あれから俺は先輩マネージャーにようやく担当したい子が見つかったことを伝え、そして現状スカウトに失敗していることを伝えた。
「おぉ。どんな人だった?」
「カリスマのあるカッコいい子でした。たぶんどっかの令嬢です」
「……頼むから会社を巻き込む問題事はやめてくれよ?」
「気を付けます」
と、まぁ先輩にも問題事は作らないように釘を刺されてしまったわけだが、こればっかりは仕方ない。変な手段でスカウトする気もないが、正直どんな子かまだわかっていないし、今後何が起きるかなんて俺にはわからない。それでも最大限問題を作らないようにしていくつもりだ。
ということで、今後の俺の仕事は、どうやってあの子…おそらく女子高生かっこ仮を落とすかになってくる。まずはなんとかしてアイドルに興味を持ってもらいたいな。
翌日。俺は再び彼女と出会ったあの並木街道に同じくらいの時間で訪れていた。
彼女がやってきたときに見逃さないように注意深く周りを見渡しながら、俺は彼女の人となりというものを想像していた。
……あの丁寧な所作から察するにおそらく俺の想像通り、生まれつき由緒正しき家で育っており、高い教養を学んでいる。プライドの高さを感じさせる口調は、ただの傲慢ではなく、上に立つものの仕草。となるとどこかの社長令嬢といった可能性が高い。
だけど、彼女はプライドが高いだけでなく、俺が落とした紙を拾い上げて渡してくれる優しさを持っている。これは彼女がちゃんと愛されて育ってきた証拠だ。俺との会話でも対人関係に問題があるわけでないことがわかるし、何より初対面の人との会話に慣れている様子だった。
となると、彼女の育ちをまとめると、どこかの社長もしくは上に立つものの娘として生まれ、次世代のトップとして厳しくも愛情をもって育てられた。……となると、スカウトするのは難儀するかもな。
親御さんとの交渉が難しそうだななんて考えつつ、俺はもっと考察を深める。
これらから彼女の性格を考えると、プライドと自信を兼ね備えたクール寄りのお嬢様。とはいえ、自信過剰というわけではなく、自信を持つにふさわしい才と影ながらの努力が存在する。
……となると、あの子の落とし方はおそらく――
「束縛からの解放。自由か」
「何をぶつぶつと仰っているのでしょうか?」
「うわっ」
前方から声が響き視線を上げると、見覚えのあるライトグレーの髪が瞳に飛び込んできた。
空色の瞳は、俺を不審げに見つめていた。
「……驚かせてしまい申し訳ございません。ただ、あまりにも不審だったためお声をかけさせていただきました」
「あ、いやこちらこそすみません。ちょっと考え込んでいまして」
間違いない。先日ここで会った少女だ。またも出会い方が悪くなってしまったことを後悔しつつも、彼女と出会えたことに感謝した。
「……それはやはり、新人アイドルを育てることに対するものですか?」
「えぇまぁ。ただ育てるというより、どうしたらスカウトに靡いてくれるのかなって考えですけど」
「……先日のお話はお断りさせていただいたつもりですが」
「それで諦めるほど往生際がよくないってことですね」
「そうですか」
彼女は俺の話を聞いて、少しだけ考え込む仕草を見せる。やっぱり完全に興味がないってわけではないのだろう。
「……ちなみにアイドルのライブは見たことあります?」
「数えられるほどならば」
「おぉ、それはよかった。どう思いました?」
「カッコいい人たちだと感じました。同時に人を沸かす力に長けているとも」
……なるほど。やっぱり能力的観点で見てしまうか。だとすると、ライブの本質をまだ理解していないのだろう。
「明日、担当しているアイドルのライブがあります。来てみませんか?」
「お断りさせていただきます」
「これは手厳しい」
一押しで行けそうな感覚はあれど、ガードが厳しい。ただ、想定以上に話も聞いてくれて、気安く話せる人だとも感じた。
「一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
どうやって押し切ろうかと考えていると、彼女の方から俺に話題を振ってくれた。
「なんでしょう?」
「どうして私をスカウトしようとするのでしょうか?」
……どうして、か。俺も色んな人を見てきたなかで彼女に対してだけ感じたものについてずっと考えてきた。彼女を初めて見た時に感じたあの感情はなんだったのだろうと。
だけど、結論は出なかった。彼女と他の子との違いは確かにあるが、どれも正解ではない気がした。
だからこの問いに関する答えは一つだ。
「直感だな。君がアイドルになって輝く姿が想像できたからだ」
「……」
反応はあまりよくない。選択肢としては下の下もいいところのものだろう。だけど、俺は嘘はつきたくはなかった。それをするといよいよ彼女に見放されると感じたからだ。
「……わかりました。ありがとうございます」
……何がわかったのか甚だ疑問だが、話の流れ的にそろそろ別れる時間だろう。その前に一つ聞きたいことがあった。
「最後に一つ、お名前だけお聞きしてもいいですか?」
彼女は逡巡ののち、凛とした姿で口を開く。
「
鏡花。高嶺の花と言っても過言ではない彼女らしい名前だ。とても美しくそして似合っている。
「ありがとうございます。俺は」
「御堂慎二。先日いただいた名刺に書いてありました」
しっかり名刺に目を通していただいてありがたい限りだ。
「それと、御堂紫穂様のご子息とも」
「……」
……御堂って苗字は確かに珍しいとは思うが、全くいないというわけでもない苗字だ。俺の名前から母の名前につなげるのはさすがに無理がある。
となると、母とつながりがあるということか。わざわざ様をつけて呼んでいるということは、お偉いさん同士の関係かもしれないな。
「……先んじて言っておきますが、俺は別にあなたが誰であろうと声を掛けていたと思います」
「それは先ほどの会話で理解できております」
「そうですか。それならばよかったです」
彼女は俺の言葉を聞いて、じっと視線を合わせてきた。無表情なその顔からは何を思っているのかはわからなかった。
「……そろそろ失礼させていただきます」
「はい。あっ、すみません、後一つだけ……また同じ時間にこの場所に来れば鏡花さんに会えますか?」
「……明日は別の要件で不在です。ただ明後日ならばこの道は通るかと思われます」
「わかりました。ありがとうございます。お時間を取ってしまい申し訳ないです」
俺が頭を下げると、彼女は礼は不要ですとだけ呟き、その場を後にした。
鏡花か。下の名前しか教えてくれなかったのはおそらく彼女の御家関係で身バレを防ぐためだろう。本当にしっかりした立派な子だ。
俺としても、明後日また会う予定を立てれたし、今日の出来栄えとしては十分だ。
少しでも前進できたことに満足しつつ、俺もその場を後にする。
明日はYUKINOのライブだ。そっちのサポートもしていかないとな。