「……嫌な予感がするな」
本戦を数日後に迎えたある日、通行人に紛れ星見寮近くを歩きながら、俺はどうすれば星見寮に侵入できるか考えていた。
いや、俺が潜入するわけではないが、もし誰かが侵入を考えているのであれば、自分のやるケースを考えた方が手っ取り早いからだ。
……俺がマスコミ関係者だとすると、少しでも売れる記事を書くためには間違いなく長瀬麻奈のことを書く。そして都合がいいことに、長瀬麻奈の妹である長瀬琴乃と長瀬麻奈の声を持つアイドルが本戦に生き残った。これを書かない手はないだろう。
そして彼女たちの同行を追えば星見寮で皆で暮らしているというのは簡単に把握できる。直接話を聞く、というのはさすがに世間の目が悪すぎるためある程度の確証を持ってから向かうとして、まずその確証をどう得るか。
一番は事務所やそこに所属するマネージャーに話を伺う。だが、あの三枝さんやマネージャーが口を割るとは思えないため、これは無駄足になると判断。
次点に周囲にいる人物だが、現状において彼女たちはアイドルのレッスンに集中しており、それ以外の関係はほぼない。そこから洗い出すには時間がかかりすぎるためこれもパス。
だとすると残るのは、彼女たちの話に聞き耳を立てること。レッスンスタジオまでに向かうまでの会話や、寮に戻るまでの会話を盗み聞きする。そこから得た情報を発信する。
「うん、これだろうな」
少なくとも俺がマスコミ関係者ならこれくらいはやる。酷いやつなら星見寮に張り付いて中の会話を聞くとかするだろうな。……侵入は本当に万が一の可能性だ。だが、自分があり得ないと思っていることをするやつは案外いるもんだから、可能性は捨て置けない。
侵入するとするならば壁を乗り越える必要があるが、正直身長程度の壁ならば登れる人は登れるから障害にはならないとして問題はどこから登るか。……入り口はさすがに隠れるところがなさすぎて無し、物置近くもマネージャーが住んでいるからなし、裏は窓から近いためなし、だとすると……。
「庭近く…だよな。ありがたいことに植物もあってわりと隠れやすい」
高いところから星見寮を見た時のことを思い出しながら俺はそう推測する。それに会話を聞くという目的があるならば、リビングへ近い縁側がある庭は最適解に近い。
ただイレギュラーになりかねないのが、星見寮に住むアイドルたちの同行。妙に鋭かったり、聡かったりする子が多いからそこをどう乗り切るか。
「特に芽衣ちゃんは痕跡残さなくても見つけてきそうな怖さがある。怜ちゃん、沙季さん辺りは俺が気づかない痕跡を見つけてきそうだな」
「呼んだー?」
「ん?」
気が付くと俺は星見寮の前を歩いていたらしい。声に反応して振り向くと、見覚えのあるポニーテールの少女がいた。
……まずは深呼吸だ。落ち着け、落ち着け。
「どどどどどどどうしたんですかぁ!?」
「あっははは!何それ、面白い!!」
視線の先で私服姿の芽衣ちゃんが笑みを浮かべている。肩だしのそれ可愛いですね……じゃなくて冷静になれ。この笑みはきっとあれやぞ、隠れて探っていたのに見つかって動揺しているの可愛い、の笑みやぞ。
……芽衣ちゃんには先日の一件で、俺が星見寮を見守っていたことがバレていることが発覚している。にもかかわらず黙っているのはきっと今皆に話すとグランプリの邪魔になるからだ、と思っているからのはずだ。
でもこれは俺が手を出さないことを前提とした考え方、今目の前に現れたのは俺がこうして目立つ場所に現れたことを咎めに来たか。
「早坂さ……いや、今更取り繕っても意味ないか。芽衣ちゃん、ちょっと話がある。いいか?」
「うん?いいけど、芽衣、今……」
「芽衣ちゃんどうしたの……えっとそちらの人は?」
星見寮の戸が開くと、そこからこれまた私服姿の渚ちゃんがやってきた。白のカットソーに丁度膝が隠れるくらいの空色のスカート。グッドです。最高です。ありがとうございます。
「えっとねー、えっとー……誰だっけ?」
いやたぶん自己紹介してないっす。自己紹介するかどうか迷ったが……そういや渚ちゃんって俺がすずちゃんを追ったときと、高台で朝練を見ていたときにこっち来てたよね?じゃあ名前も顔もバレてんじゃん。
「あ……」
渚は近くにきてようやく俺の姿に気づいたようで声を出した。その、あ…、はまずいものを見つけた時の、あ、なのよ。ちょっと待て弁明させてくれ。
「ふ、不審者!」
「ちょっと待ってください。違う、違うんです!寮に逃げないで!携帯取り出さないで!話を!何卒お話を!」
「一体何の騒ぎですの?」
寮からさらに誰かが出てくる。白のブラウスにチェックの入ったワンピースを着た少女…すずはこちらを胡散気に見ていた。
「すずちゃん!寮に戻って!」
「え、え?なんですの?渚、どうしたんですの?」
「あ、でも、それだと芽衣ちゃんが……」
すずを寮に押し戻した渚は、覚悟を決めたようにこちらを振り向き、携帯を片手に俺と目を合わせた。
「芽衣ちゃんを離してください!」
「いや…そもそも捕まえてない……」
「何が…目的ですか?」
「目的とかないんで、ちょっと話を…」
「ま、まさか、狙いは琴乃ちゃんですか!?確かに最初にお会いした時から琴乃ちゃんを見る目がおかしかったような……」
「……いや違います……」
「だったらどうして……!」
すごい錯乱している。これじゃまともに取り合ってくれないな……。とはいって俺がここを離れても話がこじれるだけだしどうしよう。
「渚は先ほどから何をやっていますの?」
「あぁそうだった!すずちゃん!どうにか渚ちゃんを説得してくれ!」
「どうして私の名前を知っていますの!?ま、まさか私を追ってきたストーカー!?」
「違うわ!」
まずい。これは非情にまずいことになった。会話の選択肢を間違えた。俺じゃここはどうしようもないからここは芽衣ちゃんに……。
「あ!猫ちゃんだー!」
おいこらどこいくねん。いや、何か用事あったんじゃないの?勝手にいったら怒られるって。
……それにしても困った。頼みの綱がこれで全滅…。
「皆さん、どうしたんですか?何かトラブルでもあったのでしょうか?」
寮の奥から出てきたのは白のキャミソールに深緑のロングスカート。上から薄紫カーディガンを羽織った少女。沙季さんだ。
あ、でもちょっと待って。沙季さんって一番俺を警戒していた人だよね?一番来たら駄目じゃない?
「さ、沙季!ストーカーですわ!」
「こんな白昼堂々と…え!?」
沙季は俺の顔を見ると、驚いたような声を上げる。そうだよな、沙季さんが見るとそうなるよな。
「きゃーー!!!」
なんでだよ!なんで何もしてないのに叫ぶんだよ!もう俺アウトじゃん!逃げ道塞いできてるじゃん!
「さ、沙季!?どうしたの?」
……ここまで来るともう顔を見なくても誰がきたかわかる。オレンジのパーカーに黒のジャケット。月ストの最後のメンバー、琴乃ちゃんだ。
……あぁ私服姿も可愛いですね。がんぷくだー。
「琴の…いや長瀬琴乃さん。一生のお願いです。お話を聞いてください!」
もうこうするしかないと、俺は地面に膝をつけ頭を下げる。ジャパニーズ土下座。これでダメだったらもうあきらめるしかない。せめてNextVenusグランプリまでは見届けたかった……。
「えっと、御堂さん、ですよね?頭を上げてください」
「はい……」
「とりあえずここじゃお邪魔ですので…中にどうですか?」
冷静になって周囲を見渡すと、少々視線を浴びすぎている。俺も含めて叫びすぎたな。
「いえ…さすがにそれは色々とよろしくないので、お…私は玄関先から会話します」
「そっちのほうが迷惑です」
「じゃあ通話で…」
「連絡先を教えろということですか?」
「え、あ、いや、じゃあせめてマネージャー呼んでから…」
「マネージャーは夕方ごろまで帰ってきません」
「……じゃあどうすれば」
「寮に入れてどうするわけでもないんですが……それならば縁側はどうですか?そこならば一応は外……扱いになるのかしら」
そこならば一応、俺が寮には入っていないことにはなるか。……黒よりのグレーな気もするけど。
「わかった。俺は庭で正座して話せばいいんだな」
「迷惑です」