「――私たちのマネージャーやらない?」
有希から告げられたその言葉に俺は思わず耳を疑った。
季乃ならともかく、有希はそういった冗談は好まない性格。ということは俺を揶揄う意図はなく、本気で言っているのだろう。
だが、なぜ。なぜ俺がマネージャーなんだ?……自慢ではないが、俺の対外的なコミュニケーション能力は決して高くはない。マネージャーという立場上、アイドルたちの仕事のための営業や会議が必須で、それにはどうしてもコミュニケーション能力が不可欠だ。
だからこそ、そういった能力が不足している俺には彼女たちのマネージャーは相応しくないと思っている。
自分の中である程度、文章化できたところで、俺は改めて彼女たちにその意図を聞くことにした。
「どうして俺なんだ?」
「お兄ちゃん、アイドルのこと詳しいでしょ?」
「……まぁそれなりには」
三年前からずっと色んなアイドルを追ってきたからそれなりには知っているつもりだ。それにSNSを通じて色んな情報を集めてきたから、裏事情も多少は知っている自覚はある。
「ライブバトルのことも詳しいでしょ?」
「それは……そこまで知らないぞ?」
ライブバトル…数十年前に開発されたVenusプログラムにより、アイドルのライブはAIによって採点されるようになったことから発足された、ライブの点数競い合うバトルだ。
俺は正直、この仕組みが好きじゃないし、これのせいでアイドルの存在が変わっている気がするから、心底なくなれって思っている。
……まぁでも逆に言えば、なくなれって思えるほどこれのことを調べたこともあるし、自分の目で確かめたこともある。それでも、ただの素人の想像に過ぎないが。
「お兄ちゃんの言うそこまでがどの程度かは知らないけど、少なくとも私たちよりは知っているよね?」
「まぁ有希と季乃よりかは知っているとは思うけど」
というのも彼女たちは数か月前に結成したばかりの新人なのだ。しかもそれより前はアイドルのことはほぼ知らない子だったし……いや季乃はちょっと知っているんだったか。
「それに伝手があるよね?」
「伝手?……星見プロには確実なのがあるけど他は……数えるほどしかないぞ?」
主にSNSから通じた伝手だからそれほど太いものではない。ただまぁ、出会いのきっかけを作る程度のものは確かにあるな。情報をたどれば会おうと思えば会える相手もいくつかいるし…。
「私たちに聞き覚えのある伝手は?」
「大手だから聞き覚えくらいはあるんじゃないか?」
「十分でしょ」
いやいや、大手の人と伝手があるくらいなんて、世の中いっぱいいるから。それほど難しいことじゃないし。
「季乃からもなんか言ってやって」
「毎日季乃ちゃんに会えますよ!」
「悪いがこの話は断らせてもらう」
「なんでですか!そろそろ私怒りますよ!ぷんぷん!」
擬音を口で言うな。恥ずかしいから。
「まぁ冗談は置いておいて、本当の理由はなんだ?何かあるんだろ?」
単純に能力があるから俺を自分たちのマネージャーにしたい。有希がそんな思いで俺をマネージャーにするとは思えない。むしろ、身内であるからこそ、自分たちの仕事に近寄らせたくない。そんな子であることは俺だって知っている。
だからこの話にも何か語っていないことがあるはずだ。
「はぁ、おだてれば何とか押し切れるという策は失敗みたいですね……。有希ちゃんどうします?」
「……まぁ話すしかないんじゃない?こいつ、本当のこと言った方が乗せやすいし」
有希からの俺の評価は否定したいが、話の流れ的にそんなところだと思った。実の兄を騙せると思うなよ。
「仕方ないですねぇ。私は優しいので仕方なく、慎二さんに本当のことを話してあげます!感謝してくださいね!」
「はいはい」
「あぁ!私の腕が勝手に!」
「殴ってくるな。危ないだろ」
季乃の拳を掴み、暴れないように有希に渡しつつも俺は有希の話を待った。
「……お兄ちゃんから見てさ。最近のバンプロってどう思う?」
「どうって……」
最近だとやっぱりNextVenusグランプリが一番に思い浮かぶ、トップ4入りしたリズノワとトリエル。本戦に出場したDayDreamもだが、やっぱりレベルの高い事務所だ。
だけど、有希の質問的にはそういったことではないのだろう。
「んー……質問の意図がわからんな。堅苦しい…っていうのは前評判からそうだし…」
「まぁ実際に目にしないとわからないよね。私も季乃から聞いてなんとなく察したくらいだし」
「そうなのか?」
有希に腕を渡された季乃は、器用に有希の腕に自らの腕を絡ませると、元気よく頷いた。
「そうです!私、こういった機微を感じ取るの得意なので!」
「あーそういやそうだったな。基本的な性質はサークルクラッシャーだもんなお前」
「失礼な!私はただ思ったことを言っているだけですよ!」
「余計性質が悪いわ」
季乃は基本的に無邪気そうに見えて、その実誰よりも空気を見抜くことが得意で、それを利用して自らが楽しむことだけを優先するような子だ。以前のNextVenusグランプリでも、自分たちが勝つために相手の子を精神的に動揺させ、パフォーマンス落としにかかった前科がある。
「それで今回は何に気が付いたんだ?」
「んー、それなんですけどねー。私も具体的にこれーっていうのはまだ見つけられてないんですけど、妙にきな臭いんですよねぇ」
「へぇ、どんな感じに?」
「会社自体が誰にかに誘導されているような気がします」
「それは……当然のことじゃないか?社長や会社の経営方針によって会社が動くものだし」
「そうなんですけど…なんかやーな感じがするんですよねぇ」
……なるほど。何かの悪意的なものを本能で感じ取っているが、それが何かはまだ見つけられていないという話か。それか、季乃がそれを見つけられないほど大きなものが動いているっていう風にも読み取れるな。
「私も季乃から聞いて色々と調べてみたんだけどさ、ちょっと変なんだよね」
有希は季乃にからめとられた腕を自らも絡ませ、季乃の腕を逆方向にひねりながら話し始めた。
「どこがだ?」
「リズノワが今アメリカ留学に行っているのは知っているよね?」
「うん、それは知っている。割と有名な話だよな」
NextVenusグランプリに負けて、新メンバーを加え、アメリカという新しい土地で武者修行しているというのはファンの中で有名な話だ。ただ、それが今回の話とどうつながるんだ?
「トリエルも今、活動落としているよね?」
「……まぁ以前に比べたらだけどな」
落としていると言われたら確かにそうなんだが、それほど急激に変化があったわけではない。俺としては新曲のために練習の頻度上げているのかなぁ、なんて楽しみにしていたくらいだったけど。
「……それがどうつながるんだ?」
「意図的にバンプロから遠ざけようとしている。そう思えない?」
「……」
そう言われればそうとも思える。ただ現状だと情報が足りなさ過ぎて考えすぎだとしか思えないが。
「極めつけは私たちの前のマネージャーなんだけどさ。急に止めちゃったんだよね」
「そうだったのか?」
「うん」
……思えば一番先にこれを疑問に思うべきだったな。確かにそうだ。マネージャーがいれば、俺をマネージャーにするという考えは浮かばないはずだったわ。
「割と忙しそうな人だったし、私としては疲れたのかなって考えていたんだけど」
「前日までやめる気配が全くなかったんですよねぇ。あの人まぁまぁなアイドル好きだったし、年齢の割に仕事楽しーみたいな顔してたんですけど」
……つまり、辞める気配のなかった人がいきなり辞めていった、ということか。確かにそれは変だな。
「まぁそんなこんなで私たちも不信感が募っちゃいまして。だからこそ、信頼できる人にマネージャーやってもらいたいなーって思ったわけですよ!困ったら身代わりにできますしね!」
「最後本音漏れてるぞ」
「えへっ!」
「……どうかな?」
……まぁでも有希も季乃も、そんな考えになるのは理解できた。俺がマネージャーやるというのはともかく、彼女らなりに現状のバンプロに不安がっているということだろう。
……正直なところ、俺としてはバンプロの実態は全く知らないし、その内部のごたごたに巻き込まれたくはないという想いも十分ある。だけど、同時に妹である有希や季乃がそれに巻き込まれてほしくないという気持ちはそれ以上だ。
まぁつまり。
「条件がある」
「何?」
「まずはちゃんと面接して俺が受かったらにすること」
変なコネやらを使って入社したくないし、能力がないのにも関わらず彼女たちのマネージャーはしたくない。そこを正当に判断してもらうためにも、まともに面接を受けたい。
「まぁ妥当じゃない?」
「次に、俺がバンプロを見てまともな会社だと判断できたらだ」
有希と季乃から聞いた話だけだと、バンプロという会社自体に俺は疑念を持ってしまった。誰かの悪意がそこに渦巻いているのか、それとも会社自体がやばいのかそこは見分けたい。
「それは……そうだね。うん、ちゃんと判断してほしい」
「最後に……」
今までの前提としてこれが一番の難題になる。過去の俺も通ってきた一番重要で難しい問題だ。
「俺が面接を通る確証はない。はっきり言うが俺は面接が何よりも苦手だ」
以前、大学を中退してから就職しようとしていたときもそうだった。大学中退という痛い過去がある以上そこをつかれるとどうしようもなかった。季乃みたいにペラペラと口が回ればいいんだけどなぁ…。
「……そうなんだ。そういえばお兄ちゃんずっとニートだもんね」
「アイドルオタクの引きこもりですからねぇ。可哀想な人です」
「引きこもってはねぇよ」
ニートは……まぁ仕事していない以上、否定はできない。収入自体はブログがあるから何とかなって入るが、安定したものではないからなぁ。
「……まぁともかくだ。俺が面接通らなければこの話は進まない。悪いがその時は諦めてくれ」
「まぁそれはね……自分の兄がこんなんで恥ずかしくなってくる」
「言っちゃだめですよ!たとえ、口が悪くて、お馬鹿さんで、器が小さくて、自虐を自慢げに話しちゃうような人でも本当のことを言ったら可哀想ですよ!」
「季乃、お前は絶対許さん」
「しかも僻み属性付きですよ!オンパレードですね!」
「僻みじゃねぇだろ、お前全部直接的に言ってんだよ。しかも一部事実無根なことをペラペラと」
「有希ちゃん、この人怖いです!」
「お兄ちゃん、うるさい」
「……」
まぁでも、俺がしばらくの間定職についてなかったのは事実だし、そこは認めないといけない。それにいつかは就職しないとなって思ってたし……。
あぁ嫌だなぁ面接。俺のことなんて知ってどうするんだよ、ただ俺の能力と対外的な反応を知れるだけでいいだろ。どうせ俺の個性なんて興味ないんだしさ。初めて会ったばかりの奴にあんなボロクソ言われたくねぇよ……。
「……ま、仕方ないので私も就職活動手伝ってあげますよ!任せてください!」
「いや……季乃はいいわ」
「なんでですか!」
そりゃまぁ、揶揄れそうだし。
「私から誘ったことだし、なんか手伝えることあったら言って」
「ありがとな有希。俺も頑張るわ」
「うん……ちなみに私が卒業までに就職してなかったら追い出す話は忘れてないからね」
「……忘れてくれ」
益々憂鬱な気分になった。