星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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本戦前、有希と季乃

 NextVenusグランプリの日程がようやく開示された。

 

 三年ぶりの開催ということもあり、例年以上の盛況を見せていたグランプリは運営の想定を遥かに超えていたらしく、会場に入りきれない人がいるどころか、その影響でアイドル自身が会場への到着が遅れる、なんてことも発生しており、プログラムの進行に大きな影響を与えていたそうだ。

 

 本戦ではその影響を考えてより厳密なプログラムを考えていたのだろうが、それでも直前になるまで公表されないのは、ファンはともかくアイドルたちは神経を費やしただろう。もっとなんとかできなかったのだろうか。

 

 ……まぁ今更そんなことを考えても仕方あるまい。ともかく日程が決まったことで、俺もようやく予定を立てることができた。

 

 明日が月のテンペスト、明後日がサニーピース、そして明々後日が有希たちのライブ。対戦相手はすでにわかっていたからお互いに戦いあうなんてことがないのは理解していたが、こうも分かれてしまうと逆に勝ち上がれるかの不安で毎日精神が消耗していきそうだ。……ちなみに、リズノワやトリエルといった面々は昨日、今日で終了しており、どちらも安定して勝ち上がった。さすがだ。

 

 時刻はすでに夜と言っても過言でない時間だが、有希はまだ帰宅していない。グランプリ前だ。さすがに詰め込んでいるのだろう。

 

 とはいえ時間が時間だ。迎えに行こうかとメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。

 

『来ないで』

 

「あのなぁ……」

 

 まぁ季乃も家がこっちのほうらしく家の近くまで一緒に帰るみたいだから、一人じゃないという点は安心できる。でもまぁ、女の子だけで夜遅くに家に帰っているというのは心配になるシチュエーションだ。

 

「……駅まで行っておくか」

 

 文句は言われるだろうが、その程度慣れている。グランプリ前だし、これくらいは気を張ってないとな。

 

 

 

 

 

 

「うわ、なんかいるし」

 

「ついに私たちにもストーカーが付いたんですね……」

 

「普通に傷つくから止めてくれ」

 

 虫でも見るかのような視線にいつも以上に鋭い毒舌。慣れていたつもりだが、さすがにこれは傷つく。

 

「それでどうしたんですか?何かお話でも?」

 

「いや、心配だったから迎えに来ただけ」

 

「あぁそれはどうもです。……はっ!私を懐柔しようたってそう簡単にはいきませんよ!」

 

「そんなつもりはねぇよ」

 

 二人と駄弁りながらのんびり帰り道を歩く。やっぱり駅近くは明るいが少し離れるといっきに暗くなるんだよな。住宅街に入ればちょっとは明るくなるんだが。

 

「……そういえば、グランプリの日程見た?」

 

「見たぞ。お前らは明々後日だったか?」

 

「うん、そう。見に来るの?」

 

「まぁそりゃな」

 

「そっか」

 

 有希の表情は……いつもと変わらないな。これは喜んでいるのか悲しんでいるのかわからないぞ。まぁこいつがどう思おうが俺は行くけど。

 

「それで、どうなんだ。その……勝てそうか?」

 

 ライブの本質は勝ち負けではないが、それでも勝ち負けがあるのならそこを気にしてしまうのが人の性だ。有希たちが頑張っているのを見ると余計にそのことを考えてしまう。

 

「まぁ大丈夫なんじゃない?季乃次第だけど」

 

「うぐっ!ま、まぁほらそこは何とかしますよ。あははー」

 

 すごく心配になる声だな……。まぁでも自信はありそうって感じだな。頑張ってほしい。

 

「あっ、でも秘策は用意しているのでお楽しみにー」

 

「……対戦相手のマイクに細工するとか、曲が流れないようにコードいじるとかやるなよ」

 

「そんなことやるわけないじゃないですかー。私これでもアイドルですよ?」

 

 季乃はえへっと片足を上げてウインクをする。まぁ見てくれはいいよなぁ、その裏で何を考えているのかわからないけど。

 

「有希からも言っておいてくれよ」

 

「わかった」

 

「なんで有希ちゃんまで信用してくれないんですか!私泣いちゃうーしくしく」

 

「季乃の帰り道はあっちだよね?じゃあね」

 

「有希ちゃん!?」

 

 季乃は有希ちゃんいじめないでーなんて言って有希に抱き着いている。有希に対しては随分となついているんだよなぁ。なんでだろう。

 

「はいはい、ごめんね。離れて、暑いから」

 

「そんな毒舌なところもきゅんとしますね!」

 

 季乃はそんな調子で有希に絡んでいると、いよいよ本当に別れ道にきたみたいで有希から離れ、こちらを振り向いた。

 

「百合営業の見物料金は後でいただくので準備しておいてくださいね!」

 

「嫌だよ。お前らがイチャイチャしていてもなんとも思わないんだよ」

 

「……有希ちゃん、明日起きたらお兄ちゃんいなくなっているかもだけど大丈夫?」

 

「別にいいよ」

 

「よくないわ」

 

 何夜半に消す計画立ててんだよ。季乃が言うとまじで何かしてきそうだから怖いんだよ。

 

「ってことで、さようならー」

 

「じゃあね」

 

「帰り道気をつけろよー」

 

 季乃の帰り道もまぁまぁ心配だったが、あいつならなんとかやるだろう。むしろ、襲い掛かったほうが心配になるまである。

 

 季乃が別れた途端静かになった帰路を俺たちは歩んでいく。対して話題もないしこのまま帰ってもいいんだが……そういやあれを話しておかないとだったな。

 

「有希、この前は……約束破って悪かったな」

 

 いつぞやに俺が夜遅くまで海まで行っていた件のことだ。夜までには帰ってくる、遅くなりそうだったら連絡する。その二つを綺麗に破った俺に対して有希はめちゃくちゃ怒っていた。

 

 あのときは母が帰ってきて、いつの間にか解決していたが、いつか謝らないとってずっと思っていた。

 

「うん」

 

「あの時は、三年前から見ていた推しのアイドル…遙子さんって言うんだけどな、彼女がアイドルを辞めるって聞いて、俺も錯乱していたんだ」

 

「そ」

 

「……その人はさ、俺がしんどかったときに希望を見せてくれたアイドルだったから、それがどうしても嫌だったんだ。……我ながら子供だよな」

 

「……」

 

「ま、何が理由であれ、俺が約束を破ったことには間違いない。有希、申し訳なかった」

 

 俺はそう言って頭を下げた。有希の顔は見えないから怒っているのか、呆れているのかわからない。

 

「……別にいいよ。もう過ぎたことだし。それに……あの時と違って、ちゃんと帰ってきたから」

 

「っ……」

 

 あの時……きっと長瀬麻奈が死んだときのことだろう。誰にも連絡を寄越さないまま家を出て、数日間帰らなかったんだよな。そりゃ有希も怒る。

 

「そのときは……」

 

「話さなくていいよ。お兄ちゃんも辛かったっていうのは理解できているつもりだし。……でも、私も心配だったし、不安だった。それだけだよ」

 

 三年前というと有希も中学生だ。母も仕事で家を離れていたし、唯一の家族である兄が連絡もつかず家にも帰ってこないってなると不安になるのも当然か。改めて考えるとほんと馬鹿なことをしたよな。

 

「……悪かった」

 

「謝らなくていいって言っているのに……」

 

「こうでもしないと俺の気が済まないから……本当に申し訳ないことをしたって思っている」

 

「……ほんとに自己中だよね。お兄ちゃんは」

 

「……遺伝だろうな」

 

「ほんとにね」

 

 胸の突っかかりが一つ外れたような気分になった俺は、そのあとのんびりと夜道を歩いていく。

 

 家までこのまま静かに帰るんだろうなっと思っていると、珍しく有希から話しかけてきた。

 

「ねぇ季乃のことどう思ってる?」

 

「どうって何が?」

 

 有希の表情は夜に紛れて微妙に見えない。どうってどういうことだろう。

 

「うーん、性格のこと?」

 

「季乃の性格?まぁ元気な子だよな。裏がありそうだけど」

 

「わかってたんだ。じゃあいいかな」

 

「……まぁありそうってだけで実際それがどういった形なのかは想像つかないけどな。悪い奴…って感じはしないけど」

 

「そっか。……なら一言だけ」

 

「――季乃には気を付けて」

 

 ……その発言の真意は聞くことはできなかった。それを聞くには俺は季乃という人物がどんな人なのかを知らなすぎる。

 

 

 

 

 

「……家、着いたから鍵出して」

 

 どうやらいつの間にか自宅に到着していたらしい。家を開けると俺たちは、珍しく談笑しながら遅い夕食を口にする。

 

 風呂を済まし、ベッドに横たわるとわずかにカーテンから月明かりが差し込んでいるのが目に入った。それに照らされるように枕元に置いている二つの写真立てが目に入る。

 

 その一つには大学に通い始めたくらいの俺と、まだ中学生の妹。そして母親が笑顔で映っていた。

 

 ……確か母親が仕事に行く前の最後の旅行だったか。あのときも喧嘩ばかりしていたけど、今よりかは話していたんだよな。

 

 昔のことを思い出しているとわずかに口元が緩む。あのときよりかは、俺もあいつも大きくなったな。

 

 俺はカーテンを閉めると、今度こそ布団にもぐり眠りにつく。

 

 ……できることなら、彼女たちみんなが幸せな結果になりますように。なんて祈りながら俺は眠りについた。

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