夏の強い日差しが辺りを包み込む。春のゆったりとした空気はすっかり鳴りを潜め、代わりに蝉の鳴き声が耳に飛び込む。
日傘を差しながら手拭いで軽く汗を拭う。木々の隙間から吹き付ける風だけが僅かな癒しだ。その風を堪能しつつ、時に全く吹かない風にむっとしつつ、私はその道を辿っていく。
だけど実際のところ、この道を歩いていくと言ったのは自分自身だ。お兄様の"近くまで送っていく"という言葉を断ったのだからこの暑さも耐え凌ぐ必要がある。
「ですが、まぁ悪くはありませんね」
夏の暑い日に緑豊かな道を歩んでいく。これも一つの雅だろう。そう思えば、足取りも次第に軽くなっていった。
しばらく進んでいると、緑は少しずつ薄れ、整備された道へ景色が変わっていく。視界に柵で囲われた広地が映り込む。
「ここ……で間違いありませんね」
有希から送ってもらった場所と視界に映る場所を照らし合わせる。入り口に彫られている文字も含め、間違いはなさそうだ。
小さいながらも丁寧に手入れされている門を潜り、これまた有希に教えてもらった場所へと足を進める。
それはすぐに見つかった。
「お久しぶりです。風見鏡花と申します。……此度は覚えていましたでしょうか?」
私は頭を下げた後に、それに挨拶をする。
目の前にあったのは、御堂慎二と書かれた石造りのお墓だった。
私の前に来た人物がいたらしく、すでにお墓は綺麗になっていて、お供えもののお花ととあるアイドルのグッズまで置かれていた。邪魔をするのも酷だろうと、私はお墓を軽く拭くだけに留める。
線香に火をつけ、香炉にそっと供える。線香の特有の香りが鼻をくすぐった。
「慎二さん。今の私はあなたのことは知りません。有希が大切に想っていたお兄ちゃんで、季乃さんに好意を抱かれていたということくらいしかわかりません。私の道があなたと交えることがなかった」
正確には幼きころに一度顔は見ているのだが、その程度だ。お互いが知り得ることはついぞ来なかった。
「もしかすると運命の相手だったのかもしれませんね。私が恋焦がれて、あなたを振り向かせようとする。そんな世界もあったかもしれません」
もしそんな世界があったら、私はどう生きていたのだろう。今みたいにアイドルとして輝けているのだろうか。それとも大きな壁にぶつかって伸び悩んでいるのだろうか。もしかするとそれをあなたが解決してくれているのかもしれない。
「ふふ、考え出すときりが無いですね。"もし"とは無限大です。幾らでも可能性がある世界だからこそ、今とは違う別の世界を考えてしまう。人間としての性かもしれませんね」
ですが、と言葉を加え、私は続ける。
「少なくとも、今の私が生きているのはここです。この世界で私は生きています。そしてそれは有希や季乃さん、他の皆さんも同様です。だから」
言葉に迷う。だけど、自分の胸の中を探ると、すぐにそれは見つかった。
「私はここで祈ります。私たちの未来と慎二さんの安らぎを願って、そして"もし"の世界の慎二さんが幸せに生きられることを願って。ここに祈り続けます」
私は指を絡め、そっと目を閉じる。
「あなたに祝福を」
自然と口に出た言葉は、風に乗ってどこかへ去っていく。
その行き先は誰も知ることはないし、知り得ることすらできない。だけど一つだけ確実なことはある。
願いはきっと、届くのだろう。
読了感謝いたします。
今日の夜、後語を一話投稿します。