週末にスリクスのライブに置いていった埋め合わせとして季乃とデートに行くことになった。といっても、ただ遊びに行くだけだが。
当日の待ち合わせ場所は星見駅。埋め合わせということでデートスポットはこっちで決め、せっかくの機会なので俺も羽を伸ばしたいと思い市外でのんびりすることにした。
「ちょっと早く着すぎたか……?」
時刻は現在午前七時四十五分。さすがに待ち合わせに遅れるわけにはいかないので早めに家を出たがどうやら早すぎたようだ。
待ち合わせの時間は八時。時間までまだ少しだけある。そのへんぶらぶらして時間でも潰そうとしていると、待ち合わせ場所である改札までの階段の下。時計台の近くでやけにそわそわした様子の季乃の姿が見えた。
せわしなくスマホを見たり、髪を触ったり、衣服を整えたり、とにかく慌ただしい。一体何をしているのだろうか。
「季乃、お疲れ。待ち合わせにはまだ時間あったが随分と早いな?」
「え?わっ、ちょっと急に声かけないでください!」
「酷くないか?」
割と正面から近づいていったんだが…むしろこれは気づかなかった季乃が悪いだろう。
彼女はなぜか慌てたように身だしなみを整えると、すぐさまこちらを振り向く。
「もう、いくらデートが待ち遠しいからって早く来すぎですよ!」
「……お前の方が早く着いてなかったか?」
「なんですか?蹴りますよ」
「やめろよ、スカートなんだから」
ブラウンのフリルがあしらわれたセーラーワンピースに、胸元にあしらわれた黄色いリボン。足元には黒ニーソに、移動がしやすいようにか低めのロリータパンプス。
やや頬を赤く染めた彼女の頭の上には、オフホワイト色のベレー帽がちょこんと乗せてあった。
「仕方ありませんね。今日は勘弁してあげます!その代わりしっかりとエスコートしてくださいね!」
「あぁ任せとけ」
一度調べだしたら意外と面白そうな場所が多くて計画はしっかり立ててきた。こんだけ計画立てていればエスコートも十分だろう。
「……やけに自信ありますね?はっ!もしかしてこのデートの途中で私を食べる計画を!」
「ねぇよ。食べるのは新鮮な海の幸だ」
「つまり海ってことですか?わーい」
……若干ネタバレされてしまったがまぁいい。どうせ行先でわかっただろうし。
……あぁそうだ。忘れてた。有希に季乃と出かけるならいくつか注意点教えられていたんだっけ?確かそれによると。
「季乃」
「なんですか?私に惚れましたか?」
「服似合っているぞ。可愛い」
「っ!!!」
有希曰く、出会ったときにはまず服を褒めろとのことだ。デートじゃないんだしそこまでしなくてもいいとは思うが、仕事でもご機嫌取りは重要だからな。ましてや相手は季乃だ。変にご機嫌崩されて一日中拗ねてもらっても困る。
「んー!!!もう!行きますよ!早くしてください!」
「なんで怒ってんだよ」
「知りません!ばーか!」
……有希。お前の言ったこと間違っているみたいだぞ。逆に機嫌悪くなったわ。
心の中で有希に文句を言いつつも、俺は一人先に階段を上っていった季乃の後を追っていった。
電車を待っている間にありがたいことに季乃の機嫌は戻ったようで、一緒に駅に乗るころにはいつもの調子で騒ぎ始めるようになった。
「そういえば慎二さんって車は嫌いなのに電車は大丈夫なんですか?」
「んー、なんか大丈夫だな。気の持ちようじゃないか?」
「そうなんですか。残念です。せっかく可愛い様子が見れると思ったのに」
「あのなぁ。こっちは本気で嫌がっているんだぞ」
「それが可愛いんじゃないですか」
そうだった。季乃はこういうやつだった。
「季乃は嫌いなものはないのか?」
「私の嫌いなものを見つけてどうするつもりですか?」
「好奇心だ」
「じゃあ教えませーん。教えてほしければもっと季乃の好感度上げてください」
ギャルゲーのヒロインかお前は。
「でも、どうしてもって言うなら教えてあげてもいいですよ?」
「じゃあいいわ」
「なんでですか!聞いてくださいよ!」
そう言われてもだな、人の嫌いなものなんて知ってどうするって話だし。まぁ嫌いなものに会わないように対処することは可能だが……そうだな、マネージャーとしては聞いておいても悪くはないか。
「ごめんって。教えてくれ」
「仕方ありませんねぇ。秘密ですよ?」
そう言って季乃は周りに聞こえないように、そっと耳元で囁く。耳に触れた吐息と、わずかに垂れた髪が肌に触れてくすぐったかった。
「楽しくないことです」
「……?」
思わず耳を疑った。たのしくないこと?楽しくないことって言ったのか?
「秘密ですよ?」
「季乃って何歳だっけ?」
「乙女に年齢は聞くものではないですが、私は優しいので特別に教えてあげます。花の十八です!」
「季乃」
「どうしましたか?」
「精神年齢十二歳だったりしない?」
「はい、季乃は怒りました。もう許しません」
「悪かった。さすがにもっとこう具体的な何かがあるって身構えていたから」
「なんで十二歳なんですか!小学生じゃないですか!私の精神が小学生と同じレベルって言いたいんですか!?」
「待て待て。ここ電車の中だ。あまり叫ぶなって」
「知りません!一番嫌いなものは慎二さんに更新されました!」
「あらら」
それは困った。嫌いなものが俺なら対処はできねぇな。頑張って克服してもらうしかない。
すっかりへそを曲げてしまった季乃を見て、誠心誠意謝りながら俺たちは二人電車に揺られていた。
「季乃ーついたぞー海だ」
「なんですか?海くらい家の近くでもすぐ見れるし…って海ではないじゃないですか!」
思わず突っ込んでしまった季乃はすぐ、はっとした様子を見せる。ずっと拗ねていたからいい冗談にはなっただろう。
俺たちの前に広がるのは一面の花畑。丁度時期だったようで一面のネモフィラが姿を覗かせている。
「うわぁ……すごいですねこれ!」
「だろ?俺もこれを見たかったんだ」
花畑の中にある道に足を進め、俺たちはネモフィラに囲まれながらそこを歩いていく。
「あなたを許す」
「ん?」
「ネモフィラの花言葉です!今回は特別に許してあげましょう」
「それはどうも」
雲一つない天気で、のどかな風だけが辺りを覆う。風に乗った優し気な香りが鼻をくすぐった。
「写真撮りませんか?」
「この中でか?」
「いいじゃないですか。ほら!」
季乃は自身が取り出したスマホの画角に無理やり俺を引きずり込む。碌なポーズも撮れないままシャッターは切られた。
「あはは!なんですかこの表情!」
「お前が無理やり連れ込むからだろ」
「じゃあもう一枚撮ります?今度は――」
今度はこっちの番だ。
俺は喋っている途中だった季乃を抱き寄せると、事前に準備しておいたシャッターを切る。
映し出された写真を見ると、驚いた様子の季乃が映っていた。これでイーブンだろう。
「これでお互い様だな。って季乃?どうした?」
「な、なんでもないです!」
季乃は頬を赤くしてそっぽを向く。そんなに嫌だったのか?それは悪いことをしたな。写真は消すつもりはないけど。
「い、行きますよ!のんびりしてると置いていきますからね!」
「俺はゆっくり行きたいんだけどなぁ……」
先へ先への急かすように歩く季乃の後を追って俺も道を進んでいると、花畑ゾーンが過ぎ去り、今度は大きな池が見えてきた。
「あ、アヒルボートですよ!私たちでも乗れるんですかね?」
「乗れるとは思うが……乗るのか?」
「当たり前です!」
ただ広いだけの池ではなく、自然の中を移動したり、橋の間を潜ったりするからわりと楽しそうではあるんだが……アヒルボートって漕がないといけないやつだよな?疲れるなぁ……。
あまり気乗りせず乗り込み場にたどり着くと、二人分の料金を払い、ボートへと乗る。
「さぁ慎二さん!漕いでください!」
「お前も漕げよ」
案の定というべきか何もしない気でいた季乃に呆れつつ、俺はペダルをこぎ始めると、ボートはゆっくりと動き始めた。
「運転はお任せを!」
「いやだから漕げよ」
うぇーいなんて言って蛇行ばかり繰り返す季乃に呆れながらも俺は頑張ってボートを漕ぎ続ける。自然とか楽しみたかったがそれどころじゃなかった。これは…かなり足に来る。
「運動不足ですねぇ。慎二さんも私たちとレッスンしましょう!」
「俺がレッスンしても意味ないだろうが。そんな時間もねぇし」
マネージャー業って想像以上に仕事が多すぎて大変なんだよ。それに今は別にやることもあるし。
……結局季乃は一度もペダルを漕ぐことなく、俺たちは終着点へとたどり着いた。
「いやーアヒルボートってきついイメージしかなかったんですが、意外と楽しいものですね!レッスンの成果かもです!」
「……後で覚えておけよ」
「わーパワハラだー」
この後近くにアニマルヴィレッジなんてものもあったから動物見てーとか考えていたが予定変更だ。ちょっと休憩する必要がある。まじで疲れた。
「先に海沿いの方に行くぞ。ちょっと早いけど飯だ」
「わーい、主食は季乃ですか?」
「……海鮮丼だ」
「やったね」