「もう夜か……」
すでに日は暮れ、辺りも真っ暗になってきた。
……さすがにこの時間になると有希に連絡を入れないとまずい時間だ。俺は私用のスマホ取り出し、有希へと電話を掛けた。
「もしもし、有希か?」
『何?』
「悪い、俺今日帰りが遅くなるかも」
『何で?』
「それは……ちょっと大変なことになっているから」
『どんなことになっているの?』
「……言わないとダメ?」
『ダメ。お母さんに言う』
それは困る。母さん怒ると冷静に詰めてくるからまじで怖いんだよ。言い訳しても理路整然と俺の発言を返してくるし、本当にどうしようもなくなる。
「わかった。わかったからそれは止めてくれ」
『じゃあ説明して』
「……SNSは見たか?今すごいことなっているだろ?」
『うん、めっちゃ燃えているね。グランプリの邪魔をするなーって』
「それで俺が星見プロのアイドルたちを推していることは知っているよな?」
『そうだね。……だから帰れないの?』
「そうなんだが…もう一つ言うと、あの子たちのマネージャーと俺は高校の同級生でな。連絡取り合う仲なんだよ」
『そうなんだ。だから帰れないの?』
「そういうことだ。……わかってくれるか?」
『……ま、事情はわかったし、いいよ。危ないことはしないでね』
「ありがとう。明日ケーキでも買って帰るよ」
『……私もグランプリ近いんだけど?』
「あーそっか食事制限あるよな。今度いっぱいお詫びするから待ってろ」
『わかった。楽しみにしてる』
「そういうことだから……じゃあな」
『うん、じゃあね』
連絡を切り、スマホを仕舞う。なんとか有希の説得には成功したようでよかった。
とはいえ安心するのはまだ早い。大事なのはここからで……って、ん?
今しがた仕舞ったスマホに着信が入る。電話番号を見ても身に覚えがない。誰だこれは?
「……もしもし?」
何かあったのかもしれないと、念のために電話に出るとそこからは聞き覚えのある声が響いてきた。
『えっと……御堂さんですか?』
どこか幼さも感じながらもしっかりとした声、安心するようなこの音色は……渚ちゃんか?
「そうですけど……どちら様ですか?」
『伊吹渚です。月のテンペストの』
……やっぱり渚ちゃんだったか。電話番号を渡したのは琴乃ちゃんだったが、それを共有していたのだろう。というより、俺に電話してきたってことは何かあったのだろうか。
「……どうした?」
『お願いしたいことがあるんですが、大丈夫ですか?』
「大丈夫だ。任せろ」
渚ちゃん曰く、さくらちゃんがマネージャーと話がしたいらしく、物置小屋へと向かいたいとのことだ。
しかし、外に出れば当然マスコミの目に映ることになる。しかもアイドルが夜半一人でマネージャーのいる部屋に向かうのは世間体的にも悪い。
だからこそ、囮を使ってマスコミをひきつけている間にさくらちゃんを物置小屋へと行かせたいそうだ。
囮役にはすずが立候補しているが、さすがに一人でマスコミの中に飛び出させるのは不安が残る。だから俺にすずが危険な目に合わないようにサポートしてほしいとのこと。
『……でも正直私は反対です。あなたをまだ信じ切れていません』
そうだろうな。逆の立場だったら俺でもそう思う。こう考えてくれる人がいるっていうのはありがたいよ。
「信じろとは言わない。何かあったら全部俺のせいにしていい」
『……本当にそうしますよ?』
「それでいいよ。君たちの助けになれば、それだけで十分だから」
『……』
電話先からわずかに息が漏れる音が響く。どうか、任せてもらえないだろうか。
『……わかりました。疑ってしまってすみませんでした。どうかすずちゃんをよろしくお願いします』
「任せろ。絶対無事で送り返すよ」
失礼しますと電話が切れた。……立派な子だな。彼女みたいな子がいるということが俺も安心できる。
「さて、じゃあ期待に応えますかね」
それから少しして、電話で話していた通り、寮から一人出てくるとマスコミをうまく躱し、どこかへ去っていのが目に見えた。
よく見えなかったがあれがすずちゃんだろう。変装していたのもあり正確な正体がわからなかったが、状況的にもそうに違いない。……マスコミも彼女を追い出したし、俺も行かないと。
事前にすずちゃんが移動する先は伝えてもらっている。最悪俺はそこで待っているだけでいいのだが、捕まってしまうことだけが何より問題なのだ。道中も見ておくべきだろう。
……すぐにマスコミの目を撒いてしまってもいいのだが、それだとさくらちゃんが物置小屋から寮に戻れなくなる可能性もある。すずちゃんには申し訳ないが、少しだけ追われてもらうしかない。
すずちゃんは小柄な身を活かして、すいすいと人を避け、狭い道を潜り抜けていく。……思いのほか速い。俺が見失いそうなんだけど。
とはいえ、相手は数が数。応援を呼んでいるのか電話しているマスコミもいるし、このままだと逃げ道を防がれてしまう可能性もあるな。
よっしゃ、ならば俺がやることは道路封鎖作戦だ。人の邪魔するのは得意なんでな。任せろ。
俺はその場から飛び出すと、マスコミが通るであろう経路上に障害物を移動させたり、偶然を装い大量に水を撒いたりととにかく通りづらい道を作り出す。
とはいえこれがすずちゃんの邪魔になってしまうのはよくない。彼女の目的地と現在位置から行動経路を予測し、その経路だけは何も配置しないように気を付ける。
あぁついでだ。俺の自転車も障害物に使おう。
今まで乗っていた自転車を裏道を封鎖するように配置し、俺は走り出す。
……すでにすずちゃんの位置を見失っているが、予測ではこの辺にいるはず。なんとか出会えるといいんだが。
すずちゃんがいない。
しばらく探し回ったが、どこにも見当たらない。マスコミ関係者らしき姿は見つけたから彼らに見つかったということはないんだろうが、それにしてもここまで見つからないと心配になる。
もう目的地にたどり着いている可能性も考え、そっちまで行ってみたが、これも外れ。邪魔をするため仕方がなかったとはいえ、すずちゃんを見失ったのは痛手過ぎた。
「……どこにいったんだ」
住宅街だから道路には度々車が通り抜ける。もしや…という最悪の予想が頭をよぎる。
「いやいや、そんなことはないはず」
あったとすればもっと辺りは騒然となっているはず。それがないのであれば、彼女は無事だ。
となると残りはどこかに身を潜めている可能性。マスコミ関係者の数は思いのほか多いし、身動きが取れなくなっているというのは十分に考えられる。
……一度、辺りを見渡せる場所まで戻って……いや、その間に何かあったらすぐに駆け付けれなくなるし……どうすればいい。
俺も辺りを見渡しながら歩いていると、いつの間にか高級住宅街の辺りまで来てしまっていた。
この辺りはさすがにマスコミ関係者はいない。というより入りづらいというのがあるだろうな。警備も厳重だし、下手すればもっと面倒なことになる可能性だってある。
すずちゃんもこの辺にはいないだろうと、道を引き返そうとしていると、聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「あれ?慎二さん何しているんですか?」
視界の先にいたのは見覚えのあるベージュの髪。間違いない季乃だ。
……そういや季乃の家もこの辺だったな。だとするとここに居てもおかしくはないか。
「悪い、ちょっと探し物しててな。またあとで」
「どんな探し物ですか?」
「あー……時間も時間だし、手伝ってもらうのも悪いから俺一人でなんとか探すわ」
「教えられないんですねー。……もしかすると、あなたの探しもの、私が知っているかもしれませんよ?」
……季乃が知っている?……いや深く考えるな、いつものブラフだろう。この思考時間とかをあいつは情報源にしているだけだ。
「ごめん、まじで急ぎなんだ。今は――」
「あっ、あんなところにすずちゃんが!」
「っ!」
季乃が指さした方を反射的に向き……やられたことに気が付く。こいつ本当に厄介だな。……というより、どうしてそこまで知っているんだ?
「あ、やっぱりそうなんですね。ちょっと来てください」
「……そんなに時間は取れないぞ」
「大丈夫ですよー」
そう言って案内されたのは以前も来た季乃の家だ。……部屋の明かりがついているから、誰かいるのだろう。
「すずちゃーん。お迎えが来ましたよー」
「やっとですわ。待ちくたびれました……って誰ですの!」
そこにいたのは、ホワイトブロンドのロングヘアにアクアマリンのような青い瞳をした少女。間違いないすずちゃんだ。
「不審者です!」
「……お前そのネタ好きだよな」
事情を説明すると、彼女はあぁといった様子で納得してくれた。そういえばそういう見た目でしたわねって容姿把握されてなかったのね……。季乃がいて逆によかったかもしれない。
「というか、どうして季乃の家に?」
「なんか見覚えのある子が逃げていたので攫ってきました!」
「あれは本当に怖かったのですわ……」
何やってんだこいつ。一番やばいことしているじゃないか。
「さすがに冗談ですよ!本気にしないでください!」
「……角を曲がったところをいきなり捕まえられましたわ」
「……って言ってるけど?」
「すみませんでした」
珍しく季乃が素直に謝罪している。写真撮っておこう。……あ、邪魔するな、ぶれたじゃん。
「仲がいいのですわね」
「まぁこれなんで!」
季乃はそう言って小指を立てる。馬鹿、仮にもアイドルなんだからそういったことは冗談でもやめろって。
「違うから。こいつの言うことはまともに取り合わないでくれ」
「そういえばすずにゃんは今日はどうするんですか?泊っていきます?」
「急に話を戻したな……。一応、俺が隙を見て星見寮に戻すということにはなっている」
「すずにゃん呼びはどこまで定着していますの……?まぁ予定としてはそうなっていますわね」
「なるほどなるほど。じゃあ私もついていっていいですか?」
「駄目、来るな」
こいつがろくでもないことを考えていることはさすがに理解できる。寮には近寄せたくないよな。
「でも考えてみてくださいよ。こんな夜更けに成人男性と女子中学生が二人っきり。どう思われます?」
「……」
確かに客観的にどう見えるかは考えていなかった。下手すれば警察案件、じゃなくても目立つよな。
「ほかに当てもないですよね?ならば私という存在は渡りに船じゃないですか!私ってば天才!」
「天災の間違いだろ…って蹴るな」
季乃からのローキックをガードしつつ、こいつを連れていくメリットとデメリットを天秤にかけてみようとしたが、正直デメリットの想像がつかない。情報収集が目的の可能性は……あるな。
「すずにゃんはどっちがいいですか?」
「……私としては……正直ついて来てもらえた方がありがたいですわ」
「だそうですよ!嫌われてますね!」
「そ、そういうわけではないのですわ!でも、やっぱりちょっと不安には……」
「嫌われてますね!」
「二回も言うな」
……まぁ俺を全面的に信用しろっていうのも無理な話か。なら仕方あるまい、季乃を連れていくか。最悪こいつ囮に使えばマスコミの目も多少は撒けるだろう。
「じゃあ早速行きましょう!すずにゃん帰宅作戦開始です!」
「お、おーですわ?」
「無理に乗らなくていいぞ」
季乃の家で多少時間を使ったからか、マスコミの数も結構数を減らしていた。
変にこそこそするより、堂々としてたほうがバレないという季乃のアイデアに従い、俺たちは星見寮まで真っ直ぐ帰っていた。
「……ほ、本当に大丈夫ですの?」
「大丈夫ですよ!だってあの人たちが探しているのってすずにゃんじゃなくてさくらちゃんですよね?容姿から違いますよ!」
「確かにそうですわね……」
寮から出た時は変装していたし、フードを深く被って誰かわからないようにしていたから、ぱっと見、さくらちゃんに見えてもおかしくはなかったが、逆に堂々とするとさくらちゃんとは遠い見た目だ。これでさくらちゃんだと思われることはない、という考えは確かに納得がいく。
「でもすずちゃんが見つかるのもそれはそれでまずいんじゃないか?マスコミが殺到するんじゃ…」
「やれやれ、わかってませんね。今世間を賑わかしているのは長瀬琴乃ちゃんと川咲さくらちゃんの二人。他の人たちはそこまで顔も覚えられていませんよ」
「……複雑ですわ」
……そんなもんなのか?俺からしてみると全員顔を覚えられている前提だったから、そこまで頭が回っていなかった。なんか……俺も複雑な気分になるなそれ。
「そうです!だから安心して…なんか邪魔なところに自転車がありますね。蹴り飛ばしましょう」
「前々から思っていたがお前足癖悪すぎ……ってそれ俺の自転車や!やめろ何やってんだ!」
「そうなんですか?じゃあ安心して蹴れますね!」
「なんでだよ!」
通路を塞いでいた自転車を、季乃に蹴られないように邪魔にならない位置まで移動させていると、すずちゃんが季乃をじっと見ていることに気が付いた。
「どうしましたか?」
「い、いえ!なんでもないですわ!」
「大丈夫ですよ!私、百合もオッケーなので!」
「そ、そんなことではありませんわ!!」
あ、知っているんだ。
そんなこんなでがやがやしながら歩いていると、道中視線を浴びることはあっても話を聞かれるわけでもなく、何事もなく帰ることができていた。季乃の言うことは正しかったのかもしれない。
「あ……」
すずが思わずといった様子で声を上げる。視線の先にあったのは見慣れた星見寮だ。……マスコミ関係者もいなさそうだ。
「おぉ、到着ですね!でも家に帰るまでが遠足ですよ!」
「し、知ってますわ!最後まで気を抜かず、ですわよね」
「そもそも遠足じゃないんだがな」
誰かが周囲に隠れている様子も見られない。本当に誰もいないことを確認し終えた俺たちは、星見寮の敷地に入り、ドアをノックする。
「私ですわ!開けてくださいまし!」
「すずちゃん!?今、開けるね!」
慌てたように扉が開く。そこにいたのは、渚ちゃんを筆頭に星見プロのアイドルたちだった。
「え、だ、誰?」
「も、もしかして、マスコミの人なんじゃ……」
雫ちゃんと千紗ちゃんが俺を見てそんなことを話し出す。……そういやサニーピースの子たちには伝えていなかったな。忘れてた。
不審者ですと言わんげに待機していた季乃を先んじて小突いておきつつ、俺は口を開いた。
「マネージャーに頼まれててな。す…成宮さんを連れ帰ってきた」
「そう、だったんだ……」
「それよりも!見ましたか!私の勇士!」
「うん、本当にすごかった。すず、ありがとう」
「立派だったよ。すずちゃん、ありがとう!」
「でも、やっぱり無謀すぎたわよ。一人で出ていくなんて」
「……怜ちゃんも、さっきまで私も行ってくる、って、言ってた」
「ちょっと、雫!」
「ふふふ!」
「まぁまぁ無事に帰って来たんだし。結果的にはよかったんじゃないかな?」
「遥子さんの言う通りですね。今は無事に帰れたことを喜びましょう」
さくらちゃんと芽衣ちゃんがいないことが気になるが……まだマネージャーとお話し中だろうか。ならもうちょっと時間が稼ぎしたほうがいいかもな。
「じゃあ俺たちはここで――」
「うーん、私はもうちょっと滞在したいかもですね」
ちらりと見た季乃の瞳はいつも以上に真剣で、狙い通りと言わんばかりに歪んでいた。