関係者側の扉から出てきたトリエルは、ライブに負けた悔しさからかその表情に曇りが見えた。
……ライブバトルにおいて勝者と敗者が生まれるのは必然のこと。話しかけるか迷ったが、それよりも先に彼女らが俺たちの存在に気が付いたようだった。
「……お疲れ様です」
「お疲れ様」
天動さんの言葉もどこか弱弱しい。トリエルも姫野の目的は知っているだけに、それだけ想いのあったライブで、本気で挑んでいたのだろう。
「良いライブだった」
「っ!」
「朝倉社長なら……君の父親ならそう言うと思うよ」
実際、俺の目から見てもあのライブはすごかった。歌やダンスの技術がとかじゃなく、ただただステージ上での彼女たちに魅了させられた。とても素晴らしいライブだった。
「どうしてそれを……」
「ちょっと事情があって、季乃から聞いてな。勝手に知って申し訳ない」
「いえ、季乃さんが話すのならそれだけ事情はあったのでしょう」
彼女は迷うことなく俺の謝罪を受け入れると、何かを話そうとして引き留めた。
「……どうかしたか?」
「いえ、なんでも……」
「瑠依ちゃん、この人たちやったら話してもええんちゃう?信用は…あまりできへんけど、力にはなってくれると思う」
「私もYUKINOの皆さんなら頼りにできます!私たちが勝てなかったスリクスにも、もしかしたら……」
ふむ、込み入った事情がありそうだ。信用されていないのはちょっと傷つくが。
「優、すみれ……わかった。御堂さん、そしてYUKINOのお二方、あなた方にお話とお願いしたいことがあります。この後、お時間大丈夫でしょうか?」
「俺たちは大丈夫なんだが、そっちこそ大丈夫か?ライブ後なんだし、事務所に報告とかあるんじゃ……」
「大丈夫です。行きましょう」
……天動さんが大丈夫って言うのであれば大丈夫なんだろう。その言葉を信用して俺たちはその場を後にした。
「中々洒落た場所ですね……経費で注文していいですか?」
「コーヒーくらいは奢るが、一応俺の実費だからな」
「すみませーん!カフェラテホットとアップルパイ一つでー!」
「おい」
「あはは……」
「……まぁ季乃が先んじて頼んだのもあるし好きに頼んでいいぞ。今日のライブのお疲れ様会ってところだ」
「えっと、じゃあこれとか大丈夫ですか?」
「オッケー、トリエルの皆は気にせずなんでも頼んでいいぞ」
「やりましたね!食べ放題ですよ!じゃあ私はこれも追加で!」
「お前はトリエルじゃねぇだろ」
俺たちがやってきたのはちょっとお高い個室の喫茶店。込み入った話になりそうなのもあって、人の目や耳が入らないところにした。
それにしても……高いなぁ。まぁ個室付きってことで席代も兼ねているのだろう。ここは仕方あるまい、受け入れよう。
「有希も何か頼んでいいぞ」
「……お兄ちゃんさ、なんでこんなところ知ってんの?」
「そりゃ色んな伝手で」
俺のこの場所は三枝さんに教えてもらった。メールじゃできないやり取りもあって直接会うことも何度かあったからな。その時に使ったこともある。
「伝手ね」
有希は俺の発言に何か引っかかっている様子。有希は有希で何を気にしているんだか。
「それで話ってのは?」
全員の注文が無事配られ、食事もある程度落ち着いてきたころ、俺は早速話を切り出した。
天道さんは持っていたフォークを置くと、真剣なまなざしで俺の目を見てきた。
「御堂さんは姫野さんの目的はご存じですよね?」
「I.E.A.の初代理事長の座。そのためにI-UNITYで担当するアイドルを優勝させる必要がある。だよな?」
「えぇ、その通りです。ならばⅢXの目的は知っていますか?」
「スリクスの?」
「ええ」
てっきりスリクスはI-UNITYに優勝したいという目的が一致しているからこそ従っているのだと思っていたが、それ以外に目的があるということだろうか。だとするとそれは一体……。
「彼女たちの目的は、なが――」
「――待った」
天道さんが口を開こうとした瞬間、有希がそれを遮った。
「この先は私たちだけで聞くから、お兄ちゃんは外に出てて」
「……姫野の目的に絡む大事な話だろ?俺も聞く必要があると思うけど」
「……季乃、お願いできる?」
「お任せを!ということで優ちゃん、すみれちゃん、ご協力ください!」
そう言って季乃は二人に何かを耳打ちすると、彼女たちは俺を強引に立たせ外へと連れ出し始めた。
「待て待て。大事な話なんだろ?どうして俺に聞かせたら駄目なんだ?」
「まぁまぁそう焦らんといて。両手に花でええんちゃいますか」
「そ、そうですよ!花ですよ、花!」
いや花ってどういうことだよ。
「仕方ないですね。両手が埋まっているようなので私は後ろと前の花になりましょう!」
「なんも見えねぇよ。邪魔だよお前」
後ろから目にかけられた手を払っていると、いつの間にか喫茶店の外に出てきてしまっていた。季乃が店員と話していたから戻ることには問題なさそうだが……。
「露骨に俺を遠ざけて、そんなに俺に聞かせたくない話なのか?」
「女の子にはですね。秘密の一つや二つあるものですよ」
「それがスリクスの目的ってことか?」
「そうかもしれないですね」
「絶対違うだろ」
姫野の目的とは別にスリクスもスリクスで独自に動いている、か。彼女たちの目的は不明だがI-UNITYで優勝することに違いはないのだろう。じゃないと、姫野と共闘はできないだろうし。だとすると、目的は優勝じゃなくてその過程……いや、その後?
優勝した後に得られるものと言えば、一番に目につくのは賞金。でもBIG4の稼ぎで十分得ているだろうし、今更そんな賞金得てもあまり意味がない気がする。だとすると、Venusプログラムでのポイント?でもスリクスはもうBIG4だぞ?ここから更にポイント得てどうするんだ?他には……。
「わ!わー!わーわー!」
考え込んでいるといきなりすみれちゃんがわーわー言い出した。わーわー言う人初めて見たかもしれない。
「どうしたんだ?」
「えっと、ちょっとだけお散歩しましょう!」
「目の前に女の子が二人もいるのに考え事なんていけません。うちも怒りますよ?」
……ふむ。一体何なのかさっぱりわからないが、彼女たちはどうやらこの件について俺に関わってほしくないみたいだ。
「……二人の思いはわかった。だけどこれだけ聞かせてほしい。それは、有希と季乃に聞かせても危なくない話なんだろうな?」
「……ええ、大丈夫です。たとえ何があっても二人にもあなたにも危害が加わることはありません」
「……そうか。じゃあ、いい」
話の内容が気になるが、俺を関わらせたくないなら、関わらないでおこう。危害がないのなら心配することはないだろう。トリエルのことは俺も信用しているし。
「……少しだけ歩きましょうか」
「うち、気になってたことがあるんです」
季乃は早々に喫茶店に戻っていったので、変装をしている優ちゃんとすみれちゃんを連れだって歩いていると、突然、優ちゃんからそう切り出された。
「何がだ?」
「もしかして御堂さん、季乃さんとは男女の仲ではありませんか?」
「え、ええ!!そ、そうなんですか!?」
「そんなことはない」
まぁデートには行ったが単なる口述だし、手をつなぐことさえしていないからな。……まぁあいつの心境を考えると、俺のことは友達のように思われているっぽいし、他所からはそう見えても仕方ないのかもしれない。
「ほんまですか?季乃さんから御堂さんのこと聞くとき、やけに楽しそうに話はるから気になってたんです」
あいつは何を話しているんだ?変なこと吹き込んでないだろうな……。
「本当に何もないよ。少なくとも俺はアイドルに手を出すつもりはない」
「ふふ、ちょっと意地悪しました。すみません」
……優ちゃんと話していると、気が付くと手玉に取られているような気がするんだよな。京都出身の子はやっぱり怖いわ。
「冗談はこれくらいにして、御堂さんに聞きたいことがあるのは本当なんです」
俺に聞きたいこと、か。バンプロとして立場もあるから答えられる内容であればいいけど。
「今日のうちらのライブ。裏で手を回してくれていたのは御堂さんですか?」
……裏で手を回す、言い方はともかく彼女たちが何事もなくライブに出られるように手を回していたのは事実だ。とはいえ、それはこちらの事情。彼女たちに話すことでもないな。
「さぁ?なんのことかわからないな」
「姫野さんが珍しく怒ってはりました。誰かが手を回してくれてたことはわかってます」
「目つきが鋭くなって、きーって睨まれましたね……」
……八つ当たりか?トリエルは何もしてないんだし、彼女たちに当たるのは違うと思うが。
「初めは星見プロのマネージャーさんが何とかしてくれはったんかなって思ってましたけど、彼は誠実すぎてそんなことができる人じゃありません」
まぁあいつはずっと真っすぐ生きている人だからな。裏向きの対応はほぼできないだろうし、思いつきもしないだろう。
「でも御堂さんなら別です。星見プロとも仲がいいですし、何かしたんちゃいます?」
「俺は何もしてないぞ」
実際に動いたのは俺じゃないし嘘ではない。俺はただ連絡しただけだ。
……それにしても困ったな。ここまで彼女に疑われるとは思っていなかった。裏事情には関わらせたくないから話す気は更々ないが、問い詰められたときにどうするかまでは考えてなかった。
そんなことを考えていると、優ちゃんはどこか困った様子で頭を下げた。
「すみません、問い詰めたいわけじゃないんです。でもうちはどうしてもお礼を言いたくて」
お礼?何のことを?
疑問に思った刹那。優ちゃんは俺の前に滑り込むと、頭を大きく下げた。
「うちらを……TRINITYAiLEを救ってくれてありがとうございます」
「ありがとうございます」
慌てたようにすみれちゃんも頭を下げる。
……なんで俺がやったってことになっているのかは気になるが、それでも俺がやったことで感謝されるのは嬉しい。
でも、マネージャーである俺がアイドルであるトリエルを救うことは当たり前のことだと思っているから、そのことで感謝されるのはどことなく照れくさい。
まぁそれでも、だ。
「どういたしまして。困ったことがあればいつでも連絡してくれ」
「ふふ、感謝を受け取るってことは認めたってことやんな?」
「……そうはならない」
その後、喫茶店に戻った俺たちは雑談の後、解散になった。
別れ際、天動さんから改めてお礼の言葉を伝えられた。
喫茶店のおごりに対するお礼なのか、裏事情を知ってのお礼なのかはわからないが、ありがたく受け取っておくことにした。
……結局、彼女たちの話を俺が聞くことはなかった。YUKINOの二人はちょっと思うところがあったみたいだが、俺に関わらせたくないのなら関わらないでおこうと思う。
――世界が揺れる。
突然、眩暈が襲った俺の体を有希に支えてもらいながら、俺たちは家へと帰った。
YUKINOの出番は近い。今回の一件で、姫野は俺ないしはYUKINOへ危害を加える可能性が高くなった。というより、ほぼ確実に危害を加えようとしてくるだろう。
そのときまで、彼女たちが何事もなくライブを終えるまで。
俺は頑張り続けないといけない。