そのあと俺は、戻ってきた芽衣も含めた月ストのメンバーに厳しい目で見られながらもきちんと事情を説明した。
ここを歩いていたのはほんとのほんとのほんとの本当に偶然。月ストのファンだから月ストのことを考えていると思わず口に出ていて、そこに偶然いた芽衣ちゃんに捕まった。そこにたまたまやってきた渚ちゃんが勘違いし、それがすずちゃんにも沙季ちゃんにもその勘違いが伝わってしまった。
だから本当に偶然の重なりで起きたことなんだ。
「でも、そんなに偶然が重なることってあるのでしょうか?以前も偶然そこにいたって仰っていませんでしたか?」
うん、無理があるな。さすがに偶然は使いすぎている。
……仕方あるまい。このときのために考えていたカバーストーリーをでっちあげるか。
「……実はな、俺は他の事務所の」
「嘘ですよね?」
「……」
……即答されるような見え見えの嘘をついた覚えはなかったが、そんなに怪しかったか?仕方あるまい、じゃあ別の…。
「マネージャーに聞きました。御堂は自分の感情を口にしない。嘘つきだって」
……牧野。やってくれたなお前。でもナイスだ。そうだよな、俺のような危険人物を彼女たちに会わせるわけにはいかないもんな。お前の判断は正しいよ。
「正直に話してくれませんか?」
「……」
正直に話せない理由は自分がグレーよりの行動をしているのを理解しているからで、それを聞かれてしまうと彼女たちを怯えさせてしまうから。
グランプリの本番が迫っている中、俺が彼女たちの足を引っ張るなんてそんなことあってはならない。
「……悪い。話せない」
「……そうですか」
「だけど、グランプリが終わったとき、そのときにすべて話す。だから、今は俺のことなんて考えないでくれ。君たちに被害を加える気はないから」
「……信用できません」
「そうだよな」
結局堂々巡りだ。話を始めた時からこうなるのは見えていただけに辛い。なんとか打開策を見つけたいんだけど……。
「えっと……芽衣は信じてもいいと思うなぁ」
「え……」
「でも、この人私たちを追いかけていたんだよ?」
「立派な犯罪行為ですね」
「うーん、そうじゃなくて、この人が芽衣たちを見ていたのは……お使いをする子を親が隠れて見ているような感じ?」
「……なんですのそれ?」
「つまり子ども扱いされている、ということでしょうか?」
「そうそう!そんな感じー」
……子ども扱いは……んー、否定できないなぁ。実際、彼女たちの行き先に危ないものはないか探していたから、それだけ見れば子ども扱いにはなるか。というか、中高生だから子どもじゃん、
「……じゃああのとき連れ去れそうになったすずを追いかけてきたのも」
「子供が攫われそうになったから?」
「朝練を見ていたのも」
「子供が朝早くから出かけていたから…ですわね……。なんだか腹が立ちますわ」
「それは……うん、私もかもしれない」
「ありがたいというべきでしょうが……さすがに過保護というか」
「うーん、ほんとにそうかなぁ」
渚ちゃんだけ納得している様子がなかったが、なぜか俺が子ども扱いしているということで話が収まりかけている。乗るべきなんだろうけど……んー、俺自身も納得がいかない。
「それに、前マネージャーが話していたんだけど、麻奈ちゃんの同級生だったんでしょ?だから私たちを見てくれていたんじゃないかなー」
「麻奈様の同級生!?」
「あ、それは私も聞いた。同時に長瀬麻奈の熱心なファンだったって」
「……でもそれだと、どうして私たちを子ども扱いすることになるのでしょうか?」
「それは……たぶん、お姉ちゃんが亡くなったから……」
「あっごめんなさい。そういうつもりでは……」
「大丈夫よ、沙季。それはちゃんと受け止めているから」
……なるほど。そういうことになるのか。俺が彼女らを見ていたのは亡くなった長瀬麻奈の妹を見たからで、その妹がアイドルをやり始めたから、俺は心配になって彼女たちを見守っていた。
……間違ってないな。いやでも子ども扱いか?子ども扱いはしてないよな……?えぇ?
「つまり、どういうことですの?」
「私たちのことが心配だから見てくれていた。芽衣ちゃん、それで合っている?」
「うーん、たぶんそう!」
「たぶんってなんですの……」
「じゃあそう!」
「じゃあで決めないでくださいまし!」
「すずにゃん細かいよー」
「えぇ!?わ、わたくしはこれが大事なことだと思ったから聞いたまでで……」
「まぁまぁ、芽衣ちゃんもすずちゃんも落ち着いて」
話が逸れてきた。彼女たちが話している間、俺もどうすればいいか考えていたが、打開策が全く思い浮かばない。流れに身を任せたほうがいい気がしてきた。
「ともかく、御堂さんの動機はわかりました。私たちは今後どうすればいいでしょうか?」
「そうね……私たちというよりかは、御堂さんがどうしたいかだと思う」
俺が、か?いや、話の流れ的には確かに俺がどうしたいかを問われるのは当然か。どうしたいかって言われると彼女たちがごたごたに巻き込まれないように行動したいのだが、こういった事態になってしまったからには今まで通りとはいかない。
だけど、今のサニピと月ストの世間の状況を考えると、今手を引くのは得策ではない気がするのも確か。……いっそのこと、その懸念を話すか。それがいい気がしてきた。
「……他意はないから率直に聞きたいんだが、今の君たちがどう思われているか知っているか?」
「……長瀬麻奈の妹がいるアイドルグループ、ということですよね?」
「そうだ。じゃあサニーピースのメンバーはどう思われていると思う?」
「……長瀬麻奈様の再来。ネットで見ましたわ」
「うん、だとすると、今後マスコミはそれを題材として記事を作っていきたいと考えるのが妥当。そのための情報収集はどうやって行う?」
「……関係者に話を聞きに行く、でしょうか?」
「それもあるんだが、本人に直接取材をかける、だろうな」
本人に直接取材するには現状手札が少なすぎる。そのために盗み聞きなどの手を使うのが俺の予想なんだが、これを話すと心配にさせてしまうから話さないことにする。
月ストの面々はそれを聞いてはっとした表情をする。やはり考えていなかったのだろう。というより、こんなこと本来ならばアイドルが考えることではない。考える必要もないことなんだよな。
「それを防ぐためにはどうすればいいのかを、俺は今日考えていた。でもそれが不安がらせる結果になって本当に申し訳ない」
「いえ……確かにそれは考えたこともありませんでした」
「えぇ……確かにテレビで見たことはあっても、まさかそれを私たちが体験することになるとは考えてもみませんでした」
「えっと、つまり御堂さんはそれを防ぐために今後も続けていきたい、ということですか?」
「いや、さすがにそれは君たちに悪い。これ以上不安にさせたくない。だから」
俺は鞄からメモ帳を取り出すと、そこに素早く番号を書き、琴乃ちゃんに渡す。
「俺の電話番号だ。マネージャーに連絡するのが一番だろうが、あいつも忙しい身だし、サニーピースの方も見る必要がある。だから、誰にも頼ることができなくなって、本当にまずいときだけ連絡してくれ。いつでも駆けつける」
「いつでもって……」
「二十四時間いつでもだ。さすがに移動手段はあるから、駆けつけるのにはラグがあるのは理解してくれ」
「どうして……どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「長瀬麻奈のようにはなってほしくない」
「っ」
息を吞む音が響く。……これ以上は話すことはないだろう。俺の方から失礼させてもらおう。
「御堂さん!」
彼女たちに背を向け、外へと向かっていると背後から声がかかる。
「マネージャーが言っていました。……御堂は自分の感情を口にしない。嘘つきだって。……でも、人を見る目はあって、その人が本当に嫌がることは絶対にしない。だから友達なんだって、マネージャーは照れながら言っていましたよ」
「……そっか」
「だから、私たちも信じます。あなたがどんな人なのかはわかりませんが、マネージャーのことは信じていますので」
振り向くと月ストの面々が静かにうなずいていた。ここまで信用されているんだなぁ牧野。全く大した男だよ。
「ありがとう。本戦頑張れよ。応援に行くからな」
「……はい……ありがとうございます」
最後の返事には曇りがあったが、これは俺がどうこうできる問題ではないだろう。今度こそ別れを告げた俺は、一人で帰路につく。
結局、できることは少なくなったが、最悪の結果を免れるための布石は渡してきた。琴乃ちゃんが信用して連絡してくれればいいんだけど……。
とぼとぼと歩いていると、いつの間にか太陽が傾き始めている。もうこんな時間か。
「あ!いたいたー!」
「ん?」
昼間にも似たようなことあったなぁと思いながら振り向くと、そこにはまたもや月ストの面々がいた。え、何、やっぱ無理だって咎めに来たの?
「芽衣たち今から麻奈ちゃんのお誕生日ケーキ買いに行こうとしていたところだったんだー。だから、手伝ってくれない?」
麻奈ちゃんの誕生日は数日前だったが……。というかいいのか?俺が付いていくと嫌じゃない?
そう思って琴乃ちゃんの方を見るが、彼女は何か照れたような様子で、顔をそむける。
「お姉ちゃんの…長瀬麻奈の学校での話が聞きたい……ってすずが言ってたから」
「言ってませんわよ!?でも、私も聞きたいですわ!」
「そういうわけなので、同行しませんか?」
「こちらこそ、ぜひよろしくお願いします」
「あっはは!堅いよー」
渚ちゃんだけやや反応が悪かったが、まぁこれも当然のことだ。むしろ、最後まで疑ってくれる人がいるということがありがたい。
……それにしても、そっか。月のテンペストの子たちはこんなにも優しくて、俺みたいなやつにも寄り添ってくれるような暖かさがあったのか。……こんなことも知らないなんて、ファン失格だな。
彼女たちのやさしさに心があったかくなりながらも、俺は要望通り長瀬麻奈の学生エピソードを話しながら、歩いていく。
俺はここで初めて、『月のテンペスト』というアイドルのことを知れた気がした。