19時投稿予定です
サニーピースの……さくらちゃんに迫るマスコミのことが心配になりながらも、時間は過ぎていき、いよいよ有希と季乃の一回戦の日がやってきた。
有希はやることはやったと言っていた。自信もあるようだったし、変なミスを犯すような真似はしないと思うがやっぱり心配になる。
先んじて有希だけ先に会場へ連れていくと、突然季乃から連絡が飛んできた。
季乃は何やら今日準備があるとのことで遅れていくそうだ。それで有希だけ先に送り届けたんだが、何かあったのか?
不安になりながらも電話に出ると、そこにはいつもの調子で騒いでいる季乃の声があった。
『あっお疲れ様です!季乃です!季乃!あなたの季乃です!』
「切っていいか?」
『えー?いいんですか?大事なライブの日なのにまだ会場に来ていないアイドルからの電話ですよ?』
「お前が言うなって言いたいが、要件があるのはわかった。なんだ?迎えに行こうか?」
『そうしてもらえると助かります!荷物がありますのでー』
「荷物?会場に持っていくのか?」
『その通りです!』
「……それは有希には内緒ということか?」
『ご察しの通り!』
……なるほど。なんとなく事情は察した。つまり季乃が言っていた秘策というのはそれのことなんだろう。でも、有希に言わないと絶対あいつキレるぞ。
「どこに行けばいい?」
時間も有限だ。今はまだ人は少ないが、時間が経つにつれてどこも交通の便が悪くなってくる。余計なことを言わずさっさと事を済ますべきだろう。
『住所送りまーす』
ピコンとメッセージアプリに通知が来る。開いた先にあった住所は…会場とは離れた星見市のもの。お前、まだそんなところいんのかよ。
「急いでいくから待ってろ。というか、タクシー呼べないのか?」
『重くて持ち上げられませーん』
「……わかった。すぐ行く」
住所から察するにここは…季乃の家か?ならば家族の誰かに手伝ってもらえばいいものの……。
そんなことを考えながらも俺は急いで星見市に戻り、現地にタクシーを呼びながら、その住所の場所までたどり着いた。
「あ、お疲れさまです!お早い到着助かりました!」
「助かりましたじゃねぇんだよ。それで荷物はどこだ?」
「案内しますねー」
そう言って季乃は家の中へと入っていく。……家は木造で作られた立派な和風の一軒家だ。外から見てもかなり目立つ家で敷地もかなりの面積を誇っている。住所見てたときから気づいてはいたがここ高級住宅地だよな。おいくらするんだろう……。
「何しているんですか!早く入る!」
「あ、すまん。お邪魔します」
中から返事はない。靴も季乃以外の分がないことから、家族は出かけているのだろうか?
「こっちです」
案内されたのは由緒正しき和風の部屋。畳張りで美麗な障子がついており、床にはいかにも高そうな壺と、水彩で描かれた立派な鷹が描かれている掛け軸が飾られている。
そんな風情を感じられる場所に、全くそぐわない大きな段ボールが乱暴に置かれていた。
「それですね!中身は見ないでくださいよー」
「……わかった」
……色々と気になるところはあったが、詮索するのもよくないだろう。俺は季乃に言われた通り段ボールを玄関付近まで運び込む。
「移動はどうしましょう?」
「タクシー呼んでる」
「わぁ!さすが手が早い!」
「……それ誉め言葉か?」
「さぁ?」
全然褒められた気がしないが、ここは素直に受け止めておく。……タクシー呼ぶまで暇だな。どうしようか。
「時間もちょうど空きましたしー、ちょうど聞きたいことがあったんですよね」
SNSで情報収集でもしようとスマホをいじっていると、季乃から突然声を掛けられた。
「ん?どうしたんだ?」
「あなたってもしかして男性趣味でもあります?」
「は?」
何やら真剣な表情していたから俺も真面目に聞いたが、季乃が言い出したのはそんな言葉だった。
「あるわけねぇだろ」
「ですよねぇ。女性アイドル追っているくらいなんだし、性的対象はそっちですよね」
「……」
こいつが何を言いたいのかが全くわからん。どうしてこんな話しだすんだ?
「単純な話なんですけどー。あなたの仲の良い女の子がいたとします。めちゃめちゃ性格が良くて可愛くてスタイルの良い子です」
「……うん」
「あなたはその子をどうしたいと思いますか?」
「……?質問の意味がわからないんだが、どうしたいというのはどういうことだ?」
「えっと、つまり襲おうとは思わないんですか?」
「……なんで?」
仲のいい=そういう関係となる判断がよくわからない。質問の意図もわからないし、何が聞きたいんだ?
「……もしかして年下に興味ない人ですか?」
「どういった観点での興味なのかはわからないが、少なくとも年下のアイドルを推しているんだし、全く興味ないってわけではないんじゃないか?」
「もしそのアイドルがあなたのことを好きだと言ってきたらどうします?」
「それは無理だろ。というか現実的にあり得ない」
「ありえたとしたらです」
ありえたとしたら、かぁ。もし俺の生きる環境が違くて身近に彼女たちがいる生活をしているとすれば……あぁいや、この考えは成り立たないな。
「やっぱあり得ないな。俺を好きになる世界線の彼女らは、俺が応援している彼女たちではない」
そんな世界があるとすれば、そこにいるのは別の人生を生きてきた俺と彼女らということになる。人生が変わるということは、彼女たちが彼女たちである所以も変わってしまうということで、それはもう俺の知っている人ではなくなってしまう。
だからあり得ない。
「……もっとシンプルに考えていいと思いますけどねー。まぁいいです。あなたがどうしようもないチキン野郎ということは理解できました!」
「おい」
「じゃあ最後に、もしあなたの応援している彼女らに彼氏ができたとしたらどうします?」
……現実的に考えるとスキャンダルとかその他もろもろとかいろいろと考える点があるんだが、これはそういう話なのではないのだろう。
「俺としては……素直に応援したいよな。彼女らも女の子なんだし、普通に恋愛して幸せな家庭を気づいてほしいと思う」
「……なんかめんどくさいお父さんみたいですね。こう言っておいて、いざ相手を連れてきたらごちゃごちゃ言い出すんじゃないですか?お前に娘はやらん!って」
「娘じゃないだろ」
「まぁまぁそこは言葉の綾ってやつですよ」
でも……そうなのかもな。クソみたいな相手とは結婚してほしくないし、関わりさえ持ってほしくない。うん、もしあるとすれば付き合う前に調査は必要だな。
「あー、まぁ聞きたいことは聞けました。丁度タクシーも来たんですし、行きましょうか」
タクシーの荷台を開けてもらい、そこに荷物を詰め込むと、季乃と二人で後ろへ乗り込む。
向かい先を伝えると俺は目を閉じた。
ウゥンと特有のエンジン音を鳴らし、タクシーが進みだす。長年車が通っている道はわずかに段差ができており、そのたびにタクシーが揺れ動く。
突然甲高い音を立ててタクシーが止まった。なんてことない、ただの赤信号だ。
「……えっと、どうしたんですか?」
「なんでもない」
「そうですか?」
俺は目を閉じて心を無にする。ここには何もない。俺は無になるんだ。無無無無無無無無無無。
「もしかして車が苦手なんですか?」
「……」
「なるほど!それは困りましたね!」
なぜか急に嬉々としだした季乃は、大丈夫ですよーと安心させるかのように手を握ってきた。その手はとても暖かく……。
「って、おいこら何やってんだ」
「えぇ!その反応は酷くないですか!?」
「あんまそんなことするのはよくないぞ」
アイドルは人に夢を見せるもの。そして夢であり続けるためには男と触れ合っている光景は見せてはいけないのだ。
タクシーの中故に、アイドルが、という言葉はつけられなかったが、俺は言外にそういう意味を込めて季乃に伝えた。
「初心ですねぇ。そんなこと言われるともっとしたくなっちゃいますよ?」
「伝わってねぇなこいつ」
これ以上人前で騒ぐのは好きではない。俺は季乃が触れてこないように無言でガードしつつ、タクシーが目的地に到着するのを待ち続けた。
……手の震えはいつの間にか消えていた。
「どこ行っていたの?」
俺は無言のまま肘で季乃を小突くが、なぜか季乃がやり返してくる。いやお前から説明しろや。
「怒るよ?」
「「すみませんでした」」
有希が怒ると手に負えないのは季乃も同じらしい。二人して有希に頭を下げ、俺は事情を説明した。
「荷物?」
「さっきスタッフさんに渡したので楽屋にあると思いますよ!」
「中身は?」
「秘密です!」
有希は呆れたように季乃を見つめ、関係者用のドアを潜り楽屋に戻っていく。俺はここまでだな。後は彼女たちが頑張るのを見届けるだけだ。
「あっ、そういえば」
季乃もそれに続こうとしていると、ふと何かを思い出したかのようにこちらを振り向き、言葉をかけてきた。
「お礼がまだでしたね。ありがとうございました!今日のライブ楽しみにしてくださいね、慎二さん?」
「おう、季乃も頑張れよ」
「はーい、頑張りまーす!」
彼女はそう言って元気よく去っていった。変に緊張した様子もないし、季乃も大丈夫そうだ。
……季乃。性格は有希とはまるで違うものだが、なんだかんだ有希とやっていけそうな雰囲気だよな。今更にはなるが、今後が本当に楽しみだ。
……いや、今後が、じゃないな。今日はこれから楽しむんだ。
どんなライブになるのか楽しみにしながら俺は客席へと向かう。不思議と不安な気持ちがなかった。