その日はいつものようにレッスン室で季乃と言い合いをしているときだった。
「だから!なんでお土産買ってきてくれないんですか!嫌がらせですか!私アイドル辞めますよ!」
「なんでそうなるんだよ。お土産お土産って俺は営業出るたびにお土産買ってこないといけないのか?めちゃくちゃな出費だぞ、それ」
「いいじゃないですか!経費ですし!」
「ポケットマネーだって。俺の出費は経費じゃ落ちないんだよ」
「つまり慎二さんは私がアイドル辞めてもいいってことですね。今までお世話になりました」
「待て待て、勘弁してくれよ。今日はなんでそんな絡んでくるんだ?そういう日か?」
「有希ちゃん、私はこいつをセクハラで訴えます」
「いいんじゃない別に」
「よくないって。わかったからその手に持っているスマホを離せ。わかったから、次は買ってくるから何がいい?」
「あ、もしもし?」
「ちょ、ちょっと待て!季乃!悪かったから、この通り!すいませんでした!」
本気で電話をかけ始めた季乃に向かって俺は頭を地に着ける。本気で通報されるのは聞いてない。止めてください。
「ちょっとお話したいことがあって――え?それどころじゃない?どういうことですか?え、ニュース?」
季乃は有希に何か伝え、有希はすぐさまニュースサイトを開く。俺もこっそり立ち上がってそれを盗み見ると、驚くことが書かれていた。
「バンプロダクション社長、朝倉恭一逮捕!?」
思わず言葉が口に出てしまう。……いやいや待て、よくあるフェイクニュースの可能性も……。
俺もスマホを取り出し調べてみたが、信頼できる情報源からいくつも記事が出ている。実際の写真も撮られており、この記事が嘘だとは想像しづらい状況だった。
「おいおい、どうなってんだ……」
確かに顔は逮捕されてもおかしくない見た目ではあったものの、彼の内面は決して不正に手を染めたりはしない人だったはず、しかも横領なんて……お金があったら真っ先にアイドルに使いそうな人なのに……。
「うん?御堂さん?あーマネージャーさんなら今隣にいますよ?代わりますー?はいはーい、マネージャーさんお電話です!」
「……誰からだ?」
「天動さんです!」
なんで天動さんに電話かけたの?……まぁいい、状況的に彼女もこの件について話を聞きたがっているといったところだろうか。
俺は季乃のスマホを受け取ると、耳に当て返事をする。
『御堂さん!ニュース見ましたか?』
「はい、見ました。ただ自分も今確認したところなので、状況はわからないです」
『そうですか……社長には連絡つきますでしょうか?』
「いや、朝倉社長には連絡がつかないと思います。だけどこれからバンプロに連絡してみようと思ってるので、何かわかったら連絡返します」
『……わかりました。お待ちしております』
「では、これで……」
そう言って俺はスマホを季乃へ返す。彼女はそれを受け取った後、俺たちに聞こえないように少しだけ会話をした後、その電話を切った。
「……とりあえずバンプロに戻ろう。そこで話を聞いて……」
「それはやめた方がいいんじゃない?」
「……どうしてだ?」
「だってバンプロの社長が捕まったんだよ?ならバンプロの事務所はとっくにマスコミで溢れかえっていると思うけど」
「……確かにそうだな」
記事がここまで広がっている以上、マスコミの連中が更なる情報を求めてバンプロ事務所へ集まってくるのは容易に想像できる。そこに俺たちが行けばどうなるかなんて考えるまでもない。
……二人と外部のレッスン室に来れていたのは運がよかったな。
「タクシー呼ぶ。今日は二人とも家に帰れ」
「……お兄ちゃんはどうするの?」
「俺は一回バンプロに戻る。マスコミで溢れているとはいえ、状況は確認したいし、それに中に取り残されている人もいるかもしれないからな」
「そうなんだ……気を付けてね」
「まぁなんとなるだろ」
マスコミのしつこさは重々理解しているつもりだが、要は何も話さなければいいだけの話だ。無言でさっさと移動すればいい。
「で、なんでいるの?」
「私がどこへ行こうと私の勝手だと思います!」
「そりゃそうだけど……」
俺がバンプロに向かおうとしているとなぜか季乃が後をついてきた。有希は帰ったようだが、どう見ても帰り道ではなかったことが気がかりだ。二人して何をしようとしているんだか。
「季乃……悪いがこれは遊びじゃないんだ。今回ばかりは帰ってくれないか?」
「じゃあ逆に聞きますが慎二さんはどうやってマスコミに囲まれた事務所へ戻るつもりなんですか?」
「そりゃ関係者用の裏口からなんとか……」
「そこにマスコミがいたらどうします?」
「そりゃ無視だな」
「じゃあ彼らがYUKINOも横領に手を出していたらとか言い出したら?」
「なわけないだろ」
「反応するじゃないですか」
「あ……」
言われてみて気づいた。俺自身ならともかく、彼女たちのことを好き勝手話されるとどうしても反応してしまう。これは確かにまずいかもな。
「ということで私の出番です!」
「……一応聞いておくが何をするつもりだ?」
「何もしませんよ?ただ私は正面から事務所に戻るだけです。あぁ幼気な少女がマスコミに襲われるー」
「……民衆を仲間につけるってことか。だけど悪いがそれは賛同できない。というか俺が許可しない」
「と言うと思って作戦第二弾です!」
「マスコミに装い堂々と近づいていき、そのまま中に入る……聞いたときは馬鹿らしいと思ったがこんなにうまくいくもんなんだな」
「まぁ慎二さんの顔なんて誰も知らないですしね……って馬鹿らしいってなんですか!」
「ごめんって、素晴らしいアイデアだった」
怒りだした季乃を宥めながら、無事バンプロのあるビルへと入れた俺たちはエレベーターでバンプロ事務所へと向かう。
「でもなんで季乃はバレなかったんだ?」
「不審者というのはですね。不審だからバレるんです。堂々としていれば逆に気づかれないものですよ。変装は必須ですけどね」
そう言って季乃は丸眼鏡を外すと、いかにも記者が被っていそうな鳥打帽を脱ぎ、そこにまとめていたベージュの髪を下ろす。
どこにそんなもの隠し持っていたんだこいつは。
「髪乱れたのでセットしていきますね!」
「……早くしろよ」
「はーい」
エレベーターから降り真っ先に化粧室に向かった季乃を見送りながら、俺はバンプロ事務所に誰が残っているか確認する。
……事務の方はまぁまぁ残っているな。今日は休日なんだけど、うちは業務の都合上不定休だし、そりゃ仕事の人はいるか。それ以外だと……。
電話に付きっ切りな状況を見ない振りしながら、俺は他の部屋も見て回る。
まぁさすがにこんなときに事務所にいるアイドルなんているはずもな……。
何気なく通りすぎようとした会議室に見覚えのある影が見える。慌てて戻って確認すると、やっぱりというべきかそこには知っているアイドルたちがいた。
「リズノワ!?なんでここに……」
リズノワは新メンバーを二人加えてアメリカで武者修行中。バンプロ内外でも共通の話だったはずだが、日本に戻ってきていたのか?しかもこんなタイミング悪く……。
……憂うのは後だ。彼女たちがここにいることがわかったなら先にやることがある。
「お疲れ様です。ちょっとお時間、大丈夫ですか?」
俺は会議室の扉を開け、中にいる彼女らに声をかける。
「うえぇ!だ、誰ですか!?まさか、外にいるマスコミがついにここまで…!」
「愛ちゃん、今までありがとう……!」
「こころ!私を盾にして逃げようとしないで!」
「マスコミが事務所内に入れるわけないよ。……それで何の用?僕は束縛とカニカマは嫌いなんだ」
会議室にいたのは三人、俺の姿を見ておどおどしだしたのが新メンバーである小美山愛ちゃんで、それを揶揄っているのが同じく新メンバーの赤崎こころちゃん、そして独特な発言で俺に問いかけてきたのが井川葵さんだ。
……リズノワのリーダーである莉央さんがいないのが気になるが、それは後で聞いておこう。
「驚かせてしまい申し訳ない。申し遅れましたが、私は――」
「堅苦しいのは苦手なんだ。もっとリラックスして話してくれ」
「……わかった。俺はYUKINOのマネージャーをしている御堂慎二と言います」
そう言って三人に名刺を渡す。愛ちゃんはなぜか恐縮した様子で学生証を渡してきたから丁重にお返ししておいた。それ渡しちゃダメだよ。
「YUKINO?あぁそういえばNextVenusグランプリのときに話題になっていたね。でもマネージャーって君だっけ?」
「色々あって新人の俺が受け持つことになった」
「そうなんだ。それで何の用?」
「それなんだが――」
「――慎二さん酷いですよ!なんで私を置いていくんですか!あんなに愛し合った仲なのに……」
「……頼むから人前で誤解を招くような発言は止めてくれ」
俺の言葉を遮るように会議室の扉を開くと、そこから現れた季乃が少し怒った様子で口を開く。
「五回もしたのに……」
「おい」
「あわわ……これが芸能界……」
「愛ちゃん……任せました」
「何を!?」
季乃が余計なことを言ったせいで色々と誤解が生まれ始めている。冗談だと流すために口を開こうとしていると、葵に遮られた。
「あぁ君か。また僕らの邪魔をしに来たのかい?」
「邪魔なんて一度もしたつもりはないですよ?そんなピリピリしてないで季乃と仲良くしましょうよ!うぇい!」
……うわぁ葵さんめちゃくちゃ嫌そうな表情している。何やったんだこいつ。
とりあえず葵に抱き着こうとしていた季乃を押し留めていると、また季乃が口を開き始めた。
「あー!こころちゃんだー!元気にしていましたー?しばらく会えなかったから心配していたんですよー!!」
「……あー、誰かと思えば季乃先輩でしたか。元気にしていましたよ、はい」
「こころ!?どうしたの?」
「愛ちゃん、この人と関わっちゃだめです!さっさと退散しましょう!」
めちゃくちゃ警戒されてんじゃん。まじで何やったんだよこいつ。
変に絡みだそうとしていた季乃を押し留めつつ俺は早速本題へと移った。
「三人はどうしてここに?それと莉央さんはどこに?」
「急に社長に呼び出されてね。後、莉央なら二便遅れた飛行機に乗っている。そろそろ空港には着いているんじゃないかな」
なぜ二便遅れているのかは気になるが、それよりも社長に呼び出されていたというのが気になる。何があった?
「それよりも僕からも聞きたいんだけど、何があったの?」
「そうですよ!どうして朝倉社長は捕まっちゃたんですか?」
「私も聞きたいです!」
「季乃は黙ってろ。……俺も事情はわからない。さっきニュースで知ってこっちに戻ってきたばかりだからな。その様子だと……ほかに知っている人はいなさそうか」
「霧子なら何か知ってそうな気はするんだけど、何か知らないかい?」
霧子?……あぁ姫野か。確かに色々とやっていた彼女ならば何か事情は知ってそうな雰囲気はある。むしろあいつが犯人なんじゃないか?朝倉社長を偽の罪で逮捕させ、自分がこの会社を支配するとか……。ありえそうだな。
「待たされるのは嫌いなんだ。知っているなら早く言ってくれないかな?」
「あ、すまない。悪いが、姫野さんも行方もわからない。事務所にもいないんだよな?」
「そうだね。ついでいえば連絡もつかない」
「なるほど……」
そうなると益々怪しい。もっと早くにあいつ叩いておくべきだったか。
「となると……あぁ電話だ。莉央からだね」
葵は電話を取ると、何やら話し始めた。莉央さんからということは彼女もこの騒動を聞いて電話したということか。
……事務所に来たはいいが結局手がかりはなしか。これじゃ天動さんにも話せることはないな。
とはいえ、事務所に取り残されたアイドルはいた。彼女たちをなんとかこっから脱出させることが最優先にはなる。
「一つ気になったんですけど、あの人ってなんで捕まったんですか?」
「横領って言われてなかったか?会社の金を自分の口座に入れて使っていたとかそういうことじゃないか?」
「つまりそれを誰かが見ていたとか、データが残っていたから社長は捕まったんですよね?誰が通報したんですか?」
「それは……」
確かにそうだ。もしかすると税務署の調査で明るみになった可能性もあるが、それだけだと社長だけが捕まる理由にはならない。誰かが社長に罪をなすりつけたってことだろう。
……それが姫野ってことか?管理している口座にアクセスさえできれば、データ上だと誰がやったかなんてわからないし、それを社長の仕業にしたということすれば彼を逮捕することは可能だ。
となれば、アクセス権限とログを探れば、真犯人が見えてきそうではある。ただ、なんで警察が朝倉社長と断定して逮捕に踏み切ったのかが不透明だよな。もしかすると、俺の知らない力が動いているのかもしれない。
俺の方でも調べてみるべきかもしれないな。危ない橋を渡ることになるかもしれないが。
「ありがとう、季乃、考えがまとまった」
「いえいえ、こっちこそこういったことをしてくる相手は嫌いなので!ぶっ潰したいので!」
「……愛ちゃん、これがあの人の本性だよ。近づいたらダメ」
「で、でもほんとは優しい人かもしれないよ?」
「愛ちゃん、こうやって人を蹴落とすのがこころちゃんの本性です。信じちゃダメですよ?」
「こころはそんな人じゃありません!」
「ありゃ」
思わぬ反撃を受けてしょぼんとしだした季乃を無視しながら、俺はどうすれば姫野を蹴落とせるか考える……前にすることがあったな。
「悪い、今は君たちを脱出させることが最優先だったな」
「……話がどうまとまったのかは僕にはわからないけど、さすがは彼女のマネージャーだね。悪い顔をしている」
いつの間にか電話を置いていた葵から言葉をかけられる。
「……褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めているんだよ。お似合いだね」
「……そりゃどうも」
全然褒められている気分にはならないが。
「それよりも脱出とはいうがどう脱出するんだい?このまま出ると袋叩きに合うだけだ」
「そこは愛ちゃんの筋肉で皆なぎ倒して、ですね!」
「む、無理です!でも、十人くらいならなんとか……」
「あ、冗談のつもりだったんですがなんとかできるんですね……」
「こころにいいアイデアがあります!季乃先輩を表にほっぽり出してそのうちに皆で裏口から逃げましょう!」
「こころ!ダメだよ!」
「そうですよこころちゃん!仲間を売るとリズノワ全体に関わりますよ!」
「むぅ……」
「あーでもそれ、良いアイデアかもしれない」
「マネージャーが担当アイドルを売るんですか!?最低です!告訴してやる!」
「いや表に誰かを囮にして裏口から逃げるって考えだよ。俺が表で対応してその間に皆で裏口から出れば万事解決じゃないか?」
わりと悪い考えではない気がする。裏口を見張っていたやつも表に誰か現れたと聞いたらそっちに行くだろうし。
「……ダメです。許しません」
「それは同感だね。君に任せると変なことを話し始めそうだ」
……そんなに頼りなさげに見えているんだろうか?普通にショックなんだけど。
「じゃあどうするんだ?少なくとも今の俺には他にアイデアは浮かんでない」
「仕方ありませんねぇ。こうなると思って私が手を打っておきましたー!」
「……どんな手だ?車で強行突破するとかはなしだぞ」
「しませんよ。内容は有希ちゃんに任せておいたので後は有希ちゃん待ちですね!」
……だから有希は家に帰らずどこか行っていたのか。あんま巻き込みたくはなかったんだけど。
「ということで、今の私たちにできることはありません!ってことでゲームしましょう!」
「僕はパスだよ」
「あ、こころもパスで」
「え?わ、私は…」
「あ、愛ちゃんもパスで」
「……だそうだ。一人でゲームしてろ」
「みんなして季乃をいじめて楽しいですか!?私泣いちゃいますよ、うぇーん」
有希から連絡が来たのはそれから少ししてのことだった。