星見プロのアイドルには、定期開催のライブの他、交流会と呼ばれる毎月行われている仕事がある。
握手会、サイン会、チェキ会等々、行われるイベントはその時々だが、どれもファンとの距離を近めるためのイベントで、そのための交流だ。
会社としての狙いは、資金面の他だと、ファンとの繋がりを深めることによる継続的な支持の向上、メディア露出や話題作り、交流による私の対外的なコミュニケーション能力の向上も挙げられるだろうか。
ともかく、アイドルの交流会とはアイドル活動を維持するためにも欠かせない仕事であり、大事な業務だ。
「進まないって感じだね」
「……表情に出ていましたか」
「ちょっとだけだけどね」
今日は古都ことの握手会の日だ。楽屋にいた私は渚の声を耳にする。彼女は私の様子を見に来てくれたらしい。その気持ちが何より嬉しい。
「嫌ってわけじゃないんだよね?」
「もちろんです。私がファンを想う気持ちに偽りはありません。来ていただいた以上、最大限のおもてなしをさせていただく所存です。……ですが」
「うん」
「私の言葉は硬いとよく言われます。加え内容も同様です。率直に聞きますが、私と話して楽しいのでしょうか?」
「うーん、お話の巧さを求めているわけじゃないと思うけど……難しい話だね」
「渚はどういった話をしていますか?」
「私は相手に合わせて内容を変えたりしてるよ。私の趣味の話とか、ライブの裏側だったり、琴乃ちゃんの話とか」
「なるほど」
握手会に来るファンの方々も老若男女いらっしゃる。アイドルに求めているものもそれぞれだろう。それらを見極め話をする。ただ、問題はやはりその話し方になるだろう。
「私で練習してみる?」
「お願いします」
ということで、私の交流会練習が始まった。
「わー!お会いできて嬉しいです!」
「こちらこそです。本日はようこそお越しくださいました。盛大におもてなしいたしましょう」
「ふふ、よろしくお願いします。ことちゃん、先週のライブすっごくよかったよ!」
「ありがとうございます。私も精一杯歌わせていただきましたのでそう言ってもらえますと励みになります。……でも、実はあのライブ、実は衣装トラブルが起きていまして」
「え、そうなの?」
「はい、伝達ミスがあったみたいで、衣装が開始ギリギリに届きました。危うくレッスン着でライブするところでした」
「あはは、それは大変だったね。でもレッスン着も見たかったかも」
「いえ、さすがにプロとしてそれはできませんので。……でもそうですね。今度SNSでレッスン着での動画上げましょうか」
「え、いいの?嬉しいなぁ」
「良ければご覧ください。……すみません、握手がまだでしたね。私の手でよければ、どうぞ」
「あ、すみません。ありがとうございます。……わ、手スベスベ」
「ありがとうございます。……そろそろお時間みたいです。今日は来ていただいてありがとうございます。あなたの時間を彩ることができていましたら、これ幸いでございます。……ではまた、会いましょうね」
「うん!」
「こんな感じです」
「えっと、いいんじゃない?」
一通り終えた後、渚は私の姿を見て、感心するようにそう呟いた。
「普通すぎませんか?」
「これを普通と言われちゃうとちょっと肩身が狭くなっちゃうなぁ……」
「渚や皆さんの場合は、それを補うほどの個性があるから問題はありません。問題は私自身が硬すぎるが故に、会話以外の付加価値が生まれていない」
「む、難しいね……」
「もう一度やってみます」
「うーん、私にアドバイスできるかなぁ……」
「お越しいただいてセンキューフィーバー!イェイイェイ!」
「え!?イェイイェイ?」
「なぎさっちグッド!最高だね!」
「えっと、ことちゃん?」
「ことです★」
「に、偽物?」
「失礼。古都ことです。本日は来てくれてありがとうございます」
「あ、元に戻った。びっくりしちゃったよ。どうしたの?」
「星見プロダクションに赤崎こころさんというアイドルがいるのですが、その方に教えていただいた挨拶です」
「こころちゃん……」
「こんな感じでどうでしょう」
「びっくりしちゃうよ……」
「難しいですね……次もやってみます」
「あ、握手いいですか!」
「いいですよ……マグドナルド」
「……ことちゃん、握手躱すのは駄目だよ」
「やり直しましょう」
「ようこそお越しくださいました。古都ことです」
「会えて嬉しいです!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。そういえばですが、渚、先日帰りの車で居眠りしていた琴乃は見ましたか?」
「そうなの!?疲れてたのかなぁ……。マネージャーの車で安心しちゃったんだろうね」
「写真を収めています」
「え!見たい!」
「こちらです」
「わー!可愛い!いっぱい頑張ってきたんだろうなぁ……。私からも何かしてあげたいなぁ。……って違うよことちゃん!これ私だけのファンサだよ!」
「確かに」
「難しく考えなくていいんじゃないかな?」
色々と試してみて、渚からそういった言葉をもらった。
「そうでしょうか」
「うん、十分じゃないかなぁって思ったかな。でもたぶんことちゃんの悩みもわかったかも」
「ずばり?」
「ずばり、個性の自信じゃないかな。話を聞く限りだけど、自分のアイドルとしての個性に自信がないように見えた」
「……そうなのでしょうか」
「私にはそう見えたよ。でも安心してほしいかな。ことちゃんは十分個性的だし、皆に負けないくらい個性的だよ。むしろ個性は強いほうだと思う」
「私が個性的ですか」
「うん、ちょっと見たことないくらい」
「伊吹渚、覚えました」
「怖いからやめてね?」
「神奈川県星見市金沢区…」
「やめてよ!?」
「冗談です」
「そういうところが個性的だよ……」
渚は苦笑いを見せた後、改めて口を開く。
「ことちゃんは大丈夫。自信を持って」
「わかりました」
先輩である渚がそこまで断言するのなら本当に問題ないのだろう。彼女の言葉を信じよう。
「始めまして。古都ことです。本日はお越しいただいてありがとうございます。たくさんおもてなしさせていただきますね」
「私のオフの日ですか?最近では星見プロを乗っ取るにはどうすればいいか考えています。……ふふ、冗談です。最近はレッスンと星見プロの方々とお出掛けすることが多いですよ」
「緊張しいを直したいですか。緊張は悪いものではありませんよ。適度な緊張は脳の活性を促します。それに、緊張こそが努力の証です。自分を信じて、それができないならば私の言葉を信じてください。私はあなたのことを応援していますよ」
「お久しぶりです。以前の交流会でもお会いいたしましたね。来ていただいてありがとうございます。お礼にウィンクのプレゼントです。ふふ、照れ屋なのですね」
「私の挨拶が見たいですか?わかりました。……あなたの心を鷲掴み古都こと18歳です☆……少し照れますねこの挨拶」
その後の握手会では、渚のアドバイスの通り自分自身の今の姿に自信を持って参加した。そのおかげか、いつもよりかは反応がよかったように思える。足りないのは自己への自信だったみたいだ。
心の中で渚に感謝していると、次のファンが握手会に姿を現す。骨格や顔立ちを見るにまだ中学生くらいの女の子だった。
「あ、ことちゃん!」
「はじめ……いえ、以前私がビラ配りしている時にお会いいたしましたね。お久しぶりです。来ていただいてありがとうございます」
「お、覚えててくれたんだ!」
少女はぱっと明るい表情を浮かべた後、慌てたように言葉を続ける。
「あの、私アイドルのことちゃんが好きで、とってもカッコよくて、尊敬している人に書くくらい大大大好きです!」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「それで、えっと……」
彼女は言葉を止め、口に出そうか迷うように口をまごつかせる。私がアプローチするべきだろう。
「アイドルに興味がある、そうでしょう?」
「え、なんでわかったの!?あ、そ、そうじゃなくて、あ、そ、そうなんだけど。えっとあの、アイドルって難しくて、なりたいけど、私はあんまり自信がなくて……」
相談がしたい。そういうことだろう。
彼女の背中を押すことは簡単だ。すでに彼女の中では私の存在は大きくなっている。背を押してあげればその夢に向かって行くことだろう。だけどそれは、この子にとって正しき選択なのかは判断がつかない。
だからこそ、私はこう答える。
「……あなたの言う通りアイドルとは難しく険しいものです。簡単な世界ではないでしょう。私もYUKINOに負けてその険しさは思い知らされました。だけど、私にとってこの道は私自身の為すべきこと、そして為したいことを叶えるための道なのです。だから諦めない。譲れないのです。……あなたも、もう一度あなたの心に問い掛けなさい。なぜアイドルになりたいのか、何を為したいのかを」
「何を為したいか……」
「えぇ。そして為したいことは叶うということを私自身が証明してあげましょう。あなたの憧れの古都ことの姿で、必ず」
「ことちゃん……」
彼女は目を見開き私の姿をじっと見つめた後、ばさっと勢いよく頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!もう一度しっかり考えてみます!」
「はい、それでよろしいかと。自分が後悔しない道を選びなさい」
「はい!ありがとうございます!」
再び頭を下げると時間が来たようで彼女は会場を後にしようとする。出る寸前、忘れ物に気づいたように勢いよくこちらを振り向いた。
「ことちゃん!ことちゃんは私にとって夢です。だから、約束ですよ!」
「はい、約束です」
為したいことを叶える。私にとってそれはずっとブレずに存在するものだ。叶うまでは、これからも変わることはないだろう。
でも、一つだけ思うところがあった。
「……私自身が、夢ですか」
アイドルとは夢を与える職業だとは言われる。だけど、私自身が夢となり、想いを向けられているとは認識できていなかった。
「…………」
でも、なぜだろうか。
不思議とその言葉は私の胸にすっぽりと収まった。