「いち、に、さん、し、ターン!っと」
「……っ」
「季乃さん、ターンは最低限の力で、バランスを崩したら元も子もないよ」
「わかってますよ!」
「有希さんは無理に季乃さんに合わせようとしなくていいわ。自分のリズムで踊りなさい」
「……はい」
「うぇ、疲れました……なんですかあの人たち、なんで休憩をさせてくれないんですか?今時の社会にあってないです。ブラックです」
「それだけ熱心にやってくれているってことじゃないか?こうやって無駄口叩けるくらいに体力残してくれているから優しいほうだと思うけどな」
「残業しすぎてついに発想がブラックになりましたか……こうやって社畜は増えていくんですね……」
「やかましい」
あれから少しして、YU☆KI★NOは技術力の更なる上達として、今まで以上に厳しいトレーニングを課していた。
「でもさすがは元BIG4、見ている場所が的確だね。私の細かい失敗も見逃さず指摘してくる」
「名前なんでしたっけ?ボロボロライツ?」
「STROBOLIGHTSだよ!」
気が付くと、休憩で部屋を後にしていた彼女たちがレッスン室の扉を開け中に入ってきていた。
「すみません、本当に申し訳ないです。季乃にはきつく言っておきますので何卒…」
「あ、いいのいいの、冗談だってわかっているから。……それに今の私たちは実際ボロボロだしね」
「カコ……」
STROBOLIGHTSのカコとマコ。写し鏡とも思えるような息の合ったダンスは他のBIG4にも負けを取らず、実際にⅢXに負けるまではBIG4の一角であり続けたアイドルグループだ。
今はあの敗戦で何かが崩れたのか調子を落としているみたいだが、その実力は本物。ということで俺は以前SNSで偶然知り合った彼女らのマネージャーと連絡を取り、レッスンコーチをしてもらうことになっていた。
「今はボロボロだっていいじゃないですか!ロボットだって何度ボロボロになってもいつの間にか復活してたりするじゃないですか!しかも進化して!」
「……一応言っておくがストロボってロボットの一種じゃないからな?」
「私はマネージャーに襲われた経験があることをここに告発します」
「自分の勘違いで恥ずかしいからって堂々と嘘つくのやめろ。そんな経験ないから」
「つまり魔法使いと」
「お前の口を塞ぐ魔法を使いたいわ」
「口でですか?」
「拳でだよ」
「ふふふ」
視界の片隅に笑みが浮かぶ。いやいや、こんなことしている場合じゃないんだよ。
「あー、すみません、お時間取ってもらっているのにこんなことしていて…もう休憩は終わりですよね?さっさと行かせます」
「そうですね。それじゃあ、再開しよっか」
「よろしくお願いします」
「もう少し休憩ください!」
「駄目です」
ひーひー言いながらなんとかついていっている季乃と、珍しく表情を崩して二人の指導を受けている有希を一目見て、俺は手元の資料に目を落とした。
I-UNITY。VENUSグランプリと並ぶ存在で新たに設立されたアイドルたちの祭典。軽く資料を目に通しただけだが、舞台も大掛かりで宣伝も十分になされ、この祭典を成功させようとしていることが目に見えて感じ取れた。
だけど、この祭典には致命的な欠陥があり、それはアイドル・エンターテインメント・アソシエーション、通称I.E.A.に参加している事務所しかエントリーできないということ。
I.E.A.自体が最近できた組織だが、事前に根回ししていたようで、すでに結構な数の事務所が加入している。だがそれでもまだまだ参加できていない所も多い。あの人が所属しているとこも未参加のようだし、うちも問題があったからか参加していない。
ともかく、この祭典だが、知れば知るほど違和感を感じることが多い。おそらく裏方の考えとしては朝倉社長逮捕の一件でアイドル業界全体に芽生えてしまった悪い感情を一転させようって考えなんだろうが、それにしては変なやり方をするもんだと思う。
そう思った俺は実際に参加している事務所である星見プロに電話してみると、やはりというべきかそこには裏があった。
というのも、姫野が主導でこのプロジェクトを開始し、事前に根回しを済ませたうえで今回の一件に踏み切ったらしい。しかも、裏事情として、この祭典での優勝者にはI.E.A.の初代理事長になる権利が与えられるとのこと。
となると、姫野がプレタポルテに移籍した理由もなんとなく見えてくる。BIG4が所属しているプレタポルテに移籍しそこのアイドルを使い優勝することでI.E.A.の理事長になり、そしてアイドル業界を牛耳る。要はあいつはアイドル業界のトップに立ちたいのだろう。
となると黙ってられないのが俺たちだ。元よりバンプロとトリエルの件で怒りが溜まっていた俺は、二人に相談した後、ある決断を決めた。
――姫野を潰す。
しかも今回はライブバトルという真っ当な手段でそれを行うことができるのだ。俺にとってもこれを使わない手はなかった。
だけど問題となるのが、I-UNITYへの参加がI.E.A.の所属事務所しかできない件だが、これにはいくら打てる手はある。
ということで、今はYU☆KI★NOの強化が最優先とのことで兼ねてより付き合いのあったSTROBOLIGHTSにコーチをしてもらっていた。
「お疲れ」
「お疲れー」
「……おつかれさまです」
レッスンが終わると、季乃は文字通りくたくたで、有希も珍しく疲れを滲ませたような姿でスタジオから出てきた。俺は作業を一時中断させると、二人に声を掛けた。
「どうだった?何か得られるものはあったか?」
「失うものがありました。季乃の元気です」
「いいレッスンにはなったよ。特に二人の踊りはすごかった。精密だね」
そう言って有希は満足げにうなずいた。今回のコーチングを受ける目的として、季乃は基礎力の向上、有希も新しい刺激を得てダンスの表現力の幅を見つけれればいいと考えていたんだが……二人ともそれらしい影響を受けているようでよかった。
「……ここから少し忙しくなるとは思う。無理はさせないつもりだがきつかったら遠慮なく言ってくれ」
「りょーかい。無理な時は遠慮なくサボるから」
「……せめて連絡してからサボってくれよ?」
「はいはい」
「私はもう無理です」
「はいはい」
「私の扱いが雑です!」
騒ぎ出した季乃を宥めながら、俺は二人の帰りを見送った後事務所へと戻った。
I-UNITYまでの時間はそれほどない。今はできることは全てやっておこう。