星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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鏡花と有希の宣誓

 

 翌日から私のレッスンは始まった。専門のコーチをつけられ、しばらくは基本的な体力づくりの他、基礎練習から始めるとのことだった。

 

 風見家では学問の他、運動能力、そして一つの武を極めることを前提とされる。そのため、身体づくりに関しては一切問題がなかったのだが、私の問題は発声にあるらしい。私の声は平坦で、感情が感じられないと伝えられた。

 

 また、もう一つの問題としては表情だと伝えられた。無表情だとお客さんに怖がられる。早いうちに笑顔を作る特訓をしておいた方がいいとのことだ。

 

 風見家として人に見られることは経験は多かったものの、大勢の人を笑顔にする方法は学んでいない。私もまだまだ学ぶことが多そうだった。

 

 頬をつねあげながら笑顔の練習をしていると、私のスマホにそろそろ到達するとの連絡が入った。

 

 今日は有希とショッピングでいくつかお店を回ることにしている。道中喫茶店に寄り、話をしてみる予定だ。ただ、察しの良い有希だから私の狙いに気づいているのだろう。それでも構わない。

 

 そんな調子で待ち続けていると、視界の先に目的の少女が姿を現した。

 

 長い黒髪に重力に逆らうように伸びた癖毛、真っ赤な瞳は気だるげに閉じ掛かっている。白のモダンなモード系の衣装に身を包んだ彼女は、私の姿を見て、その口を開いた。

 

「やっほ」

 

「有希。おはようございます」

 

 彼女と挨拶を交わすと、早速移動を開始する。私も有希も事前に行く場所は話し合っていた。

 

 

 少し歩いてたどり着いたのは、市内のショッピングモール。自動ドアを潜ると、仄かに甘いポップコーンの香りが鼻をくすぐった。

 

 わずかに気が逸れたが、目的のセレクトショップへとたどり着く。有希は衣文掛けからいくつか服を取り出すと、早速、試着室へと入っていった。

 

 しばらくすると、カーテンがばさりと開き、そこから黒のフリルワンピースを着た有希が姿を現す。ゴシックロリータほど派手ではないが、それなりに目立つ服だ。

 

「どう?」

 

「似合ってはいますが……」

 

 有希らしい服ではない。彼女はもっと大人びた衣装を好んでいた。

 

 言葉にするか迷ったが、一度言葉を濁してしまった手前、はっきりと口にすることにした。

 

「らしくはないですね」

 

「やっぱそう?自分でもそう思った」

 

 そう言いのけると、彼女は再びカーテンへと潜り、しばらくして再びカーテンが開く。

 

「これは?」

 

 ワインレッドのチュニック。柔らかな生地で、華やかな印象を覚えるものだ。

 

「良いのでは?私は好みです」

 

「ありがと。でも、いつも通りだよね」

 

「そうですね」

 

 有希のコーデは全体的に大人しめのカラーで、緩めのトップスを基調としたものが多い。今回のチュニックもいつも通りのものではある。

 

「不満ですか?」

 

「不満ってわけじゃないんだけど……んー」

 

 有希はしばらく考えた後、カーテンを閉め、今日着てきた服に戻す。

 

「やっぱりこっちかな、フリルの奴手入れが大変そうだし」

 

「どちらもお似合いでしたよ」

 

「どうも。鏡花は着てみたいのないの?」

 

「私は大丈夫です。すでに衣服は事足りているので」

 

「そう?ま、気乗りしないならいいよ。次行こ」

 

 

 次にやってきたのはアクセサリーショップだ。ネックレス、ブレスレット、ブローチ等、様々なアクセサリーが飾られている。本物の宝石を使った高級志向のものもあり、見るからに頑丈なガラスケースに覆われていた。

 

「鏡花がこういうの見るなんて珍しいね」

 

 ここへ来たのは私の意思だ。だけど、私が付ける用のものではない。

 

「贈り物に、と思いまして」

 

「へぇ誰に?」

 

「お兄様にです」

 

「……そっか」

 

 私が引っ越してからお兄様は連日のように私の動向について確認してくる。それは構わないのだが、お兄様も風見家としての任があり、多忙なご様子だ。そのため、少しでも心配を和らげるために贈り物をしようと考えた。

 

 もちろん、それだけではない。星見プロとの方々と話したことが正しければ、今の有希にとって、兄という言葉は良い印象を覚えないはずだ。それが本当に正しいのか確認がしたかった。

 

 結果としては当たり。ただ、想像以上に心を痛めた様子に私も胸が苦しくなる。容易に口にしたことを後悔した。

 

「私も一緒に選んでいい?」

 

「はい、構いません」

 

 それから有希と話し合いながら、アクセサリーを選んだ。最終的に選んだのは小さな花と、鷹がモチーフのブローチだった。

 

「いいんじゃない?気に入ってくれると思うよ」

 

「そうでしょうか?」

 

「考え抜いて選んだプレゼントだから、きっと喜んでくれるよ。あいつもそうだったから」

 

「あいつ?」

 

「あー……気にしないで」

 

 誤魔化すように苦笑いを浮かべた有希を横目に、私は会計を済ませる。有希の元に帰ってくると、彼女はじっとガラスケースを見つめていた。その先にあったのは、暗い青で彩られた星のブレスレットだった。

 

「有希に似合いそうですね」

 

「似合わないよ」

 

「そうでしょうか?試着もできるようなので、一度付けてみては?」

 

「いい。大丈夫」

 

「そうですか」

 

 無理強いをする気は更々ない。私はすぐに引き、有希と共に店を出た。

 

 

 それからいくつか店を回りショッピングモールを出た私たちは、近くの喫茶店へと寄った。

 

 木造で少し古びた昔ながらの喫茶店だ。天井に取り付けられたシーリングファンがカタカタと音を立てていた。

 

「何頼む?」

 

「そうですね。ストロベリーデラックスパフェいただきます」

 

「……前から思ってたけど鏡花って結構食べるよね」

 

「そうでしょうか?」

 

「うん、体型維持できているのが羨ましい」

 

「栄養計算はしていますので」

 

「うらましい」

 

 有希にじと目で見つめられる。私からすれば有希も十分に栄養管理はしていると思うけれども。

 

「有希はどうしますか?」

 

「私は……そうだね。じゃあこのティラミスケーキ食べようかな」

 

「相変わらずケーキ好きなのですね」

 

「人類の至宝だよ」

 

「同意しかねますが」

 

「鏡花もまだまだだね」

 

 ケーキのおいしさについて熱弁されるのを聞き流しつつ、私は店員を呼びメニューを注文する。

 

「珈琲はミルクだけお願いします。有希はどうしますか?」

 

「私もミルクだけで」

 

 驚いた。有希は大の甘党だ。珈琲でも苦いのは苦手だったはずなのに。店員が去っていったのを目にした後、私はその疑問を尋ねた。

 

「砂糖やシロップは不要でしたか?」

 

 喫茶店によっては砂糖はセルフとして、テーブルに置かれていることもある。だけどこの店はそのケースには当てはまらない。

 

「うん、いいかな」

 

「そうですか」

 

 成長と共に味の好みが変わることは多々ある。有希もきっとそうなのだろう。そう思い込むことにした。

 

 

 注文した品が届き、お互いに雑談を交わしながら食べ終わった後、私は手に持っていたカップを置くと、本題を有希に尋ねる。

 

「有希、私が今日あなたを尋ねた理由は、すでに把握しているのでしょう?」

 

「……うん、まぁね」

 

「では、単刀直入に聞きます。有希、何がありました?」

 

 彼女は視線を外し、無言で空を見つめる。天井のシーリングファンのカタカタとした音だけが耳に響く。

 

「……なんだっていいじゃん。生きていれば色々とあるんだしさ」

 

 そう言って有希はいつものように誤魔化した。確かに有希からすれば話したい話題でもないだろう。でもしかし。

 

「私は心配です。有希、無理していませんか?YU☆KI★NOとしてのあなたも以前とは違って見えます」

 

「心配しすぎだって。私も芸能界で生きていくにつれて心境の変化があった。それだけだよ。ちゃんと休んでいるし。今だってそうでしょ?」

 

「……」

 

 心配しすぎ。確かにその通りだろう。私は有希に助けてと言われた覚えはないし、彼女自身も精神的要素以外で不調は見られない。でも、だからこそ変なのだ。

 

 単純な話。人間という種は本能的に社会的な生き物であり、兄といった身内との関係は無意識下において安心や支えの対象となる。それがいきなり断たれるということは、無意識に占めていたその領域が空洞になり、今まで抱えていた想いの行き所が無くなるということに繋がる。

 

 脳科学的にも説明がつく。有希が持つ彼女の兄への感情は本物だ。となれば、愛着対象を失った彼女にはドーパミン系などの快感物質が急激に減少し、依存からの離脱のような苦しみが生じるはずなのだ。

 

 つまり、彼女が人間であり、兄への想いが本物であった以上、彼女が苦しまない理由がない。それを自分の中で割り切っているにしては、彼女の言動はあまりにも不安定すぎる。

 

「有希、正直に話しましょう。私はあなたのお兄さんが亡くなったことはお聞きしました」

 

 その言葉に有希は目を見開き、そして口元に笑みを浮かべ私を見つめた。

 

「へぇ。じゃあわかっていて今までの事を聞いていたんだ?」

 

「はい。今日に関しては」

 

「私が苦しむのを知っていて?」

 

「それは……はい。その通りです」

 

 苦しませる気はなかった。だけど、その想定ができていなかったと言えば噓になる。

 

「そ。ま、いいよ。鏡花の事だしそろそろ何か掴むんじゃないかなって思ってたし」

 

 有希はそう言いのけ、テーブルに肘を点け頬杖を突く。

 

「それで、何?」

 

 その目は見定めるように鋭く尖っていた。赤い瞳がぎらりと輝く。

 

「……有希。今のあなたは不安定です。あなたの言動に対して統一性がありません。あなたは何に囚われているのですか?」

 

「囚われている、ね」

 

 有希は天井を見上げた後、自嘲するように笑みを浮かべる。

 

「そうだと思うよ。だから私はアイドルを辞めてないんだし」

 

 でもね、と有希は言葉を続けた。

 

「私はこれを間違いだと思わない。これは私が決めた道だ。鏡花にも邪魔はさせない」

 

 その目は真っ赤に燃えていた。どこまでも朱く、決して枯れない紅蓮の炎がそこにあった。

 

「……心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。鏡花が思っているようにはならない。それほど私は弱くない」

 

「有希……」

 

 そんな炎の中でも、御堂有希という人物は変わらない。誰かを思いやり、気を遣うことができる、聡く優しい子だ。

 

 だからだろう。私はその言葉に、改めて自らの決意を認識することができた。

 

「有希、私はアイドルになりました」

 

「…………なんて?」

 

「アイドルになりました」

 

「鏡花が?」

 

「はい」

 

「本当に?」

 

「はい」

 

「えっと、実家は大丈夫だったの?」

 

「説得しました」

 

「そうなんだ……」

 

 有希は心底驚いたような声を出した後、心を落ち着かせるためかカップに手を伸ばす。

 

「ちなみに星見プロダクションです」

 

「っ!ごほっごほっ……」

 

 珈琲を含んでいた有希がせき込んだ。それほど驚かれることだっただろうか。

 

「……意外だったけど、まぁ鏡花が選んだ道ならいいんじゃない?星見プロはいい子たちばかりだよ」

 

「はい。その通りでした」

 

 純真、その言葉が似合うほど真っすぐな人たちばかりだった。あそこならば余計な諍いが起きることはないだろう。

 

「それで、それがどうしたの?」

 

「これで有希とも対等になりました。だから、私が有希を止めてみせます」

 

「えっと、どうやって?」

 

 どうやって、それは……。

 

「どうやるのでしょう?」

 

「考えてなかったんだ……」

 

 アイドルになれば今まで存在していた有希との距離を埋められると思っていた。距離が近くなれば、必然と彼女に対してアプローチできる手段も増えていく。だけど、そのアプローチをどう行うか。

 

 思えばそこまで考えきれていなかった。どうしたらいいのだろう。

 

「まぁでも、そうだね。本当に鏡花が私を止めようとしているのなら」

 

 赤い瞳に再び炎が灯る。

 

「私を倒してみなよ」

 

「わかりました」

 

 テーブル越しではあるが、一歩近づけば腕は届く範疇だ。幸いに有希は壁沿いにいるから、背後に逃げられることはない。

 

「ちょっと待って物理的な攻撃仕掛けようとするの止めてくれない?」

 

「倒せと言われましたので」

 

「そういうことじゃないから」

 

「……冗談です」

 

「なんで間が空いたの?」

 

「冗談です」

 

「今、間を消せばいいとかの話じゃないからね?」

 

 さすがに冗談だ。拳で倒せばいいとは最初から考えていない。無理をしていれば無理やり気絶させようと考えていた程度だ。

 

「はぁ、鏡花も変わんないね。マネージャーも大変そうだ」

 

「ご迷惑をおかけしている自覚はあります」

 

「気を付けなよ。この業界、色々きな臭いことも多いから」

 

「はい、肝に銘じます」

 

「そ」

 

 有希は一言返事をすると、会計は持つと、伝票を持って立ち上がった。自分の分は払うと伝えたが、アイドルになった祝いと窘められ、奢ってもらうことになった。

 

「鏡花」

 

 店を出ると、いつの間にか空が曇っていた。雲の形と動きから雨模様を確認していると、有希がこちらに振り向いた。

 

「もし本当に敵として、鏡花が立ち塞がるのならば」

 

 有希の表情が歪む。それは、何か大きな感情の前に歓喜を重ねたような狂った笑みだった。

 

「私は容赦しないから。YU☆KI★NOとして、潰してあげる」

 

「ふふ」

 

 その宣言に私も笑みが零れる。その笑みは初めてだが、こういった有希の姿を見るのは久しぶりだ。

 

「私も負ける気はありませんよ」

 

 有希は私の言葉に納得した様子を浮かべ、別れを告げる。

 

 有希は左へ、私は右へ。いつか交じり合う日が来るまで、しばしの別れだ。

 

 ……有希は強い。きっと今の私じゃ太刀打ちできないだろう。ならば、今の私にできることは。

 

 新たな自分の行き先のビジョンが見えた時、ふと気が付いた。

 

「そういえば、引っ越したので私も帰り道同じでした」

 

 私は有希と同じ左の道へ駆け出し、彼女に呆れたような目を向けられた。

 

 

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