I-UNITY五回戦。クォーターファイナルでもあるこのライブバトルは、私たちYU☆KI★NOとⅢXが戦う日だ。
あれから私たちは、ライブまで残り二日しかないという状況下で、最後の仕上げを行った。
お兄ちゃんが事故の前に残しておいてくれた新曲のパフォーマンスへの所感とアドバイス。それらを私たちは取り入れ更にこの曲を仕上げた。
そして本番前に行った観客がいない中でのリハーサル。それは、今までの出来と比べても類を見ないほどいいものだと感じた。
同時に本当の私たちらしい、パフォーマンスだとも。
「もしかしたら私たちこのライブ後には嫌われちゃうかもですね」
季乃が言ったこの台詞もあながち間違いじゃない。
私たちが作り上げて、そして今の私たちが怒りを込めて歌うこの曲は聞く人によっては激しい怒りを覚えるだろう。
でも、私たちはそれでいい。観客じゃなくて、私たちが楽しいと、面白いと思ったことをする。それがYU☆KI★NOの本当の在り方だから。……お兄ちゃんには迷惑をかけてしまうかもしれないけど。
「結局、慎二さん今日まで一度も起きませんでしたね……」
兄は未だ眠ったまま。担当医の経験上、そろそろ目を覚ましてもおかしくはない状況とのことだが、思った以上に過労の影響があったみたいだ。
「……せっかくだから見てもらいたかったね」
「はい……」
季乃は心の底から兄を心配しているみたいだ。ライブ当日である今日、こんな調子だと困る。
「季乃、わかっていると思うけど」
「大丈夫ですよ、有希ちゃん。私は大丈夫です。取り繕うことは得意な人なので。それにこの怒りを武器にしてくんでしょう?」
季乃の表情には笑みが浮かんでいた。どこか歪んだその笑みは、季乃らしい笑顔だった。
「なら大丈夫。……起きたお兄ちゃんが寝ていたことを悔やむような、そんなライブにしようね」
「はい!一生の後悔にさせてあげましょう!」
季乃と誓いあい、私たちは病室を後にする。
向かう先はライブ会場。ライブの時間は近い。
I-UNITYのライブ会場は今まで比べても類を見ないほど大きい。NextVenusグランプリのときの会場もかなりのものだったけど、I-UNITYの会場はそれ以上の規模を誇っている。
その会場で私たちは関係者側の出入り口から楽屋に向かっていると、見覚えのある影が前方に見えた。
……姫野霧子。スリクスのプロデューサーだし、まぁ居てもおかしくはない。
スルーしようとしたが、それよりも先に彼女が私たちの存在に気づいたらしく、コツコツとヒールの音を立てながらこちらに歩いてきた。
「あら、YUKINOじゃない。よく来れたわね」
「どういうこと?」
「事務所にも、レッスンルームに姿を現さないものだから、スリクス相手に臆病風に吹かれたとばかり思っていたわ」
そういって彼女はネットニュースに上がっていた記事を私たちに見せる。
そこには確かに私たちが全く姿を見せず、練習さえしていないことが書かれた。
ネットどころか連絡以外でスマホさえ見ていなかったから全く気付いてなかった。季乃は気づいていたんだろうか?
「わー。こんなん書かれてたんですね。私たちずっと病院にいたから全く気付いてなかったです」
「……あなたたちのマネージャーの事故の件は聞いたわ。先に言っておくけど私は無関係よ」
「知ってるよ。そもそも人を殺める度胸ないでしょ」
人を陥れて犯罪者に仕立て上げる程度の度胸はあるみたいだけど、所詮その程度だ。彼女にそれ以上のことができるとは思えない。
「当たり前でしょ?それともあなたには人を殺める覚悟はあると言いたいの?」
「あるわけないじゃん。ただ私は事実を話しただけで、それ以上の意図はないけど」
「……なら余計な口叩かないで頂戴」
「そ、じゃあ私たちはこれで」
彼女を無視して私たちは楽屋に向かおうとしたが、その途中でわざとらしい声を上げた姫野に呼び止められる。
「今日のライブ、満足にできると思わないことね」
「何かしたんですか?」
「さぁ?どうかしらね」
「そうですか」
季乃はぼそりと呟くと、去ろうとしていた姫野の前に回り込みその道を防いだ。
「……何かしら?」
「もう一度聞きますけど、なにしたんですか?」
「あのね。だから知らないと言っているでしょ?」
姫野の怒りを滲ませた言葉を聞き、季乃は露骨にため息をこぼした。そしてそのポケットから一つの機材を取り出す。
「このボイスレコーダー。見覚えありませんか?」
「そ、それはあいつが持っていた……!」
「そうです。慎二さんの携帯にいろんなことが書かれてたので、探してみたら見つかりました。あの人、三枝さんに全部渡そうとしていたらしいですね」
「三枝……三枝信司!なるほど、彼の手駒だったのね……」
「手駒かどうかはわかりませんけど、ついでに私もあなたのこと調べさせてもらいました。バンプロ時代色々とやってたみたいですね」
「……違法なことに手を染めていたつもりはないわ。その程度で私を追いつめれると思わないことね」
「そうですかね?I-UNITYの初代理事長がこんな黒い噂ばかりだとすぐに足を掬われそうですけどね」
「ならないわよ。それができる人なんていないから」
「そうですか?ならなんで、トリエルのときにメディアは動かなかったんですかね?」
「……何が言いたいの?」
「簡単な話、あなたが大手メディアを脅して使っているように、こっちにも大きな伝手があるんですよね。私たちのマネージャーから何か聞いてません?」
「……なるほど。つまりあなたはメディアを使って私の信頼を落とそうとしているわけね。でも、甘いわね。例え理事長になれなくても、いくらでも打てる手はあるのよ?」
「あー違いますよ?メディアにも確かに伝手はあるんですけど、伝手というのはそれだけじゃないです」
「……どういうことかしら?」
「まだわからないです?YUKINOの御堂有希、そしてマネージャーの御堂慎二。そして彼らとつながりの深いメディアにも大きな伝手を持つ存在」
「ま、まさか御堂って……!」
「そうです。御堂
……改めてこうやって経歴を並べられると母の偉大さを益々感じさせられる。私も、おそらくお兄ちゃんも母のことを季乃を教えた覚えはないけど、こうやって季乃が母の名を使ったってことは私たちがいないときに母と話しておいたのだろう。
「…………」
姫野は目に見えて動揺し始めた。彼女の中でも、御堂紫穂という存在はそれほど大きい存在だということが一目で理解できた。
長い沈黙の後に考えがまとまったようで、冷汗をかきつつ、緊張した面持ちで口を開いた。
「わ、わかったわ。話を聞きましょう。あなたたちは私にどうしてほしいのかしら?」
「単純なことですよ。私たちは単に真っ当にライブがしたいんです。だからあなたには何もしてほしくない。それだけですね」
「ほ、本当にそれだけでいいのかしら?」
「もちろんです。私たちのライブを邪魔しない。それさえ守ってくれれば、私たちも何もしないと誓いますよ」
「……わかったわ。あなたたちの邪魔はしないと私も誓うわ」
姫野にしては珍しく季乃の目を真っすぐに見つめながらそう語った。季乃もそれを聞いて満足したのか、それ以上姫野を追求することはなかった。
「……有希もごめんなさい。くれぐれもこの件は紫穂さんに伝えないようにしていただきたいわ」
「ま、そっち次第じゃない?季乃との約束を違えなければ私も何もする気はないよ」
「わかったわ」
余計な言葉もなく素直に返事をすると、姫野は逃げるようにこの場を後にした。
姫野の姿が完全に見えなくなってから、私は季乃に向かって口を開いた。
「季乃、このことお母さんに話したの?」
「……私たちの事情はお伝えしました。だけど、お母様は私の力を使うことはダメだって言ってました」
厳しい人ですね、と季乃は言葉を続ける。
「でも、名前を出してはいけないとは言われてないので名前は出しました。……たぶん、これで私はお母様に嫌われましたね」
季乃は俯いた様子で言葉を落とした。その様子を見て私はため息を吐いた。
「季乃さ。私やお兄ちゃんを見て、素直で純粋なやつだって思ってんの?」
「え?思ってないですよ?」
「なんで?」
「だって有希ちゃんは、基本的に人に興味がない人だし、慎二さんは感受性は素直な人なんですけど、理屈的で自分の気持ちよりも相手との関係や利益を考えている人なので」
「うん、そんな人たちの親だよ?しかも世界を股にかけているような大物プロデューサーが、名前を出しちゃダメという言葉を忘れるような、そんなミスすると思う?」
「……それはそうですけど」
「だから私、言ってたでしょ?季乃のことは計算高い子って伝えたって。お母さんはそのことも織り込み済みで話していると思うよ」
「じゃあ大丈夫だってことですか?」
「うん、そんなに心配なら私から聞いておくけど?」
「それは……やめてもらえると」
「わかった」
その言葉を聞いて季乃は少しは元気が出たようだった。……季乃がいつまでもこんな調子だから少しだけ調子が狂う。
……でもまぁ、過程はどうであれ、これでライブの邪魔をするやつはいなくなった。
後は全力でライブを行うだけだ。
「あ、あれスリクスじゃないですか?」
……ライブまでもう少し時間がかかりそうだ。