「じゃあ俺たちはここで――」
「うーん、私はもうちょっと滞在したいかもですね」
「……ダメだ。帰るぞ」
「嫌です。……本気で言ってますからね?」
いつものおちゃらけた表情は鳴りを潜め、季乃は真剣な眼差しでそう告げた。
……やっぱり何か企んでいたか。そうだよな。だってYU☆KI★NOの次の対戦相手である月のテンペストの面々がそこにいるもんな。
「……季乃、先に言っておくが、少しでも何かしようとしたら強引に連れ出す。いいな?」
「そんなことしませんよ」
ここに季乃を連れてきた以上、彼女が何かするというのは目に見えていた。だからこそ連れてきたくはなかったんだ。
「季乃……はっ!思い出しましたわ!」
すずが季乃の名前を聞いてようやく気付いたことがあったようで、声を上げた。しかしそれよりも早く気づいていた雫がその言葉をつづけた。
「YUKINOの、メンバー。月ストの、次の、対戦相手」
「おぉよくご存じで。そうです!YUKINOの季乃です!よろしくお願いしますね!」
そう言って季乃は元気よく挨拶するが……反応が悪い。まぁ敵がいきなり本陣に乗り込んできたようなもんだからな。そうなるわ。
……先ほどから渚ちゃんの視線が痛い。違うんだ、こいつが勝手に巻き込まれに来ただけなんだ。
「……何の用ですか?」
「えー、せっかくすずにゃんを連れ帰ってきてあげたのにそんな言い方酷くないですかー?私泣いちゃう」
「おい、帰るぞ」
「冗談ですよ。酷いことするなー」
一瞬だけ邪魔をするなとでも言いたげに季乃からにらまれる。お前怖いよ。
「……そうですね。私たちもお礼が遅れてしまい申し訳ありません。今回はありがとうございました」
琴乃ちゃんに続き、お礼の言葉が飛んでくる。なんか言わせているようで嫌だなこういうの。
「いえいえ、冗談ですので、そんなかしこまらなくても大丈夫ですよ!ちゃんと感謝の気持ちは伝わりましたので!」
「……ありがとうございます」
「でも、中々面白いことをしましたね?メンバーの一人を犠牲にするなんて、すずにゃんが可哀そうです!」
「そ、そんなつもりは……」
「面白いって言っているのに可哀そうって言っているから矛盾しているぞお前」
「うるさいなー。黙っててください」
……季乃はあからさまに挑発してやがるな。目的が何なのか全然わからない。
「私は自分の意思でやると決めたのですわ!誰かに言われたからやったのではありませんわ!」
「そうだよね。すずにゃんはそうとしか言えないよね。そう言わされているんだよね」
「違いますわ!」
「うんうん」
……いい加減、こいつ強引に連れ出した方がいいかもな。隙を見せているうちに無理やり捕まえて外へ放り出して、とか考えていると、季乃の発言を否定するように渚ちゃんが言葉を発し始めた。
「確かにもっといいやり方はあったかもしれません。でもそのときいなかったあなたには、言われたくありません」
「客観的な感想を言っているまでですよ?どういった会話があったのかは知りませんが、結果としてすずにゃんを一人で行かせることに決めたのは間違いありませんよね?」
「それは……そうですけど……でも御堂さんにもちゃんと連絡して――」
「――え?御堂さんに連絡したんですか?マネージャーじゃなくて?」
「あっ……」
……こいつやりやがったな。俺に飛び火させやがったか。やはり早いところこいつを追い出すべきだった。
「御堂さーん、説明お願いしまーす」
「……季乃、お前何がしたいんだ?」
「さぁ?」
……状況的に俺が説明しないといけない場面だな。全部話すわけにはいかないから、朝練のことだけ説明するか。
「……月ストの子たちには説明したんだが、以前俺が不審者と疑われることがあってな。マネージャーと俺が知り合いだったこともあって、それの解決ついでに俺の連絡先だけ教えておいたんだ。何かあったら連絡してくれってな」
「不審者と疑われたんですか!?何をしたんですか!?」
「そこは今は話す意味はないだろ?……だから渚ちゃん、というか月ストの子らが俺の連絡先を知っていてもおかしくはないんだ」
「渚ちゃん?」
「あー、俺が月ストのファンだからだな。変なところで引っかかるな」
「月ストのファン?」
「……それは何に引っかかってんだお前」
失礼だろと季乃と視線を合わせていると、やれやれといった表情で俺と目を離した。
「まぁそういうことにしといてあげます。有希ちゃんに感謝するといいですね」
なんでそこで有希の名前が出てきたかわからないが、とりあえず俺への追及はこれで終わりみたいだな。
「ともかく、です。私、仲間を大切にしない人たちは嫌いです。それだけ言いたかったです。それでは!」
季乃はそれだけまくし立てると、自分から扉を開けて出ていった。
「申し訳ない。あいつは基本、嘘と毒しか吐かないから、虫に刺されただけとでも思ってくれ」
じゃあな、と俺も背を向け、季乃の後を追っていった。
「……何がしたかったんだ?」
「さぁ?」
「ごまかさないでくれ」
星見寮から離れ、季乃の家までの帰り道、俺は季乃に話を聞くことにした。
「ごまかしてないですよ。……そういえば私からも聞きたいんですけど、なんで邪魔してきたんですか?」
「星見寮の子たちを挑発していたから」
「理由になってないですよ」
「彼女たちを守るためだ」
「なるほどー。慎二さんも自分は何もしていないーみたいな顔して、やることやっているから大概ですよね」
「……何の話だ?」
「これですよー」
そう言って見せてきたのは季乃のスマホの画面。そこに映っていた写真は、俺がこっそり星見寮を双眼鏡で覗いている写真だった。
「あ、こっちも、こっちもありますよー。いっぱいありますね!」
「……そりゃどうも」
……いつ撮られたのか全くわからない。場所もそれぞれ違うし、まじでどうやって見つけたんだ?
「……それで、その写真でどうする気だ?」
「んー、本当ならこれで月ストの情報引き出したかったんですけどー、まぁもう要らなくなりました。なのでちゃんと削除してあげますよー」
そういって季乃は俺の目の前でその写真たちを削除していく。……要らなくなったってのはどういう意味だ?
「月のテンペストの子たち……サニーピースの子たちもそうなんですけど、素直で可愛らしいですよね。すぐに悪い子に引っかかりそうで心配です」
そう思うと慎二さんが見守ろうとしていた理由も少しはわかりますね、と季乃は言葉をつづけた。
「私の言葉を聞いて、彼女たちはどう思ったと思いますか?」
「どうって嫌なやつだって思ったんじゃないか?」
「それもあるんですけど。もっとないですか?慎二さんもたまには素直になって考えてみてください」
素直になって……?仲間を大事にしない人は嫌い……状況が状況とはいえ、確かに季乃の言う通り客観的に見ればそう映ることもある。だけどそれはあくまで客観的に見て……ってこれは素直ではないのか。ならば……。
「仲間を囮に使った自己嫌悪?」
「正解です!」
……確かに素直な彼女らだ。こういった考えになるのは想像がついてしまう。……まずいな自分の考えと隔離しすぎていてそういったこと考えきれてなかった。
「すずにゃんも自分が迷惑をかけてしまった罪悪感がかかっているでしょうね……ごめんね、すずにゃん」
少なくともこいつは謝れる立場ではない。白い目で季乃を見ていると、彼女はさらに言葉をつづけた。
「後、渚ちゃん、でしたっけ?彼女、ギリギリまで御堂さんを疑っているようでしたけど、結局御堂さんは月スト側でしたし、自分が失言したせいで御堂さんを追いつめていましたよね。ドンマイです」
……なるほど。こいつが、斎木季乃というアイドルがやりたかったことがなんとなく見えてきた。同時にそれは俺としては許せないことだ。
「……お前、彼女たちを内部から崩壊させようとしているな?」
「大袈裟ですよ。ただモチベーションを下げてパフォーマンスを下げさせようとしているだけです。崩壊しちゃったら楽しくないですからね」
……こいつのことは大概ヤバいやつだということは認識していたつもりだったが、まだまだ甘かったらしい。一番近寄らせたらダメなやつだったか。
「そんなことしてどうしたいんだ?」
「簡単な話ですよ。ライブバトルに勝つためです」
「……そこまでして勝ってどうなる?」
「えー?だって勝負事って勝てないと楽しくないじゃないですか。勝てない相手に無策で挑むほど馬鹿じゃないですー」
そういうことか。こいつの動機はあくまで単純なのだ。自分が楽しむためにライブをし、楽しむために勝利する。そのためならば相手を潰すことだって平気でする。そういうやつだ。
今なら有希が季乃のことを気を付けてと言っていた気持ちがよくわかる。有希は季乃の本性を気づいていて、そう忠告していたのだろう。
「軽蔑しました?」
「……まぁ心底な」
「あぁそれは残念です。あなたのこと気に入っていたんですけどね」
そういって季乃はどこかつまらなさそうに道端の石を蹴った。水路に落ちたそれは、ぽちゃんと音を立てて沈んでいった。