それから数日後、驚くニュースが星見プロダクションから公表された。
ⅢX。星見プロダクションに移籍。
「え、え、え?」
仕事中に関わらず思わず声が出る。待って、まじで言ってる?
星見プロダクション公式が発表しているから間違えようのない事実。それに伴ってスリクスからのメッセージ文も公開されている。
……もしかしてあのときスリクスが星見プロに行ったのはその布石だったのか?
考えれば考えるほどそうとしか思えなくなる。だけどよく星見プロが許したな。彼女ら因縁あってバッチバチだけど。
所属アイドルたちはなんだかんだいい子たちだから許しそうな感じはあれど、牧野や三枝さんが許可したのがちょっと気になる。……いや牧野もちょろいし大丈夫か。三枝さんは…どうだろあの人何考えているのかわかんないんだよな。
いろんな要素を考えてみると確かに星見プロに入れる要因はいくらでもある。でもよりによってどうして星見プロに……。行く当てなら……あぁ世間的な目の問題もあるもんな。今は行けるところは少ないか。
そう考えてみると確かに星見プロに入るのは納得がいくものになってくる。あそこなら少なくともアイドルを捨てるような真似はしないだろうし、その点は安心だもんな。
理論的には納得できた。だけど、感情的には彼女たちがどういった考えで星見プロに入ったのか気になるところだ。
「ということで、スリクスに話を聞きに行こう!です!」
「嫌なんだけど」
スリクスの話題はすでにYUKINOの二人にも届いていたみたいで、俺が彼女たちに合流するまでもその話題で持ちきりだったらしい。
「……そういや、二人はI-UNITYでスリクスに喧嘩売ったって言ってなかったか?」
「売ったね」
「そして勝ちました!」
「負けてんだろ。事実捻じ曲げんな」
I-UNITYのクォーターファイナル。そこでYUKINOはスリクスとぶつかり、そして敗北した。丁度俺が事故で眠っていたときの出来事だったため全く事を理解していないが、ある程度何が起きたかくらいは話してもらっている。
「……確かに気になるのは気になるが、あんまり人のプライベートを聞くのもよくはないと俺は思う」
「トリエルが星見プロに行ったときに真っ先に聞きに行こうとしていた人が言える台詞なの?」
「ぐっ……」
確かにそうだった。でも今の俺はあのときとは違う。成長したんだよ俺も。
「慎二さん来なくても私は勝手に行きますからね!すでに渚ちゃんと芽衣ちゃん経由で訪問の許可はもらいました!」
見せてもらったメッセージには、まず渚ちゃん側にスリクスが星見プロに加入したことの確認と、ひそかに今日スリクスが事務所にいるのかどうかの確認。そして芽衣ちゃん側にそのスリクスいる時間に訪問する趣旨の連絡を入れてあった。何してんだこいつ。カバーストーリーを作るな。
「ということで行ってきます!」
「……有希」
「はいはい行けって言ってんでしょ。今日は仕事終わりだし、ついていくよ」
素直で助かる。いつもこれくらい素直ならありがたいんだが。
「その代わりお兄ちゃんも来てね」
「俺は仕事が」
「は?」
「……わかったよ。行くよ」
幸いに急ぎで終わらせる必要のある仕事はない。星見プロへの挨拶も兼ねて、俺も彼女たちについていくことにした。
「星見プロ潜入です!」
季乃が黙って事務所に入り込もうとしていたため、俺は黙って来客用のボタンを押す。
ピンポーン、とどこかで聞いたことのあるような音が響く。
「あ、なんで押すんですか!バレちゃうじゃないですか!」
「さすがに不法侵入はまずいって」
「星見プロ所属であれば問題ないんですよ!」
「星見プロ所属いないじゃないか」
「ふっふふ。じゃじゃーん!」
そう言って季乃はいつぞや結んだ星見プロへの出向契約書を取り出す。もう期限切れているし、契約書悪用するな。
「あぁ!」
さすがに目に余ったので契約書は回収しておく。どっから流出したんだこの契約書。
というかその口ぶりだと何回か星見プロへ侵入しているなこいつ。事務所の子に許可は貰っているとはいえ、いい加減怒られてくれ。
そうこうしていると、事務所から一人の男性が出てくる。スーツを決め、髪をショートにしたいかにも社会人らしいその姿は馴染みのある姿だ。
「よ、牧野。久しぶり」
「御堂か。悪いがちょっと今立て込んでいて……急ぎの要件じゃないなら待ってもらうことになるがいいか?」
「急ぎの要件なので失礼しますね」
「おい季乃!勝手に入んな!」
「はぁ……私も入るね」
有希はため息を吐くと、季乃を追うようにその後を続いた。
「……悪い牧野。あいつらスリクスが星見プロに入ったって聞いて居ても立っても居られないそうでな。……ちょっとだけ時間上げてやってくれないか?」
「……わかった。少しだけだぞ」
「ありがとう。迷惑をかける」
牧野のやさしさに感謝しつつも、俺たちは二人を追って事務所へと入る。
事務所の休憩室。そこには案の定というべきか、YUKINOの二人とそしてスリクスの三人がそこにいた。
「お久しぶりです!お元気にしてましたかー?お元気じゃなさそうですね!」
「ちっ、おいマネージャー。なんで部外者を中に入れているんですかー?さっさと追い返してくださーい」
「kanaちゃん、そんなこと言わないでくださいよー。私とkanaちゃんの仲じゃないですか」
そう言って季乃はkanaさんの腕に絡みつく。
「ちょ離せ!離せって!はな、離れろよ!」
kanaさんは季乃を振りほどこうとするが、季乃の絡み方は絶妙だ。力任せに振りほどけないことがわかってか、季乃の体を押し始める。
「そんなところ触るなんて……えっちです!慎二さん見ました?ⅢXのkanaさんにセクハラと暴行を受けました!」
「あぁ見たわ。お前のみっともない姿をいっぱいな」
「何を妄想しているんですか。ちゃんと現実を見てください」
「妄想してねぇよ」
そこまでしてやっと気が済んだのか、季乃はkanaさんの腕を振りほどき、体面に座った。
「それで何をしに来たのですか?」
落ち着いたのを見計らってかmihoさんが口を開く。
「話があってね」
俺から説明しようとしたが、それより先に有希が返答した。……どうやらYUKINOとスリクスの因縁は俺が思っている以上みたいだし、俺はストッパーの役目に回るか。
「聞きたいことはいくつかあるけど、まずなんで星見プロなの?mihoさんの目的を果たすため?」
「それは俺から話そう」
横から入ってきたのは先ほどまで黙り込んでいた牧野だ。
「……I-UNITYの一件でスリクスは致命的な被害を受けることになったのは知っているよな?」
スリクスのマネージャーだった姫野が行っていた数々の不正。それが明るみに出ると同時にスリクスへもそのしわ寄せがやってきた。要は彼女らも不正していたんじゃないかという疑惑だ。
無論そんなことはないわけだが、世間的にはそう見えてしまう。それによって彼女らの信頼は失墜し、同時にアイドルとしての仕事も激減した。
「それを重く見た三枝さんがその遺恨を残さないようにと、償いのために星見プロに勧誘したんだ」
「つまりその勧誘に乗った、ってことですね!渡りに船ですもんね。よかったですね!」
「はぁ?全然よくないんだけど!」
「kana、さっきからうるさいから黙ってて。それとそっちの季乃とやらも一々挑発しないでくれる?」
「ごめんなさい山田さん」
「な、なんでそれを知っているのよ!」
「ぶふっ」
「……kana、教えたわね」
「何のことかわかりませーん」
「親しみやすくていい名前だと思いますよ!」
「よくないから言ってんのよ!」
「はぁ……」
mihoさんから呆れたようなため息が漏れる。なるほど、スリクスの素はこんな感じなのね。これはmihoさん苦労してそうだなぁ。
「それでなんで勧誘に乗ったの?」
有希はじゃれついている三人を置いておいてmihoさんに声をかける。
「……それを話す道理はありません」
「それもそうだね。ごめんなさい、聞きすぎた」
「いえ……」
お互いに無音の空間が広がる。お互い苦労人同士だから通じるものがあったのかもしれない。
「ってかさー良い子ちゃんぶるのはもうやめたの?前まで敬語だったじゃん」
「そっちが素で話してくれるなら私も素で話すまで。それに……もう敬う立場じゃないでしょ」
「へぇ……言ってくれるじゃない」
franさんとkanaさんから向けられる視線が厳しくなる。……これは止めるべきか?
「私たちに負けた癖に、粋がらないでくれますかー?」
「うん、だから私たちが再戦できるようにさっさと上がってきてくれる?今のスリクスと戦っても面白くないから」
「こっちだってやれるもんならとっくにやっているっつーの!」
「kana、みっともないからやめなさい。……それでもう言いたいことは終わりですか?」
「うん、聞きたいことは聞けたし、言いたいことも言えたから終わりかな」
「私からも大丈夫ですよ!早く這い上がってきてくださいね!また奈落に落としますので!」
「……いい気になっているがいいわ。いずれ勝つのは私たちだから」
「まぁ、所詮は負け犬の遠吠えだしね」
「ワンワン、ワン!」
「ちょ、噛みついてくんな。この駄犬が!」
……とりあえず彼女らの要件は以上のようだ。つまるところ、彼女らなりに早いところスリクスに舞い戻ってきてほしいと思っている、ということだろう。
「それじゃ、帰るぞ。……スリクスの皆さん、今日は申し訳ないです。そしてありがとうございました」
「ずっと思ってたんだけどさーそいつ誰?」
……あれ?俺のこと知られてない?……そういやmihoさんに顔合わせしたくらいで二人とは初対面か。
「不審者です!」
「……YUKINOのマネージャーやってます。御堂慎二と申します。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ないです」
そう言って俺は三人に名刺を渡す。名刺をじっと見つめていたmihoさんの姿が気になった。
「ふーん、ま、どうでもいいや」
kanaさんは見定めるかのように俺を鋭く見つめ、視線を離した。彼女にはどう映ったのだろうか。
「マネージャーならしっかり担当アイドルの手綱を握っておくことですね」
「言われてるぞ牧野ー」
「お、俺か?……いや確かにそうだったな」
「言いくるめられてどうするんですか……。はぁ、マネージャーとしてはそっちのほうが優秀そうですね」
「そりゃどうも。だけど牧野はこんなものじゃないから安心しても大丈夫ですよ」
「安心できる要素がないんですけど……」
大丈夫かこいつと言わんばかりに牧野を見つめているfranさんに思わず苦笑いが零れる。これから牧野も大変そうだな。
そろそろ帰ろうかと口を開こうとしたが、それより先にmihoさんが口を開く。
「最後に一つ、よろしいでしょうか?御堂ってもしや、御堂紫穂さんの?」
御堂紫穂。俺と有希の実の母親だ。物心ついてすぐに亡くなっていた父親に代わり、女手一つで俺たち二人を育ててくれた人。
そんな立派な母親だが、仕事ぶりもかなり有名らしくその名は日本だけでなく海外まで広まっているほど。聞くところによると日本の芸能界を統べるとも言われているとか。……さすがにそれは誇張だとは思うけど、そうでなくても俺にとっては私生活も、仕事ぶりも一番尊敬できる人だ。
「あーそうですね。御堂紫穂の子供です。ついでに言えば有希もですね」
「なるほど……引き留めてしまい申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です」
なぜそれが気になったが気になるが、深く聞くのも野暮だろう。なぜかmihoさんにウィンクをしている季乃を横目で見ながら、俺はスリクスの三人と牧野に向かって頭を下げた。
「重ね重ねになりますが、今日はお時間取っていただきありがとうございます。またお会いしましょう」
「じゃあね」
「また遊びに来ますね!」
あからさまに嫌そうな表情をしている三人の姿に思わず笑みが零れながら、俺たちは星見プロを後にした。
ⅢXの全員と会うのはこれが初めてだったが想像以上に面白い人たちだった。巡り合わせとはいえ星見プロが羨ましいよ。
再び会うのを楽しみにしながら俺たちは帰路につく。
空は澄み切っていた。