それから丁度一時間後、私は病室へと戻った。
病室ではいつの間にか起きていた季乃と母が楽しそうに話していた。宣言通り母が季乃を泣き止ませてくれたのだろう。
そのことに感謝しつつも私は季乃に向かって言葉を投げかけた。
「おはよう。もう泣くのは止めたの?」
「……有希ちゃんは意地悪です。でも泣いてる暇はないですし、今は泣かないことにしました」
完全に立て直したというより、一時的な立ち直り。後は私たちが何とかしろということだろう。私は母親の視線からそう感じ取った。
「そ。……ご飯買ってきたから食べる?駅前のちょっとお高いやつ」
「仕方ないですね。頂くとしましょう」
それから私たちは三人でご飯を食べた。母は何かと季乃に絡んでいたし、季乃もいつもより素直に母に接していた。母としても季乃のへこみようは気になったのだろう。
それから少しして、母は仕事の電話が入ったと病院を後にした。
相変わらず忙しい母だけど、少なくともお兄ちゃんが目覚めるまではここにいるそうだ。……迷惑かけてしまうことに少しだけ心が痛んだけど、一緒に居られるのはやっぱり嬉しかったし、安心した。
病室に残された私たちは、眠っている兄を挟んで二人で話し合っていた。
「お母さんと話してたんでしょ?どうだった?」
「なんというか……剛胆な人ですね」
「それは……褒めてるの?」
「もちろんです。それに優しい人ですね。……私のお母さんが生きてたらあんな感じだったのかな」
ぼそっと呟いた声は聞かなかったことにして、母が褒められるのは自分事のように嬉しく思える。
「季乃のことも気に入っているようだったよ」
「そうですか?迷惑しかかけてなかったのですが…」
「普段の態度じゃない?愛嬌があって計算高くていい子だって言ってたよ」
「……有希ちゃん、何言ったんですか?」
「別に、普段の季乃の様子を伝えただけ」
「もう……せっかく有希ちゃんと慎二さんのお母様に会えたのに良いところなしじゃないですか」
「別にいいんじゃない?」
「良くないですよ。もう、有希ちゃんはほんとドライですね」
季乃はどこか怒ったような視線を私に向けた後、すぐさま弱々しくなったその瞳を地面へ落としていく。
「……事故によるショックと過労なんですよね?」
「みたいだね」
「ごめんなさい。私が浮かれてデートなんてしてたからです」
デート……あぁ兄があの鬱陶しいメッセージ送ってきたときか。確かにあの時からお兄ちゃんは忙しそうだったし、体への負担がかかったのは確かだろう。
でも。
「一日デートしたくらい対した負担じゃないでしょ。こいつが倒れたのは日々の仕事のやり過ぎが原因。何なら休日でさえどっか行って何かしてたのが悪い」
「……それでもですね」
「季乃、うだうだうるさい」
「……」
「季乃が悪いんだったら、私の方がもっと悪い。同じ家に住んでいるのに止めさえしてなかったんだから。だから季乃が一番悪いわけじゃない」
「……悪いのは一緒だって言いたいんですか?」
「そう。私も季乃も悪いところはあった。お兄ちゃんも当然悪い。というかこいつがもっと自己管理できていればこうなってない。でももっと悪いのは」
私はそこで一呼吸置く。私も一人で外を出歩いて珍しく色々と考えた。考えた結果、考えるのは嫌になって、一つの答えが見えた。
「お兄ちゃんが頑張りすぎる原因となった存在。バンプロを揺るがし、アイドルを陥れようとした元凶。姫野だよ」
その言葉に、季乃ははっとしたような表情を見せる。
色々と考えた結果、私の中に浮かんできたのは怒りの感情だった。
誰にも相談せず一人倒れた兄への怒り、そんな兄を気遣ってくれなかった周りへの怒り、そして兄が倒れるまで何もしなかった自分への怒り。
この怒りを向ける先を考えた結果、都合の良い一人の人物がいた。
姫野霧子。色々とやってくれたあいつならこの感情を思いのままにぶつけられる。
「とはいっても、非道な手段は取るつもりないけどね。あくまで真っ当に私はあいつに怒りをぶつけるつもり。……季乃はどうするの?」
「私は……ふふ、それも面白いかもですね。最近大人しくし過ぎていたし、頃合いかもしれません」
そう言うと季乃は今までの疲れを吹き飛ばすかのように勢いよく立ち上がった。
「斎木季乃というアイドルの本気見せてあげましょうとも!」
「……ほどほどにしなよ」
「いえいえやるなら徹底的にですよ!それに有希ちゃんも今回はほどほどにやる気はないんでしょう?」
「……さぁどうだか」
「またまたー。今回はライブでサボることは駄目ですからね」
ダンスの技術なんて対してわかってないくせに。人を見る目だけは鋭い子だ。
……でもそんな季乃だからこそ、私たちはやっていける。
「YU☆KI★NOというアイドルの真髄見せつけてあげましょう!」
「うん、せっかくだし本気でやろうか」
季乃と見つめ合い、今後のことを想定していると、思わず口元に笑みが浮かび上がってきた。
やっと、私も楽しくなってきたかもしれない。