NextVenusグランプリはトーナメント形式によって、新人アイドルのトップを決める戦い。年に一回だけ開催されるそれは新人アイドルにとって夢の舞台であり、目標となるステージだった。
だが、三年前の長瀬麻奈の死によって、NextVenusグランプリは一時休止。そしてようやく再開したのが、今年になってからだった。
休止期間もあって参加できなかったアイドルもいることから、今年のNextVenusグランプリは結成6年目のアイドルまで参加可能に。その影響で今年の応募総数は例年よりも大幅に増加することになった。
これを受けてNextVenusグランプリの運営側は、急遽トーナメント形式の本戦の前に予選を設けることにした。予選では各グループごとに参加者が集い、そのグループのトップだけが本戦に出場できる仕組みで、各グループのアイドルたちはこの一枠を競い合っていくことになる。
新人アイドルたちが本戦に出場するには、まずこの狭き門を突破する必要があった。
……のだが。
「なーんか、拍子抜けするほど簡単に突破しやがったなあいつら」
予選突破グループは生放送でも発表される。現地には関係者以外の立ち入りはできないため、家でテレビを見ていると、見覚えのある顔が二つ、喜び合いながら抱き着き合っていた。いや、よく見ると季乃が一方的に有希に抱き着いている。有希は……迷惑そうな顔しているな。テレビの中でも変わらなくて安心した気持ちもあるが、不安な気持ちもある。複雑な気分だ。
まぁ、そこはまだいいんだ。予選だと圧倒的すぎて突破はほぼ確実なレベルになっていたから今更突破と聞いても何の感慨も浮かばない。
問題は、サニーピースと月のテンペストの二グループがどうなるのか……。
LizNoirやTRINITYAiLEと言った名だたる面々が呼ばれる中、彼女たちのグループの名前はまだなく、徐々に数字が進んでいく。
本戦へと出場組は16組。つまり16回目までに呼ばれないと彼女たちは……。
「……月のテンペスト!」
「しゃあ!!!!!」
その言葉に思わず拳を上げ喜んだ。よかった、本当によかった、彼女らの努力が報われたことが自分事のように嬉しい。
いやいや待て待て。まだ月ストだけだ。後はサニピが呼ばれれば完璧……。
「続いて……サニーピース!」
「らぁ!!!!!」
再び拳が上がった。完璧だ。彼女たちの想いが次につながったことが何よりうれしい。苦労していたもんな、よく頑張った!すごい!優勝や!
月ストやサニピのメンバーが喜んでいる場面が映ってついつい笑みが浮かび上がる。これで全員本戦出場決定。……ここからが鬼門だっていうのはわかっているけど、今はこの喜びに浸っていても咎められないだろう。
「ほんとうに…よかった」
思わず口から息が漏れた。
「……なんで赤飯?」
「目出度い日だからな。頑張って作ったんやぞ」
事前に用意していた材料で、レシピを見ながら作った手作り赤飯だ。炊き込みご飯みたいに焚くだけと思ったら意外と大変だった。
「もぐもぐ……んー、まぁ及第点ですね!」
なぜか家に上がってきた季乃が真っ先に赤飯を口に入れると、そう感想を述べる。まだ食器も用意し終わってないのに勝手に食うな。
「筑前煮とか他にも色々と作っているが…季乃の分は用意してなかったからちょっと量が少なくなるぞ」
「あんまりお腹空いてないし、いいよ」
「えー!わざわざ私のために用意してくれたんですか!?ありがとうございます!」
「……話聞いてたか?」
俺は棚から取り出した三人分の食器にそれぞれ筑前煮を取り分けていく。……俺の分はちょっと少な目でいいか。
「……そんなことしなくていいのに」
「何のことかわからんな」
食器を並べ終わり俺たちは少し早い夕食を食べ始めた。初めは他愛のない話だったが、次第に話題は今日の予選の話になった。
「そういえば私たちのライブ見てくれました?」
「ん?あぁ見たよ」
「どうでした?すごかったでしょ?」
「すごかったのはすごかったんだが……」
ちらりと二人の表情を見る。……直接言うのは失礼だと思ったが、こういう意見も正直に伝えたほうが今後のためにもなるか。
「面白みのないライブではあったな」
「酷い!?」
「……まぁそうだろうね」
彼女たちのライブは……なんというか、新人特有の一生懸命さがなかった。ライブ自体を楽しんでいたのは伝わったのだが、定石をずっと踏み、安定ばかり取っていたような気がした。
それでも、何も知らない人たちにとっては、いきなり現れたアイドルが安定感のあるダンスと引き込まれるような歌声を見せられ、いつの間にか熱中していたことだろう。それほど、すごいライブではあった。
「まぁNextVenusグランプリまで時間がなかったし、即興で仕上げた踊りと歌だからね。そうなるのは仕方がない」
「仕上げられるのがすごいんだけどな」
有希自身が言った通り、確かに彼女にはアイドルとして才能があるらしい。それも、NextVenusグランプリの予選を楽々と突破できるほどのものが。全く末恐ろしいものだよ。
「私はどうでしたか?」
「歌い方はすごくよかった。抑揚の使い方なのか、間のとり方なのかわからないが、いつの間にか引き込まれる歌だったな」
「そうでしょう。そういう風に歌ってますからね!」
「でも踊りはもうちょっとじゃないか?未熟なのがあまり見えないようにパート分けしているのが見え見えだったぞ」
「ぎくっ!」
「ぎくって口で言うやつ初めて見たわ」
まぁでも歌だけで見ると、正直あのLizNoirにも負けてはいないと思う。それほど歌い方がうまいと感じた。ただ惜しいのがやっぱり踊りだよなぁ。本戦だと絶対にそこ見られるぞ。
「……でも、それが策の内だとするとどうします?」
「……踊れるのなら策なんて使う必要ないだろ」
「うるさいですね。蹴りますよ」
「痛いんだよ。もう蹴ってんだよお前」
テーブルの下からの抗議を防いでいると、話は他の予選通過グループの話に移り変わった。
「LizNoirとTRINITYAiLEはさすがでしたねー。今の私たちじゃ出会えば即負けですね」
「いや頑張れよ。結果はわからないだろ」
「……お兄ちゃんならわざわざ言わなくても理解できるでしょ?」
「……」
まぁ確かに今の彼女たちがリズノワやトリエルより上かと聞かれると答えはノーだ。確かに二人には光る部分があるが、リズノワもトリエルもすでに自分たちの輝き方を知っていてそれを全力で出し切ってくるアイドルだ。今の二人だと分が悪いとしか言いようがない。
「……経験の差があるからな。でも本番では何が起きるかわからないぞ?」
「まぁ確かにあの人たちが本番中に転倒したり、マイクが切れたりすると勝てる見込みはあるかもですねー」
「絶対にやるなよ」
「誰もやるとか言ってませんー」
季乃と何度か喋っていて気づいたが、この子こういうことを平気でやりそうな危うさがあるのが怖い。天然のサイコパスなんじゃないかと思っている。
「でもでも、当たるとしたらトリエルは決勝戦だし、リズノワも準決勝だからよかったです。約束通り準々決勝にはいけそうですね!」
「……有希が話したのか?」
「ううん、言ってない。どうせ聞き耳立ててたんでしょ」
「なんのことかわかりませーん」
まぁ別に聞かれて困る話をしていたわけでもないし、大丈夫か。
「あ、そういえば、予選通過者といえばあの子すごかったね。サニーピースの川咲さくらだっけ?」
「麻奈ちゃんと似た歌声でしたね。私も聞いたときびっくりしました」
「そうだな……」
川咲さくらの歌声は長瀬麻奈と瓜二つ。以前から少しずつ噂されていたものが、NextVenusグランプリという大舞台に触れることによっていっきに世間に広まった。
SNSではもちろん、すでにネットニュースにまで上がったそれは、もう俺では止めようのないところまで来ていた。
「なんか反応薄いですね。推しのアイドルだから後方彼氏ずらでもするのかと思いましたが」
「するかそんなこと」
……川咲さくら、彼女がどういう想いでこのニュースを見ているのかはわからないが、予選とはいえグランプリの舞台でその歌声で歌ったということはすでに覚悟は決まったのだろうか。
だとすれば……俺が考えることはもう何もないか。
「でも皮肉なことですよね。せっかく麻奈ちゃんの妹さんが出ているのに、同じ事務所の別グループの子が同じ歌声を持っているなんて」
ほんとに、な。運命とは本当に残酷なことをするもんだと思う。長瀬麻奈はもういないのに、どうしてそこまで長瀬麻奈に近しい人物ばかり集めたんだろう。
「……ごちそうさまでした」
そうこう悩んでいると、いつの間にか食べ終わっていたらしい有希が食器を片付け始める。季乃もそれに続いて食器を洗い始めた。
「……川咲さくら、長瀬琴乃、か」
一体、どういう因果が彼女たちを星見プロに連れ出したのかはわからない。……でもそういう月の下に生まれてしまって、これが定めだというのならば、俺のやるべきことは一つだ。
「洗い物なら俺がしておくから大丈夫だぞ」
「いいんです。私こういう貸し借りが嫌いなので」
「そうか」
星見プロを守る。もう二度と長瀬麻奈の二の舞にはさせない。