ライブバトル後の撤収作業を終えた後、私は寮へと直帰した。
私としては一度事務所に戻って、今回のライブバトルについてのまとめを行う予定だったが、今日は反省会の前にゆっくり休んでほしいとマネージャーに気遣われた。そんなに疲労が顔に出ていたのだろうか。
確かに疲れはあるのは事実だ。だけどそれは私自身のパフォーマンスを妨げるほど大きな疲労ではない。それに、今はあの会場で感じたものをすぐにでもまとめておきたい気持ちが大きい。
「……ライブの映像はすでに星見プロ内のサーバーにアップ済みみたいですね。助かりました」
東京寮にあるPCと星見プロサーバーがVPNで繋がっていることはすでに把握済みだ。後はそのデータを取り出せば、寮にいながら解析は可能だ。
「あれ?鏡花ちゃんもう帰ってたんやね。おかえりなさい」
「挨拶ができてなく申し訳ございません。ただいま。優さん」
電子用具入れから、ケーブルの類を取り出していると、背後から声が響いた。振り向くと、赤みがかった茶髪をふわりと揺らし、不思議そうに私を見つめている優さんの姿があった。
「かまへんよ。うち、部屋におって、ちょっと聞こえへんかっただけやし……。それより何してはるん?」
「今日の私のライブバトルの映像をリビングのテレビで再生しようとしていました。……お邪魔ですか?」
「大丈夫です。うち以外今だーれもおらんし。でも、せっかくやしうちも見ていいですか?」
「構いません。できれば忌憚なき意見をいただければ」
「鏡花ちゃんらしいなぁ。じゃうちも先輩として頑張らせていただきます」
ケーブルをPCとテレビにつなぎ、リモコンで入力機器を切り替える。リビングの大きなテレビに私の姿が浮かび上がった。
『皆様、お久しぶりです。そして、お初にお目にかかります。古都こと、古い都にことと書いて古都ことと申します』
「……こそばゆい気分になりますね」
「ふふ、うちも初めのころはそうやったわ」
次第に慣れてくるってことだろう。確かに恥ずかしがっているだけでは反省もできるはずがない、気持ちを切り替えよう。
『今回のようなステージを開催いただいたこと、そしてこの場所に足を運び頂いた皆様に最大限の謝辞を。誠にありがとうございます』
「ちょっと固すぎるんちゃう?もっとカジュアルな挨拶でもええと思うけど」
「はい、ですので少しばかり余興を入れました」
『皆さま、楽しんでいってくださいね』
映像の中の私は手で狐のポーズを作り、狐の頭を下げる。固すぎるという意見はすでにいただいていた。だけど、私のこの口調は一朝一夕で直るものではない。なので、口調以外で余興を入れ緩和させることにした。
「可愛らしいけど……ちなみに誰からもらったアドバイス?」
「こころさんです」
「あぁ……言いそうやわ……」
個人的にはそれなりに悪くはないと思っていたのだが、それほど悲観するものだったのだろうか。
「鏡花ちゃんが気に入っているのなら別にええんよ。うちも……うん、悪くないと思う」
ならば問題はない。今後とも使い続けようと思う。
それからしばらくMCが続き、いよいよ私のライブの時間になった。姿勢を正し、映像に集中する。
「……」
「……」
練習でのパフォーマンスは何度も映像で見てきた。でもステージでのパフォーマンスは練習とは違う。練習でしなかったようなミスが本番で起きることがざらにある。
それを示すように、今の足運びも、手の動きも、細かいところが少しずつずれていた。実際に踊っているときはその感覚がなかったのに、なぜだろう。
「鏡花ちゃん一つ聞いていい?」
「はい」
「この曲。YUKINOに向けて歌ったものであってます?」
「はい。その通りです」
「そっか」
楽曲が終わった後、修正点についてまとめていると、優さんは含むようにそう呟いた。
「何か気になる点がありましたでしょうか?」
「技術云々に関しては鏡花ちゃんなら気づけるやろうし、うちとはパフォーマンスの形が違いすぎるからあんまり言うことはないなぁ。でも、一つだけ直さないといけないところはあります」
「どこでしょうか?」
「想いの向き先、やね」
「想いの向き先?」
私が有希に向けたこの想いが間違っている、ということだろうか。
「YUKINOに向けて歌うのはええんよ?でもな、この会場にいるのはYUKINOだけじゃない。見てくれる人がいっぱい居るんやから」
「……なるほど」
「言い方はよくないけど、アイドルは客商売なところがあります。だから、うちらがたった一人に向けてステージに立つのはダメです。もちろんそれが良いってときもあるけどな?そこはケースバイケースです」
「有希のためを想ったライブならば、お客さん全員にそのことについて知らしめる必要があった。そういうことですか」
「そういうことやね。それをしないのなら、お客さんとしっかり向き合わないとダメやね」
理解はできた。私としてはお客さんを蔑ろにしたつもりはないが、優先度としては確かに一番ではなかった。感謝なんて言葉を使っていながら不甲斐ない限りだ。
その点、YUKINOはずっとお客さんを見ていたように思える。舞台裏で見ていた私にも想いが伝わってくるほどだったから。そもそもお互いに見ていたものが違ったのだろう。
「……しかし、一つお聞きしたいことが。お客さんはステージ上に立っているアイドルが何を考えているのかがわかるものなのでしょうか?」
「うん、わかる。間違いあらへんよ」
優さんは一寸の迷いもなく、そう断言した。
「ファンはな。うちらが考えている以上にうちらの事をよく見てるんよ。うちもな、ちょっと思い悩んでいるときに握手会でそのことを見抜かれていてびっくりした経験がありますから。だから、鏡花ちゃんも気をつけてな」
ファンは私たちの事を見ている……。それが正しいならば今日のステージでのファンは、私が皆の事を見れていなかったのを察しているのだろうか。喜ばすことができていなかったのだろうか。
「……申し訳ない事をしましたね」
「大丈夫です。次で取り返しましょ」
「ありがとうございます」
優さんが居てくれて助かった。私だけではきっとこんな簡単な事にも気づけなかっただろうから。
「それにしても、相変わらずYUKINOはすごいパフォーマンスするなぁ。うちらと戦ったとき以上に強くなってる気がするわぁ」
「トリエルはYUKINOと戦ったことがあるのですか?」
「うん、I-UNITYのちょっと後くらいやったかな。YUKINOからライブバトル挑まれてな。見事に完敗しました」
「I-UNITYの後……」
I-UNITYの後であれば、有希が変わってしまった後になる。彼女たちのパフォーマンスも知っているに違いない。
「優さん、その話もっと詳しくお願いできますでしょうか?」
「別にええけど、たぶん聞くならうちよりも瑠依ちゃんに聞いた方がええな。うち以上に熱心に見といたみたいやし」
「わかりました。優さんからその話伝えていただけますでしょうか?」
「ええよ。予定決まったらまた連絡します」
「ありがとうございます。お願いいたします」
その後は、優さんと雑談しながらもアイドルとしての立ち回りについて色々と教えてもらった。
とりあえず、バラエティー番組での辛物には気を付けろ、ということだけはしっかり覚えておこうと思う。