そのスーツ姿の男性。牧野 航平と名乗ったその人は、どうやら彼女たち月のテンペストのマネージャーを務めているようだった。
芽衣さんは、アイドルに興味がある、との発言から私がアイドルになりたいと勘違いし、そして彼の下に連れてきたとのことだった。きちんと事情を話すと、芽衣さんは申し訳なさそうな表情で謝り、マネージャーである牧野さんに怒られていた。
突発的な出来事ではあったが、星見プロダクションは近年のアイドル業界でも大きな存在だ。YU☆KI★NOに関して調べるにはいい機会かもしれない。そんな打算的な考えはあったが、牧野さんも忙しいらしく電話を受けどこかへ出ていき、事務所には私と芽衣さんが残された。
「でも勿体ないなぁ。鏡花ちゃんアイドル似合いそうなのに」
「アイドルに似合う似合わないがあるものなのでしょうか」
「うん!だって鏡花ちゃんキラキラしているから!」
「キラキラ」
「きらきらー!」
キラキラが何を意味するかわからないが、好意的な言葉なのだろう。ありがたく受け取っておくことにする。
「そういえば芽衣さんは、今日はお仕事は大丈夫なのでしょうか?」
「今日は休みだよ!一日中フリー!」
「フリー」
「ふりふりー!」
「ふりふり」
「ふっりふりー!」
「ふっりふりー」
「りっふりふー!」
「ふーふりっふー」
「やるね鏡花ちゃん」
「芽衣さんこそ」
「何をやっているんですの……」
事務所のソファーで芽衣さんと話していると、そこへ一人の少女が姿を現す。小柄でホワイドブロンドの長髪。水色の瞳が不審げに私を見ていた。
「あ!すずにゃん!今ね、鏡花ちゃんとふりふりで遊んでいたの!」
「ふりふりってなんですの……。というより、その方は?」
「風見鏡花と申します。……お久しぶりです。成宮すずさん」
「えー!すずにゃん知り合いなの?」
私の言葉に成宮さんは、虚をつかれたような表情を浮かべ、慌てた様子で考え込む。やがて彼女は何かを思い浮かんだように、あ、と声を出した。
「も、もしかして風見ってあの風見家ですの!?」
「はい、その風見かと」
「し、ししししし失礼しました!もももももちろん風見鏡花様のことはご存じでありましたわ!」
「すずにゃん、"し"と"も"が多いよ!」
「め、芽衣!ちょっと」
そう言うと、成宮さんは芽衣さんを連れ、離れたところでこそこそと話し始める。成宮すずさんの実家である成宮家は風見家とも交流がある。その後令嬢である成宮すずさんともそこで挨拶はしたことがあった。
「えー!鏡花ちゃんってそんなすごい人なの!?」
「すごいなんてものじゃありませんわよ!日本トップの電力会社を立ち上げた風見家のご令嬢。芸能から帝王学まで全てを備えた次代の風見家の後継者。日本の裏側を統べる人物といっても過言じゃありませんわ!」
「日本の裏側を統べる……なんかカッコいいね!」
「カッコいいじゃありませんわよ!失礼をすれば私達なんて指先一つでプチッとされてしまいますわ!だから、丁重にもてなさないと……」
「プチッ」
「めーいー!ほほをつねらないでくださいましー!」
全部聞こえている。実際のところ、今の風見家にはそれほどの権力はないわけだが、説明するにも時間が掛かる。よって何も言わないことにした。目が合った成宮さんにはそっと微笑んでおく。ひえっ、と怯えた声を出された。
「こ、珈琲ですわ!珈琲淹れてきますので、芽衣はお菓子持ってくるのですわ!」
「すずにゃんさっきから言葉おかしくなってない?」
「うるさいですわ!早く行くのですわ!」
二人はバタバタと事務所を駆け巡る。そんな二人の様子がおかしくて、思わず笑みが浮かび上がる。アイドルとして人気な理由もわかる気がした。
しばらくして、緊張からかカップをカタカタと揺らしながら慎重に歩みを進める成宮さんがやってくる。どうぞ、と震えた声で珈琲が置かれる。
一口、口に含むと、鮮やかな酸味が口の中に広がる。風味も豊かでインスタントのものではなさそうだ。成宮さんがわざわざ淹れてくれたのだろう。
「ありがとうございます。美味でございます」
「お、お気に召していただきなによりです。……以前教えてもらっていて助かったのですわ」
そうこうしていると、バタバタとした足跡が響き、芽衣さんが姿を現す。手にはいくつかの袋を持っていた。
「お菓子持ってきたよー!」
「め、芽衣!というかそれ私のポテトチップスですわー!甘味!甘味を持ってきてくださいまし!」
「冗談だよー。こっちが本当のお菓子だよ!」
芽衣さんは机に袋を置き中の包装を開く、そこにはたくさんのドーナツが入っていた。
「買ってきた!」
「ち、違いますわ芽衣!こういうときはもっと手軽に取れる菓子を……」
「いえ、構いませんよ」
もう少しやり取りを見ていたかったが、さすがにこれ以上もてなされると私自身が申し訳なくなる。成宮さんの言葉を止め、頭を下げる。
「すみません。少し興が過ぎました。成宮さんも普段通りで構いませんよ」
「で、ですが」
「今は風見家として来ているわけではありません。ただの鏡花として接していただけば」
「わかりましたわ……」
成宮さんを落ち着け、席につける。お二人の飲み物が無かったため、今度は私が珈琲を入れて持ってくる。
「あ、えっと……い、いただきますわ。あれ、美味しいですわ!」
「すごーい!芽衣が淹れた時と全然違う!」
お気に召していただけたみたいでお二人とも美味しいと声を掛けてくれた。そんな様子に笑みを浮かべつつ、私も席についた。
ドーナツを食べながら、少し談笑し、場も和やかになってきたのを見計らって私は口を開く。
「芽衣さん、成宮さん。今日はお聞きしたいことがあって参りました」
「アイドルについて、だっけ?」
「はい。正確にはYU☆KI★NOというアイドルについてお聞きしたいです」
私がその名前を出すはお二人は途端苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。面識があるのだろう。
「知ってはいますわ。ですが……」
「今のYUKINOは変わってしまった。芽衣たちが知っているのは少し前のYUKINOだよ。それでもいい?」
「はい。構いません」
それからお二人は以前までのYUKINOについて教えてくれた。バンプロダクション所属のアイドルだということ。NextVenusグランプリでの異例のデビューから始まり、二回戦で月ストと戦うことになったこと。月ストと戦う前に、YUKINOの季乃が月ストに不和を起こそうとしていたこと。星見プロと出向契約を結び、I-UNITYに出場したこと。そして、クォーターファイナルで彼女たちが棄権したこと。
私の知っている内容もあったが、お二人の話を聞いてやはりI-UNITYでのクォーターファイナル前に何かが起きたのだと、改めて認識した。調べるのならば、そこだろう。
「季乃は愛嬌はありますけど、とっても悪い人ですわ。人が嫌なことをして笑って、自分が勝つためにはなんでもする人物。それでいて、表面上はいい子ぶっていますし、油断なりませんわ」
「有希ちゃんは、クールでだるそうにしているけど、お詫びにケーキ持ってきてくれたりしてくれる子だよ!ダンスもとっても上手で、カッコいい!」
「なるほど」
「でも最近のYUKINOは違いますわ」
「ずっとむかーとしている?ぐわーって感じ」
むかー、ぐわー。表現はともかく、イメージは怒りと焦燥といったところだろうか。私が感じたものと同様だ。
「顔を合わせるのがちょっと怖いくらいですわ」
それほどまでに感情がむき出しになっているということだろう。八方美人な有希にしては、らしくない。
「あ!そういえば最近渚ちゃんが学校で季乃ちゃんと話したって言ってた!」
「そういえば有希も季乃も星見高校でしたわね」
渚。同じ月ストのメンバーである伊吹渚さんのことだろう。有希ではないが、同じグループの季乃さんからもわかることがあるかもしれない。
「確かレッスン中だったよね?行こ行こ!」
「えっ!?だ、大丈夫ですの?一応鏡花は部外者なわけですし……」
「大丈夫大丈夫!」
問題がないわけではなさそうだが、私にとって僥倖ではある。何も言わずに芽衣さんに手を引っ張られるがままレッスン室へと足を運んだ。