星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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変わっても変わらないもの

 

 たどり着いた場所は星見プロから少し歩いたところにある空き会議室だった。それほどまでに他の人に聞かれたくないらしい。中に入ると、佐伯さんの他にもう一人スーツ姿の男性がいた。

 

 この男性も先ほど見たお方だ。牧野航平。彼女たちのマネージャーだ。

 

 彼女たちは私の姿を見て頭を下げ、そして続けて入ってきた芽衣さんの姿に驚いた表情を見せる。

 

「申し訳ございません。私が相談して連れてきました」

 

「ううん、違うよ。芽衣が勝手に来ただけだよ」

 

「違います」

 

「違うよ」

 

「ちが」

 

「うよ」

 

 芽衣さんを見つめるが彼女もまた見つめ返してくるだけだった。彼女の意思を尊重して引いておくことにする。

 

「遙子ちゃん、芽衣もここにいていい?」

 

 佐伯さんは悩む表情を見せ、牧野さんと顔を合わせる。牧野さんは逡巡するように一度目を瞑ると、すぐさま真剣な表情を浮かべた。

 

「わかった。だけど、芽衣。これからする話はかなりショックを受けると思う。……それでも構わないか?」

 

「うん、わかった」

 

 芽衣さんの目を見て牧野さんは覚悟を決めたように強く頷く。

 

「芽衣、そして鏡花さん。これからする話は他言無用でお願いします。これはご家族の意思です」

 

「ご家族ですか」

 

「えぇ。御堂有希さんの意思です」

 

「有希の……」

 

「はい。そしてこれは、彼女の兄である御堂慎二の死に関しての話です」

 

 それから、牧野さんはその話をしてくれた。I-UNITYの最中、YU☆KI★NOのクォーターファイナル直前で、有希の兄が交通事故にあったこと。そしてその事故で帰らぬ人になったこと。それから有希が変わってしまったこと。

 

「……YUKINOは丁度星見プロと出向契約を結んでいました。彼女が俺に伝えてくれたのはそのよしみだと思います」

 

「……」

 

 言葉が出なかった。有希の兄とは面識はない。有希と会ったときの祝賀会で遠目に顔を見たことがある程度だ。だけど、有希の口からは彼のことは何度も聞いていた。理屈屋で、擦れた態度ばっか取って、そのくせ自分には兄貴面して、本当にうざいと。兄なら、兄らしく尊敬する行動を取れと。ずっと文句ばかり言っていた。

 

 でもその言葉には、確かな信頼と愛情を感じられていたのは確かだ。有希は確かに兄を嫌っていたが、一緒に過ごしてきた家族として、大切に想っていたのだろう。

 

 そんな大切な兄が突然いなくなってしまった。それはどれだけの気持ちだろう。きっと私には想定もできない、言葉にすらできないほどの想いと感情が渦巻いていたに違いない。

 

「御堂さん、死んじゃったの……?」

 

「芽衣、伝えていられなくてごめん」

 

「ううん、マネージャーは悪くないよ」

 

 芽衣さんもどうやら慎二さんと面識があったみたいだ。彼女を連れてきたことを後悔する。

 

「私もね、御堂君とはちょっとだけ知り合いでね。彼に無理言って聞かせてもらったの」

 

「俺は、あいつとは高校からの友達でした。……俺は悔しいです。麻奈に続いてあいつまでいなくなってしまって、俺はまた何もできなくて……」

 

 その瞳から涙が零れ落ちる。濁ったような重い空気が部屋を包み込む。……こういったとき、私にはどうすればいいのかわからない。でも、そのままにしておくわけにもいかなかった。

 

 私は俯いた牧野さんの頬に手を当てる。私の体温が伝わるようにそっと。やがて、顔を上げた彼に向かって静かに頷いた。

 

 大丈夫だよ、と想いを込めて。

 

 

「すみません……」

 

 それからしばらくして、牧野さんは私に頭を下げた。辛いことがあって涙を浮かべるのは人として当然の事だ。とはいえ、それを口にするほど無作法ではない。私は笑みを浮かべその謝罪を受け取った。

 

「ともかく、これが俺の知っている有希さんに関する全てです。これ以上は、本人に聞くしかないかもしれません」

 

「ありがとうございます。ですが、一つだけお聞きしたいことが。どうしてその話を私にしてくださったのでしょうか?」

 

 有希が牧野さんに話していたのは出向契約のよしみとして。義理堅い有希だからその行動は納得できるものだ。だけど、その有希から口止めされていた内容を部外者である私に対して話したのか、それが気になった。

 

「それは……」

 

 牧野さんはしばらく言葉を探すように目を泳がせていたが、やがて観念した様に私と目を合わせた。

 

「……俺も以前大事な人を亡くしたことがあります。でもそのときに寄り添ってくれた人がいたから、俺はここまで来ることができました。だから、彼女にも寄り添ってくれて彼女の道を照らしてくれる存在が必要なんじゃないかなって思って……。すみません、エゴですよね」

 

「……」

 

 寄り添って照らしてくれる存在。有希は強い人間だ。一人でどこまで歩んでいける存在。だからこそ、彼女の隣で寄り添い合い、支えてくれる人が必要だった。それがおそらく彼女の兄だったのだろう。

 

 その支えが無くなってしまった今、私にできることは何か。

 

 そこで、ようやく目的地が見えた。自分の行き先が理解できた。

 

「伝えてくださり、ありがとうございます。私の為すべきことが見えました。有希のことは私に任せてください」

 

「頼り切ってしまってすみません。何かあれば何でもおっしゃってください。……よろしくお願いします」

 

「はい」

 

 牧野さんの言葉に短く言葉を返す。このまま帰ろうとしていると、隣にいた芽衣さんが不思議そうな表情で私を見ていることに気が付いた。

 

「どうしました?」

 

「えっと……変な事聞いちゃうと思うんだけど、鏡花ちゃんって麻奈ちゃんって知ってる?」

 

「麻奈ちゃん?」

 

「長瀬麻奈っていうんだけど」

 

 長瀬麻奈。数年前に聞いたことがある。確かデビューから無敗で、一躍時の人となった伝説のアイドル。しかし、彼女は突然命を失ってしまった。

 

「面識はありませんが、名前だけならば」

 

「そっか。変なこと聞いちゃってごめんね!忘れて!」

 

 長瀬麻奈。彼女が私にどう関係するのかは不明であり、芽衣さんがなぜそれを聞いてきたのかも理解するには、情報が不足している。だけど、一つだけ引っかかる箇所があった。

 

「アイドル……」

 

 有希はアイドルだ。そして彼女はアイドルとして何かに囚われその姿を歪めた。ならば、そんな彼女を止めるにはどうすればいいか。彼女の前に立ち、声を掛けるにはどうすればいいか。

 

 道が見えた。目的地までの道しるべが私の前に浮かび上がる。

 

「牧野さん、お願いがあります」

 

「え、はい。なんでしょう?」

 

 私は小さく息を吞む。この選択は私にとって大事な選択だ。この先に幸せな未来はないかもしれない。だけど、この想いは私自身が生み出した私だけのもの。だから、ようやく見つけたそれを決して裏切りたくはなかった。

 

「私をアイドルにしていただけませんか」

 

 

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