「美味しかったですねぇ。魚も豪華でした!」
「特上頼んだからなぁ……」
確かにうまかったが、同時に金も飛んでいった。……必要経費だと思おう。コラテラルダメージだ、問題はない。……うん。
「いい感じに腹も膨れたし、次は……っと」
「わっ!大丈夫ですか?」
立ち上がると途端眩暈に襲われバランスを崩した。すぐさま季乃が支えてくれたから倒れることはなかったが、一瞬意識が飛びかけた。
「悪い、ちょっと眩暈がしただけだから大丈夫だ」
「えっと……もうちょっと休憩していきましょう」
「大丈夫だって。眩暈くらいたまにあるだろ」
「私がデザート食べたい気分なので!ということでソフトクリーム買ってくるので、慎二さんはここで待っておいてください」
そう言うと、季乃は座っていたベンチを飛び出し、一直線に近くのキッチンカーへと向かっていった。
……気を使わせてしまったな。確かに最近忙しかったから、ちょっとだけ疲れが溜まっていたのかもしれない。
反省しつつ季乃を待っていると彼女は二つのソフトクリームを持ってきた。
「お待たせしました!きな粉と桜です!」
「……チョイスが微妙だな」
「あ、文句言いましたね?そんな人には私自ら食べさせてあげます!はい、あーん」
「いやいや、さすがに恥ずかしいから勘弁してくれ」
「あーん」
「……ん」
季乃も引いてくれそうになかったため、差し出されたスプーンを口に含む。差し出された桜色のそれは、ソフトクリーム特有の甘さがありながらもわずかな酸味を感じられるそんな味だった。
「……やっぱり微妙じゃないか?」
「はい、あーん」
「悪かったって。甘ったるいのが嫌いな俺には好きなほうだった。だから勘弁してくれ」
「あーん」
「……ん」
……うん、やっぱりちょっと微妙だ。とはいえまた口に出すと同じことをされるのが目に見えている。
「ありがとう、季乃。美味しかった。後は自分で食べるよ」
「そうでしょうそうでしょう。わざわざ季乃ちゃんが食べさせてあげたのですから美味しくないわけがないんです!」
……誰が食べさせようと味は変わんないと思うけど。
そんな言葉は心のうちにしまっておきながら、俺は渡された桜味のソフトクリームを口につける。
うん、やっぱり微妙だ。
「カピバラ見れなかったですね」
「な。まさかタイミング悪く閉鎖されているとは思ってなかった」
そのあとアニマルヴィレッジで動物を見ようとしていたんだが、まさかのリニューアル中のため閉鎖。これは完全に俺のリサーチ不足だった。申し訳ない。
「これはお詫びにもう一回連れてもらわないといけないですね!」
「……まぁいいけど。夏とかだとヒマワリがすごいらしいし、その時とかでもいいかもな」
「約束ですよ?」
「予定が合えばな」
俺がというより、季乃自身も今後わりと多忙になる予定だから、二人で予定合わせるのも中々大変なんだよなぁ……。
だけど、写真で見た一面のヒマワリというのも気になるところだ。ネモフィラと違ってヒマワリはある程度高さがあるから、その中を歩くのも楽しそうだよな。
なんだか納得いってなさげな季乃を宥めながら、俺たちはそこを後にした。
次なる目的地は今度こそ海だ。
「青い空!輝く太陽!波打つ海!遊泳禁止!なんで!!」
「時期じゃないからなぁ……」
季乃とともに砂浜にきた俺たちだったが、綺麗な砂浜と海の前には遊泳禁止の文字がでかでかと書かれていた。
「じゃあどうやって遊ぶんですか?まさかまたリサーチ不足ですか?怒りますよ」
「いやさすがにこれは考慮してたよ。ということでもうちょっと場所移動だ」
砂浜とは少し離れた場所。人工物が徐々に消え、その代わり自然が謳歌しているその場所にそれはあった。
「あった。釣り小屋だ」
木造の小さな建物。カウンターには小さな呼び鈴が付いているだけの悪く言えば質素な、よく言えば味のある建物。
「釣りですか?」
「そうだ。釣り道具を持っていなくても、そこの小屋で借りることができるらしい。やってみないか?」
「面白そうですね!」
「そういうと思った」
季乃は好奇心の赴くままに動いている節はある。自分のやったことがないことで、興味が沸くことなら引っかかってくれると信じていた。
小屋にいたおばちゃんに初心者用の釣り具を二つ用意してもらい、釣り場所である石ブロックで作られた堤防へと向かう。
「これどう使ったらいいんですか?」
「本来ならロットとかリールとか色々考えて道具を準備しないといけないんだが、その辺りの準備はすでにしてくれているからな。俺たちはその釣り餌を海に垂らすだけでいいらしい」
「へー」
「ルアーだから餌も…って聞いてねぇな」
季乃は俺の説明を聞くや否や、竿を引き、勢いよくルアーを海辺に垂らす。
俺もと思い、ルアーを飛ばそうと竿を引くがうまいこと飛ばない。こいつどうやったんだ?
「何やっているんですか?もしかしてできないんですか?可愛いですね」
ふふ、と季乃は俺の姿を見て小悪魔的な笑みを浮かべる。うまくできないのに気付いたならば少しは手伝ってくれ。
何度か試しているとようやくルアーを飛ばすことができたが、今度は飛ばす場所がよくない。手首で竿を動かし、正面に来るようになんとか調整する。
「おぉ!かかりましたよ!」
「まじか」
そんなこんなしていると要領よく釣りをしていた季乃にヒットが来たらしい。彼女は見よう見まねでリールを引きながら竿を引っ張り引っかかった魚を釣り上げた。
「やりました!……これはなんという魚ですか?」
「……わからん。白身魚だ」
「全部白身魚になりません?」
「そんなことはないと……思うぞ?」
ルアーに引っかかったなんらかの小魚を取り出し、バケツへと放り込む。……というか、こんなに早く釣れるもんなのな。もっと時間かかると思ってた。
「これなら楽勝ですね!どれくらい釣れるか勝負しません?」
「いいな。トリプルスコア決めてやるよ」
「お!言いましたね?あとで泣いても知らないですよ?」
そう言って季乃は再び器用に釣り糸を垂らす。……正直勝負には勝てそうにはないがこっちにはビキナーズラックというものがあるはずだ。頑張れ俺。
「……中々釣れませんねー」
「なー」
あれから小一時間。最初の一匹は本当にビキナーズラックだったみたいで、何も釣れない時が流れていた。……いや、正確には季乃の方は定期的に釣れてはいるんだが、俺は零だ。なぜだ。
「私気づいたんですけど、このルアー?だと大物って無理ですよね?」
「……比較的小さいやつだからな」
「ということで季乃ちゃん考えました!名付けて小中大作戦です!」
「……一応聞こうか」
「一応ってなんですか!一生懸命考えたのに、私泣いちゃいますよ!」
「悪かったって。どんな作戦なんだ?」
「要はこれ魚からすると獲物が小さいから小さい魚しか寄ってこないんですよね?ということは獲物が大きくなれば大きな魚がやってくるってわけです」
「……あぁだから小中大ね」
「そういうことです!」
……季乃のネーミングセンスの無さは今に至ったことじゃない。温かい目で季乃を眺めながら俺は季乃がルアーを垂らすのを見届けた。
「お!早速来ましたね!これをいい感じに引っかけたままにしておいて、次を待ちましょう!」
「……なんかやってることって残酷だよな」
「私たちだって他のアイドルを食っていきてきているんですから今更じゃないですか?」
「……まぁそれもそうか」
言い方はともかく、俺たちだって誰かを夢を破ってここまで来ているんだ。それをとやかく言う権利はないか。
「……いやいやちょっと違くないか?」
「そうですか?本質的には一緒だと思いますけど……ってなんか来ましたよ!」
季乃が垂らしていた釣竿が更に強く引かれる。これは作戦通り、大物が来たのか?
「引かないのか?」
「慎二さん、甘いですね。大物を釣り上げるには我慢が必要なんですよ?」
「今日始めたばかりの初心者だろお前」
「そんな細かいことはどうでも…っておぉ!今度こそ来ましたよ!」
「おぉ!確かにさっきより竿が曲がって…って大丈夫か!?」
竿が曲がっていると思いきや、季乃の腕もそれに合わせて強く引っ張られているのが見えた。慌てて俺は季乃の後ろから竿を掴み、それを引っ張る。
「え!?し、慎二さん?」
「馬鹿!力緩めんな、持ってかれるぞ」
「あ、す、すみません」
なぜか頬を赤めている季乃を一目見た後、俺は海中に視線を落とす。釣り糸が垂れている箇所には黒い影が見えた。
「このまま上げるぞ。季乃は網を頼む」
「……わかりました!」
季乃はどこか名残惜しそうに、俺の腕の間を抜けると近くに置いていた網を海へと垂らす。
「よし、今!」
「とりゃー!!」
ばしゃんと水飛沫を上げて引っ張り上げた網には、先ほどとは比べ物にならないくらいの魚が食いついていた。
「大物ですよ!大物!」
「やったな!お手柄だ」
「私に感謝することですね!……それよりもこの魚はなんという魚ですか?」
「……知らん。白身魚だ」
「全部、白身魚ですねぇ……」
その後釣った魚は近くの食堂で調理してもらい食べることになった。
刺身や焼き物、煮物にお出し。色んなものが振舞われたが、さすがに量が多かったのでその場にいた他のお客さんたちにサービスで出すことになった。
「ちょっと勿体ない気もしますが、喜んでもらえてよかったですね!私たちの好感度も上がったと思いますよ!」
「まぁ好感度はどうでもいいんだが、感謝してもらえたのは嬉しかったな」
誰かのためを思ってやったことではないので、感謝されるのはむずがゆかったが、それでもありがとうと言ってもらえるのは嬉しい気分になる。
「今度は有希ちゃんも誘ってきましょう!慎二さんじゃ相手にならないので!」
「……有希、来てくれるかなぁ」
「……あー、有希ちゃんインドアですからね。無理やりやらせても釣りやりながら寝てそうです」
「by季乃。送信っと」
「ちょっと!なんでグループメッセージに送信しているんですか!」
「あ、返信来たぞ『めんどいから惚気に巻き込まないで』だそうだ。惚気てねぇよ」
「『嫉妬ですか?』と」
「おい止めろって。あいつ拗ねた時巻き込まれるの俺なんだぞ」
「『嫉妬するほどいい人じゃないでしょ』だそうですよ!」
「なんで俺が一番ダメージ受けないといけないんだよ」
とりあえず有希に謝罪の文を送りながら、俺たちは再び電車に乗り込む。次の目的地は…あそこだな。