星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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バトンは託された

 ずっと考えていたことがある。それはもしスリクスがトリエルと当たったときに姫野はどうするかということだ。

 

 姫野の目的はI.E.A.での初代理事長の座。そのためにはI-UNITYで所属アイドルが優勝する必要がある。そしてそれを達成するためにBIG4の一つⅢXが所属しているプレタポルテに自らが移籍した。

 

 それにとどまらず、ライバルになると思わしきトリエルを奪い取るだけでなく、自らの駒として利用している。だけど、トーナメントという形式上、勝ち進めばどうしてもお互いにつぶし合うことになることは目に見えている。ならば、そのスリクスとトリエルがお互いにつぶし合うことになったときにどうするのか。

 

 何もせず、ただ順当に勝った方を使うというのが真っ当な考えだと思うが、牧野から聞いた姫野の情報、そして俺が直接姫野と話した感じだと、彼女はアイドルというものを全く信用していない。だからこそ、何も手を打たないというのは正直言って考えずらい。

 

 だとするとどうするか。……少しでも勝率の高い方を勝たせ、もう一グループを意図的に負けさせる。おそらく姫野の考えはこういったものだと思う。つまるところ、八百長だ。

 

 そして八百長をさせるグループはおそらくトリエルになる。先の勝率の話でもそうだが、トリエル自身が姫野を敵視しているところもあって姫野からすると使いにくい。だからこそ、そこで負けてもらう。

 

 トリエルがスリクスと当たるのは四回戦。トリエルも姫野に従って八百長に加担するとは思えないが、弱みを握られているケースなら話は変わってくる。トリエルがプレタポルテに移籍した理由がプレタポルテからの圧から星見プロを守るため、という話も聞いたし、同じ手段を使ってくる可能性は十分にある。

 

 なら俺がやることは……いや、一アイドルファンとして、やるべきことは一つだ。

 

 トリエルが真っ当にライブをできるようにする。

 

 八百長も、余計な影も背負わせない。

 

 例え俺自身がどうなろうと、俺がなんとしてもやり遂げて見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の朝、YUKINOの二人と会社と相談し、なんとか有給休暇を貰った俺は東京都内のとある建物の近くに潜んでいた。

 

 ……短いマネージャー業で掴んだ伝手、そしてSNS時代に積み上げてきた伝手でなんとか集めた情報。それらを導き合わせるとおそらく彼はここに来る。

 

 ……やっぱりだ。

 

 視界の先に映ったのはグレーの背広を着た一人の男性。年齢は四十ほどで、強面というよりダンディーでいて自由なカッコいい大人のイメージ。

 

 三枝信司。星見プロの代表取締役で、あの長瀬麻奈やリズノワを育て上げた大物プロデューサー。

 

 牧野からは行方不明になっていたと聞いていたが、情報を集めていると度々彼の名前が出てきていたのが俺はどうしても気になっていた。

 

 そして更に情報を集めた結果、彼はどうやらI.E.A.について探りを入れていること、そしてバンプロの事件について、独自で調べていることが見えてきた。

 

 だとすれば、彼の目的はおそらく俺と近しいものになるはず。だからこそ、俺は三枝さんと接触したかった。

 

 俺は物陰から姿を現すと、三枝さんに向かって一直線に向かっていく。彼はまだ気づいていない。このまま接近して、俺は――

 

「三枝信司さん、ですよね?」

 

 彼に声をかけた。

 

「ん?……悪い、最近物忘れがあってだな、どこかであったか?」

 

「いえ、初対面ですので大丈夫です」

 

 彼はそうか、なんて笑いながらもその目は笑っていない。俺という人物を見極めているんだろうな。

 

「ここではなんですし、中行きませんか?」

 

 俺が指さした先にあったのは拘置所。重々しい空気をまとっているその建物は、朝倉社長が拘置されている場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

「わかっているとは思うが、この後面会があるんだ。あんまり長くは……」

 

「面会時間は九時からですよね?今八時半すぎくらいなので少しは話せる時間ありますね」

 

「……」

 

 ここの拘置所では面会可能時間が八時半から。事前に予約確認で、空いている時間を確認したところ、今日は開始直後の八時半と十時からしか空いていなかった。つまり、誰かがその間、面会を予定しているということだ。

 

 ここまでわかれば後はブラフでも通用する、実際に当たりみたいだし。

 

「それで、何の用だ?」

 

「あ、すみません、その前に名刺渡すべきでしたね。バンプロダクション所属の御堂慎二と申します」

 

「バンプロの……なるほど」

 

 俺が名刺を渡すとそれだけで彼は何かを察したように頷いた。おそらく、俺が独自にバンプロの事件について探っているとでも思われたのであろう。

 

 三枝さんであれば全て話しても問題はないんだが、これから朝倉社長との面会もあってそれほど長くは話せない。なら、端的に要点だけを話そう。

 

「三枝さん、お願いしたいことがあります。トリエルを救う手助けをしてくれませんか?」

 

「……とりあえず、話を聞かせてもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな。姫野の目的については理解できていたが、トリエルがそんな状況だったとは…悪い、そこまで手が回っていなかった」

 

「いえ、これは全部姫野のせいなので」

 

 あの後、ちゃんと説明するには時間が足りないとのことで、朝倉社長との面会の後、再度時間を取ってもらい会うことになった。朝倉社長とは事前に面会して根回してしておいたのもあって、そのあたりの話はすんなりと回った。

 

「だが、トリエルを救うといっても具体的にどうするつもりだ?プレタポルテから連れ戻すというのは、正直俺でも骨が折れるんだが」

 

 ……それは不可能だろうななんて思っていたけど、できるのね。まぁそこまでやってもらうつもりはない。

 

「いえ、それは大丈夫です。どこの事務所であろうと、彼女たちが輝ければそれでいいと思っているので」

 

「ほう?」

 

 三枝さんの視線が変わった。朝倉社長はとにかく鋭かったが、この人はこの人で底知れぬ怖さがあるな。牧野はよく面接突破したもんだ。

 

「ただ、このままいけば間違いなく、トリエルは何らかの形で満足のいくライブをさせてもらえなくなります。だからこそ、三枝さんにお願いしたかったのですが、姫野の持つ伝手、それをどうにかして防げないでしょうか?」

 

「……中々難しいことを言うな」

 

 そう言って彼はコーヒーに口をつけた。

 

「……朝倉の一件もある。俺自身、下手に動けないってのが現状だ。多少心当たりのある伝手はあるにはあるが、対処はできそうにないな」

 

 ただ、と彼は言葉をつづけた。

 

「少なくとも俺は、といった話だ。狙いがわかれば信用できる人物にそれを伝えることもできる。もっともそれで防げるかと言われると話は別だがな」

 

「なるほど……」

 

「それと伝手とはいうが、姫野がやっていることは基本的に相手を弱みを握ってそれを突き出すことで言うことを聞かせているに過ぎない」

 

「つまり脅しているってことですか?」

 

「その通りだ。やり口は単純だが、効果的だ。だからこそ、中々手が付けられなくなっている」

 

 バンプロ時代から姫野の顔は異常に広かった。もちろん、本人の手腕もあったのだろうが、それ以上に裏で彼女が色々と手を回していたのであればなんとなく納得はできる。

 

「もう一つアドバイスするなら、I.E.A.の関係者はほとんどが弱みを握られているが、姫野との接点は少ない。逆に言えば、彼女が頼れる筋はそこではない」

 

「I.E.A.の関係者以外……」

 

「君ならわかるんじゃないか?彼女がトリエルを移籍させたとき、真っ先に使ったのは何だった?」

 

「真っ先に使ったもの……確かトリエルは記者会見で…記者?そうか!マスメディアか!」

 

 なるほど、今思えばあの時の記者会見はやけに準備が早すぎた。彼女が各メディアとの独自の伝手を持っていてそれを使ったとすれば、確かに合点はいく。

 

 しかも脅したのかどうかはわからないが、彼女の言葉一つで動いたのならその伝手はかなり太い。なら、姫野が使う手もマスメディア関係になる可能性がかなり高い。

 

 さすがは三枝さんだ。俺じゃ手も足も出ないな。

 

「……ん?そういえば、どうしてそのことを俺に?」

 

「だから言ったろ?俺は動くことはできないが、信用できる人物に情報を渡すことはできるって」

 

 ……なるほど、元より三枝さんはそういうつもりだったのか。敵わねぇな…。ほんとすごいわ。

 

「ありがとうございます。こっちでも調べて……いや、俺が姫野の企みを防いで見せます」

 

「ふっ、良い顔だ。朝倉が自慢するのも納得できるな」

 

「……朝倉社長が?」

 

「あぁ。以前顔を合わせた時に珍しく有望な新人が入ったって言っててな。聞けば俺が朝倉と面会する前も俺と話をするように話をつけていたらしいな?娘を救いたくないんですか、って言われて驚いたと言っていたよ」

 

 娘、天動さんが朝倉社長の娘だという話は季乃から聞かせてもらった。朝倉社長のアイドルへの想いは本物だと思っていたから万が一の策だったが、思わず口に出てしまっていた。というか、そんなこと話さないでくれ。

 

「……評価されるのは嬉しいんですが、俺はアイドルが輝ければそれでいいので」

 

「そういったところが自慢なんだろうよ。うちにも一人そんなやつがいるけどな」

 

 あぁそれ知ってます。牧野ってやつですよね。あいつは髪の毛の一本一本までマネージャーやっているようなやつなので。

 

「ま、そんなわけだ。こっちでも調べてみるからわかったら連絡する……ほら、連絡先だ」

 

「ありがとうございます。頼りにさせてもらいます」

 

「ありがとう。……悪いな」

 

「いえいえ、俺はただ彼女たちを守りたいだけなので」

 

「そうか……それじゃあ俺はここで失礼する。君も気を付けてな」

 

「あ、すみません、最後に一つだけ」

 

「なんだ?」

 

「サニピも月ストもリズノワも、それに牧野も皆、心配してましたよ。早いうちに声を掛けてあげてくださいね」

 

「……ふっ、君も中々食わせ者だな。わかった。早いところ終わらせて、心配かけないようにするとしよう」

 

 そう言って三枝さんはその場を後にした。

 

 三枝さん、初めて会ったけど大した人だったな。麻奈ちゃんとリズノワを育て上げ、業界の中でも大物と言われるだけある。

 

「それよりも……」

 

 俺はもらった紙に書かれた連絡先を見つめる。三枝さんは俺を信じて、情報を渡してくれた。つまるところ、トリエルを救うためのバトンは俺に託された。

 

 絶対に、なんとしてもやり遂げて見せる。

 

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