「会場の皆様!長らくお待たせしました!これよりI-UNITY五回戦、クォーターファイナルの開幕です!」
MCの一言により、会場のボルテージが一気に引き上げられる。スリクスの人気は言わずもがなだけど、私たちもそれなりに有名になってきたし、この対戦を楽しみにしてくれた人も多いのだろう。
「……なんか不思議な気分ですね。いつもはここで声かけてくれる人がいたんですけど」
「まぁなんだかんだあいつは私たちが十分なパフォーマンスができるようにコンディション整えてくれていたからね」
毎回ライブ前は私たちが待つ舞台袖で声を掛けてくれた。時には雑談レベルの会話もあったけど、あれもあれで私たちの緊張を逸らすためにやってくれていたのだろう。
「……でも、今日いないのは今の私たちにとってはいいんじゃない?変に雑音入らないし」
「ふふ、そうですね。こんなライブをやるなんて知ったら、止められそうですもんね」
お兄ちゃんはアイドルというものを神聖視している節もあるし、私たち自身の怒り込めた身勝手なライブをやると間違いなく止めようとするだろう。
「……嫌われちゃいますかね?」
「どうだろうね。こういうのが嫌いな人は嫌いそうだけど」
「あぁそうじゃなくて、慎二さんに、です」
「あいつは別に嫌わないんじゃない?困った表情しつつも、最後には行ってこいって言いそう」
「確かに言いそうですね。……ふふ、有希ちゃんもなんだかんだ言いつつお兄ちゃんのこと大好きなんですね?」
「は?なんで?」
「ほんとに嫌いならそこまでの理解はないですよ」
「家族だから理解があるだけ。ただ理解しているからこそそのスタンスが嫌いなの」
「またまたぁ」
……季乃がめんどくさい絡み方してきた。鬱陶しいことこの上ない。
「季乃こそ、お兄ちゃんのこと好きなら早く告れば?」
「好き……なんですかね?私」
「……何それ?」
「人を好きになったことがないから好きって感情がわからないんですよね」
「……そんなんでラブソングとか歌ってたんだ」
「そりゃ演技ですよ!感情はわからなくても言動なら理解できるので!」
言っていることはわかるが、季乃がそんな感情であいつと接していたというのは初耳だ。決着は早く済みそうと思っていたけど、案外これは長引くかもしれない。
「変にこじれないでよ。スキャンダルとかも嫌だし」
「そこは大丈夫です!印象操作はお手の物です!」
「嫌な子だね」
「有希ちゃんもですよ」
そうだった。
私たちは二人で笑いあうと、MCの声に再び耳を傾ける。もうそろそろ私たちの出番だ。
……新曲の準備はここまで万端にしてきた。私自身も今までのようにサボったりせず全力でこの気持ちを表現しようと思っている。他者への怒り、お兄ちゃんへの怒り、そして私自身への怒りを。
「それでは!先行はYU☆KI★NOの皆さんです!どうぞ!」
会場へと歩き出した私の腕を季乃がそっと掴んだ。こんな場面で何の用だと振り向いた私に、季乃はどこかで聞いたような口調で口を開いた。
「有希…楽しんで来いよ」
「……うん。季乃も楽しもう」
「やりましょうとも!」
二人笑みを浮かべると私たちは光輝くステージへと向かう。
私たちのステージ。本当のYU☆KI★NOを見せる時だ。
「はいはーい!お待たせしましたー!YUKINOの季乃です!」
「有希です」
「いやーこんな大舞台のステージに立つなんて緊張しますね!」
「漫才の掴みでもやってんの?」
会場から笑みが漏れる。実際に掴みなことに違いはないが、こういった雰囲気の作り方がほんとうまいなって思う。
「今回は実は重大な発表があるんです!あっ、衣装のことじゃないですよ!」
私たちの衣装は今回の楽曲に合わせて新しいものに仕立て上げた。季乃は、水色と白をテーマにしたどこかで見たような明るい衣装。そして私はその反対色である赤と黒の衣装。アイドル風な装飾はあるものの、お互いデザインはシンプルなワンピースで、髪には私が左側に白色の、季乃が右側に黒色の星の髪飾りが付いている。
季乃の言葉の反応としては動揺半分、期待半分って感じだ。意識を私たちを向けさせる目的は達しているからそこは問題ないだろうけど。
「私たちYUKINOは今日から本当のYUKINOとして活動していくことにしました!ということで、手始めに今日の対戦相手であるスリクスを――ぶっ潰してあげますね?」
会場から動揺の声が漏れる。季乃の今までの表向きのスタンスは明るくてお調子者で、天真爛漫というイメージが合う子だった。だからこそ、そんな彼女からそんな暴言が出るとは思ってもみなかったのだろう。
「ふふ、ごめんなさい。でも、それだけ今回のライブバトルは本気だってことです!……有希ちゃんからも一言どうぞ!」
「……先に言っておくけど私たちは今日のライブを後悔する気はないよ。それだけ本気だから。だけど安心して、今までに体験したことのない最高のステージを見せてあげる」
季乃の発言で会場は良くも悪くも私たちに視線が注目した。これなら確実にいける。
「それでは行きましょう!」
……でも一つだけ不満なのは、このライブが先行だったことだけかな。
「「Star Imitation」」
スピーカーから大音量でその曲が流れ始める。
不確かな未来を表した透明感あふれる曲調。それと同時に季乃の透き通る声が会場中に響き渡る。
「こ、これって!」
今日の季乃の歌声はただの声ではない。彼女が歌を始めたきっかけであり、歌を学んだとある伝説のアイドルの歌声。
「長瀬麻奈の歌声にそっくりじゃないか?」
会場中がどよめき浸るなか、私は彼女の歌を邪魔しないように、それでいて季乃の姿が映えるようにダンスを踊る。今は私のターンではない。
ダンスの途中ちらりと観客の表情を除くが、誰もが呆気にとられたような表情をしている。これでいい。最初の掴みは完璧だ。
曲は最初の希望溢れる歌詞から徐々に暗雲がかかり始める。それと同時に季乃の歌声も季乃自身のものに戻っていく。
『輝くだけじゃつまらない』
その言葉をきっかけにスピーカーから流れる音は一気に曲調を変え、スピード感あるハードパンクなものに変わる。
私は季乃に変わって前に出ると、今まで培ってきたその踊りを舞う。
私の踊りのルーツは自己表現ができる唯一のものだったからだ。……自慢ではないが要領がよく、どんなことも短期間で人並み以上にできた私は、次第にすべてのことに飽きてきた。
そんななか見つけたのがダンス。初めは季乃に言われて無理やりやらされたものだったけど、答えがないダンスというものは思った以上に私という人間にぴったりと嵌った。
上手になりたい。そんな思いが浮かんだ私は、ダンスの動画を見漁り、そして見つけたのが、当時世間を賑わせていたⅢXのライブ。彼女たちのダンスを見て、自分の思い描いていたものがこれだと実感した。
彼女たちの踊りを完全にコピーし、そしてアレンジを加えたのが今の私のダンス。でも、今はそのアレンジを捨てる。
「あれって……」
私のダンスに感嘆を洩らす声は聞こえるが、驚きは少ない。だから後行がよかった。
ちらりと舞台袖を除くとそこにはスリクスの面々が驚きと怒りの表情を浮かべていた。……あの表情が見れただけ良しとしよう。
『私は塗りつぶすだけじゃない』
そこで再び曲調が透明なものに変わる。私も季乃も大きくフォーメーションを変え、二人で舞う。
「息の合った鏡合わせの踊り……。STROBOLIGHTSか!」
『例え光舞い散るとしても私は』
私たちが左右に分かれると同時。黒と白の羽が辺りに舞う。
ここからは私たちのターンだ。
季乃と私のデュエット。……この曲は、星に憧れて模倣をしてきた子たちが本当の自分を表現する歌。
自分自身の存在が、冷淡で奸物で自分勝手で、とてもアイドルなんて輝かしいものが似合わないからこそ、演じ続けていた自分を歌う歌だ。
だからこそ、長瀬麻奈のような輝かしい人や、ⅢXやSTROBOLIGHTSのような実力者の模倣から入った。
だけど、自分を偽り続けることに嫌気がさしたこの子は、やがてすべてを投げ出して本当の自分を否定した世界に、そして偽り続けてきた自分自身に向けて怒りをぶつける。
……今の私たちにぴったりの曲だ。
私たちは今までの怒りをすべて込め、感情的にすべてを出し切る。
最後は技術もへったくれもない、ただ感情全てを吐き出すような歌を。
『『模倣じゃない。本当の私を!』』
――曲が終わる。
感情のままに振舞ったからいつも以上に息が乱れている。曲が完全に終わった後、私は倒れそうになっていた季乃を支えた。
「ごめん、有希ちゃん」
「ううん、私も……疲れたから」
曲が終わった後、会場はしばらく時が止まったかのようにしんと静まっていた。
失敗したかなと言葉が浮かんだのも一瞬、会場が爆発した。
大きな拍手と歓声が私たちに向かって飛んでくる。
よかったぞ、すごかった、最高、なんて言葉も聞こえる。
「やりましたね!」
「うん」
息が多少整い、支え無しでも立てるようになった季乃を離し、観客に手を振る。
「有希ーー!!よかったぞーー!!!!」
「……ありがと」
「季乃もさすがだった!!!」
「ありがとうございます!」
私たちはひとしきり観客の声援に応えると、最後にもう一度手を振り、ステージの出口へと向かう。
「私たちのこと嫌わないでくださいね!!」
観客から声が上がる。……どうやら私が思っている以上に、観客は強からしい。
そのことに笑みを浮かべながらステージを降りると、その帰り道、スリクスの面々と目があった。
「……」
「……」
お互いに言葉はない。ただスリクスが本当の意味で私たちを敵視しているということが伝わる視線だった。
勝てるもんなら勝ってみなよ。
そんな思いを視線に乗せ、私たちは舞台袖の待機場へ戻る。ここまで来ると私たちにもうやれることはない。
「お疲れ様です!」
「お疲れ。……やり切った、ね」
「そうですね。最高の、楽しいライブでした!」
「うん、私も楽しかった」
季乃と笑顔を交わし、私たちは共に視線を上げる。
目の前にあるモニターの先に映っているのはスリクスの姿。実力者である彼女たちが私たちが作り上げたこの会場をどう破壊するのか楽しみだ。
私はそのことに楽しみにしつつ、じっとモニターを見つめ続けた。
――ⅢXのライブが始まる。
「I-UNITY五回戦!永遠に続けばいいとも感じたこの試合もいよいよ終わりを迎えます!さぁ、勝利の栄光を掴むのはYU☆KI★NOか!ⅢXか!結果が出ます!」
モニターに映った二組のアイドル。その下にある数字とグラフが変動し、私たちのパフォーマンスの結果が目に見える形で表示される。
徐々に増えていき、揺れ動くグラフ。そして大きな光とともに照らし出されたそこには一組のアイドルだけが映し出されていた。
「勝者――――ⅢX!!!!!!」
会場中から歓声が上がる。
……負けた、か。
グラフはほぼ同じ大きさで、数字はほんのわずかな差。
それでも、その差は私たちの敗北を表していた。