対的な一等星。言葉では表せないほどの眩さだった。
そこでやっと、俺は気づいた。ライブというものを、アイドルというものを全て。
ライブとは、競い合うものじゃない。目の前のお客さんへ自らの想いを届ける場なのだ。そのためにアイドルはそこに立って、歌い、踊るのだ。そんな当たり前のことを、俺は気づけなかった。いや、忘れてしまっていた。
この胸の高まりは、一瞬を楽しむため、輝きを堪能するため。正直に自分の好きなものを楽しむ、それだけでよかったんだ。
胸の中に残った棘がすっと消えていく。晴れやかな気分だった。
『離さないで
ずっと 手を繋いで
あなたと一緒に歩いていきたいんだ』
俺は膝上にあったペンライトを握りしめると、高く掲げる。ステージから見えるように高く、どこまでも高く。
有希と季乃が愛おしの笑みを浮かべた。
『かけがえのないあなたへ
――ありがとう』
かけがえのないあなたへ
イメージ Departures ~あなたにおくるアイの歌~