その後も私はレッスンを重ね、無事デビューも果たした。
風見家の名はすでに日本中に知られている。そのままで出てしまうと厄介事を招くだろうという理由で、芸名を使ってデビューすることになった。
デビューステージは東京にある野外ステージだった。見晴らしがよく、お客さん一人一人の表情が良く見えるステージ。
ステージから見えた景色は、決して忘れられない。眩く輝くサイリウムが、笑みを浮かべるお客さんの姿が、全てが光って見えた。
そのステージが美しくて、何より私の仕草一つで喜んでくれるのが嬉しくて。私は心からアイドルになってよかったと感じた。これからも応援してくれる彼らのためにステージに立ち続けようと、そう思えた。
ただ、それだけではいられない。私は私の為すべきことも忘れてはいない。
アイドルとして、私が有希にできること。それはアイドル活動をやっていくうえで、具体的な形となって見えてきた。
ライブバトルというものがある。二グループが順にライブを行い、採点AIにより高い点数を取れば勝利となる仕組みだ。勝利すればもちろん名誉は得られるが、それだけではない。Venusプログラムにおけるポイントも加算させることができる。
Venusプログラムとは、今のアイドル業界の核となっているものだ。ライブバトルや大会での成績に応じてポイントが増減し、ポイントに応じてアイドルたちの明確な順位が表示される。アイドルの実力を明確に示すシステム。
YU☆KI★NOはあの件以降、そんなライブバトルを多用し、Venusプログラムの順位を急激に高めているみたいだった。その理由はわからないが、有希が理由なしにそんなことをするはずがない。
ならば、私ができることは、私が本当の意味で彼女に立ち向かうには、その方法がベストだと思えた。
YU☆KI★NOにライブバトルで勝つ。
これが私の目指すべき目標だ。
「YUKINOとライブバトルがしたい、ですか」
「はい」
私の意向はすぐさまマネージャーへ伝えた。だけど、彼の反応はそれほど良いものではなかった。
「いくつか問題があります」
伝えられた内容は、ライブバトルには暗黙の了解として順位が離れすぎている相手に対して挑むのはNGだということ、上位の相手に勝つほどポイント加算も大きくなることから、これは納得の理由に思える。
もう一つの理由としては。
「事務所の方針です」
星見プロとしては、デビューしたばかりの私を順当に育てていきたいらしい。確かに今の私では知名度もファン数も圧倒的に足りない。YUKINOに挑むには、まだまだと見られるのも当然の理由だ。
「古都さんの想いもわかっています。だけど、俺は今は無理する段階ではないと思っています」
言い分はよくわかる。彼もYUKINOのことは心配だけども、あくまで優先度は星見プロなのだろう。だから、その星見プロの一員となった私が無理しすぎないように調節している。概ねそういった理由なのだろう。
「わかりました」
つまり、私がまだ信用されていないという事だ。そして信用を得るために必要なものは、やはりアイドルとして大成する事。結局為すべきことは変わらない。
「……本当にわかってます?」
「はい、問題なく」
不審げな目を見せるマネージャーに頭を下げレッスン室へと戻る。すでに指定のレッスン時間は過ぎているため、自主練だ。ただ、その前に。
私はスマホを取り出し、メッセージアプリを開くと目的の相手に電話を掛けた。相手はワンコールで電話に出た。
「お忙しいところ申し訳ございません。お兄様、御一つ頼みがございます」
『任せろ』
まだ頼んでいないにも関わらず、彼は即答するのだった。
『古都ことの古今東西浮世日和ー』
『わーい!ぱちぱちぱちー』
『皆様、お初にお目にかかります。この度星見プロダクションよりデビューいたしました古都ことと申します。好きなものは百合の花です。天ぷらにするとおいしいです』
『そうなの!?』
『冗談です』
『もう、ことことちゃん!』
『本当に好きなのは皆様の喜んでいる姿です。天ぷらにするとおいしいです』
『食べちゃうの!?』
『冗談です』
『もーー!!』
『冗談はともかく、好きなものは食事全般で、苦手なものはラーメンです。趣味はこれといってありませんが、休日は書初めや武の鍛錬等、様々な稽古に取り組んでおります。特技は芸能から帝王学までなんでもこなせることです。何かありましたら私にお任せください』
『ていおうがく?よくわかんないけどすごい!』
『ありがとうございます。私の紹介はほどほどに、今回星見プロダクションのSNSチャンネルを使って生放送しているのは理由があります』
『それがあのタイトルコールなんだよね?』
『そうです。古今東西浮世日和。昔から今まで、そして東西全ての場所で、享楽的なこの世を謳歌する。ただ、謳歌するにはこの身はまだ未熟です。なので今は日和になります』
『えっと、つまりどういうこと?』
『この放送では、新人アイドルである私のレッスン風景を流していこうと思います。記念すべき第一回にはゲストとして先輩アイドルである早坂芽衣さんをお呼びしました。芽衣、今日はよろしくお願いします』
『よろしくー!といっても、どうすればいいの?』
『説明しま』
そこまで呟いて、ガラッと慌てた様子でスタジオの扉が開かれた。そこから現れたのはスーツ姿のマネージャーの姿だった。
彼は慌てた様子でパソコンを操作し、生放送の配信をオフにした。
「迂闊ですね」
その様子に思わず言葉が漏れ出た。
「……その通りだと思います。でも、事務所として許諾していない生放送は認められない」
「そうですか。でも安心してください。これはプライベートモードで撮影していたため、世には出ていません」
「え?そ、そうなのか?」
「はい、確認してもらっても構いません」
「本当だ……」
私たちが放送していたのは、URLとパスワードを知っている人のみが見ることができる放送モード。チャンネルの持ち主である星見プロへは当然内容は見えるが、それ以外の相手は見ることができない。
「じゃなくて、古都さん、どういうことですか?なんでいきなりこんなことしているんですか?それに芽衣も」
「芽衣には何も伝えていません。彼女を責めないであげてください」
「え?えっと?ど、どうしたの?」
芽衣は急に放送を止められて動揺している様子だった。彼女には生放送を行うから手伝って、と伝えただけでそれ以外の内容は伝えていない。騙すようで申し訳ないが、今後の内容を考えれば彼女には協力してもらう必要があった。
「マネージャーは言いました。私はまだ実力不足で、人気も足りず、信用もできないと」
「……俺そんなこと言ったか?」
「なので私は考えました。実力を身に着け、同時に人気を付ける方法を」
「それがこれですか?」
「はい。星見プロの今の人気はうなぎ登りです。登りすぎて天まで届く勢いです」
「うん……」
「星見プロの知名度のおかげで、私の名もすでに広まりました。ならば、私が為すべきことは私という人物を知らしめることではないでしょうか?」
「その通りだと思います」
「なので生放送です。アイドルのファン、特に新人アイドルにおけるファン層は、未熟な姿を含め、その成長を応援してくれるものと聞いています。だからその過程を明確に示すものがあればファンも応援しやすく、またSNSという手軽なコンテンツでやることによって、新規ファン層も開拓できるのではないでしょうか?」
「言っていることは理解できますが……」
「加え、私はまだまだ技術も未熟でレッスンが必要です。ならば、その光景を示してあげれば全ての条件を満たしつつ、より良い結果になると熟慮いたしました」
「古都さん」
「はい」
彼はそう言って、私の目を見つめた。真剣な真っすぐな瞳だった。
「言い分はわかります。ですが、行動する前に一言相談してください。あなた一人の問題じゃない。星見プロ、全員に関わります」
その通りだ。だからこそ、私はプライベートモードにして、彼だけに伝わるように放送していた。お兄様に協力してもらい設備や設定も整えてもらって、だ。
それは私の本気度を知ってもらうと同時、この企画を通すため。
正当な手段ではないことはわかっている。だけど、有希の件を考えれば悠長にしている暇はない。こういった手に頼るしかなかった。
「大変申し訳ございません。以後、留意いたします」
「なんだか煙に巻かれているような気もするが……。芽衣、もし古都さんがまた勝手に何かをしようとしていたら芽衣の方からも止めてくれないか?」
「わかった。ことことちゃん、ダメだよ!」
「気を付けます」
それから星見プロから正式に企画の承諾を貰い、生放送ではなく、動画という形式で私の活動が始まることになった。
概ね想定通りの結果になったが、意図していなかったのは、私と芽衣の会話が一番注力されていたこと。芽衣の人気のおかげかと思ったが、どうやら私の言動が原因みたいだった。マネージャーからの話によると、切り抜かれてSNSでバズったとのことだった。人気というのはよくわからないものだ。
ちなみに芽衣からは、ちゃんと事情は把握していたらしく、真っ当に怒られた。
当然の結果だろう。お詫びに帰り道にミセドでドーナツ買って彼女に渡した。
芽衣は笑顔で喜んでくれた。