YU☆KI★NOのステージが終わった。私はステージが終わった後の独特な興奮と倦怠感を引き連れ、舞台裏のモニターへと腰を下ろす。
今日はいつもより感情的になりすぎた。抑えなきゃとはいつも思っているけど、ライブになるとなぜだか感情があふれ出す。結果的にそれがパフォーマンスに繋がっているからいいけど、胸の内にある感情が漏れ出しているみたいで嫌になってくる。
あの時の感情なんて、思い出したくないから。
「有希ちゃん!」
一人ライブの反省をしていると、隣から声を掛けてられる。振り向かずともわかる。季乃だ。
「何?」
「今日の有希ちゃんも素敵でしたよ!最高のパフォーマンスでした」
「ありがと」
「……私のはどうでしたか?」
季乃はちょっとだけ期待しているように、顎を下げ見上げるように私を見てくる。何を期待しているのかわからないけど、私にとってステージは輝くための場所でしかない。
「よかったんじゃない?全部は見れてないけど、良いパフォーマンスしてたとは思ったよ」
「……そうですか」
彼女は露骨に落ち込んだ様子を見せると、気を取り直すように改めて私を見つめた。
「慎二さんもいいライブだったって言ってますよ!有希ちゃんの感情が詰まったライブだったって!」
「はいはい。ありがとー」
「信じてませんね」
「信じてるよー」
季乃にはお兄ちゃんの幽霊が見えているらしい。お兄ちゃんが亡くなってから少ししてそのことを伝えられたけど、悪いけど私は全く信用していない。いや、信用したくないというのが本心だと思う。本当にお兄ちゃんがそこにいるなら、たぶん私はもうどこにも歩めなくなるから。
だからその話は受け流すことにしている。きっと季乃もお兄ちゃんがいなくなって心がおかしくなって、幻覚と幻聴が見えているだけだとそう思っている。……お兄ちゃんなら詳しい症状がわかったりするのかもしれないけど、私にはそれくらいしかわからない。
……またあいつの話になった。最近考えると何かとお兄ちゃんの話になるから嫌になる。……嫌ではないんだけど。
「鏡花のライブ、そろそろ始まるみたいだよ」
このままだと埒が明かないので、強引に話題を変える。モニターには今までの和装の衣装とは違い、白を基調としたロングドレスに身を纏った鏡花の姿があった。
『皆様、ただいま戻りました。古都ことです』
鏡花は私が小さいころ母に連れられ参加したパーティーで出会って以来の友達だ。私がアイドルとなっても連絡は取り続けていたけど、まさか彼女がアイドルになるなんて思いもしなかった。
"私が有希を止めてみせます"
私の事を思ってくれるのは嬉しいけど、彼女の言葉は正直に言って余計なお世話だ。確かに小さいころにそういう約束をしたかもしれない。でもそれは小さいころの話であって、今の話ではない。
それに、囚われていたって別にいい。それで私とYU☆KI★NOを輝かせるなら私はいくらでも囚われてやる。
『時に皆さま、こういったことを考えたことはありませんか。もし別の世界があって、今とは違う人生を過ごしていれば私はどう生きていたのか、と』
『私はきっとその世界でもアイドルを続けていたのだと思います。きっと運命的な出会いがあって、恋焦がれて、その人を振り向かせるために歌っていたのかもしれませんね。……ふふふ、スキャンダルですね。冗談です』
『でもアイドルになっていたのは本当だと思います。私が私である限り、この胸の中にある熱は決して枯れることはない。そしてその熱はライブを通してしか伝えることができないのですから。だから私はアイドルとしてステージに立ち続けます』
『今から歌う歌も、私の熱の一つです。枯れることのない絶対的な夢の姿をお見せしましょう。だから皆さま、お願いです』
『これからも私たちアイドルを夢見てくれますか?』
「「「「「「はい!!!!!!」」」」」」
大歓声が舞台裏まで響いてくる。それを目にした鏡花は小さく微笑むと、言葉を続けた。
『ありがとうございます。では、参りましょう。
"夢踊りて咲き誇れ"』
始まったのはロックを基盤としながらも、エレクトロニカを用いた幻想的で神秘的な楽曲。エモーショナルなメロディが心をざわつかせる。
そのメロディラインに、古都ことの真っすぐな音色がそっと乗せられる。
『消えたあなたの姿 気づかずに生きてた
取り残された私たちは 道を違えて
何に囚われて 何を為そうとするの
考えて続けて 間違えたこともあったね』
普段の凛とした音色とは打って変わった心に寄り添うような優しい音色。隣でそっと寄り添われているような感覚に、感情が無理やりに浮かび上がってくる。
『思い出のなかに潜む後悔』
……お兄ちゃんが死んだのは事故が原因だ。でもその事故に遭った原因の一つは私にある。あの時、お兄ちゃんを止めれれば、お兄ちゃんが頑張るのを止めさせれば、きっとお兄ちゃんは生きていた。
私はあの時ほど、私自身を恨んだことはない。でも私自身がお兄ちゃんにとっての輝きだから、私は消えるわけにはいかなかったんだ。
鏡花はそれを、間違いだって言いたいの?
睨むようにモニターを見つめる。彼女は、このステージに立つことが仕方ないとでも言いたげに笑みを浮かべていた。同時に、私の問いに"違う"と明確に声が聞こえた。
『その痛みを今晴らせたら』
……そんなことできるはずがない。
そう思い視線を下げようとして、ステージ上に明瞭に映り込んだ花に視線が奪われる。彼女は翼を広げ、大きく羽ばたいていた。
『空を羽ばたき 夢となろう
皆の希望を胸に宿し
あの日の花だっていつか咲き誇ること
あなたにも見せてみせるから』
「あ……」
夢を乗せた光が私の全身を覆い、視界を埋め尽くす。圧倒的な眩さに思わず感情が漏れ出す。
それは煌めきだった。私がずっと欲しくて、手を伸ばし続けた光だ。これこそが、あの世に届くための煌めきだ。
「……そっか」
その光に当てられ、心にすとんと落ちるものがあった。お兄ちゃんが死んでから少し時間が経つ。その間にもずっとライブをしてきて、なんで煌めかないんだろうってずっと考えていた。あの世に届く光が私にはわからなかった。
でもその理由が今わかった。私じゃ足りなかったんだ。私の煌めきの限界はこれで、それ以上に輝くことがない。その事実にようやく気が付いた。
「有希ちゃん、違いますよ」
手がそっと取られ温かい体温が広がる。季乃は私の手を取って、首を振っていた。そうじゃないって、最後まで聞いてあげてくださいとそう目が語っていた。
『月日は静かに流れ 約束さえも消えてく
果たされなかった想いは どこに消えるの
こんなことならなんて 叫んだ日もあったね
でも私は諦めきれなかったんだ』
「……なんでこんなこと歌うの。これは古都ことの歌なのに」
彼女のことではないとすぐにわかった。きっとこれは誰かを歌にした歌詞だ。それが私なんだって驕るつもりはないけど、一つ一つが自分のことのように胸に突き刺さる。突き刺さった刃が、隠していた過去の想いをむき出しにしていく。
「……ことことちゃんは言いました。私たちアイドルに夢を見てくれますか、と。きっとそれは古都ことだけじゃない。有希ちゃん、あなたにもですよ。有希ちゃんにもいっぱい夢を見てくれている人がいるんです。だから彼女はそれを伝えたいのだと思います。だってほら」
ステージ上に立つ古都ことが表情を変える。時に嬉しさを溢れさせた少女のような表情で、時に狂ってしまったように歓喜の表情で、時に今が楽しくて仕方ないような享楽を浮かべ。様々な一面を見せながら、それでも楽しそうに笑顔でステージを舞い続ける。
それは、アイドルだった。あそこに立っているのは古都ことだ。でもそうじゃない。彼女がそう語っていた。
『常夜の輝き 指先に乗せ
私の存在をここに刻もう』
皆の想いを乗せライブを行う。それはなんだか羨ましかった。ずるい、あのステージに立っているのが私だったら。そんな想いが私の中に溢れてくる。あふれ出す想いが少しずつ壊れた心を満たしていく。
『夢踊りて咲き誇れ
世界はきっと 私を待っている
一度立ち止まって 耳を傾けてみて
きっと傍で夢の音は鳴っているから』
――有希。ありがとうな。俺のために頑張ってくれて。
曲がエピローグに入り、ステージ上で古都ことが舞い続ける。それと同時に声が聞こえた。何度も聞いたお兄ちゃんの声だ。幻聴に違いない。でもむき出しになった心が目を背けることを許さなかった。
「……うん」
――こういったとき、なんて言うべきかあんまりわかんないんだけど、とりあえず俺の気持ちは伝えておきたい。
彼は困ったように苦笑いを浮かべた後、私の頭にぽんっと手を置きそっと頭を撫でる。小さいときによくやってくれていたみたいに、不器用で優しくて暖かいそんな手だった。
――よく、頑張ったな。
「うん……私、頑張ったよお兄ちゃん」
視界が薄れる。瞳から何かが零れ落ちる。視界と同時に、体に何かが覆われた。お兄ちゃんがそっと抱きしめてくれたとはすぐにわかった。
私の顔はお兄ちゃんに覆われている。だから周りには見えない。そう思ったのが限界だった。涙が次から次へと溢れてきて、声にならない嗚咽が漏れだす。
その間もずっとお兄ちゃんは私の頭を撫でてくれた。私が泣き止むようにずっと、ずっと。その手は暖かくて、まるで魔法のように私の心を溶かしていく。
ずっとこのままがいいって思った。お兄ちゃんと一緒にここにずっと居たい。だけど、それじゃダメなことは自分が一番わかっていた。
だから今だけは我儘を許してほしい。
「……ねぇお兄ちゃん、言ってほしいことがあるの」
――なんだ?
「もう一回、頑張ってたって言ってほしい。私のこと、いっぱい褒めてほしい」
――有希は本当にすごいよ。ダンスは世界中の誰よりも上手いし、努力も欠かさない。アイドル活動だって、いっぱい努力して、知らない仕事にもいっぱい挑戦して、ずっとずっと頑張っていた。ライブだって、誰よりも立派だ。俺が見たなかで一番のアイドルだよ。
「……ふふ、なんだか胡散臭い」
――え……。いや本気でそう思っているからな。えっとどう伝えればいいんだろ。
「大丈夫。わかってるよ」
お兄ちゃんはどこまで行っても不器用だから。不器用なお兄ちゃんの言葉は器用な私がくみ取ってあげる。
「ねぇお兄ちゃん」
――うん。
「お兄ちゃんにも、届いていた?」
彼は笑みを浮かべた。お兄ちゃんらしい、斜に構えたような、でもとめどない愛を携えた、そんな笑みだった。
――当たり前だ。俺は有希のお兄ちゃんだからな。
「……ありがと」
『世界まわる 星たちめぐる
もし別の世界があっても
それでも今はこれが現実だから
ここで咲き続けよう』
エピローグが過ぎ去り、鈴のような歌声が私を現実に呼び戻す。隣では季乃が笑みを浮かべながら私の手をぎゅっと握っていた。
「……お兄ちゃんが私のお兄ちゃんでよかった」
『空を羽ばたき 夢となろう
皆の希望を胸に宿し
あの日の花だっていつか咲き誇ること
あなたにも見せてみせるから』
『夢踊りて咲き誇れ』
夢踊りて咲き誇れ
イメージ 吐心感情戦