ある日のこと。レッスンが長引き、帰りが遅くなると有希から連絡が入ったので、YUKINOの二人を迎えにスタジオに来ていた。
スタジオに初めて来たときはスタジオ内から飛び交う視線が痛かったものの、さすがにもう慣れてきた。視線がまたこいつか、みたいな反応になってきているのは気にしないことにする。
そんなこんなでSNSをやりながら時間を潰していると、スタジオの扉が開く。
「お疲れ。さすがに夜遅いから夕飯がどこかでたべて……」
「えっと…どちらさまですか?」
黄土色のツインテールに、大きくて真っすぐなオパールのような橙色の瞳。彼女は扉の先にいた俺の姿を見て、首を傾げた。
……しまった。別のスタジオだったか。
「すみません!間違えました!」
俺はすぐさま頭を下げ、彼女たちに背を向ける。
あの子は……間違いない。サニーピースの川咲さくらちゃんだ。ということは、ここでレッスンしていたのはサニピの子ら。
ファンとしてその姿を見れたことは嬉しい。嬉しんだけど、顔合わせたくねぇ……。ただでさえ月ストの子らに不審に思われているんだから、これ以上、余計なことをしたくない。
「あ、いた。……何してんの?」
そそくさとその場を後にしようとしていると、前方の扉が開き、そこから見覚えのある二人組が出てくる。YUKINOの子らだ。
「あー……なんでもない。帰るぞ」
「……」
「あ!あっちにサニピの子がいますね!挨拶しましょう!」
「季乃待て」
咄嗟に抑えようとしたが、彼女はするすると俺の手を逃れていき、気が付けばサニピの前に立っていた。
「お疲れ様です!サニピのさくらちゃんですよね?私、季乃って言います!よろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いします?」
突然のことに動揺しているさくらちゃんの後ろから、同じサニピのメンバーである雫ちゃんや怜ちゃんが警戒するような眼差しでさくらちゃんに声を掛けている。
あの時、季乃が不和を起こそうとしていたときには、さくらちゃんと芽衣ちゃん以外は全員いたもんな。警戒されて当然だろう。
「ねぇ」
「ん?」
季乃の様子を呆れてみていると、横から声が響く。
「季乃はなにをしたの?」
「んー、簡単に言えば、人の揚げ足を取ってそれを突き付けたって感じかな。グランプリ直前のあの騒動のときにな」
「……そんなことしてたんだ」
有希も季乃が何かをしていたのは知っていたらしく反応は薄かったが、内容までは知らなかったようで納得がいったような表情をしている。
「怜ちゃんも雫ちゃんもお疲れ様です!そんなこそこそ話してないでしっかり話しましょうよ!」
あいつわざとやってるだろ。
さすがに目に余る。注意しようと俺も前に出ようとしたが、それよりも先に有希が動いた。
「季乃」
「なんでしょう?」
「ダメだよ。今は争っても意味ないでしょ」
「私はただ仲良くしたいだけなんですけどね……。まぁ有希ちゃんの顔を立てていじめないであげましょうとも!」
「というわけだから。ごめんね、季乃はこんなやつだから、あまり気にしないで」
「い、いえ、私は何もされてないですし……」
……うーん、これはちょっとまずいな。季乃がやりすぎたせいで完全によくない感情を向けられている。千紗ちゃんに関しては完全に怯えて遙子さんに隠れちゃっているし…。あ、俺と目が合ってもっと隠れちゃった。ごめんね。
ともかくだ。同じレッスンで顔を合わせる仲であるサニピと仲が悪いのは、今後のYUKINOの活動に影響を及ぼす可能性がある。今後同じ仕事で顔を合わせる必要もあるかもだし、そのときになって困るのは非常によろしくない。
仕方あるまい。ここは俺が間を持つとしよう。
「あ、すみません。遙子さん、ちょっとお話したいことがあるんですけど、この後いいですか?」
「私?いいわよ。場所はどこがいいかしら?」
「ちょっと込み合った話になるかもなので…ここの談話室借りてとかどうですか?あ、いやなら全然断ってもらっても大丈夫なんですけど」
「逢引きですか!?私というものがありながら他のアイドルに目をくれるんですか!?」
「ちげぇよ。お前ともそういう関係じゃないだろ。誤解されるから止めてくれ」
「やることやって捨てられる。私は悲しい女の子です……」
「そういうの止めろって言ってんだよ。それでどうです?できれば後、有希とサニピのさくらちゃんにも来てもらいたいって思っているんですけど」
「女の子を密室にいっぱい呼んでどうする気ですか!私も呼んでください!」
「もう喋んな」
わーわー騒ぎ出した季乃を押さえつけながら、俺は遙子さんとさくらちゃんと有希にそう尋ねる。
「うーん、私は全然構わないんだけど……日を改めたほうがいいかもね」
……確かに。今日はもう夜遅い、これ以上長引かせるのは色々と問題になりかねないか。それに。
「仲間はずれはよくないと思います!」
こいつが邪魔だ。だって季乃呼んだら真面目な話にならないだろ。
「確かにそうですね。浅慮でした。俺の方からマネージャーに日程と場所を改めて伝えるって感じでもいいですか?」
「うん、お願いしてもいいかしら?」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
こうして俺たちは後日、改めてサニーピースの子たちと会うことになった。
そして、当日。
「星見プロの事務所!……なんか思ってたよりしょぼいですね。もっとどっしりしていると思ってました」
駅前のこじんまりとしたビル群の中にあるその事務所は、確かに東京の高級ビル街の一角を所持しているバンプロと比べると小さく見えるかもしれない。
いや、そんなことは今はどうでもいいんだ。それよりも……。
「なんでこいついんだよ……」
「慎二さんが仲間はずれにしようとしていることなんてお見通しですので!」
「私が呼んだ。要はサニピの子らと仲直りしたいんでしょ?なら季乃も必要かなって」
「仲直りならお任せください!」
「……有希、連れてきて本当に大丈夫そうか?」
「……失敗したかも」
「酷い!?」
ともかく連れてきてしまったなら仕方ない。とりあえず事前に考えておいた段取りを二人に説明することにした。
「今回の訪問は有希の言った通り、YU☆KI★NOとサニーピースの子らと仲直りするためだ。仕事に差し支えないようにするためだな」
「うーん、そんなにひどいことをしたつもりないんですけどねぇ……」
「……あんなに怯えていた千紗ちゃんを見て同じことが言えるのか?」
「言えます!」
「言えるな」
季乃と話していると無限に時間がなくなるので、無視してさっさと進むことにする。
「……ともかく、これはお前らが所属しているバンプロにも影響が出る可能性だってある。だから一応真面目な場だと思って参加してくれ」
「……ならお兄ちゃん部外者じゃん」
「不審者です!」
「そこ突っ込まれると弱いから言わないでくれ」
その疑問は季乃の発言と共にスルーすることにして俺は話を続ける。
「さすがに向こうも季乃がこんな性格だってことは理解できていると思う。だから……」
「あ、エレベーター来ましたよ!さっさと行きましょう!」
「話している途中なんですけど」
「そんなこと考えたって無駄ですって。どうせ想定通りの展開にならないんですから」
「……それでもだな」
「ま、それには季乃に同意かな。どうせ考えたってなるようにしかならないよ。行こ」
有希にも宥められるとさすがにどうしようもない。なるようになることを祈って、俺も二人と共にエレベーターに向かった。
「お待ちしておりました」
出迎えてくれたのは牧野だった。今はマネージャーモードらしく、真面目に取り繕っているのが理解できる。
「ありがとうございます。わざわざお時間いただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ話せる機会をいただけたことに感謝申し上げたいです。ここで話すのもなんですし、部屋までどうぞ」
「失礼します」
……すごい、有希が丁寧だ。これなら俺はついてくる必要なかったかもな。
有希の成長が自分事のように嬉しくなりながら、俺たちは案内された部屋へと向かう。するとそこにはすでにサニーピースのさくらちゃんと遙子さんが待っていた。
彼女たちは立ち上がり頭を下げようとするが、俺がそれを押し留めた。
「あんまり堅苦しいのも話しずらいだろ?気楽にやろう。な、牧野?」
「……御堂は気楽すぎるけどな。でもそれには俺も同意見だ」
俺の視線が伝わったようで牧野も堅苦しかった空気をほどき、いつも通りに口を開いた。
「というわけだ。御堂とは俺も知り合いだから、さくらも遙子さんも自然体で大丈夫だよ」
「わかりました!有希ちゃん、季乃ちゃん、改めてよろしくね!」
「私からもよろしくね」
「まぁこっちのほうが楽でいいよ。よろしくね」
「私はどっちでも大丈夫ですけどね。よろしくお願いします!」
彼女たちも自然体の笑顔でいられるようになれたみたいだ。我ながらいいフォローだったんじゃないか。
「へぇー!じゃああのケーキは駅前のあの店で?とっても美味しかったからどこで買ったのか気になってたんだー!」
「うん、あそこは知る人ぞ知る名店だよ。値段はそこそこするけどね。でもその価値はある」
「今度私たちも行ってみましょっか」
「そうだね!今度時間あるときに皆で寄ってみようよ!」
「皆も喜ぶと思うわ」
それから星見プロの事務所の会議室で女子トークが始まった。有希はさすがのコミュ力で、さくらちゃんと遙子さんとすっかり溶け込んだみたいだ。
だけど、反対に季乃は……。
「……」
季乃はどこかそっぽを向いて気に食わなさそうな表情を浮かべている。大方、有希が取られたとか考えているのだろう。
どっちかというと季乃のほうが仲良くしないといけない立場なのでこれは困った。俺からもフォローを入れようとしていると、それよりも先に遙子さんが口を開いた。
「季乃ちゃんはどうかな?ケーキは好き?」
「……まぁ好きですよ」
「そうなんだ!どういうケーキが好きかな?」
「……フルーツがいっぱい乗っているやつとかですかね?」
「そうなんだ!私もフルーツケーキは好きでね、この間も……」
「ちょ、ちょっとお手洗い行ってきます!……し、慎二さん、ちょっと」
季乃に腕を引かれ、俺も会議室を抜け出す。丁度俺も季乃と話したかったから助かった。
「どうしたんだ?」
「どうしたじゃないですよ!なんであの人たちあんなに素直に話してくるんですか?もっと嫌味を言われるとばかり思ってたのに……」
……あぁなるほど。だから季乃はずっと静かだったのか。想定と違くて動揺してたんだな。
でも、残念だったな季乃。月ストもだけど、サニピは底抜けに優しくて明るい子ばかりだ。闇属性のお前にはクリティカルだろうよ。
「彼女たちは季乃が思っているよりいい子たちなんだよ。酷いことを言った季乃を受け入れてくれるほどにな」
「……」
「だから、少しでも悪いと思っている心があるなら、素直にそれを受け取ってあげてくれ」
「……」
季乃はしばらく何かを考えるように無言だったが、やがてどこか素っ気なく口を開いた。
「……仕方ないですね。私は優しいので受け取ってあげることとしましょう!」
「そうしてあげてくれ」
「そのほうが私にとっても好都合ですしね!」
そう言って、笑った表情はいつもの季乃と同じものだった。
「さて、こうしてはいられませんね!早速、さくらちゃんと遙子さんの好感度を上げてきます!」
途端元気を取り戻した季乃は勢いよく会議室の扉を開け中に入っていった。
中からは元気に話す季乃の声が聞こえるから、もう心配することもないだろう。
「まぁ、あいつはあんな感じの子だけど悪いやつではないんだ。だから、仲良くまではできなくても、せめて普段通りに接してあげることはできないか?」
俺は隠れて見ていたサニピの三人にそう声を掛ける。
見ているのがばれて驚いた様子だったが、やがて三人とも俺の前にやってくると思い思いに口を開き始めた。
「私は、いいと思う。裏はあるけど、嫌な感じはしないから」
「どうかしらね。今は何もしなくても、また前と同じようなことになったら、何か手を出してくるつもりなんでしょう?」
それは……否定できないな。でも、警戒されるにしろ、季乃のことを知ったうえであいつと話してくれるならそれで問題はないと思う。当初の目的としては仕事に差し支えないだからな。無理して、合わない相手と仲良くする必要はない。
「そうかもしれないが、季乃もやるとわかっている相手に変なことはしないと思うけどな」
「それは……そうかもしれないけど」
「それに警戒してくる相手がいるというのは俺としてもありがたいんだ。だから、怜ちゃんは季乃のことを警戒しておいてくれ」
「……なんですかそれ」
素直な子からすると季乃はすごく厄介だけど、その性格を知っている人ならば対応できるといった話だ。こうやって警戒してくれるのがサニピのためにもありがたく感じる。
「私は……」
残ったのは千紗ちゃんだ。彼女が一番、季乃のことを怖がっている節があるからどうなるか心配だったのだが……。
「私も、大丈夫です。何考えているのかわからなくて、それがちょっとだけ不安だけど。悪い人ではないと思ったので」
「そっか。ありがとな」
「い、いえ、こちらこそ怖がってしまいごめんなさい!」
千紗ちゃん、こんなに小さいのに立派でいい子だよな。サニピの子らは本当にすごいわ。
そのあと、三人も合わせて無事に解決はできたみたいで、連絡先を交換し合っているのが目に入った。
それを微笑ましく感じながら俺は、牧野と話していた。
「サニピの子ら皆いい子だよな。眩しいわ」
「自慢のアイドルたちだよ」
「……これからが大変だと思うが守ってやれよ」
「当たり前だ。御堂は……そういえば二人とはどういう関係なんだ?」
「ん?説明してなかったっけ?」
「一度も聞いたことがなかったな」
「有希は俺の妹でな。季乃は有希と友達でその関係で仲良くなった。家族だからってのもあるんだが、結成時から見てたから目が離せなくてな」
「そうだったのか。……マネージャーとかやる予定はないのか?」
「俺がか?無理だろ。お前みたいにうまく立ち回れねぇよ」
主に口の悪さと短絡的なところが向いてないと思う。マネージャーってアイドルと接する以上に外部の人と接することが多いから、その辺がダメなんだよな。
「そうか?意外とやっていけそうな気もするけど」
「無理だな。何かあれば別だが、少なくとも現状は考えてない」
YU☆KI★NOの二人ならともかく他の子たちを担当するって考えた時に、年頃の子たちに好かれるビジョンが浮かばないんだよな。最悪好かれなくても仕事をこなせればいいとは思うが、俺の存在がアイドルたちの足を引っ張ってしまうのが俺自身許容できなくなる。
よって無理だ。
「まぁ無理強いはする気はないよ」
「それが助かる。……さてそろそろお暇する時間かね。そろそろ呼んでくるわ」
俺は少し心が痛くなりながらも彼女たちの輪に割って入り、時間のことを伝える。
名残惜しそうにしていたサニピの子らと別れを告げると、俺たちは帰路についた。
「サニピの子らはどうだった?」
「可愛い子ばかりでした!特に雫ちゃんが可愛くてずっとお団子触ってました!」
「ほどほどにな」
「嫌われない塩梅をついていったので大丈夫です!」
「そういうところなんだよなぁ……」
怜ちゃんに冷たい目で見られてそうだななんて考えつつ、次は、と有希に話を振った。
「有希はどうだった?」
「どうって?」
「楽しかったか?」
「まぁそうだね。皆、素直に話してくれたから私も話しやすかったかな」
「そうか。素直じゃないやつは話しづらいよな」
「そうだね」
「悪口の気配を感じました!」
察しの良いやつめ。
……ともかく、有希も季乃もサニピの子らに対して悪い感情を持つことがなくてよかった。季乃も苦手意識はなんとなく消えたんじゃないかな。
「丁度お昼ごろだし、このままどっか寄って帰るか?」
「いいですね!ちょうど教えてもらったお店があってですね…」
その後は何事もなく、三人でご飯を食べて家へと帰った。教えてくれたお店が想像以上にコスパが良くて、たまに通うようになったのは別の話だ。