星見プロのレッスン室は、階層を降りればすぐにあるらしい。シンプルなリノリウムの廊下を歩き、いくつかある扉の一つを開く。
レッスン曲と思わしき賑やかな曲が部屋からあふれ出す。部屋の中には、いくつかのポスターと大きな鏡。その鏡の前で踊っている二人の少女がいた。扉が開くと同時に視線がこちらへ向いた。
「渚ちゃん!ちょっといい?」
「あれ、芽衣ちゃん?今日休みだったんじゃ……」
そのうちの一人、伊吹渚さんは、薄赤色のボブヘアを揺らし赤い瞳を不思議そうに丸くした。
「ちょっと渚ちゃんに用事があったんだ。大丈夫だったかな?」
「私はいいけど……」
そう言って彼女の視線が、隣で練習していた人物へ向く。黒髪のセミロングをウェーブにした落ち着いた雰囲気を出す女性。黄色の瞳が優し気に締まる。
「私も大丈夫よ」
「遙子ちゃんもありがとー!」
佐伯遙子。芽衣さん、成宮さん、伊吹さんとはグループは異なるが同じ星見プロ所属のアイドルだ。彼女は曲を流していたラジカセを止め、私の姿を見て首を傾げた。
「えっと、その子は?」
自己紹介を交わし、お互いに頭を下げ合う。すると、芽衣さんが事情を説明し始めた。
「鏡花ちゃんが季乃ちゃんのこと聞きたいって!」
「季乃ちゃんのこと?」
「うん!」
「えっと、どうして?」
「えっとねー。……どうしてだっけ?」
「説明していませんので、お話します」
元より説明なしに乗り切ろうなんて考えてはいない。ここまで案内してもらった恩もある。素直に話す事にした。
友達である有希のこと、彼女が急におかしくなってしまったこと、そして、その原因がI-UNITYのクォーターファイナルにあること。その原因を探すためにここまで来た事、私の知っている限り全て話した。
「有希に元に戻ってほしい、なんておこがましいことを言うつもりはありません。ただ、今の彼女は非常に危うい、一歩道を間違えれば壊れてしまいそうな危うさがあります。だからこそ、私は彼女が心配なのです」
私の言葉に四人は目を合わせた。やがて、ぽつりと伊吹さんが口を開く。
「有希ちゃん、季乃ちゃんとは学校が一緒でね。季乃ちゃんとはあの件以来少し話したんだ」
「なんと言っていましたか」
「今の鏡花さんと同じ言葉を言っていました。有希ちゃんが有希ちゃんじゃなくなってしまいそうだって。でも止まれない。止まってしまうと壊れてしまうから、私にはどうしようもないんだって。そう言っていました」
止まれない。それはどういった意味で、だろうか。もちろん比喩表現というのはわかっている。だけど、その言葉が重く心にこびりつく。
「……私たちにできることはないのでしょうか?」
「すずちゃんそれは違うよ」
成宮さんの言葉を、佐伯さんがすぐに否定した。
「確かに私たちは事務所は違えど同じアイドル同士。困っているときに手を取り合っていくことは必要だわ。でも本当に苦しいときだからこそ、手を差し伸べるのが正しいとは限らない。自分の力で立ち上がらないといけないこともあるのよ。すずちゃんもわかるんじゃない?」
「そう、でしたわね」
成宮さんは何かを思い返すように目を閉じる。そんな様子を見て、伊吹さんが言葉を続けた。
「でも、もし大切な仲間が道を間違えているのなら、止めてあげるのも大事だよ」
「道を間違えるですか」
「うん、一度ちゃんとお話ししたほうがいいかもしれないね」
思い返せば、有希に向かって踏み込んだ会話をしてこなかったように思える。だけど、その会話をするには私が知らないことが多い。
「……その通りですね。一度向き合って話してみます」
方針は決まった。せっかくなので、そこにいる皆と連絡先を交換し、私はレッスン室を後にした。
「……ねぇこれからどうするの?」
「有希と話し合おうと思います」
星見プロを後にしても、芽衣さんは私と一緒についてきた。興味本位かと思ったが、そういった様子には見えなかった。
「そっか。芽衣に手伝えることがあれば言ってほしいな」
「どうしてそこまでしてくれるのでしょうか?」
「え?」
芽衣さんとは今日会ったばかりの仲だ。星見プロへは彼女の勘違いがあったかもしれないが、それ以降は親身になって私の目的のために協力してくれた。単に優しいから、それだけではないように思えた。
「えっとなんでだろうね?なぜだか目が離せなくて……。うーん、芽衣もよくわかんないや!」
目が離せない。幼子のように見られているということだろうか。その言葉だけでは理解が及ばない。でも、彼女の思いやりの気持ちだけは十分に伝わった。
「ありがとうございます。何かあれば連絡させてください」
「うん!」
芽衣さんに感謝を告げ、別れを告げようとしていると、私のスマートフォンに一つの通知が入る。それを覗くと、つい先ほど連絡先を交換したばかりの佐伯さんから連絡が来ていた。
内容は、有希ちゃんについて知っていることがあるから一時間後連絡した場所に来てほしい、とのことだった。わざわざメッセージアプリで送ってきたことから、他の人には聞かれたくなかったのだろう。
「どうしたの?」
「いえ……」
芽衣さんに話すべきか一瞬悩んだ。だけど、なんとなくそうしないといけないような、言葉にできない直感があって、私は彼女に今送られてきたことを話した。
「なんだろうね?」
「さぁ?」
彼女は自分が仲間はずれにされたことに対してなんとも思っていないようだった。そのことに安堵する。
少しだけ時間を潰し、そして予定の時間になって、私たちは指定のあった場所へ向かった。