私のステージが終わりを告げ、舞台裏に戻る。そこに取り付けられているモニターの前に私は座った。
全力。今の私に出来る最高のステージだった。想いが届いているかは未知数だけど、できることは全てやり遂げたと感じる。
だけど、やっぱり不安になるのは事実だ。
「有希……」
私にできたたった一人の友と呼べる相手。風見家は現代日本においても階級が高く、誰もが引けを取ってしまうものらしい。同年代の相手とは何度も話したことはあったが、友と言えるような存在は有希以外終ぞ現れなかった。
だからこそ、私は初めてできた友のためにできることをしたい。それが、有希との約束を果たす事だった。
「私は成し遂げられたのでしょうか……」
「鏡花ちゃん!」
一人誰も映っていないモニターを眺めていると、声が掛けられる。振り向くと芽衣の姿がそこにあった。
「芽衣?今日の務めは大丈夫なのですか?」
「つとめ?お仕事なら終わらせてきたよ!鏡花ちゃんのライブを見たくて張り切っちゃった!」
すごいでしょ!と言わんばかりに胸を張っている芽衣の様子に思わず笑みが零れる。彼女といると自然と笑顔になるのは困ったものだ。
「どうでしたか。私のライブは」
「すごかった!鏡花ちゃんの想いがぐっと籠ったライブだったよ!芽衣もぞわーっときちゃった」
「ぞわー」
「ぞわぞわー!」
「そわぞわー」
「ぞわー!ぞわー!」
「ふふ」
再び笑みが零れる。いつの間にか不安になっていた気持ちが晴れていくのを感じる。
「ありがとうございます。芽衣」
「どういたしまして!」
大方、私の様子を見て励ましに来てくれたのだろう。彼女は本当に良く見えている。
「あ!そろそろ始まるみたいだよ!」
「一緒に見ましょうか」
「うん!」
隣り合わせで座り合い、二人でモニターを覗く。黒と白、対照的な衣装を身にまとった有希と季乃さんの姿がそこにあった。
『皆様、お帰りなさい!』
『ただいまでしょ』
『私は帰ってくるより待つタイプです!』
『でも季乃って良妻って感じじゃないよね。帰ってきたら散らかしてそう』
『子供じゃないですか!誰がお子様ですか!』
『言ってないし』
お調子者の季乃さんが場を作り、有希が冷静に突っ込む。YU☆KI★NOの人気はこういったコミカルなやり取りも要因の一つだ。真逆の性格だからこそ、二人は相性が良い。
『おふざけはここまで、そろそろ行くよ』
『えーもっと喋りたいです!』
『なんで?』
『……だって最近の有希ちゃん。ライブになると怖いから』
『ごめん、なんて?聞こえなかった』
『そういったせっかちな有希ちゃんも可愛いなぁってだけです!じゃあ行きましょうか!』
『うん』
二人は立ち位置を整え、胸に手を当てる。ステージライトが一斉に消え、明るい空気は鳴りを潜める。
『regret』
始まったのは鋭利のようなリズムと重厚なベースが特徴のエレクトロロック。
感情の揺らぎを表すようなグリッサンドとダークなイントロが会場を包み込む。そして、有希のアンニュイな声と共にそれは始まった。
『
底知れぬ不安に襲われ 惨劇を』
感情を抑え込むかのような静かな音色。同時に彼女が舞うは幼き少女の悲しみ。
私は最初の一言で、彼女がまだ囚われていると実感した。
『月光を隠す 鉛色は
21gだけ残して』
有希と隣立って歌うのは季乃さんだ。彼女もまた歪んだ表情を浮かべ、その胸の丈を語る。苦しみと悲しみの音色だ。きっと彼女も有希の兄の死に泣いているのだろう。
『あなたと交わしたあの約束は
果たされぬまま 消えゆく
如何して?教えてよ』
旋律が激しさを増す。スピーカーが悲鳴を上げ、会場中に慟哭を響き渡らせる。耳を塞ぎたくなるようなそんな音色だった。
『あなたと過ごし笑って煽り合った あの日々が
心にこびりついた 暗雲が剥がれずに
今も 消せない感情 今の自分に重ねてる
何も見えないまま 別れも言えずに』
そんな旋律を前に、有希は感情任せに叫び、涙を浮かべ、そして笑っていた。今が楽しくて仕方がないように、悲しい感情を上書きするように、どこまでも狂ったような歓喜の笑みを浮かべていた。
「有希……」
彼女は何も変わっていない。私の想いなど無意味だった。全てを上書きする今の有希には、きっと私がどんな想いを持って、どんな言葉を掛けても無駄なんだって初めて気が付いた。
私が甘かった。
『衝動の前に 現れた眩い光は
明確な形となって 私に憑りついた
瞬きの間に消えていきそうなあなたを前に
私は ここに残ることを決めた』
私が後悔している間にもライブは続き、季乃さんの透き通る声が会場へ響き渡っていた。だけど彼女の声はどこか不安げに揺れ動いていて安定感がない。映像で見た季乃さんとは違うように感じた。
「え!」
「芽衣?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないよ」
突然声を上げた芽衣は、すぐに何かを誤魔化すように首を振った。疑問に思ったが、今はライブに集中するべきだ。
『あなたが私にくれた この未来
暗くて辛くて苦しい道を
忘れないよ 消させないよ
だから離れないで 傍に居て』
曲がエピローグに入り、慟哭が収まり再び静寂が訪れる。だけど私にもわかっている。これは嵐の前の静けさだ。感情の爆発がこの程度で終わるわけがない。
『焼き付いた文字 消えないregret
君が残してくれた この星を』
YU☆KI★NOが会場を舞う。二人が縦横無尽に駆け巡り、ステージに大きな真っ黒な星が浮かび上がった。同時に耳を貫くような叫びが辺りに響き渡る。
『色を失ったこの世界で ただ一つ
あなたがくれた 私というユキの音で
世界を染める それだけが定めで
他には何もいらないから』
痛い。言葉の一つ一つが刃物のような鋭さで、心を突き刺す。逃れたいが、逃げ場もなく逃れることはできない。だから閉じこもるしかない。私の世界だけに閉じこもって、この痛みを上書きするしかない。
……この感情は、きっと有希のものだ。彼女はきっと兄が残してくれたYU☆KI★NOを唯一のものにしようとしているのだろう。だから彼女はアイドルを続けている。
痛いくらい正面から味わったその激情。それを前にして、私はどうすればいいのか、わからなくなった。
『この世界のどこか あなたとずっと笑えるように
私はもっともっと輝いてみせる
ねぇ見えていますか 私は今 笑えていますか』
ステージ上で季乃さんが前に立つ。彼女は悲しそうにしながらも、笑みを浮かべていた。上書きした笑みじゃない。苦しくても前に進もうとするような笑みだった。
彼女はどうやって整理をつけ、前に立とうとしたのだろう。この苦しみからどう逃れたのだろう。
わからない。わからないけど。
最後までステージに立ち続け、有希に寄り添っているその姿は、誰よりもアイドルだった。
『さよならは言わないよ
だから また あの日のように』
regret
イメージ ワーストリグレット