星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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レッスンwithトリエル

 

「お邪魔します」

 

「あ、鏡花さん!おはようございます!」

 

「すみれ、おはようございます」

 

 星見プロのレッスン室を開くと、一番にすみれが挨拶してくれた。深緑色の髪を耳下の辺りでリボンで括ったローツインテール。屈託のない笑顔が印象のしっかりした子だ。

 

「おはようさん」

 

「おはよう。わざわざ来てもらってすみません。全員が揃う時間が中々取れなくて……」

 

「優さん、瑠依。おはようございます。いえ、構いませんよ。私がお時間をいただいている立場ですので」

 

 優さんの隣にいたのは、長い銀髪にヘアバンドを付けた少女。クールで高嶺の花のような高貴な印象が特徴だ。

 

 天動瑠依、鈴村優、奥山すみれ。三人は、TRINITYAiLEというグループのメンバーだ。今日は彼女たちのレッスンに招待してもらう形で、私もレッスンを行う予定になっていた。

 

「じゃあまずは準備運動からね。鏡花も同じメニューで構わない?」

 

「はい、構いません。ですがレッスン前に一点だけ確認事項が。……カメラ回していても構いませんか?」

 

「カメラ?……あぁそういえばレッスン風景をSNSに上げていたわね。私は構わないけど、二人はどう?」

 

「うちもかまへんよ。見られて困るものないし……あ、でも瑠依ちゃんとのイチャイチャがバレてまうわ!」

 

「それはもうバレているんじゃないかな……。私も大丈夫です」

 

「ありがとうございます」

 

 瑠依に呆れた様子で宥められている優さんを横目に、カメラを邪魔にならない位置にセットする。

 

「準備できました」

 

「わかったわ。……優、そろそろ始めるから離れて」

 

「仕方ないなぁ。またあとで、ってことやね」

 

「違うのだけど……」

 

「随分と仲が良いのですね」

 

「あはは……優ちゃんと瑠依ちゃんはいつもこんな感じだから気にしないで」

 

「はい、承知いたしました」

 

「じゃあいつも通り柔軟体操からね。私は優と組むから、すみれ、鏡花の相手お願いできる?」

 

「はーい!」

 

「お願いします」

 

 レッスン室に来る前に軽くランニングで体はほぐしている。すみれにトリエルの準備運動について教えてもらいながら、適切に体を動かしていく。

 

「鏡花ちゃん体柔らかいんだね!」

 

「アイドルになる前より運動は一通りやっていましたので。それなりに筋肉はほぐれているかと」

 

「へぇー。私も体は動かしている方なんだけど、あんまり柔らかくないんだよね」

 

 そう言ってすみれは立ったままぐっと両手を地面へと伸ばした。第二関節の辺りまでは地面についているものの、それ以上は進まないみたいだ。

 

「十分柔らかいのでは?」

 

「そうかなぁ?瑠依ちゃんは手首までついていたよ」

 

「筋肉の付け方でしょうね。医学的な話にはなりますが、必要であればお教えしますよ」

 

「ちょっと気になるかな」

 

「わかりました。準備運動しながら話しますね」

 

「うん!」

 

 そんなこんなすみれと話しつつ準備運動を進める。トリエルの準備運動は足回りを中心としたものが多く、これだけでも十分参考になる。

 

「さて、準備運動はこれくらいでいいわね。そろそろダンスレッスンに移りたいのだけど、鏡花もそれで構わない?」

 

「はい、構いませんよ」

 

「そう、じゃあ」

 

 そう言って瑠依は、ラジカセを操作し音楽を鳴らす。星見プロの練習曲だ。

 

「鏡花もいる事だし、まずは体を慣らすところから始めましょう」

 

「はい」

 

 星見プロの練習曲は意外とテンポが早く、基礎技術が整っていないとうまく立ち回れないものが多い。逆に言えば、この曲が一通り踊れるようになればようやくスタートラインに立てるといったものだ。

 

 私自身もこの曲は何度も練習して一通り踊れるようになった。けども、トリエルの皆さんはそれ以上だった。

 

「一、二、三四、ここでターン……」

 

 まるで日常の動作の一つのような軽やかな動き、ただ踊るだけじゃなくその振付がなぜあるのかを考えての動き。一目で努力を重ねてきたとわかる動きだった。

 

「鏡花、遅れているわよ」

 

「申し訳ございません」

 

 今はそれに注視する場面ではない。私は自省しつつ、自らのパフォーマンスに集中する。ダンスは表現力だ。私の気持ちが精一杯に伝わるように、指先に力を籠める。

 

「ふぅ……こんなところね。鏡花、良い動きだったわ」

 

「ありがとうございます。ですが、まだまだです」

 

「ふふ、私も負けられないわね。じゃあそろそろ本格的なレッスンに入るわよ。鏡花は一度見てて」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 瑠依が再度ラジカセを操作すると、ピアノの旋律と共に透き通るような楽曲が始まる。トリエルの楽曲のAileToYellだ。私はそれを聞きつつ、邪魔にならない位置まで下がった。

 

「~~♪」

 

 瑠依の歌声と共に始まったその歌に合わせ、トリエルのダンスも始まる。練習曲でも見せていた軽やかさに加えて、華やかな振付が心を豊かにする。

 

 何よりは三人のコンビネーションだろう。一糸乱れぬ阿吽の呼吸で、ステップを合わせる。最後までブレないその動きは度重なる練習の成果だ。

 

「こんなところね」

 

「見事でした」

 

「ありがとう。でも、まだまだよ。想いがまだ乗せられてない」

 

「なるほど」

 

 想いを乗せる。言葉にするのは簡単だけど、中々難しいものだと思う。私が思うファンを喜ばせたいという気持ちをどう伝えればいいのかが未だに見えていない。

 

 優さんは頭を掻きながら苦笑いを浮かべていた。彼女も同様の想いだったのだろう。

 

「まだまだ続けるわよ。鏡花はどうする?正直ここからは別メニューでも構わないと思っているのけれど」

 

「いえ、私も同じメニューで構いません。皆さんの真似をしますので、私の事はお気になさらず続けてください」

 

「わかったわ。……なんだか申し訳ないわね」

 

「こちらが無理言った側なので」

 

「……わかったわ」

 

 それから、しばらくトリエルの皆さんのレッスンを行った。トリエルの楽曲の振りもあまりわかっていなかったけど、合間を見て、瑠依も優さんもすみれも皆で教えてくれた。おかげで私も多少ならばトリエルの曲も踊れるようになった。

 

「ふぅ……そろそろ終わりにしましょう」

 

 数時間レッスンを通し、瑠依はやっと息を吐いた。彼女のレッスンはひたすらに数が多い。瑠依もだけど、優さんもすみれもよくついていけているものだ。

 

 私は肩で息をしていたすみれに水を手渡す。

 

「鏡花ちゃん、ありがとう。……すごいね、鏡花ちゃん。全然疲れている風に見えない」

 

「皆さんほど動けていないだけです」

 

「そうかなぁ?」

 

「はい」

 

 そんなこんな喋りつつ、体力を回復させていると、瑠依が声を掛けてきた。

 

「今日はありがとう。鏡花。私も刺激になったわ」

 

「こちらこそありがとうございます。良き経験になりました」

 

「そう言ってもらえると助かるわ。……それで、私たちに話があったんでしょう?」

 

「はい」

 

 トリエルとの合同レッスンをすることになったのは、彼女たちと話す時間が作りたかったからだ。無理やり枠を開けてもらうわけにもいかずだったため、この形を取ってもらった。

 

「単刀直入に聞きます。YUKINOとライブバトルしたときのことについて、お聞きしたく存じます」

 

「YUKINO……」

 

 瑠依は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた後、ぽつりと口を開いた。

 

「……私たちが彼女たちに挑んだのはサニピがBIG4になった後、月ストがどりきゅんに挑んでいるときだったわ。その時私も焦っていて、サニピに追いつくためライブバトルを立て続けに行っていた」

 

「YUKINOに挑んだのもその一環だった、というわけですか」

 

「そうね。……自慢じゃないけど、あの時の私たちはライブバトルでもずっと連勝していた。五十連勝くらいはしていたんじゃないかしら。だから、私も自信を持ってライブに望めた。だけど……」

 

 そう言って瑠依は肩を落とした。後悔するように息を吐く。

 

「YUKINOは違ったわ。彼女たちとのライブバトルは他のアイドルたちとは一線を画していた。それに飲まれるまま、私たちは負けたわ」

 

「……トリエルが負けた」

 

 トリエルのライブは見たことがある。神秘的な美しさと、見る者を虜にするような天使のようなパフォーマンス。一目で視線を奪う技術は確かなものだ。今日のレッスンでもそのパフォーマンスの片鱗は見えた。

 

 YUKINOのライブはそれ以上だっただろうか。記憶を思い返すが、どうにも納得ができなかった。

 

「私も鏡花とYUKINOのライブバトルの映像は見たわ。……気を悪くしないでほしいのだけど、あのときのYUKINOは明らかに不調だった」

 

「不調……」

 

 季乃さんは確かに調子が出なかったって言っていた。それでも、あれだけのパフォーマンスを見せていた。あれがまだ全力ではない。

 

「今の彼女たちのライブを一言で表すなら、狂気よ。視線を奪うなんて生易しいものじゃない。見ているものを全て歓喜と享楽の渦に飲み込む。挑むならば、それを上回らないと勝機はない」

 

「……」

 

 想いの強さ。表現の強さの話だろう。より強いビジョンが会場の色を染める。それによってスコアは左右されていく。狂気のステージに勝つにはどうすればいいか。

 

「私ではまだまだ力足らず、だったみたいですね」

 

「鏡花だけじゃないわ。私たちもよ。……だから星見プロ皆で強くなりましょう。私もあの敗戦で目が覚めたから」

 

 そう言うと瑠依は真っすぐな目を浮かべる。憑き物が晴れたような眩しい瞳だった。

 

「ご協力いただけますか」

 

「えぇもちろん」

 

 私が手を差し出すと、瑠依はその手をぎゅっと握った。力強く温かな手だった。

 

 

 

「なんか、鏡花ちゃんと瑠依ちゃんってちょっと似てるよね」

 

「あ、すみれちゃんもそう思った?変に抜けているとことかもそっくりやもんなぁ」

 

「優、聞こえているわよ」

 

「ごめんって。うちの心は瑠依ちゃんだけです」

 

「そういう意味じゃないのだけど……」

 

「百合ですね」

 

「直接的な表現はやめた方がいいよ……?」

 

 

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