星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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悲劇に襲われ

 ()がそれを知ったのは日付が変わりそうな時間帯で、まだ帰らない兄に苛立っていた時だった。

 

 兄である慎二とは、彼が家出した時以来、夜は家にいるという約束をしている。だけど、仕事となると話が変わってくる。私も兄も、仕事柄帰る時間が遅くなることはざらだし、その約束を完全に守るのは不可能だ。

 

 だからこそ、私たちは帰りが遅くなりそうなときはお互いに連絡し合う、という新しい約束を交わし、今までやってきたはずだった。

 

 けれども、その日はその連絡さえあいつは寄越さなかった。

 

 以前より気の多い性格だと知っていたし、それゆえに心障も多く、結果として物事を忘れることが多い人だってことは理解していたが、それを考慮しても人との約束を破るのはどうかと思う。以前、同じことしてこっぴどく怒られているくせに懲りないものだと思う。

 

 YUKINOの仕事もそうだし、姫野の件もある。お兄ちゃんなりに考えることもやることも多くて、最近特に疲れてきているのは知っているが、こうも平然と約束を破られると頭にくるものがある。

 

 いや、むしろ今回の件を使って、お兄ちゃんを休ませたほうがいいのかも、なんて考えながら過ごしていると、突然、家の電話が鳴った。

 

 この家の家主である母親は今、海外で仕事しているため不在。そのため緊急以外の各連絡等は私か、兄である慎二のもとに繋がるようにしている。なので、家の電話が鳴るのは不自然だ。

 

 間違い電話か、営業で乱雑に電話をかけているか。しかし、万が一のことも考えて電話に出ると、そこからは驚く言葉が聞こえてきた。

 

「御堂さんのお宅ですか?」

 

「……はい、そうですが」

 

「落ち着いて聞いてください。御堂慎二さんが、先ほど事故に合われました」

 

 そこから先はあまり覚えていない。

 

 気が付くと私は病院にいて、治療室の前でただ立ち尽くしていた。

 

 

 

「……お兄ちゃんの容態はどうなんですか?」

 

 しばらくして、私は案内してくれた看護師さんにお兄ちゃんの事故の事を聞いた。一時停止を無視した車に轢かれ、跳ね飛ばされたこと、たまたま近くにいた人が通報してくれたこと。

 

「私も詳しくは……でも救命医によると命に関わる大きな怪我ではないと聞いています」

 

「そう……ですか」

 

 その言葉に思わず力が抜けた。私を安心させるための仮初の言葉かもしれない。でも、その発言に少しだけ救われた気分になった。

 

 

 

 しばらくして、お兄ちゃんの治療も無事終わり、彼はベッドに運び込まれた。

 

 麻酔と怪我のショックで気を失っているだけ、しばらくすれば目を覚ます、とのことだったけど、お兄ちゃんは一向に目を覚まさなかった。

 

 声を掛けても、手を握っても、体を揺すっても、彼は眠り続けていた。

 

 このままだと、ずっと目を覚まさないような気がして、私は何度も何度も声を掛けた。私はここにいるんだって、だから帰ってきてよって。あの時みたいに平然と帰ってきてよって。

 

 だけど、お兄ちゃんは目を覚まさなかった。お医者さんに聞いても、もう少し時間を置いて覚醒を待ってほしい、とのことだった。

 

 呑気な発言にイラついたけど、結局その言葉に従い、その日は私も病院で一泊した。あんまり眠れなかったけど、目を覚ました時にはお兄ちゃんのムカつく顔が見られると信じて。

 

 

 だけど、翌日になってもは目を覚まさなかった。医者からお兄ちゃんの容態について詳しく聞いたところ、手足の骨をいくつか折っただけ、打ち所がよく後遺症も残らないだろうとのことだった。

 

 脳への精密検査も異常なしとのことだったから、目を覚まさないのは事故のショックに寄るもの、と話されたがそれにしては覚醒が遅い。医者を問い詰めると、彼はしばらく考えた後に彼の生活の中でおかしなところはなかったか聞いて来た。

 

 そういえば最近のお兄ちゃんは過労気味だった。よくふらついていたし、注意力も散漫になっていた。それを伝えると目を覚まさない原因の一つかもしれないと伝えられた。

 

 ……お兄ちゃんは私たちのマネージャーだ。慣れないなりに仕事を頑張ってくれて、私たちを助けてくれていた。それに最近はI-UNITYの件や姫野の件で、今まで以上に頑張ってくれていた。

 

 疲れているというのはわかっていた。でも、それを目にしても何もしなかったのは私自身の選択だ。

 

 つまり、お兄ちゃんがこうなった原因の一つは、私にある。

 

 その事実に今まで以上にムカつき、思わず自分の拳を壁に押し当てた。

 

 

 

 医者との話を終えた後、事後処理を一切行っていないことに気づき、兄の事故の事を会社に伝え、母に伝え、そして季乃にも伝えた。

 

 会社からは短くありがとう、ゆっくり休んでくれという言葉をもらい、母からはすぐに向かうと連絡を受けた。そして季乃は……。

 

「あ……あああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 連絡して、すぐさま病院へと飛び込んできて、お兄ちゃんの眠っているベッドの前で声にならない声でずっと泣いていた。

 

 目にするのも痛ましく、聞いているだけで心が悲しくなる慟哭の叫びだった。その声を聞いてられなくて、聞くのが辛くて、私は思わずその場を後にした。

 

 

 

 

 天気は未だ雨が続いている。どこにも行く気は起きなかったが、そういえば星見プロへの連絡をしていないことに気が付き、せっかくなので直接足を運ぶことにした。

 

 私たちの契約上、現状の雇用先でもある。しばらく休むのならばそこにも声を掛けておくべきだと考えての行動だった。

 

 星見プロはいつも騒がしい。雨であるこんな日でさえも、事務所の前から声が聞こえてくるほどだ。

 

 私が来客用のチャイムを鳴らすと、すぐさま星見プロのスタッフである橋本さんが姿を現した。

 

 ほわわ、なんて叫ぶ彼女を宥め、マネージャーである牧野さんを呼び出そうとしたが、彼は丁度今不在とのこと。

 

 先ほど連絡があり、もう少ししたら帰ってくるとのことなので、星見プロの事務所内で待たせてもらうことにした。

 

「あら?有希じゃない。どうしたの?」

 

 事務所に入ると真っ先に出会ったのは、グレーの髪色をした女性、莉央さん。彼女にはバンプロ時代からお世話になっていたこともあって、心置きなく話せる。

 

「おはようございます。牧野さんに用事があってきました」

 

「そう。有希一人で?」

 

「はい」

 

「そう」

 

 莉央さんはは私が事情を抱えているのを察したのか、何も聞かずに、コーヒー持ってくるわねなんて言ってキッチンへと消えていった。気遣いのできる女性で、本当にカッコいい人だななんて思う。

 

「おはよう。あれ、有希か」

 

 そう言って事務所に入ってきたのは藍色の髪の少女。葵だ。彼女は今日もどこかで踊っていたのか、やや汗ばんだ姿で、そして雨に打たれ、全身を濡らした状態で事務所に入ってきていた。

 

「おはよう。シャワー浴びてきたら?」

 

「そうさせてもらうよ」

 

 シャワー室へと向かった葵を横目に、私はソファーに横になっていると、頭上に見覚えのある影が二つ映り込んだ。

 

 ピンクの角の生えた髪と、緑にピンクのメッシュが入った髪。こころと愛だ。

 

「出ましたねYUKINO。宣戦布告しに来たんですか?こころたちが蹴散らしてあげますよ」

 

「こら、こころ!ごめんなさい!こころはこんな子なんで許してください!」

 

 こころも愛も、季乃が揶揄いすぎた影響で私まで警戒されている節がある。面倒だけど、警戒を解かせる方がもっと面倒だ。だからこのままでいい。

 

「ここのマネージャーに用事があっただけだから、終わったら帰る」

 

「そういえば今日はもう一人の性悪さんはいないんですね?」

 

「……季乃は来てないよ。あの子はずっと泣いてたから」

 

「……泣いてる?」

 

「あー気にしないで」

 

 つい口が滑ってしまった。私も少し気が立っているのかもしれない。

 

「愛もこころも来てたのね」

 

 そんなことをしているとキッチンから莉央さんが戻ってきた。彼女はマグカップを私の前に置き、自らも目の前のソファーに座った。

 

「とりあえず、それ飲んで落ち着きなさい」

 

 コーヒーはあまり得意ではなかったが、莉央さんが淹れてくれたそれは甘くて飲みやすかった。私の好みも知ってくれていたのだろう。

 

 言葉もなく静かにそれを飲んでいると、やがて莉央さんから言葉を切り出した。

 

「これから牧野さんと会うのよね?なら、ちょっとは髪をセットしないとね」

 

 ……そういえば病院から直接ここに来たから何もセットしていないことに気が付いた。病院だったからベッドで眠れていないし、雨で多少湿っているし、酷いことになっている自覚はある。

 

「メイクもしてないでしょ。私のを貸すわ。こころ、愛、手伝って頂戴」

 

「こころは敵に塩を送るなんて真似は…」

 

「こころ?」

 

「仰せのままに!」

 

 愛に連れ立たれて去っていくこころを横目に、私は莉央さんに誘導されるまま椅子に座らされた。

 

 髪にドライヤーを当てられ乾かされた後に、ミストを掛けられそのままブラッシング。お風呂はちゃんと入っていたからブラシが通りにくいってことはないが、癖毛の多い私の髪に悪戦苦闘している様子だった。

 

「あのね。あなたもアイドルなんだから外に出るときくらい、ちゃんと整えなさい」

 

「はい」

 

 私とて今日が例外なだけで外に出るときくらいはちゃんと整えてる。ちょっと買い物行くときとかは微妙だけど。

 

「……うん、これでいいじゃないかしら。癖毛はあるけどあなたの場合それがワンポイントだから問題ないわよね?」

 

「うん」

 

 ワンポイントにしていたつもりはないけど、否定するのも面倒だ。そういうことにしておこう。

 

「莉央先輩!持ってきましたよ!白粉です!」

 

「こころ?」

 

「じょ、冗談ですよ!ちゃんとメイク道具は愛ちゃんが…」

 

「え?私はこころが持ってきていると思って持ってきてないよ!?」

 

「何やっているんですか愛ちゃん!」

 

「愛、こころ、もう一度言うわ。私のメイク道具を持ってきて頂戴」

 

「ハイ、イエス、サー!」

 

「ふざけてないで行くよこころ!」

 

 どたばたしている二人を見てか、莉央さんは露骨にため息を吐いた。

 

「ごめんなさい。騒がしい子たちで」

 

「いえ、慣れてますので」

 

「……そうだったわね」

 

 莉央さんは少し迷った様子を見せた後、意を決したように私に聞いてきた。

 

「……何があったのか聞いてもいいかしら?」

 

 ……聞かれて困るような話ではない。どの道いずれバレるだろうし、それに莉央さんなら悪戯に広めずに対応してくれるという信用がある。話そう。

 

「私たちのマネージャー……私の兄が交通事故に合いました」

 

「え!?」

 

「だからその報告を牧野さんにも知らせておこうと思って」

 

「だ、大丈夫なのそれは!?」

 

「命に別状はないみたいです。ただ事故のショックで目を覚まさないみたいで……あれ、莉央さんどこに電話しているんですか?」

 

「マネージャー…牧野によ!あっ出た。マネージャー!すぐに事務所に帰ってきなさい!いいわね!」

 

 彼女はそれだけ話すと電話を切った。あまりにも突然すぎないだろうか。

 

「いいのよ。これくらいしないと慌ててくれないでしょ?」

 

「……莉央さんっていいお嫁さんになりそうですね」

 

「なっ!?冗談はやめて頂戴!……それよりもあなたたちは大丈夫なの?」

 

「私は……たぶん大丈夫ですけど、それよりも季乃が大丈夫じゃないかもです」

 

「……そう……ごめんなさい、私には掛ける言葉は持たないわ。でも、きっと大丈夫。生きてさえいるなら、きっとなんとかなるから」

 

「……ありがとうございます」

 

 ……そうだよね。別にお兄ちゃんは死んだわけでもなくて、重体で意識不明ってわけでもない。単に少しだけ意識を失っているだけ。そう考えると少し気が楽になった。

 

「こころたちも戻ってきたわ。マネージャーが戻ってくる前にメイク進めましょう」

 

 

 

 その後、帰ってきた牧野さんにも事情を話した。彼は目の色を変えて病院に飛び込もうとしていたが私と莉央さんでそれを全力で止めた。

 

 彼はこの後も仕事が山積みのはず。サニピと月ストのためにも、それを置いてけぼりにするのはよくない。

 

 それに、何より今の季乃を他の人に見せたくはなかった。

 

 私はその後、莉央さんに挨拶だけして病室へと戻った。

 

 季乃は未だに泣き続けていた。

 

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